第32話 災厄の大巨人
教会の館は急に起こった地震でグラグラと動揺し、天井からはパラパラと瓦礫が落ちてきている。
こりゃいかん、ともかく建物の外に避難しよう。
「ご主人様!あれ、巨人!」
「なんだありゃ、あれも神器か?」
急いで館の外に飛び出してみると、巨大な人型が見えた。
こりゃまたデカイ。
木材やら石材やらの瓦礫で出来た身長7~8mの巨人が、半分以上倒壊した教会の館をメキメキと圧しながら、なおも周囲の瓦礫を吸収している。
「先日の神兵と同じような術に見えます。規模はさらに巨大ですが」
アレクシスの分析でもそうか、いや誰が見てもそうだわな。
とすると、操作してる人間が付近にいるはずだが…、いないぞ?
逃げ惑う元奴隷兵やら街の住人やらで大騒ぎの様子だが、トロフィーを所持した者が周囲に見当たらない。
こりゃ、どうしたもんか。
「陛下。おおよそ状況が分かりました」
ユリアンが館の周囲を固めていたシュタイア兵に事情を聴いてきたようだ。
「突入した村人たちが、教会の指導者を追い詰めたところ、神器を持ち出してあの巨人を呼び出したようです」
「それで、その神器を持ち出した者はどこにいる?」
「すでに嬲り殺されたようです」
ほえ?
じゃあ、あれは誰が動かしてるんだよ?
「動き出したぞ!」
「逃げろ!潰されるぞ!」
瓦礫巨人が両腕を振り回して周囲の建物を破壊し、瓦礫を吸収してますます巨大化していく。
こらアカン、ともかく避難だ。
俺たちは瓦礫巨人から十分に距離を取り、その破壊活動を眺めている。
幸いなことに瓦礫巨人は動きが鈍く、手当たり次第に建物を破壊しているだけなので避難は難しくなかった。
たぶん、人的被害もそう多くは出てないんじゃないかな?
しかし、街の中心部の建物への被害は甚大だ。
教会の館は瓦礫巨人に吸収されつくして消滅しているし、周囲の建物も現在進行形で更地に変貌しつつある。
「ご主人様、どんどん大きくなるよ!」
ミンの言う通り、瓦礫巨人はすでに身長10mに達しているかもしれない。
いつまで暴れるんだろうか、あれは。
いずれこの街を全て更地にしてしまうんじゃないか?
「陛下。お持ちの神器に刻まれた神界文字に、何か解決の鍵はございませんでしょうか?」
お、ナイスだユリアン。それは頭になかったぞ。
トロフィーの表面を調べると、小さな文字がたくさん刻まれている。
えーと、なになに。
“複数起動時は混線暴走を避けるため100m以上の距離を厳守”
なるほど、これか。
村人たちに追い詰められた教会首脳部が、複数の「傀儡の神器」を起動して暴走させたんだな。
それは分かったが、停止方法はどこだ?
“混線による暴走時は斎藤へ緊急連絡のこと”
え、もしかして斎藤さん本人じゃないと停止できないの…?
…これまでも薄々思ってたけど、斎藤さんって後世に対する想像力が足りてなくない?
そりゃ王国もすぐ滅亡するよ(ちくちく言葉)
「ダメだ。神王本人でないと、停止することはできない」
「なんと…。ではこの地は捨てるしかございませんな。いや、果たしてこの地だけで済むのか」
ユリアンの危惧に、今回同行しているトビアス配下の騎士たちも青い顔になった。
こりゃ下手したら北部地域に、いやランダーバーグ王国に災厄が解き放たれた可能性が…?
うーん、こうなったら多少の被害には目をつぶって、黒色火薬くんの力を解放するしかないか。
いつもだいたいのことは黒色火薬くんのせいだから、今回も責任を取ってもらおう。
「ユリアン、俺の大魔法を使う。住人を街の外まで避難させろ。どれほどの被害が出るか予測できん」
「は、ははっ!」
「陛下の大魔法…!ハァ、ハァ」
またアレクシスは体調が悪そうだが、すまんがお前にも手伝ってもらうぞ。
「よし、やってくれ」
「はっ! …いでよ、黒き神兵!」
アレクシスが「傀儡の神器」に魔力を注ぐと、足元の黒い塵芥が寄り集まって身長5mほどの人型が立ち上がった。
遠くに見える瓦礫巨人はいまや身長10mをはるかに超えているので、こちらの巨人はかなり見劣りするサイズだ。
だがその身体に秘めた危険度は、はるかに上回る。
そう、彼こそは100%黒色火薬で構成された、歩く10t爆弾巨人くんである。
本当はシュタイオンに着いてから使おうと毎日コツコツと貯めていた黒色火薬ではあるが、この際は仕方ないので全量を投入してみた。
またトロフィーに刻まれた説明によると、使用者の魔力が高いほど傀儡を遠くから操作できるということなので、アレクシスに操作を担当させようというわけである。
「ハァ、ハァ…」
かなり辛そうだな。
傀儡の操作には身体的な苦痛が伴うのか?
それとも魔力が枯渇しそうなのだろうか。
「陛下と、私の魔法が…合体…!」
息も絶え絶えで何を言っているのかは分からんが、もう少し耐えてくれ。
アレクシスの操作する爆弾巨人くんがゆっくりと歩み出す。
その腕には油の入った樽を抱えており、ちょろちょろと零しながら進むことで油の導火線を形成している。
「火をかけたら、お前も濠に飛び込め。遅れるなよ」
俺たちは街の周囲の空濠に身を隠しながら、爆弾巨人くんが瓦礫巨人に到達する瞬間を待っている。
今回の発破はどれほどの威力があるのか想像がつかないので、距離だけでなく掩蔽も必要だと判断したのだ。
血走った眼をしているアレクシスは返事を寄こさない。
仕方ない、いざとなったら無理やり濠に引きずり込もう。
「ご主人様、黒巨人が大巨人の下に着いたよ!」
俺には遠くてよく見えんが、眼のいいミンが報告してきた。
よし、発破準備完了だ。
「いくぞ、伏せろ!」
俺は『収納』から火種を取り出して油の導火線に火をかける。
バルカがアレクシスを抱えて濠に飛び込むのを横目に確認し、シュルシュルと蛇のように進む火をもう一度確認して、俺も身を翻して濠に飛び込む。
堀の底で両手を広げて俺を迎えるミンを抱きしめて、地に伏したその時。
大噴火。
天高く伸びる火柱が見えたかと思った直後、猛烈な衝撃に俺たちはもみくちゃにされて何が何だか、どっちが天でどっちが地やらも分からなくなる。
…
……
………
音もなく、光もやけに薄暗い。
俺は死んでしまったのか?
…いや、両腕の中にミンの温もりがある。
ミンも俺に力いっぱいしがみついて、俺たち二人が確かにこの世界にいることを確信させてくれる鼓動が、胸に伝わって来る。
ミンの頭をくしゃくしゃと撫でると、俺にしがみつく力がふっと緩んでミンが目を開いた。
俺と目が合ってパクパクと何か喋っているが、こりゃ耳がダメだな。
耳を指さしながら俺も口を開いて声を発するが、ミンも首を振って聞こえない様子だ。
ともかく濠から出てみるか。
周囲を見渡すとアレクシスはぐったりと脱力しているが、無事な様子だ。
他の面々にもケガ人は見当たらないが、みんな聴力を喪失している状態なのは変わらないな。
俺は腰に抱きついたミンを左腕で支えながら、濠を抜け出して街の中心部を見てみる。
そこに街は無かった。
あ、あれ?
比喩表現じゃなくて、本当に街並みが消えたぞ。
爆心地に巨大なクレーターがあるのはこの際いいとして、街の大部分の建物が同心円状に外側に向けて倒壊していて、街そのものが瓦礫集積所の様相になっているのはどうしたことだ?(すっとぼけ)
うーん、知らない。
今度こそ俺は知らない。
だってそんなの分かんないもんね。
この中で、黒色火薬を何t使用すれば適切に瓦礫巨人を倒せるのか、正確に分かるものだけが俺に石を投げよ!
よし、なんにせよ災厄は無事取り除かれた。
これにて一件落着だ。
撤収!
俺はまだ聴力が復帰しない中、ユリアンの肩を叩いて走るジェスチャーを伝えると、うんうんと頷いているので伝わったらしい。
シュタイア兵たちは働き蟻のコミュニケーションのように一人一人向かい合って、相互に走るジェスチャーとうんうん頷き合って命令を周知し、やがて俺たちの馬車の周りに集合した。
最後に俺に注目する視線にもう一度大きく頷き返した後、俺たちは全員で街から一目散に駆け去ったのであった。
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