第63.1話 冬の営み

「ほらよ、二人でお揃いの柄にしといたぜ」


「わぁ~、暖か~い。ありがとう!」


 アストリッドから贈られた毛織のマフラーを首に巻いて、ミンはその場でクルクルと舞うように喜んでいる。


 ほう、こりゃ本当に暖かいな。

 羊毛で手編されたマフラーには楓葉と鹿のモチーフが描かれていて、あのガサツそうなアストリッドがこんな見事な手芸品を作るとは意外である。


 いや、アストリッドに限らずヴィーク女性たちはみな、一人一人が熟練の毛織物職人と言って良い腕前なのだ。


 それが200人近くもいっぺんにシュタイオンにやって来たのだから、最近ではバリタニエン島との交易では羊毛を大量に輸入しているのだが…。


 彼女たちが連れて来た子供たちも男女問わず手習いとして羊毛から毛糸を撚るので、どれほど羊毛を輸入してもあっという間に母子のタッグで見事な毛織物にしてしまうのだ。


 おかげで近衛軍の将士たちはウールのセーターやらマフラーやらをふんだんに身に着けていて、今年の冬の寒さはみな楽勝という表情である。

 

 …もしかしなくても、これは輸出品になるな。


 聞けばヴィークの地でもバリタニエン島から羊毛を輸入して加工していたらしいが、バリタニエン島が目と鼻の先にあるシュタイオンの方が毛織物製品の加工貿易に向いていることは論を俟たないだろう。


 俺がマフラーとアストリッドを交互にしげしげと眺めているのに気付いたのか、彼女はその黙っていれば美しい容貌からクスッと笑みを漏らした。


「…アタシが復讐も忘れて、大人しく編み物なんかしてるのが意外かい?」


 あ、いや。

 そういうつもりでは無かったんだが…。


 現時点であまりナーヴァル戦士団に対する彼女たちの復讐心が煽られても困るからな。

 ここはなんとか刺激しないように穏便に…。


「アタシは復讐の方法を変えたのさ。男はどれだけ強くたって、敵の戦士を一人か二人殺したところで殺されて…それで終わりさ。よくて三人だね」


 アストリッドの碧眼にはメラメラとした炎が浮かんでいて、先ほどまで暢気な様子でミンに冬のソリ遊びを教えていた彼女とは同一人とも思われない雰囲気になってきた。


「だから女は戦士を産むんだ。産着も襁褓(おむつ)もたくさん編んでさ…5人でも10人でも立派な戦士を育て上げて、子供たちの大軍団でアイツらをブチのめしてやるんだ…!」


「…よかろう。存分に産み育てるといい。王国は100人でも1000人でも、お前たちの子らに日々の糧と戦士の職責を与えよう」


 そのためにはユリアンをどれだけ酷使してもいいぞ。


 …え、もう一人目が腹にいるのか。

 こりゃ10人というのも、あながち難しいペースでもなさそうだな。


 ともかく、彼女の燃え上がるような生産意欲は物的面でも人的面でもシュタイオンにとって大歓迎である。


 だから近衛軍に配給する食糧をもっと増やしていこう。

 特にシュタイオンの河口で獲れるウナギは、精がつくから優先的に配分していこう。











 さて、この冬はガラス産業の構築である。


 俺は現在、中央工廠…という名のバルドゥルの鍛冶屋の増築された一角にやって来ている。


 まあ、鍛冶屋の国営化にあたってバルドゥルには中央工廠局長という新設の官職を与えたので、誰がなんと言おうとここはディアーダ王国中央工廠なのである(強弁)


 そして目の前には頭の高さまで積み上げられた象牙色(アイボリー)の煉瓦。


 これこそは、ここ10日ほどに渡って俺が東の山林を足を棒にして探し回った成果、耐熱煉瓦である。


 …いやぁ、ガラス造りを始めようにもまずその炉、いやその炉を作るための耐火粘土を探すのが一苦労だったよ。


 火山活動があったことは確実なので耐火粘土が見つかる確信はあったのだが、一番確実である噴火口に至るには10を超えるエルフ氏族との交渉が必要だと分かってその線は放棄したぜ。


 だってそんなの交渉(物理)になるのは目に見えてるからな…。


 だいいち、もう雪が降ってるのにそんな登山なんて出来るか。

 近衛軍ともども八甲田行軍になってしまうのがオチである。


 と言うわけで、これらの耐火粘土は古い火山泥流の痕跡が湖沼を形成しているに違いないと睨んだ俺が、のべ7つもの沼や湖を巡ってついに発見したものである。


 …なぜか案内についたラウラは俺が湖で氷遊びをしたがっていると勘違いして、その危険性についてくどくどと説教を受けたが…まあ、それは割愛しよう。


 まあともかく、火山溶解物を由来とするアルミナ(酸化アルミニウム)を豊富に含有する粘土は、成形して煉瓦に焼成すれば高温に耐える耐熱煉瓦となるのだ。


 なんなら高アルミナ含有を通り越してギブス石(ボーキサイト)すら転がっていたが…そんなのは1000年後の国民が利用法を考えたらいいだろう。


 電気分解が出来ない以上、今の俺たちには無用の鉱石なのでそんな物は無視である。



「よし、では組んでいけ。形はイグルー(かまくら)状で、天井は丸くするんだぞ」


「へいっ」


 俺の指示で職人たちが次々と耐火煉瓦を積み重ねていく。


 煉瓦の隙間も耐火粘土のつなぎで丹念に塗り固めて、外観は本当にアラスカ原住民の住居のようになってきたな。


 こうしてイグルー状の炉を構築しているのはもちろん、燃焼ガスや熱線を反射させて炉心の温度を上昇させることが狙いで…まあ要するに反射炉である。


 こうすることで石炭燃料による超高温を実現し、安定してガラス製品を生み出していこうという訳である。


 今回は特に、俺のスキルや斎藤さんの神器が無くても再現できることに拘っていくぞ。

 なにしろガラス製品は将来のシュタイオンの持続産業にしたいからな。


 さて、耐熱煉瓦と耐火粘土による炉が形成され終えると…乾燥のために数日はこのまま放置である。


 その後は外部をモルタルで覆って…また乾燥のために放置。


 さらにその後はコンクリートで補強して…またまた乾燥のために放置である。


 …うーん、ものづくりとは気の長い営みであることだ。

 はたして一冬でガラス工芸まで行き着くのかどうか。


 ともかく一発で成功するかも分からんし、炉の大きさや形を変えながら何個も並行して作っていこう。


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