第38話 エルフの森

 俺たちはいまシュタイオンの三角州に注ぐ川をさかのぼって、東の山岳に続く森に足を踏み入れている。

 当面は南方面を優先して東は着手しないと言ったな? あれは嘘だ。


 …いや、聞いて欲しい。

 だって思っちゃったんだよね、コンクリートやモルタルが手に入ったら住宅の建設も進むじゃん、と。

 シュタイオンの現防壁である木柵も強化できるじゃん、と。


 炭団の量産が始まったことで、越冬用に生産されていた木炭に余剰があることも分かったので、石灰岩の焼成に多少回すこともできそうなのだ。


 そこで、安定した採石の始動は後回しなのは変わらないのだが、今回は俺が『収納』できるだけの石灰岩を手に入れてしまおうという算段である。


「陛下。コッチェン族に渡りは付いておりますが、他の氏族に出くわせば戦闘もあり得ます。なにとぞご注意ください」


「わかった。その時はその時だな」


 そう俺に注意喚起をしたのは、林野大臣のベンヤミンだ。

 木こりたちは東の森に立ち入る機会が多いので、本来の職掌とは違うのだがエルフ族との交渉はベンヤミンの担当になっているのだ。


 今回はあらかじめ、シュタイオンと友好関係にあるコッチェン氏族に道案内を依頼しているので、今は彼らとの合流を目指している。


 なんでもコッチェン族の族長は、斎藤さんと個人的な友誼があったとか。

 100年前の人物と直接親交があるとか、さすがはエルフだな。


「…! ご主人様、待ち伏せ!」


 ミンが警告の声を発すると同時に、バルカが俺の間に立ちふさがり左右を近衛軍の兵10名が固めた。

 お前らベンヤミンも守れよ?


 ちなみに今回アレクシスはシュタイオンの守備の為、留守番である。

 あいつは対軍勢で頼りになるし、いつも体調が悪そうなので山歩きに参加させるのは酷だからな。

 なぜか留守居を命じるとショックを受けた様子だったが。


「なかなか、いい鼻をしているねぇ」


 鬱蒼とした森の暗がりから声がして、10名ほどのエルフたちが現れる。


 …Oh。

 こりゃ、俺がイメージしていたエルフとは、またちょっと違う雰囲気だな。


 耳が長く、みな鼻筋が通っていて美しい容貌をしているところはイメージ通りだ。

 しかし全般的に強そうというか、簡素な貫頭衣からしなやかな筋肉の手足が伸びていて、毛皮をまとって山刀をベルトに下げた姿はなんと言うか…。

 よく言えばワイルド、悪く言うと蛮族味があるな。


「コッチェン族だな? 我々は石切りに来ただけだ。争う意図はない」


「フフッ、少しからかっただけだよ。よい斥候を連れているな、ディアーダ王」


 エルフたちの先頭に進み出たのは、真っ赤な髪がボリューミーに広がる女性のエルフだ。

 女性と言っても周囲の男性エルフよりもむしろ身の丈が高く、女子格闘家のような力強さを感じさせる体躯で、種族特徴の美しい貌には歴戦の証か幾筋も傷痕が走っている。


 こういう女戦士タイプがストライクな男性っているよね。

 俺にはその属性はないが、たぶんその方面の人には堪らない別嬪さんなんだろうと思う。

 

「アタシはラウラ。アンタが新たなディアーダ王かい、なるほど。どうやら本物らしいね」


 ん? どこで俺が本物だと判断したんだ。

 たしかに護衛は連れているが、それは影武者でも同じことだと思うが。


「ソーマ・タイラーだ。どこで本物だと見極めているのだ?」


「気づいていないのかい? さっきからアタシは、エルフの言葉を話しているんだ。ケーイチと同じだね、異世界の者である何よりの証拠さ」


 あ、そういうことか。

 振り返って同行者を見ると、みな首を振って理解できないという表情をしている。

 いつの間にか『言語理解』くんが仕事をしていたみたいだな。


「それに…。その娘はソーマの妻だろう? それもケーイチと同じだね。ケーイチは花開く前のつぼみたちを、こよなく愛した」


 またあらぬ誤解を受けてしまった。

 てか、聞き捨てならない情報が含まれてたぞ。


 斎藤さんさぁ…、きっと異世界で欲望を解放してしまったんだね?

 残念ながらアウトです。


 俺の中で斎藤株は大暴落のストップ安で、間もなく上場廃止です。

 というか犯罪者です。

 何が神王か、今後ディアーダ王国では斎藤さんの崇拝を禁止しよう(断罪)


「ケーイチは齢50に満たない幼きエルフの娘たちを愛した。アタシもその一人だったけど、アタシたちは心でつながって、生涯清い間柄だったのさ。だからケーイチは、自身の跡継ぎを残さなかった…」


 む、50歳となると、それはいわゆる合法ロリというやつなのか…?

 じゃあセーフか? いや判断が難しいな。

 現代日本の倫理観はエルフに対応していないぞ。


 でもいくら合法とはいえ、国王なのにロリにかまけて後継者を残さなかったのは普通に無能か?

 いやでも現代人の感覚としては、そういう個人のプライベートを評価に組み込むのは違和感があるな。


 そもそも、今回コッチェン族の協力が得られてるのは、斎藤さんとラウラの関係のおかげなわけで…。


 うーん、もうよく分からんので保留。

 斎藤さんの評価はいったん置いて、目的の石灰岩を入手しよう。


「それで、石切り場に案内してもらえるのか?」


 そう問いかけると、感慨に耽っていたラウラがはっと気がついてこちらを見た。


「案内はできるけど、問題があるよ」


「問題?」


「そう。近年、石切り場には洞窟トカゲが住み着いてしまってさ。手を出さなきゃ大人しいけど、強力な魔物だから討伐することは難しいね」


 なるほど、このパターンね。

 まあ分かりやすくていい。


「ともかく、案内してもらおうか」


「戦うんだね…、勇敢な王じゃないか。いいよ、ソーマが見事洞窟トカゲを討伐して見せたら、我が氏族の幼姫たちを…」


「ともかく案内してもらおうか!」


 斎藤さんの特殊趣味に俺まで巻き込むんじゃない。





「なるほど、デカいな」


 ラウラたちに案内されて森の中をいくこと数時間、切り立った崖に白い岩肌がのぞくポイントに到着した。

 たしかに岩肌には石を切り出した痕跡が多数見られ、かつてここに石切り場があったことを感じさせる。


 そして、岩場に伏しているのは洞窟トカゲとかいう怪物。

 いやこれトカゲとかそういう大きさじゃないぞ。

 頭からしっぽの先まで10m近くあるな。


 てかこいつ映画で見たことあるぞ。

 あれだ、イグアノドンに似てる。

 恐竜じゃん。

 

 てか、もしかしてドラゴンなのか?

 忘れがちだけど、ここはファンタジー世界だもんな。


「ラウラ、もしかしてあいつは、口から火を吐いたりするのか?」


「…ソーマ。そういう怪物は子供の寝物語にしか出てこないんだよ。可愛らしいとは思うけどさ、今はそういう場合じゃないよ」


 いや、なんで俺がアホらしいこと言ったみたいになってんだよ!?

 目の前にエルフがいて当たり前に喋ってるのに、なんでドラゴンになると急にスンッとされるのか?

 そんな謎の位置にリアリティラインを引かれても分かんねえよ!


「火は吐かないけど、奴の強靭なうろこは矢を受け付けないよ。こんな遠くからどうするつもりだい?」


 理不尽なアホの子扱いに憤激する俺を置いて、ラウラは戦術を尋ねてきた。

 覚えてろよこいつ。


 現在、岩場に寝そべる洞窟トカゲから俺たちは150mほど離れている。

 たしかに矢ではどれほどの強弓でも威力の出ない距離だろうが、俺はSF1873を取り出してその場に伏せ撃ちの姿勢をとる。


「まあ、やってみるさ。ミン、射撃補助を頼む」


「うん、任せて!」


 ポケットに弾薬を満載したミンが俺の右側に膝をついて、いつもの射撃補助のポジションについた。

 『銃専心』、周囲の葉揺れの音すら消え去り無音の空間が広がる。


 45-70ガバメント弾をもってしても、ヤツの体表は貫けないだろうか?

 生物である以上そんなバカげた防御力は想像しにくいが、どうせなら防御が薄そうな個所を狙いたい。


 轟音。


「ギュ!?」


 45口径弾が洞窟トカゲの右目を捉えた。

 俺はミンから受け取った弾薬を装填しながら、洞窟トカゲの挙動をうかがう。


 ダメだな。

 大型哺乳類ならばどう考えても今の一発で決まりだったのだが、洞窟トカゲは怒り心頭の様子で暴れ始めた。


 そういえば、恐竜は体の大きさに比して極端に脳が小さいんだったか?

 眼球を撃ち抜いたとしても、脳を捉えられていない可能性があるわけか。


 しかし、それでも。


「ギュオ!?」


 次弾が残る左目を捉える。

 必殺にならなくとも、両眼を失えば危険度は大幅減に違いあるまい。


 …いや、こっちを向いたぞ。

 音か? もしかして蛇みたいな赤外線器官でもあるのか?


 猛烈な勢いでこちらに突進してくる洞窟トカゲの、大きく開いた赤々とした口を眺めながら俺はよどみなく次弾を装填する。


 子供の頃に読んだ恐竜図鑑の想像図を思い起こし、イグアノドンの脳位置を推測して…。

 3射目の45口径弾が、洞窟トカゲの口中に飛び込む。

 

 ビクン、と体を跳ねさせた洞窟トカゲは急激に身体のバランスを失い、突進の勢いのまま地面をえぐるほどの衝撃で転倒した。

 運動中枢の破壊に成功したらしい。


 俺は地面をのたうち回る洞窟トカゲに対して4射目と5射目も口中に送り込み、やがて洞窟トカゲが小さく痙攣するだけになったところで、再度眼窩を狙った6射目がトドメとなって完全に沈黙させた。


 最初の眼球撃ちで決まらなかったのは予想外だったが、なんとかなったな。

 俺が構えをといてSF1873を下すと、身体が左右から揺すられて急激に音が戻って来る。


「…ごい! ご主人様、すごい!」


「…という武威だい! 素晴らしいよ、ソーマ!」


 なんかいつもと違うと思ったら、ラウラからも揺すられていたのか。

 武威が好きね、この世界の人たちは。


「フフフ。アタシがあと100歳若ければ、ケーイチに不義理をしてしまうところだったよ。幸いもう異世界人に愛されるような歳じゃないけど…」


 なにその…なに?(混乱)

 属性が渋滞しすぎて、もはや何のジャンルなのかよく分からないシチュエーションになってるぞ。

 ともかく、タグやレーティングに影響するような言動は慎んでもらいたい。


 それより気になることがある。

 洞窟トカゲの死体に近づいて観察すると、その全身の暗緑色はうろこの色ではなく…カビだ。


 『鑑定』。


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青カビ(ペニシリウム)

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 やっぱり。

 ヒルジャイアントに占拠された谷の洞窟に生えていたものと、同種のカビだな。

 これがもし、こいつが元いた環境にあるものだとしたら、新生ディアーダ王国にとって重要な資源が発見できる可能性があるぞ。


「ラウラ、洞窟トカゲと言うからには、こいつが元いた洞窟があるんだな?」


 南進予定からの予定変更からの、そのまた予定変更になってしまうが、これも見過ごせないのでしょうがない。



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