第62話 大戦士

「あれは…ヴィーク船か?」


 城壁に上がった俺は眼前に広がる海上に10隻近い帆船の船団を認める。


 相変わらず海上に浮かぶ船のサイズを判別することは難しいが…、まるで樽のようにずんぐりとした大型船を先頭に比較的小型の船が追走して一列となっている。


 うーん、ともかくこの世界に来てから見た中で最大の船団であることは間違いない。


 これほどの海上戦力を持つだけでもすでにヴィーク人に違いないと思えるが…それだけじゃないな。


 どの船も船首と船尾が反り上がって、撓木の竜骨を備えているものと推定できることから、やはり間違いなくヴィーク船の特徴である。



「あれが噂に聞くナーヴァル戦士団でしょうか…」


 傍らのユリアンは激戦の予感に身震いしているが…どうだろうな?


 どうも見たところ軍船のフォルムには見えないと言うか、いやまあたとえ軍船でなくとも屈強な戦士を満載していたら危険度では変わらないのだが。


「ミン、見えるか?」


「えーとね、…なんか女の人と子供がたくさん乗ってるよ? お話ししてみようよ、ご主人様!」


 花嫁衣装にクロスボウを携えたミンが、さすがの視力を発揮してくれる。


 うーん、誰もが振り返る美女子中学生にして華やかな新婦、しかして熟練の斥候兵で一国の正妃…なんだろうか、この猛烈な要素渋滞は(困惑)


 だがまあ、ミンのおかげでだいたいの状況は分かってきたぞ。


「イェルドに近衛を付けて臨検に出せ! 防備は解くなよ!」


「ははっ!」


 さてさて、祝賀の料理が余ることだけは無くなっただろうな。











「第9ヴィークの戦士たちの妻子、であるか」


「ああ、そうだぜ」


 俺の眼前で堂々と胸をそびやかす長身女性はアストリッド、歳の頃は20歳かそこらだろうか?


 透き通るような白肌に金髪でたいそうな美貌の持ち主だが、何と言ってもその逞しい双腕が一流の戦士を思わせて…まあ、要するにラウラの同類だなこれは(先入観)


「アタシは入り江の大戦士ビョルンの娘だ! 本当は父上や兄上たちと一緒に闘って死にたかったが…女子供を託されたからな。さあ、この地の立派な戦士たちを出せ! ヴィークの女たちは丈夫な子を産んでやるぞ!」


 えーと…話の進み方が速すぎてついていけないんですが…?


 言葉の意味はよくわからんが、ともかくこのアストリッドは黙ってれば美人というタイプだな(的確な分析)


 俺がチラリとイェルドを見やると、彼は苦笑いしながらヴィーク人の文化や今回の背景を補足してくれる。



 …ふむふむ、彼女たちの故地である第9ヴィークの男たちは、拡大するナーヴァル戦士団との決戦に臨んだわけか。


 そしてそれは玉砕とも評すべき蛮勇で、初めから妻子を脱出させる前提であったと。


 それを聞いてユリアンなどは尊敬の眼差しを向けアストリッドの鼻を高くしているが…。


 うーん、俺の価値観からすると受け入れ難い判断である。


 彼らの信ずるところによれば、名誉ある死を迎えた戦士たちは天上の軍団に参加する資格を得るそうだが…。


 そんなことよりも生きて妻子と共にシュタイオンに来れば良かったものを、と俺はどうしても考えてしまう。


 …まあ、彼らの文化や信念を否定しても始まるまい。


 それよりも、要するに女性と子供を300人も満載した難民船が到来したわけである。


 こちらの流儀に従うと言うならば歓迎してやろう。


「…陛下。ヴィークの寡婦を庇護するとは、すなわち彼女たちに夫を充てがうまでが族長の義務となります」


 なるほど、それでさっきの発言になるわけか。


 …それはますます持って好都合だぞ。

 ランダーバーグ王国へのお見合いツアーはキャンセルだ。


「ユリアン、近衛軍の独り者で年嵩の男から順に娶せろ。女が連れて来た子の数に応じて祝い金を与える」


「ははっ、素晴らしきご高配にございます! 誇り高き戦士を支えた勇敢な妻を得て、近衛軍はますますの忠勤に励みましょう!」


 ユリアンはすっかり第9ヴィークの戦士たちに入れ込んでいるようだな。


 …じゃあ、さっそく勤めを果たしてもらおうか。


「…では、お前はアストリッドだ」


「…は?」


 ユリアンは虚を突かれたような顔をしているが…、何お前は他人事だと思ってるんだよ。

 先ず隗より始めよだぞ(誤用)


「女ばかりの船団を率いて脱落者もなく長征を成功させた勇者だ。近衛軍を率いるお前を支えるにこれほどの妻はあるまい」


「は…いや、しかし…むぐっ!?」


 まだ抵抗を示すユリアンだったが、アストリッドの逞しい胸にガッチリと顔を拘束されて身動きが出来なくなってしまった。


「ガハハ! アタシは最初からお前を指名するつもりだったんだ! よろしく頼むぞ!」


「むぐ…! ふむぐ…!」


 …ふーむ、こうして抱き合っているのを見ると、辛うじてユリアンの方が背丈では上回るか。


 近衛軍はこの世界の人間としては抜群に栄養状態がいいから、ユリアンも筋骨に優れた偉丈夫と言っていいだろう。


 きっとそれでアストリッドの琴線に触れたんだろうなぁ…(他人事)


「ふむ…ぐ……陛…下!」


 やはり海から得られる動物性蛋白は偉大だな。


 文明レベルが進展していない世界においては、単位面積あたりから得られる穀物量も現代よりはるかに貧弱である。


 だから、地面から得られる穀物をわざわざ家畜飼料にして、生産カロリー評価の低い食肉に転換することは難しいのだ。


「子供は5人までは絶対作るからな! 毎日精が付くもん食えよ〜! …おっ!? お前、こりゃなかなかの大戦士じゃねぇか…よし、最低10人だ! ウチの子で戦士団を作るぞ〜! 女たちで戦士を1000人産んで入り江を逆侵攻だ!」


「むぐぐ…」


 アストリッドは身動きの出来ないユリアンの股間を鷲掴みにして、なにやら高らかに旗揚げを宣言しているが…正当な夫婦のすることに俺は関与しないのだ。


 むしろ俺が取り持った縁で彼女があんなに嬉しそうにしてくれて、とても良い気分である。


 さて、ユリアンは当面忙しいだろうから…近衛軍とヴィーク女性たちのマッチングは典礼大臣のエルネスタに差配させよう。


 そんなの典礼大臣の職責じゃないだろとは思うが、じゃあ数百人規模の集団合コンとかどの大臣の仕事なんだよというね。


 まあ、落ち着いた年齢のエルネスタならば、女性たちの要望や不安も上手いこと汲んでくれるだろう。


 そうしたら日を改めて、また祝祭だな。


「む……ぐ……!」


「ガハハ! 今すぐ仕込めば夏生まれになるぞ〜! 夏の子は大きく育つからな〜! お前の部屋はどこだ〜!」


 いやぁ、めでたい。











 さて、海防対策である。


 俺の執務室に集まったのは宰相モーリッツを始めとする各大臣たちと国防軍司令官であるフリッツ、そしてヴィーク人対策の要であるイェルドだ。


 諸事情によりユリアンは欠席しているが、近衛軍からは副長のアルバンが出席しているので問題ない。


「…女子供だけであれほどの船団を組み、海を渡ってくるとは…ヴィーク人とは侮るべからざる者共ですな」


 シュタイオンの防衛を担うフリッツはそうつぶやいて渋面を作る。


 …まあ、まずそこだよね。


 正直なところ俺も脅威度を過小評価していたと言うべきか、船でやってきても海上で撃ち沈めたらよいと考えていたからな。


 もし50や100の軍船で押し寄せてくると言うならば…上陸されるのは避けられないだろう。


 ふーむ、となると結局は防壁を巡る戦いになるな。


 大臣たちもあれこれと防壁の強化策を述べるが、まあそれはそれでやっていくとしても…。


 うーん、やっぱりアルキメデスでもいなければ画期的な防御機構なんて出てこないよね。


 地道に防衛戦力を充実させていくしかないか…いや、待てよ。


 …手が無くはないが、これはよく検討してから決めよう。


 その前に敵情分析だな。


「イェルド、第9ヴィークの壊滅をどう見るか。ナーヴァル戦士団の全ヴィーク制覇はどれほど早まるか?」


「…入り江の大戦士ビョルンは音に聞こえた英傑にございます。かの者が第9ヴィークの戦士を束ね命を投げ打ったからには…むしろナーヴァル戦士団の野望は大きく後退したことでしょう」


 む、これは意外な答えだ。

 

 俺はてっきり、13あるヴィークのうち9までもが陥落したからには、災厄の接近が早まるものと思ったのだが。


 …そうか、ナーヴァル戦士団はヴィークの戦士たちを吸収することで拡大している。

 それが1ヴィーク丸々吸収しそこねた上に、損害まで被っては拡大の脚が弱まるわけか。



 ふーむ、入り江の大戦士ビョルンか。


 俺とは相容れない価値観の持ち主だが…、お前が稼いだ時間は有効に使わせてもらうからな。



 …あと、お前の娘は楽しそうにしているぞ。


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