第34話 工業改革

※今回、お食事中の方はご注意


 俺が樽詰めの硝酸カリウム粉と硫黄粉を引き渡すと、フォルクマーはさっそく農夫たちを集めて耕作にかかるようだ。


 驚いたことに彼らは硫黄による殺虫について知識を持っていた。


 どうやらこの世界でも硫黄農薬は存在するようだが、これほど潤沢に硫黄を使用することなど出来ないため選択肢になかったようである。


 なので俺が硫黄をいくらでも生み出せると伝えると、みんな驚嘆している様子だった。

 これたぶん、硫黄を単純に輸出するだけでも産業になるな。


 しかし硫黄農薬の知識がこの世界にもあったのは助かった。

 俺は硫黄をどのくらい使えば適切なのかまでは分からないからな、こちらに農業知識として存在しているならばそれに越したことはない。


 まあいずれにしても、俺は魔力だけで無尽蔵に硝酸カリウムと硫黄を生産できるので、農業面では相当なアドバンテージになるだろう。


「次は建築だ。来年以後、ランダーバーグ王国からシュタイアの民、いや、ディアーダの民が大勢やってくる。これに対応するために家屋の建築が必要となる」


「ははっ。しかしそうなりますと、現在貯留しております木材を建材に回すことになり、この冬を越すための薪が足りなくなることが懸念されます」


 そう答えたのは林野大臣のベンヤミン、これも壮年の男である。

 宰相のモーリッツこそ爺さんではあるが、その他の大臣はみな働き盛りの中年~壮年男性が多いようだ。


 さきほどのフォルクマーとのやりとりを見ていたためか、すぐに懸念まで示してくれたので話が早い。


「そこでだ。これを加工してもらおう」


「これは…、木炭粉でございますな?」


 俺が樽詰めの木炭粉を取り出すと、ベンヤミンはすぐさまその中身を理解した。

 さすがにこれは未知の物質ではないらしいな。


「なるほど、これで炭団を作るわけでございますな。それならば冬を越すのにむしろ好都合。しかし、繋ぎがどれほど手に入るか…」


 炭団(たどん)について説明しよう。

 これは単純明快、木炭の粉につなぎを加えて練り固めた固形燃料である。


 通常の木炭に比べて温度は低いが長く燃焼する性質を持つため暖房燃料に最適であり、この世界でも使用されていることはすでに確認している。


 まあ、そりゃそうだよね。

 木炭を作る際にも輸送する際にも一定割合は砕けて木炭粉が生まれるわけで、どこの世界だろうとこれを利用する発想に至るのは自然なことである。


 それにしても、黒色火薬くんを分解した3種の粉末がすべて人間の生活に役立つとは…(感激)

 むしろどうして混ぜ合わせて、暴れるしか能のない黒色火薬くんにしてしまうのか?

 人間の業の深さを見る思いである。


「牛馬の糞は量が限られておりますし、最悪は人間のものを使用することになりますが…」


 ベンヤミンは渋面を作っているが、いや俺だってそんなの嫌だよ。

 俺の理想のハートフルスローライフでそんな最悪のバイオテロ物質を生み出されて堪るか!


 なおこれは木炭粉を練り固めるためのつなぎの話で、ランダーバーグ王国では主に家畜の糞が用いられているため、その量が十分に手に入らないことがネックというわけだ。


 もちろん人糞を燃料にしている地域は地球上にあるだろうし、その文化を馬鹿にするつもりは一切ないが俺の国ではやりたくない。


 そして言われて見るとたしかに、シュタイオンでは家畜の飼育が盛んではなさそうだ。

 将来的には家畜の導入もしていきたいが、それはさておき炭団のつなぎに家畜糞を利用するつもりは無い。


「つなぎは海藻を使う。海岸で赤い海藻類は拾えるか?それを刻んで木炭粉に混ぜろ」


「海藻を…、かしこまりました。さっそく試してみます」


 本当はフノリが一番いいんだが、赤い海藻だったらだいたい上手くいくだろ(適当)

 時間を見つけて直接俺が見に行って、フノリに近い海藻が無いか確かめてみるか。


「陛下。木材はよくったって、たくさんの家を建てるにゃ釘もたくさん要りやすが…」


 そう口を挟んで来たのは工務大臣のヴィルマーで、本人も中年の大工である。


 ちなみに農務大臣のフォルクマーも本人が農夫であり、林野大臣のベンヤミンも木こりである。

 大臣と言っても専業の政治家を置くような人口規模ではないので、モーリッツ以外は全員が現業を持っているのだ。


「それだ。ヴィルマー、大工も鍛冶屋もお前の管掌だな?これを使って釘や農具を大量生産してもらいたい」


 俺が『収納』から取り出した樽はジャラジャラと金属音をたてた。

 一度取り出してしまうと、もう俺でも持ち上げるのは難しいくらいの重量があって、案の定床を軋ませている。


 次からは屋外で出そう(反省)


「こいつは…、黄銅?」


 そう、黄銅。

 銅と亜鉛を混ぜ合わせて作られる黄金色の合金で、別名は真鍮。

 つまり、俺が『銃召喚』で呼び出した弾薬の空薬莢である。


「陛下! まさか黄銅も、いくらでも手に入るんですかい!?」


「その通りだ。当面は建具と農具を優先して欲しいが、他に何に使うかも考えておけ」


 俺の言葉を聞いてヴィルマーはプルプル震えている。

 無理もないな、この世界における金属製品の価値は非常に高い。


 庶民は日用品に金属製品を全く使っていないし、農具も下手したら石や獣骨を使っていることすら見かけるくらいなのだ。


 ただでさえ乏しい工業生産力を、軍需方面に優先して回しているからじゃないですかねぇ…?(正解)


 そこに、強度面で鉄に劣るとはいえ真鍮を無尽蔵に使ってよいとなれば、計り知れない経済効果を生み出すであろう。


 また真鍮は加工温度が鉄よりもはるかに低いという点も重要だ。

 家庭のかまどレベルの炉でも十分加工可能なので、最低限の設備投資で真鍮加工業をドンドン拡大することが出来る。


 これは俺の考える新生ディアーダ王国の当面の主力産業である。


 真鍮製品をランダーバーグ王国に輸出すれば飛ぶように売れるだろうから、当面は食料を輸入するなり、さすがに真鍮製というわけにはいかない武具類を輸入するのに充てよう。


 工業政策に関してはその先も考えているが、ひとまずは内部需要を賄うだけの真鍮製品を生み出してからだな。

 ヨーナスには鍛冶や鉱山関連の職人を優先して送るように言ってあるが、それは来年以後の話だ。


 さて、俺が『銃召喚』で生み出す物質のうち、黒色火薬くんと空薬莢の働きは決まった。

 そしてまだ弾頭と雷管が残っているんだけど、これは俺の中に迷いがあって保留している。


 なぜかと言うと、弾頭は鉛だし雷管には水銀が含まれていて、これは両方とも人体にとって有害なんだよね。


 こいつら以外の物質は出せば出すほどメリットしかないけど、こいつらはデメリットも持ち合わせているのでそうもいかない。


 鉛は真鍮をも越えてぶっちぎりに加工しやすい金属で、なんなら素手でも変形させられるくらいなので、ヴィルマーに渡せば喜んで使用するだろう。


 でも知らないところで食器とかに使われると、健康被害が出てしまうしな…。


 鉛の健康被害と言えば、有名なのは古代ローマの水道管に使用されて古代ローマ人は慢性的な鉛中毒に冒されていた、という話だろう。


 実はこれには諸説ある。

 上水道のような常に勢いのある流水にはほとんど鉛成分が浸出しないので、健康面においても清潔な上水が得られることのメリットの方がはるかに上回る、という説もあるのだ。


 もちろん現代日本で水道管を鉛で新設するような暴挙は許されないが、あくまでもこの世界の基準においてメリットを図らなくてはならないのが難しい。


 俺にもいくつか利用方法の案はあるのだが…、色々決断が必要な内容なので時間をかけて考えよう。


 …やっぱり素人の俺だけで考えるのは効率が悪いな。

 ヴィルマーに弾頭を少量渡して、毒性についても説明したうえで使用方法を考えさせよう。


 最後に水銀くんは…、これはダメだな。

 温度計に使うくらいしか俺には思いつかないけどガラスが無いし、基準になる温度もよく分からないので意味がない。


 処理方法が思いつくまでは俺の『収納』に蓄積し続けよう。

 

「陛下。次はどの大臣にご下知なさいますか?」


 俺が考え事をしていると、宰相のモーリッツが話しかけてきた。

 そうだな、決めなければいけないことはまだ大量にあるから、一つ一つやっていこう。


 その中でも、後回しにできない重要課題から取り掛かるか。


「次は…軍務だ。国防戦略を取り決める」



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