第33話 シュタイオン

 俺たちの馬車は北へ北へと進み、いよいよランダーバーグ王国勢力圏の北限に差し掛かかった。


 大地が徐々に礫質に変化しつつあり、ランダーバーグ王国ではどこでも見られる低木の森林も姿を変えて、ナラやクヌギのような背の高い木々が山には見える。


 なるほど、人間の生活圏から離れていることを実感するな。


 人の手が入っていない原生林といい、農業には向かないと聞いていた土壌といい、ランダーバーグ王国が版図に組み込もうとしないで内訌に夢中なのも頷ける土地柄だな。


 なお、俺たちは図らずも教会領を滅ぼしてしまった(主観)後、デルリーン領には戻らずにその足でこの北辺の地へとやって来た。


 何故かと言うと、ランダーバーグ王国のゴタゴタに付き合う内に季節が冬に向かっているからだ。


 北辺の地は真冬になるとかなりの積雪があるということなので、これ以上もたもたしていてはシュタイオン入りが難しくなってしまうのである。

 

 決して北部教都を瓦礫と化してしまったことを、ロルフに報告するのが気まずかったからではないのだ。


 だいたい、あれはハッキリ言って俺は悪くない。

 今度ばかりは責任割合の算定も簡単で、神器を暴走させたアホ教会 > ポンコツ疑惑のある斎藤さん > 加減を知らない黒色火薬くん > 俺、の順である。


「陛下。ここからはランダーバーグ王国が無主地と呼ぶ地域でございます」


 ユリアンがそう教えてくれる。

 王国が呼ぶ、とわざわざ言う通り無主地と言っても無人の地ではないらしいが、それはまた今度説明しよう。

 

 



「あれがシュタイオンか」


 さほど高さはないが岩石がゴロゴロとして歩きにくい丘陵地帯を越え、やがて海に行き当たると海岸線を左手に見ながら3日ほどさらに移動したのち、ついに旅の終着点であるシュタイオンの街が眼前に現れた。


 海岸線が湾曲して入り江になっている個所に川が流れ込み、形成された三角州の中にシュタイオンの街は存在していた。


 街とは呼んでいるが、崩れ落ちた街壁が示す面積こそ都市級であるものの、その内部のわずかな面積だけに家が立ち並んでいるだけで、都市と言うよりは集落級の人口規模であろう。

 多く見積もって1000人と言ったところか。


 なんでも崩れた街壁はディアーダ王国時代に建設されたもので、かつては王国の地方都市であった名残らしい。


 あちこち崩れてしまっているので防壁としての機能も果たしておらず、その内側に別途木柵の壁を立てて縮小した規模の集落を守っている。


 先ぶれに出ていたシュタイオン兵たちが戻ってくると、ボロを着た者たちがゾロゾロと数百人その後ろから付いて来る。


「武王陛下のご登極を知り、我らシュタイオンの民は一日千秋の思いで待ちわびてございました」


 数百人の先頭に立つ老人が進み出て、ひざまずくと口上を述べる。

 それに合わせて数百人が全員俺に向けてひざまずいた。


 うーん、なんか大仰で趣味じゃないが、そのへんはおいおい伝えるとするか。

 感動して涙ぐんでいる爺さんにいきなり冷や水を浴びせる気にもならんしな。


「ソーマ・タイラーだ。神王の遺志を継ぎ、この地にディアーダ王国を再興する」


 ここにタイラー朝ディアーダ王国の建国が宣言された。





「こちらが陛下の仮宮でございます。弟より連絡を受けてより急ぎ建築いたしましたが、陛下の御座所にふさわしからぬ造りで、汗顔の至りにございます」


 この弟というのは、ランダーバーグ王国で伝承官を務めるヨーナスの爺さんのことで、つまり目の前の爺さんはユリアンの伯父でもある。

 名はモーリッツといい、シュタイオンの現宰相である。


 シュタイオンの民たちは旧ディアーダ王国の制度をそのまま縮小して継承しているので、人口わずか1000人の集落に宰相やら法務大臣やら軍務大臣やらが存在しているのだ。

 これもディアーダ王国の伝統を後世に残すための知恵なのだろう。


「十分だ。立派な建物ではないか」


「恐悦にございます」


 お世辞ではなく、周囲は掘っ立て小屋に等しいような木造家屋が多い中、俺の屋敷として用意されたのは漆喰塗りで平屋とはいえ広く真新しい建造物であった。


 本当に十分と言うか、周囲から浮いていることの方が気になるくらいだ。


 中に案内されると、外周の建屋の内側に中庭があって、そこにさらに母屋が建てられている。

 これは武家屋敷みたいな構造だな。


 外側の建屋には家臣たちが詰める控えの間や、執務や会見を行うような外向けの機能があり、内側の母屋にはいわゆる奥向き、つまり俺たちの生活空間がある。


「長旅でございましたゆえ、本日はもうお休みになられますか?」


「いや、今後のことを話したい。シュタイオンの主だった者を集めてくれ」


「ははっ」


 冬になる前に色々やることがあるからな、まずは大本命である農業増産の施策を開始しよう。

 異世界名物、農業改革のスタートである。





「麦…、でございますか」


「そうだ。ランダーバーグ王国各地で買い付けた麦を、雪が降る前に作付けする」


 俺が樽につまった麦の播種を示すと、壮年男の農務大臣フォルクマーは困惑した表情を浮かべている。

 執務室に集められた各大臣たちも、チラチラとお互いの顔を見やって落ち着かない様子だ。


「聞けばこの地では冬を前に野菜を収穫したのち、翌年の春までは農地を寝かせるそうではないか。そこに麦を播いて翌年夏の収穫を目指すのだ」


「はっ…その…」


 俺の言葉にフォルクマーは言いづらそうにしている。

 まあ、そういう反応になるだろうなとは分かっていた。


「気になることがあれば何でも言え。間違いがあればその場で指摘せよ」


 俺に対する忠誠心が高いのはいいが、意見がしづらいのでは困る。

 今のうちに意見を言いやすい空気を作っておきたい。


「ははっ、しからば…。当地では麦はほとんど育ちません。土が痩せ滋養も足りず、また穀物につく虫が山から降りてきて、麦穂を空にしてしまいます」


 ほうほう、土質は見れば分かる通り、ランダーバーグ王国の中部域で見られたような黒土ではなく、白っぽい土なので地味が薄そうなのは分かっていた。

 しかし、やっかいな病害虫もいるというのは聞いてみないと分からないことだったな。


 それなら大丈夫だ。

 策はある。


「ふむ、そこでだ。これを農地に混ぜ込み、よく耕した後に播種を行うのだ」


 俺は『収納』からさらに樽を取り出す。

 急に現れた樽に周囲がざわめくが、お構いなしに俺は樽の口を開いて中身を示す。


 ちなみに俺はシュタイオンに入ってからは能力の秘匿をやめている。


 この執務室に入る際に口々に俺への忠誠の言を述べる大臣たちに、一人として虚言者がいなかったことは『虚偽看破』で分かっているのだ。


 これからは能力の秘匿よりも、ともかく冬が訪れる前の各種施策をスピードアップしたい。


「陛下。この粉は…?」


「大地を肥やす秘薬だ」


「秘薬…!」


 また周囲がざわざわとしだす。

 もちろん秘薬と言うのは大嘘で、これは硝酸カリウム粉末、すなわちバリバリの化学肥料である。

 

 そんなものがどこから出てきたのかって?

 説明しよう(宇宙刑事)


 はい、ここに我が相棒にして稀代のトラブルメーカーである黒色火薬くんがいます。

 彼を『分析』してみよう。


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黒色火薬:

木炭、硝石、硫黄

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 はい、いますね。

 硝石、またの名を硝酸カリウムくんです。


 硝酸カリウムくんは近代までの超主力肥料として活躍した経歴を持つ大ベテランだ。


 その主成分であるカリウムが植物に栄養素として吸収され分解したのちも、残留する元素は窒素のみでそのまま滋養分になる。

 つまり、成分の100%が植物栄養になるというまさにご都合主義的物質なのである。


 俺の『収納』は化学的に結合している物質を切り離すことはできないのだが、黒色火薬くんは原料3種の粉末が単純に混合されているだけなので、銀貨と銅貨が混じった袋から銅貨だけを取り出すのと同じ感覚で3種の粉末に分離することが出来るのだ。


 さらに硫黄である。

 これはもう少し先になるが、麦が芽吹いたら雪に閉ざされる前に硫黄粉末を散布して苗を消毒するつもりだ。


 硫黄は殺虫・殺菌効果を持つ上に、人体に一切吸収されることがないので残留影響の心配がない農薬となるわけだ。


 実際に地球の歴史でも農薬として使われていたはずだし、仮に残留農薬による多少の健康被害があったとしても「食べ物が無くて飢え死ぬ」という最悪の健康被害よりはどう考えてもマシなのである。


 黒色火薬くんさぁ…、なんだいこの構成は?農業改革のためにあるような構成じゃないか、暴れるだけが能じゃなかったんだね。俺誇らしいよ。


 ともかく俺式の異世界農業は「化学肥料と農薬の大量投入でゴリ押す」、これで決まりである。



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