第35話 周辺勢力

「それでは、シュタイオンを取り巻く諸勢力について、私からご説明申し上げます」


 そう説明を開始した壮年男の名はフリッツで、軍務大臣と国防軍司令官を兼任している。


 もちろん本来のディアーダ王国の職制では同一人物の兼務はあり得ないが、人口1000人規模に縮小している現在では軍政と軍令を切り分ける必要が無いようだ。


 いずれ新生ディアーダ王国が再び国家規模に拡大することがあれば兼務禁止に戻るだろうが、たぶんかなり先の話だろう。


 ちなみにフリッツはモーリッツの息子なので、ユリアンの従兄にあたる。


「ここが、シュタイオンです」


 フリッツは古びた羊皮紙を広げ、その中央付近に描かれた街のシンボルを示す。


 ふむ、シュタイオンに至るまでにユリアンからおおよその地理環境は聞いていたが、あらためて地図で説明してくれるのはありがたい。


 シュタイオンの南側は丘陵地帯を挟んでランダーバーグ王国、西は海で東は山岳、そして北にはデンネムンクと呼ばれる半島が付き出しているのが見えるな。


 半島の形はちょうど伊豆半島のような矢じり形をしていて、位置関係を例えると日本地図を逆さまにして、伊豆半島に対する熱海くらいの位置にシュタイオンがある感じだ。

 まあつまり、シュタイオンは半島の付け根に位置しているわけだな。


 そして西の海の先には大きな陸地が描かれているが、これは俺も実地に確認した。


 シュタイオンに向かう道中は海岸線を常に左手側に見ていたけど、海の向こうには肉眼でも陸地が見えていたからね。


 海上の距離を目測するのは慣れないので自信無いけど、30~40km程度の海峡じゃないだろうか?


 東の山岳ももちろん肉眼で確認可能だ。

 手付かずの原生林の向こうには、遠くかすむ推定2000~3000m級の山々が峰を連ねているのが見える。


「まずは南の丘陵地帯の向こう、ランダーバーグ王国の諸侯とは50年前に諍いがあったのを最後に、衝突はございません」


 これはまあいいよね。

 ランダーバーグ王国の現政権であるコンラートやギュンターとは友好関係にあるし、なにより最有力の交易先なので争いたくない。


 北部教都を吹き飛ばした後に逃げ…、いや先を急いだので国際関係に多少影響があるかも知れないが、こちらの輸出品は大変に高価値になる予定なので交易を嫌がることはないだろ(適当)


「ランダーバーグ王国との間にある丘陵地帯には、ラウブ人どもが散在して通行者に害をなしております」


 ラウブ人、あたかも一つの民族かのように呼ばれているが、実際はランダーバーグ王国の統治に服さない雑多な人々であると聞いている。


 まとまりのある勢力ではないため、50人のシュタイア兵と共に移動していた俺たちを襲うような力は無いが、小規模な隊商などは度々襲撃を受け略奪されているようだ。

 ときおりシュタイオン周辺にも出没して、小規模な略奪行為に及ぶこともあるとか。


 まあ、これを仮に略奪勢力その1と呼称しよう。


「次に、西のバリタニエン島から船でやってくる、バリタ人どもです。この者たちは戦闘に慣れ、残忍で強欲な者どもです」


 はい、これが略奪勢力その2。


 船を海岸に乗り付けて軍勢規模で上陸し、大規模な略奪を行う海賊集団というイメージが合っているだろうか。

 いや、海賊と言っても単なる無法者集団ではなく、海の向こうのバリタニエン島の領主の正規兵らしいのだが。


 うーん、この海の向こうにも世紀末世界が広がっている世紀末世界(混乱)


 まあともかく、軍勢レベルの規模と装備で来襲するというのだから、当面はこいつらが最大の危険勢力だろうな。


 これまではバリタ人が来襲するたびに、シュタイオンの民は家財道具を持って山に逃げ込んで災難が過ぎ去るのを待っていたらしいので、シュタイオンにとって天敵と言って差し支えないだろう。


「次に北です。デンネムンク半島には人間の勢力はありませんが、危険な魔獣の巣窟となっておりますので、容易に近づくことはできません」


 これはまあ、危険と言えば危険だけど後回しでいいな。

 こちらから踏み入らない限り魔物が出てくることは滅多に無いらしいし。


「デンネムンク半島の付け根、シュタイオンとは反対側の北東部の海岸から上陸してくるのは、ヴィーク人どもです。この者たちはバリタ人どもよりは少数でやってきますが、一人一人はより精強で残忍な略奪者と言えます」


 はい、これが略奪勢力その3。


 北東の方向の海の向こうのどこかからやって来るらしいのだが、その全てが来襲者というわけではなく、交易目的の者、略奪目的の者、交易のついでに略奪もしていく者、など様々なようだ。


 個人的に最後のやつが一番意味不明だが、こちらとはまた別の種類の世紀末価値観に基づいて生きている人々なのだろう(哲学)

 交易相手として有望ならば蹴散らしておしまいともいかないので、対応方法は都度判断したい。


「最後に東の山岳。ここにはエルフどもが住んでおります」


 はい、ここでファンタジー成分補給のお時間です。

 聞きました?エルフですって。

 

 これまでファンタジー成分と言えばモンスターと攻撃魔法しか寄こして来なかったくせに、ここに来てエルフとかいうハートフルスローライフの隣人として100点のブランドが来てくれました。


 実際、ユリアンからエルフの存在を聞いた時にはテンションが一気に上がったものである。

 …だと言うのに。


「エルフどもはみな優れた狩人であり、また勇猛な戦士として氏族間の闘争に明け暮れております。シュタイオンとの交易関係もありますが、作物や家畜を略奪するために襲い来ることも度々あります」


 どうして現実の世界はこんなにも辛く厳しいのだろうか?


 それ本当にエルフか? 俺のイメージするファンタジー世界のエルフって、美男美女で、自然を愛して争いを好まず、緩やかな時を平和に生きる人々って感じなんだが?

 名前がエルフというだけで、中身はゴブリンとかなんじゃないだろうな。


 疑問に思った俺がそいつらの特徴を聞いてみると、耳が長くて、長寿命で、弓が上手くて、植物魔法を使う、と。


 うん、エルフだなそれ。

 世紀末世界に生きるエルフは、俺の知るエルフとは違う世紀末エルフのようだ。


 まことに遺憾ではあるが、エルフたちを略奪勢力その4に認定しておこう。


 これで地理環境の確認が出来ました。

 はい、四方を略奪勢力に囲まれております。


 うんまあ、シュタイオンに来る前からおおよそは聞いていたから、今さら驚愕したりはしないんだけどさ。


 やはり自力で平穏を構築しないことには、略奪がデフォなんだなこの世界は(諦念)


 まあ、最終的には全方面何とかする(意味深)にしても、当面は南方面を最優先で対処したいな。

 一番容易な相手に思えるし、何よりランダーバーグ王国との通行を安全にしたい。


 東西南北のうち東西北は守勢、南は攻勢を方針としよう。





 周辺勢力の説明を終えたフリッツは、次にシュタイオンの軍制について説明を始めた。

 先に少し触れたように、シュタイオンでは国防軍が組織されていてフリッツはその司令官も兼務している。


 この国防軍は名称こそ立派だが実態は自警団のようなもので、シュタイオンの成年男性全員が属している。

 普段、農業や漁業などの生業を持つ者たちが当番制で軍役につき、周辺警戒や襲来への初動対応にあたる非職業軍人というわけだ。


 これは旧ディアーダ王国のころから同様の軍制らしく、郷里防衛を任務とする国防軍に対して即応戦や外征に当たるのは職業軍人からなる近衛軍が制度としてあったが、現在のシュタイオンに近衛軍は存在しない。


「そこでだ。俺と共にランダーバーグ王国からやって来た兵たちを近衛軍として編成し、ユリアンを司令官に任命する」


「ははっ! 一命に代えましても大任に応えて見せます!」


 国防軍をいじるつもりは無いので、当面はこの50人だけで周辺の鎮定を目指そう。

 なにしろ総人口1000人かそこらに対して50人の職業軍人というのはすでに過多だ。

 総人口の1%だって相当な軍事国家と言えるのに、現状ですでに5%にも達するのである。


 現代日本に置き換えてみると想像しやすい。

 総人口1億2500万人の1%でも125万人の職業軍人ということになり、これは現実の自衛官の5倍以上になってしまう。

 

 もっと言ってしまえば、シュタイオンを守るだけならこの50人すらいらないのだ。

 襲ってくるやつらを俺が片っ端から撃ち殺せばそれで済む話だからね。


 ではなぜ近衛軍を編成するのか、それは新生ディアーダ王国の未来の為である。

 …未来の為に巨額の軍事投資をするとか言うと、一気に話がうさん臭くなるな。

 いや、違うんだ聞いてくれ。


 俺がいる間はシュタイオンだけを領域とする都市国家としてでも繁栄できるだろうが、それは俺一代限りのものだ。

 産業も防衛も未来に向けて持続可能性を持たないものになってしまう。


 だから東西南北どの方向でもいいが、領域を広げて農地を拓き産業を起こして生存圏を確保しなくてはならないのだ。


 第一、俺がいる間は軍事費の負担なんてあって無きがごとしものであって、あくまでも人的リソースのバランスに配慮しているに過ぎない。


 俺の魔力を対価に国家予算を調達できるのだから、このスタートダッシュを活かしてゴリ押しで新生ディアーダ王国を軌道に乗せてしまうべきだよね。

 

 まあちょっと気が逸ったけど、当面はランダーバーグ王国からの移住受け入れを進めて人口を増やし、都市国家レベルへのステップアップを目指していこう。



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