第57話 レンウッド卿ヒューバート
「陛下、あれがレンウッドの街でございます」
「わ~っ! おっきな街だよ、ご主人様!」
「バリタ人の街と申しても、変わらぬものですな」
イェルドが指し示す方向を見ながらミンとバルカが感想を述べているが…、ちょっとキミたち眼が良すぎないか。
俺には暗い色の海岸線と丘しか見えないんだが…?
「それで、レンウッドの領主には渡りがついているのだな?」
「ははっ! 友好の意思につきましても、先の献物の通りとのことにございます」
イェルドが応える通り、これから俺たちが向かおうとしているバリタニエン島沿岸部の都市は仮想友好都市と見込んでいる街である。
以前にイェルドたちが俺のランダーバーグ王国遠征からの帰りを待つ際に交易に出向いていたのがこのレンウッドで、その際に領主から俺への友好の献物も託されていたのだ。
というわけで、普通に考えたらこのレンウッドの領主、レンウッド卿ヒューバートなる人物はすんなり友好の対象となるのだが…、そこを普通に考えてはいけないのがこの世界なので過度な期待はするまい(戒め)
とか言ってる間に俺の眼にもレンウッドの街が見えて来たぞ。
ふむ、海岸付近の丘を利用して作られた都市だな。
丘をグルッと城壁で囲んでその一辺が海に向かって開かれている感じか。
たしかにこりゃあ、俺がこの世界で見た中でも大きな部類の都市だな。
バリタ人てのは海賊のイメージしかなかったからもっと荒涼とした地なのかと思ってたが、こりゃランダーバーグ王国と遜色のないレベルの文明圏が広がっているのではあるまいか?
「我がレンウッドへようこそおいで下さいました。このヒューバート、ディアーダ王のご征旅の成功を心より祈念してございます」
レンウッドの街の城壁外に設けられた陣幕において、レンウッド卿ヒューバートとの会見が行われている。
まあ、いきなり軍勢を率いて他所の街に乗り込むわけにもいかんしな。
というわけで、俺たちは城壁外の海岸に直接船を乗り上げてそこに仮設の陣営を建設している。
天幕やらなんやらも俺の「収納」から取り出しているのだが、いったん船の中から取り出したようには一応偽装しているぞ。
さて、目の前のレンウッド卿ヒューバートは40歳くらいの中年男性で、言葉を聞く限りでは確かに友好そうな気配である。
シュタイオンとの交易関係の樹立にも二つ返事でOKを返してくるし、世間話の中で俺の成婚の儀の話題が出たときには、頼んでも無いのに名代の派遣を確約してきた。
まあ、友好というのはこういったことの積み重ねなわけだから、面倒だが使節の受け入れの準備もしておかないとな。
なんにせよ、第一バリタニエン島人がかなり文明的な人物で良かったぞ(超意外)
「さて…ディアーダ王国を荒らした海賊どものことでございますが」
お、そうそう。
その話が本命なのよね。
シュタイオンを襲ったバリタ人海賊どもが残した旗やら衣類やらの紋章、これの持ち主に関する情報を得ることもレンウッドに寄港した…いや、港には入ってないんだが、ともかくここに来た目的の一つである。
「これぞドレイクフォード卿オズモンドの紋章に相違ありません。かの者は粗暴にして陰惨、海賊の頭目と呼んで差支えの無い無頼の輩に等しきにて…、陛下の正義の刃が振るわれますれば多くの無辜の民が喜びの声を…」
ふーむ、真実が半分と…嘘が半分か。
遺留品がドレイクフォード卿の物だというのは多分本当だな…、ていうか川を渡るドラゴンの様子が意匠化された紋章だから、もうそのまんまだしな。
そんで、後半のドレイクフォード卿オズモンドをクソミソに扱き下ろしているのは…真実と嘘が半々、最後の方の民衆の為に云々は完全に嘘だな。
推察するに、レンウッドと敵対関係にあるドレイクフォードを俺が攻撃することに大賛成、何なら便乗して占領なり略奪なりを検討しているというところか…。
…まあ、別に構わないよね。
なにも100%善意の協力者でないと味方に出来ないということは無いし、ヒューバートの下心がどうあれドレイクフォード卿がシュタイオンを襲った下手人ならばどのみちタダでおくつもりは無いんだ。
だったら、ただ軍事行動だけを起こしてお終いではなく、海の向こうの友好勢力との関係強化に利用したとしてもいいだろう。
…こんなことではいちいちアンニュイ化しないから、ミンは俺の顔を穴が開くほど凝視しなくても大丈夫だぞ。
「…レンウッド卿よ。ドレイクフォード卿が賠償に応じぬ場合、彼を除くことも我の忌避するところではない。それについてはどうであろうか?」
俺が打ちごろの直球を投げ込むと、ヒューバートの眼の奥に欲望の炎が灯るのが見えた気がした。
「…素晴らしいお考えです。悪逆のオズモンドを除きますれば民の安寧に資することでございましょう…。しかしながら、一時的にはドレイクフォードとその周辺に混乱をもたらすことにもなりましょうが…」
「ふむ…。無用の混乱を引き起こすことは我の望むところではない。レンウッド卿に良き考えはないか?」
俺がもう直球を超えて山なりイーファスボールをど真ん中に投げ込むので、ヒューバートの眼に宿る欲望の炎はメラメラと燃え上がるほどになっている。
…いいから、本音を早く言えよ。
「無いこともございませぬ…! 我が妻妾の一人にはドレイクフォードの先々代領主に連なる者がおり…男子を設けておりますれば、この者を立てて混乱を収め…」
はいはい、つまりアンタの息子の一人を送り込んでドレイクフォードを実質支配したいのね…?
…連れて来られたドレイクフォードに連なる血を引く男子、アエルマー君は10歳にもならない少年で、これもう傀儡の意図を隠す気が一つもねえな?
「子息にも労を取らせてすまないが、是非とも助力してもらおうか」
「もちろんでございます…! さあさあ、今宵は陛下と新生ドレイクフォードの未来を祈念いたしましょう!」
もうドレイクフォードの支配権を奪った気になって浮かれているヒューバートを見て俺は内心呆れているが、…うんまあ、欲望に忠実で分かりやすい人物ではある。
バリタニエン島との安定した交易拠点も見つかったし、ひとまずはよしとするかね…。
さすがに単身でレンウッドの領主館に招かれるほど俺も迂闊ではないので、その日はそのまま城壁外の仮設陣営で両者の軍勢が控える中での宴会となった。
おおよその作戦計画もそこで決まり、レンウッドと同様に海岸線の港町であるドレイクフォードへの侵攻は…侵攻が前提になってるが一応賠償に応じる意思は確認するんだけども、ともかく侵攻は陸上を行くヒューバートの足に合わせて5日後と決まった。
俺たちはいったんシュタイオンに帰還しようかとも思ったが、ドレイクフォードに直接乗り付けるほどバリタニエン島の地理に詳しくないので大人しくこのまま待機していよう。
ヒューバートから水先案内人を借りられるからな。
さっそく樽を連ねて板を渡した仮設の桟橋を建造しはじめるイェルドたちを眺めながら、俺はバリタニエン島で作られるワインをチビチビと舐めていた。
…まあ、シンプルに考えていこう…敵をぶっ飛ばすだけだ。
俺に寄り添うミンの頭を撫でながら、二人で海峡に映える月を見ていた。
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