第36話 ラウブ人

「陛下、妃殿下。ご寝所の支度が整ってございます」


 典礼大臣、侍従長、女官長の3職を兼務する50代女性、エルネスタが俺たちを寝室に案内してくれる。


 しかし、ひどい兼務っぷりだな。

 なにしろ永らく王が不在だったため、侍従長だの女官長だのは名ばかりで実体の無い名誉職だったのだ。


 そのため年に数度の祭礼を取り仕切る典礼大臣を伝統的に女性が務め、セットでこれらの名ばかり職を兼務するのがここ数十年のシュタイオンの通例だったらしい。


 ヨーナスから俺の存在が連絡されて慌てて配下の侍従や侍女を速成したようだが、ほとんどのことをエルネスタがやってしまうので、みな手持無沙汰にするばかりである。

 というか、別に俺に用人なんて必要ないんだが全員が張り切った様子なのでこれまた言いづらい。


 さすがに浴室で侍女が俺の身体を洗うと言い出したのは断って、ミンと二人で裸になって浴室に入り湯桶に手拭いをひたして洗い合った。

 ミンは放っておくと奇麗にしないので、俺が洗う習慣もすっかり定着しちゃったんだよね。


「それでは私はこれで。前室に侍女が詰めておりますので、夜具の替えが必要でしたら御声掛けください」


 母屋の最奥にある俺たちの寝室には前室があって、廊下には直接面していない構造になっている。

 前室には侍女が詰めているほか、前室につながっている控えの間の一つはバルカの寝室になっていて、他の控えの間には宿直の近衛軍兵が詰める。


 ちなみに100年ぶりに復活した宮廷魔術師長のポストに就いたアレクシスは、母屋ではなく外郭の一室に起居している。


 まあ、侍女が控えているのも止めろとまでは言わないが、夜具の替えというのはよく分からんな。

 寝小便でもしない限りそんなに夜具を汚すこともないだろうに。


「おっ、これは…。羊毛なのか?」


「すごい、フカフカ!」


 ベッドは相変わらず木枠に寝藁を詰め込んだものなのだが、その上にかかっているのは羊毛と思しき毛織の毛布だ。


 この世界に来て以来、まともな毛織物を見たのはこれが初めてだぞ。

 ランダーバーグ王国では諸侯でも毛布と言えば獣の毛皮だからな。


「エルネスタ、待て。この毛織物は、シュタイオンで作っているのか?」


 俺は退出しかけていたエルネスタを呼び止めて質問した。


「いえ、それはヴィーク人の商人から、購ったものにございます」


 ヴィーク人は羊を飼っているのかな?

 これは交易相手としてのヴィーク人の価値が高まって来たぞ。


「うふふ。閨房の充実は、王国の未来の為でございますので…」


 エルネスタの笑みが意味するところはよく分からんが、寝心地はよいに越したことはないのでありがたい。


 俺がベッドに寝転ぶとミンがわきの下に潜り込んで来て、そのつむじを眺めている内にあっという間に眠りに落ちてしまった。






「ご主人様! 起きて、なんか騒がしいよ!」


 お、久しぶりにこのパターンか(泰然)


 ミンに揺すられて目を覚ますと、たしかに前室からザワザワとした気配が伝わってくる。

 俺は起き上がって服を着替えると、枕元に置いていたSAAをホルスターに納めてM73を脇に抱える。


 ミンも白い部屋着ワンピースの腰にベルトを巻いて短剣を後ろ腰に差し、クロスボウをスリングで袈裟懸けにすると準備OKの視線を返してきた。

 うーん、こんな格好をさせてもミスマッチ感が無いのは凄いことだ。


 きっと素材の良さが…

 いや、それどころじゃないな。


「バルカ、いるか?」


「控えております」


 前室に入るとバルカも既に準備万端で、近衛軍の1隊も武装を整えている。

 アレクシスもすでに駆けつけていて、何のことはない俺が一番寝坊していたようだ。


 ユリアンは見当たらないな、おそらく騒動の前線に出張って近衛軍本隊を指揮しているんだろう。


「ラウブ人の襲来があったとか。ご主君も出向かれますか?」


「陛下のお手を煩わせるほどの数ではないと聞きますが」


 バルカの言葉にアレクシスが返すが、ここは俺も行く。


「いや、行こう。やりたいこともあるからな」


 近衛軍の1隊に周囲を固められた俺たちは、居館を出て喧噪の聞こえる西方向へと駆け足で向かった。


 シュタイオンは三角州の頂点の位置に建設されているので、3方は川が天然の水堀を形成しており、海側である西側のみが陸地に面している。


 とは言ってもそれは崩れた防壁の話であり、現在のシュタイオンはさらにその中の木柵に囲まれたごく一角に寄り集まっているので、おそらく襲撃者も本来の防壁内に侵入しているのだろう。


「ご主人様、矢合わせしてる!」


 防柵に到達すると、果たして柵を挟んですでに攻防が始まっていた。

 寄せ手は30人くらいか? 毛皮をまとった男たちが弓や投石で攻め立てて来ている。


 シュタイオン側は当番の国防軍20名に加えて、ユリアン指揮の近衛軍40名が防柵の隙間から矢を放って対抗している。

 付近の住民たちも集まってきて備蓄の石を投げているので、まあ放っておいても負けそうにはないな。


「ユリアン! 頭目は俺がやる、こいつらには用があるから、全滅はさせるな!」


「ははっ!」


 俺は見張り櫓に駆けあがると、M73で敵の頭目に素早く狙いを定める。

 後方で一人だけ声を張り上げながら長剣を振り回しているので分かりやすいな。


 轟音。


「あかっ!?」


 44口径弾に脳天を射抜かれた頭目が脳漿の軌跡を描きながら仰向けに倒れると、一気にラウブ人どもに動揺が走った。

 それと同時に、木柵のゲートが解放されて近衛軍がユリアンを先頭に出撃する。


「押し包め! 降伏した者は殺すな!」


「おおお!」


 全員が金属で補強した丸盾と手槍で武装している近衛軍は、鎖帷子こそユリアン他数名しか着ていないがこの世界の兵士としては中の上くらいの装備で、明らかに下の部類の装備であるラウブ人どもに勝っている。


 おまけに人数でも上回るので、ラウブ人どもは思わぬ本格的な軍勢の出現に総崩れに陥ってしまった。

 こいつら、シュタイオンに俺たちの軍勢が入ったことを知らなかったんだろうな。


 おまけにアレクシスの泥沼魔法が決まって、ラウブ人どもは逃げることも叶わない。

 俺はわずかに近衛軍の包囲から抜け出そうとする者の脚を次々に撃ち抜き、一人も逃がさないように戦局を掌握し続けた。




「ま、参った! 命だけは助けてくれ!」


 ついにラウブ人どもは武器を捨てて地に跪いた。

 こちらに死者は無く手傷を負った者が数名、ラウブ人も死者は10名にもならないだろう。


 よしよし、狙い通りだ。

 ユリアンたちは上手くやってくれた。


「武器を奪って両手を縛れ。けが人は血止めをしてやれ」


 俺の予想外の温情を聞いて、ラウブ人どもは訝し気な表情をしている。

 まあ、殺されるかそれに等しい扱いを受けるのが普通だと思うわな。


 実のところ、宰相のモーリッツは『隷属の神器』が王国に還ってきたことを受けて、重犯罪者や略奪者への強制労働刑を復活させることを提言してきている。

 それもいずれ検討はしたいが、でも今回は別の目的を優先したい。


「シュタイオンの力が分かったであろう。もはや、貴様らに略奪できる地ではない。我が名はソーマ・タイラー。再興されたディアーダ王国の武王にして、雷鳴の魔術師の異名をとる者である」


 俺は拘束され跪くラウブ人どもを見下ろしながら、なるべく自信満々に見えるように威圧的に宣言する。


 こういうのは趣味じゃないんだけど、まあ必要だから仕方ない。

 抑止力というのは知らしめてこそ意味があるからな。


 嫌々やっている演技なんだが、後ろからはミンの誇らしげなムフーやらバルカの「然り、然り」やらアレクシスの熱い吐息やらが聞こえてくる。

 キミたちうるさいよ!


「さて、ディアーダ王国の富を得たくば、貴様らは交易をもって臨むべきである。見よ、この美しき器を。シュタイオンでこの器を購い、ランダーバーグ王国で麦や糸、針や武具と換えるのだ。それをシュタイオンに持てば、さらに多くの器を与えよう」


 ラウブ人どもはポカンとした表情で、俺の手にある真鍮製の皿を眺めている。


 伝わったかな?

 元々ラウブ人の中には交易を行うグループもいると聞いているので、多分大丈夫だとは思うが。

 まあ最悪こいつらは無理でも、噂が広がれば交易を求めるグループが来るだろう。


 こいつらには新生ディアーダ王国の武威を広めると共に、交易熱を高めるプロパガンダの拡散に協力してもらうのだ。


「ユリアン。こいつらの武器を没収し、それに見合うだけの器を渡せ。顔は覚えておけよ、次に襲ってきたら容赦は要らん」


「ははっ!」


 刀剣類の代わりに真鍮の食器を持たされたラウブ人どもは、最後まで何が起きたのか理解できないという様子のままトボトボと帰っていった。

 しかし、中には器を熱っぽく眺めている者もいたので、上手くいきそうな気がしてきたぞ。


「ご主君。あの者らを撃ち滅ぼすのではなく、鎮めるのですな?」


「そうだ。やつらはランダーバーグ王国のあぶれ者だからな。撃ち滅ぼしたとて、また新たに湧き現れるだけのことだ」


「…改めて感服いたした。ご主君の築く世の為に斬り死にする時が、持ち遠しく思われまする」


 感服するのはいいんだけど物騒なんだよねぇ…(定期)

 まあバルカの言う通り利益を与えて無害化を図る意図もあるんだけど、それだけじゃない。


 シュタイオンとランダーバーグ王国の間には片道3日の距離の無主地が広がっているので、交易のためには危険を冒して通行しなくてはならない。

 自国民をそんな危険な交易の仕事に就けたくないのである。


 それにディアーダ国民の人的リソースは全て生産活動に投入したいしな。

 だから交易にかかるリスクは、全部ラウブ人にアウトソーシングしてしまおう。


 さあ、ヴィルマーに言って真鍮器をもっと早く作らせないとな。

 毎日この調子だと、ラウブ人に持たせるお土産が在庫不足になってしまいそうだ。


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