第31話 祭典の予感

 俺たちはロルフやトビアスたちの本隊と別れ、シュタイア兵と元奴隷兵の村人たちと共に教会領に踏み込んでいる。


 教会領の併合に備えてトビアス配下の騎士も数騎同道しているが、それ以外はほとんど全員が徒歩の集団でゾロゾロと街道を進んでいるところだ。


「ミン様。見張りなどは私がやりますので、馬車でお休みください」


「ううん、ミン見張り好きだよ?」


 アレクシスが馬車の屋根上で見張りをしているミンに話しかけている。

 お前こそ体調は大丈夫なのかよ、無理するなよ。


 しかし、ミン様…?

 いつの間にミンに対しても様付けを始めたんだろうか。


「アレクシス。ミン様、というのはどういうことだ?」


「はっ、ミン様は陛下のご寵姫にございますので」


 なんの勘違いをしているんだこいつは。

 ユリアンも納得の様子でフムフムしているが、そうじゃない。


「ごちょーき?」


「ミン、余計なことは覚えなくていいぞ」


 またミンの情操教育に悪いのが周囲に増えてしまったじゃないか。

 もう少しまともな人材を置かないといかんなこれは。


「陛下、お世継ぎをお設けになられることは、ディアーダ王国にとり重要事でございます。神王陛下はお世継ぎを残されず、王国は安定を得ることが叶いませんでした」


 ユリアンは真剣な面持ちで俺の後継者に言及しているが、俺自身がまだ斎藤さんの後継者としてシュタイオンに入ってすらいないのだ。

 ヨーナスの爺さんと言い、この親子の気の早さはなんとかならんのかね。


「なにとぞ早期に、お妃様をお定めになられませ」


「…! お妃さま!ミン、お妃さまなりたい!ご主人様、ミンをお妃さまにして?」


 ユリアンの言葉に反応して、一気にヒートアップしたミンが俺にしがみついてきた。


 フフフ、可愛いな。これがかの有名な「パパと結婚する!」というやつか。

 世の父親たちの幸福を俺も体験してしまった。


「ああ、いいぞ。ミンが大人になったら、妃にしてやろう」


「うん!」


 普段の3倍の排気量でムフーを俺に浴びせながら、ミンはご満悦の様子だ。


 ミンの成人まであと6年弱か、どこかの時点で「パパ臭い!」とか「パパと洗濯物別にして!」とかそういうショッキングな時期が来るだろうが、それまではこの幸福に浸っていよう。


「妃殿下。シュタイオンに到着しましたら、さっそく作法の稽古を始めましょう!」


「妃殿下。やはり見張りの役は、このアレクシスにお命じください!」


 だからこいつらの気の早さはどうなってんだよ!?





 その後の2日間、俺たちは教会領の村落を見つけては食料や飲水の補給を行いながら進軍している。

 なにしろ300人近い小軍勢とも言うべき集団なので、手持ちの物資で無補給行軍というわけにはいかないのだ。


 村落では主に銅貨を支払って物資の補給交渉をしているが、俺たちの目的を知ると村人たちの有志が次々に同行を志願してくる。


 おかげで人数は倍増の勢いになってしまっているが、教会領中心部を制圧するには人手が要るだろうし流れに任せている。


「ご主人様!街が見えたよ、11時の方向!」


 結局、見張りのポジションを譲らなかったミンから報告の声がする。

 あれが教会領の中心都市だな。


 ちなみにこの教会領には他領のような名前は無く、北部教区領と言うらしい。

 そして目の前の街は、北部教都とかいう御大層な名前だ。

 人口1万人級の都市だろうか、ニュンケ領のニュンクスの街と似たような規模の街に見えるな。


 教会の男たちから剥いだローブを着たユリアンを先頭に、俺とアレクシスもローブで変装している。

 シュタイア兵たちは村落で仕入れたボロを着せることで奴隷兵に偽装し、それ以外の元奴隷兵や村人たちは元からボロを着ているのでそのままだ。

 ちなみにミンとバルカは目立つので馬車の中で潜伏している。


 出て行ったときより人数が倍増してるわけだが、特に怪しまれることもなく門衛は俺たちをスルーした。

 これは村人たちから仕入れた情報により、たびたび村落から奴隷を徴集していることを知っていたので、それに偽装したことが功を奏したのだ。


「これが教会だべ」


「よし、案内に一人だけついて来い」


 街の中心部には白壁の立派な館が建っている。

 ここからはスニーキングミッションだ。


 元奴隷兵と村人たちは外から館を包囲させ、俺たちはシュタイア兵10名程と道案内の元奴隷兵1人を連れて堂々と館に踏み入る。

 奴隷兵たちを解放する時間だけ稼げればいいのだ、むしろ堂々としている方が気付かれにくいだろう。


 俺たちが館の庭に踏み込むと、数人の豪奢なローブの男たちが訝しげに声をかけてきた。

 

「戻ったか。猊下が報告をお待ち…、ん、見ない顔だな?」


「バルカ、殺すな」


「承知」


 ローブを目深に被って顔を隠したバルカが、話しかけてきた男を長剣の腹で殴りつけて昏倒させる。

 ユリアンやシュタイア兵たちも別のローブの男たちに飛び掛かり、取っ組み合いの末に無理やり手足を抑えて拘束した。


「き、貴様ら、何も…ぐっ」


「やめっ…がっ」


 取り押さえられた男たちは、バルカの長剣で殴られて次々と沈黙する。

 よし、ここまではスニーキング成功だな(ゴリ押し)


「ソーマ様。地下ですだ」


 また地下か、ワンパターンな奴らめ。

 村人に先導されて館の離れの建物に設けられた石造りの階段を降りると、やはり汚濁に塗れた牢獄のような兵舎が見えた。


 本当にワンパターンだな。

 鍵を探すのが面倒なので、バルカに斧を渡して次々と兵舎の扉を打ち破る(スニーキング中)


 不潔で窮屈な部屋に押し込められていた200人程の奴隷兵を、シュタイア兵が一人ずつ引き立てて俺が流れ作業で奴隷環を上書きしていく。

 解放された元奴隷兵たちは口々に歓声をあげて抱き合ったり、復讐の気炎を上げたりして大盛り上がりだ(スニーキング中)


「これで全員か?」


「はい、もう他にはいねえですだ」


 じゃあ、もうスニーキングミッションは終わりだな(大成功)

 ここからは派手に行くぞ。


 俺たちの潜伏を耳聡く察知したのか、階段の上からはガヤガヤと喧噪が聞こえる。

 やがて石階段を駆け下りる集団の足音が聞こえて来たが、遅かったな。


 轟音。


「ぎゃあ!」


「なんだ!?」


 俺がゆっくりと階段を登りながら腰だめにしたM73を狙いも適当に連射すると、44口径弾を浴びたローブの男たちが俺とすれ違うように次々と階下に転げ落ちていく。


 ちなみに、階下にはもちろん血祭フェスティバル実行委員のみなさんが待ち構えているので、狭い地下空間は阿鼻叫喚の坩堝と化してしまった。


 地上に出ると周囲からは大喚声が聞こえ、館の塀を乗り越えて次々と元奴隷兵や村人たちが乱入してくるのが見えた。

 雷の音を突入の合図にしていたので、M73の銃声が聞こえたのだろう。


 みな口々に「殺せ!」だの「いや簡単に殺すな!」だの叫んで、地下から上がってきた解放組と合流して館内に雪崩れ込んでいく。


 うーん、これは過去最大のフェスティバル開催の予感。

 同士討ちが怖いので、俺たちは教会のローブを脱ぎ捨てた。





「ご主人様、ここじゃない?」


 ミンが指し示す扉を見ると、ドスタル領の教会で見た「祭壇の間」によく似た鍵のかかった扉がある。

 俺たちは村人たちの勢いを制御するのはもう不可能と判断して、神器の回収を優先することにしたのだ。


 扉を打ち破ると、果たして祭壇の間に相違ない空間が広がり、神器が収められていると思しき箱もある。

 さっそく箱も打ち壊して「隷属の神器」を発見した。


「この神器は、ドスタル領の物より状態がよろしいですな」


「うん、金ピカ」


 ドスタル領の「隷属の神器」は青錆びていて、裏面の小さな文字は全く読み取れなかったが、こちらはくすんではいるものの元の黄金色を保っている。

 裏返してみると、小さな刻印もなんとか読み取れそうだ。


 えーと、なになに…。

“この神器は、中央法院の令状に基づいて許可を受けた刑務官のみが使用すること”

“許可を得ない不法使用があった場合、法に基づいて罰せられる”


 …斎藤さん。

 法律で制限することは確かに重要だけど、それだけじゃなくて魔法的にも使用制限をかけることはできなかったんですかね…?


 おかげで後世で悪用され…ん、右下にさらに小さな文字があるぞ。


“一斉解除コード 大恩赦”


 お、これはもしかして?

 いままでは奴隷環の機能を上書きするだけで、首に巻かれた奴隷環を取り外すことはできなかったんだ。


 この一斉解除コードを使えば、この領で隷属させられた村人たちの隷属環を取り外すことが出来るんじゃないか?

 だとしたら、いずれはミンやバルカを隷属させた神器も発見したいな。

 各地の教会領を片っ端から滅ぼしたらなんとかなるだろ(過激派)


 ま、さっそくやるか。


「大恩赦」


 俺が唱えた瞬間に「隷属の神器」がまばゆく光り輝く。


「あ!?」


「これは!?」


 光がおさまると、ミンとバルカの奴隷環がサラサラと風化するように塵化して消え去った。


 あれ、想像してたのと仕様が違ったっぽいぞ。

 もしかして神器と隷属環は紐づけられていないのか?


 まあ、いいか。こりゃ思いがけない収穫だった。

 これからは隷属環そのものを排除できるようになったぞ。


 不思議そうに喉元を撫でている二人を見ながら、俺は教会領をトビアスに引き渡す算段について考え始めていた。


 その時。地面が激しく揺れた。


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