第63話 年末恒例行事
さて、晩秋は作付けの季節である。
ヴィーク人難民船を受け入れたことによる連日の合同結婚式と祝祭開催でにぎわったシュタイオンであるが、今現在は三角州を超えて周囲一帯に拡大した農地への冬小麦の播種に大わらわとなっている。
ちなみに、妻帯した近衛軍兵士はそれぞれ臨時大工となって自宅の建設ラッシュに突入しており、シュタイオン防壁内部ではあちこちから釘を打つ槌の音も鳴り響くのがすっかり日常の風景となってしまった。
彼らは陣地設営で土木作業を行う事も多いため大工仕事も素人ではないが、それでも彼らが自分で新居を建築しなくてはならない理由は…ともかく人口が倍増しつつあるシュタイオンでは本職の大工の手が空かないためである。
なにしろランダーバーグ王国北部の動乱を背景に次々とシュタイアの民がシュタイオンを目指してやって来るのだが、ついにこの冬を迎える前にシュタイオンの人口は2000人を大きく突破しているのだ。
彼らは純粋にディアーダ王国への回帰を望んだ者だけでなく、事実上のランダーバーグ王国北部の逃散農民という性質を持つ者も多いため、僅かな家財のみでやって来たものが多い。
…まあ、言ってみれば動乱で農地を失いやって来た逃散農民の内、旧ディアーダ王国にルーツを持つ者はシュタイオン市民となって、そうでない者はフレムド人居留区に身を置いているのだ。
ランダーバーグ王国にあっては変わらぬ隣人であったろう彼らだが、今では名目においては一級市民とそれ以外に分かたれているわけで…このことはやはり時間をかけてでも解決していかなくてはならない課題である。
さておき、今秋はそのフレムド人たちも大規模な農地開拓を敢行しているが、その農地とはシュタイオン三角州外でも彼らの居留区のある南側とは反対の北側方面である。
彼らの居留区はこれまた増えつつあるラウブ人 (ディアーダ王国とランダーバーグ王国の領域の中間に起居する無主地帯の住人) の勢力と面しているため、略奪や窃盗の警戒から居留区の周辺に農地を持つわけにはいかなかったという訳だ。
フレムド人居留区の防壁も、何度かの改修・拡大工事を経て高さ3mほどのモルタル胸壁となっているので、ラウブ人の略奪を脅威とする程ではなくなっているのだが…まあ、24時間農地を見張り続けるわけにもいかんしな。
それならば多少の距離を我慢してでもシュタイオン三角州の北側に農地を持つ方がよいと考えたのだろう。
ちなみに、宰相のモーリッツはこのシュタイオン三角州の北側をシュタイオン本市民の独占開拓地としてフレムド人による開拓を不許可にしようとしていたのだが、これまた俺が鶴の一声でモーリッツを折れさせた。
…だって、いずれその「本市民」という概念も破壊するつもりでいるからね。
モーリッツの血圧が上がり過ぎるから、このことはまだ言わないけどさ。
「陛下、新任の近衛軍兵士の訓練につきまして…」
農作業を眺めている俺の所にユリアンがやってくる。
最近見ないと思ってたけど、元気してた?(すっとぼけ)
頬に若干のやつれを見せるユリアンではあったが、まあなんとか大丈夫そうであるので報告を続けさせよう。
なお、ユリアンの報告にある「新任の近衛軍」についてだが、これもユリアンの妻アストリッドが率いて来たヴィーク人難民団の件と関係しているのだ。
やってきたヴィーク人難民はそのほとんどが若い母親とその子供、または未婚女性であったため彼女たちを近衛軍の将士とめあわせた…のだが、近衛軍の数が足りなかったのだ。
現在130人が定員である近衛軍は、そのほとんどがランダーバーグ王国から身一つでシュタイオンにやって来た独身男性であるのだが、ヴィーク人女性の方が約170人いたので数が不足したのだ。
ではその他のシュタイオン市民で配偶者をと俺は考えたのだが、彼女たちは「戦士の妻」の立場に固執したため、シュタイオン社会における「戦士」である近衛軍を増員して対応したのである。
そして俺はここで、近衛軍の規模をドドンと200人に拡大した。
内訳はシュタイオン市民男性からなる「国防軍」から20名、フレムド人の防衛組織である「補助軍」から50名である。
なぜ補助軍からの方が多いかと言うと幾つか狙いがあって、彼らが盾を並べて戦うことで紐帯を築き融和を進めること、シュタイオン市民は輸出工業の担い手でもあるため数を減らしたくないこと、そして単純に「補助軍」の方が荒事に慣れていることが挙げられる。
…あと、現在300人まで増えている補助軍から人員を引き抜くことで、反乱を警戒する宰相モーリッツと軍務大臣フリッツ親子を安心させる副次効果もあるぞ。
なにしろフレムド人居留区の人口も1000人規模に達しているからな。
シュタイオン内市に輪をかけて男性割合の多い彼らは、兵力を組織する上でこの上ない下地を備えているのだ。
さて、これで人口比に占める常備軍の割合がまたとんでもない事になってしまったが…うんまあ、俺の在世中は軍事支出なんてあってないようなものだからいいだろ(適当)
さあ、住宅建設にメドがついたら今年の締めの遠征に出るぞ。
目的地は…デンネムンク半島である。
轟音。
久しぶりの出番であるレミントンが快調に火を噴いて鳥撃ち弾を空に撃ち出すと、翼長2m程の猛禽がクルクルと螺旋を描きながら墜落していくのが見えた。
うーん、やはり鳥撃ち銃は鳥を撃ってこそだな…スポーツハンティングに熱中する人種の気持ちも今ならば分かりそうだ。
なにしろレミントンの前回の出番はエルフ戦士を撃つことだったので、血なまぐさい闘争の気配に満ち満ちていて風情も何も無かったのだ。
…いや、この鳥撃ちも凶暴な魔物が相手であるので暢気なものではないのだが。
ともかく来年一年にシュタイオンで消費される石炭を確保しなくてはならないからな…、人口増に対応するためにも前回の3倍は獲得しなくてはなるまい。
今回はそのための秘策も用意して来たぞ。
と、いう訳で。
「よし、アレクシス頼むぞ」
「ははっ! …出でよ、黒き神兵!」
「あなた、頑張って!」
ヴェローニカの応援の元、アレクシスが『傀儡の神器』に魔力を注ぐと、身の丈4mに達しようかという黒色火薬大巨人が立ち上がる。
ふふふ、今回はアレクシスを連れて来たからな。
前回よりも大きな爆発を引き起こすことで、石炭を大量に獲得する作戦なのである(脳筋)
アレクシスが作り出した黒巨人はメキメキと樹木をかき分けながら沢を遡上していく。
あと50mほどもいけば、目的の石炭鉱床になっている崖の直下に入るだろう。
…え、いつものゴリ押し作戦じゃないかって?
まあ待ちたまえ、ここからが秘策なのだ。
俺はそれまで使っていたレミントンを『収納』に収め、逆にSF1873を手に取る。
そしてトラップドアを開いて…今回の秘策である「.45-70 マグネシウム弾頭弾」を薬室に収めた。
ふふふ、驚くなかれ。
なんとこの弾丸は焼夷ライフル弾である。
これまでは爆弾大巨人くんにロープを持たせるなどして直接着火していたのだが、つい最近になってこの特殊弾頭が召喚出来ることに気付いたのだ。
これで爆弾巨人くんの爆風に晒されることなく安全に長距離から着火できることだろう。
…これまでの爆弾巨人くんにまつわる数々のドタバタ劇について、あれはなんだったのかなどと考えてはいけない。
特に北部教都を吹き飛ばした件については、どれほど距離を取ったとしても結果は変わらなかったのである。
「ご主人様、崖の真下についたよ!」
「よし、撃つぞ」
俺がそう宣告すると、ユリアンの指揮で近衛軍50名が全員盾を並べて耐衝撃態勢をとる。
…みんな慣れて来たよね。
轟音………大爆裂遠雷豪音
おお、上手くいったぞ。
視界の先ではオレンジ色の巨大な火柱が昇って見え、一帯の崖が地響きを立てて崩れ落ちるのが見える。
そして、崖の崩落に巻き込まれた樹々からは無数の黒い姿が羽ばたいて空に昇るのも見える。
いやぁ、大成功だ。
これで目標を上回る石炭が確保できるに違いない。
…凶鳥をどうするのかって?
そりゃもう近衛軍の盾に隠れながら前進、そして石炭を『収納』したら撤退ですよ(ゴリ押し)
「陛下、負傷者の集計が終わりました。重傷21名、軽傷はその他の兵すべてでございます」
そのユリアンの報告の通り、シュタイオンへの帰路を征く船の中は倒れ伏す近衛軍の姿に満ちていた。
…いやぁ、死者が出なかったのはヴェローニカの『血液魔法』のおかげだろうな。
なにしろ彼女の魔法は、首筋に凶鳥の爪を受けて致命的な出血を引き起こしている兵ですら、ピタリと止血してしまうのである。
しかも凝固させた血液で直接傷口を塞いでしまうので、縫合の必要すらなくそのまま自然治癒を待てばよいのだ。
ふふふ、我が秘策とはこのヴェローニカの同行にこそあったのである。
…いや、出発時にいつの間にか船に乗っていただけなんだけどさ。
「あっ、雪だよ! ご主人様」
「今年もなんとか間に合いましたな」
ミンとバルカの声で俺もハラハラと舞い始める雪に気付く。
道理で寒いわけだ。
戻ったら寝室にも火鉢を入れてもらおう…。
そうしたら冬の間は何をしようか。
色々とやりたいことはあるが…まあ、せっかくの平和の季節だからノンビリといこう。
…春にはまた、ドンパチだからな。
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第三章 完
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