第58話 ドレイクフォードの戦い
ヒューバートが用意した水先案内人を載せ、俺たちの船は現在ドレイクフォード近郊の浜辺までやって来た。
そして、現在は仮設の桟橋を構築している…のだが。
遠目に見えるドレイクフォードの街の城壁、その前には軍勢が展開していて、籠城戦ではなく野戦でこちらを撃退しようという構えである。
まあ別にドレイクフォード卿が戦闘に自信があることは構わないのだが…、気になるのはその軍容である。
なんか…多くない?
パッと見1000に近い軍勢に見えるし、なによりその軍勢が3つに別れて布陣していて、しかもそれぞれに別の旗印を掲げているのである。
…これ、援軍が入ってるよね?
「…あれなるはグリムスビー卿、ネルウィック卿の旗印にございますな…。どうやらドレイクフォード卿に与する構えのようでございます」
俺の問うような視線に耐えかねてか、ヒューバートが答える。
うーん、こいつの落ち着きようも怪しいんだよな…。
ヒューバートが率いている軍勢は500ほどで、単独の街の領主としてはかなりの大軍を出してきたとは思うんだが…。
それにしても倍近い敵の軍勢を見ても動揺が感じられないのは、見た目によらず剛毅な男なんだろうか?
やがてコチラも布陣を終えたのを見計らってか、敵の軍勢から軍使を表す白旗を掲げた騎兵が1騎駆けてくるのが見える。
ふむ、戦闘前の口上を述べようというわけかな?
やがてこちらの軍勢の眼の前までやって来た軍使は、大声を張り上げて戦口上を述べ始める。
「薄汚い野心に染まったレンウッド卿とその用心棒に告ぐ! 我ら3者への同時の宣戦は勇気とは呼べず無謀の妄動であろう! なけなしの名誉と命が惜しくば降伏するが良い!」
「…いやあ、はっは。よく分からぬことを申す使者でございますな…あっはっは。ディアーダ王よ、この者共も海賊を為す悪辣な領主でございます。この機に討ち滅ぼしてしまいましょう!」
俺のじっとりとした視線を避けながらヒューバートが適当な事を言っている。
…そういうことね。
コイツがわざわざ周辺の領主にも吹っかけて集めさせたのか。
おおかた今回のドレイクフォード攻略にかこつけて、自分の敵対勢力を一網打尽にしてしまおうという算段か。
…しかしそうなると、無視できない疑問が残るぞ。
コイツはどこで俺の戦闘能力に関して情報を得たんだ?
自軍に倍する敵軍勢を集めたからには、俺にこれを打ち破る能力があると把握しているに違いない。
ふーむ、もう敵軍の接近が始まっているから、その辺の詰問は後回しにしようか。
「…ヒューバートよ、我が大魔法を行使するゆえ、軍勢を前に出さぬようにせよ。そなたの軍は追撃に備えるのだ」
「ははっ」
これまた素直に従うヒューバート。
ウチの軍だって補助兵たちは敵の多さに浮足立っているというのに、やはりヒューバートは俺の能力を知っていることが確定だな。
「ミン、バルカ、配置につけ」
「うんっ!」
「承知!」
俺が『収納』からガトリングガンを取り出すと、ミンとバルカが素早く左右の配置についた。
さらに腰の小剣を抜き払うと、切っ先を迫る敵軍勢の最右翼に向ける。
ミンが箱型弾倉をセットするのを確認して、俺はクルクルとハンドルを回して銃身を回転させ始める。
「一斉射で端から端まで全て薙ぐ…撃て!」
俺の号令でミンが箱型弾倉の止め板を抜き去ると、自由落下する弾薬が薬室に装填され…
轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟
音速を超える速度の14.7mm弾が毎分200発のペースで撃ち出される。
小剣の切っ先が向く方向に合わせて振られる砲口に従って火箭が伸びて、敵の軍勢がバタバタと倒れ伏していった。
敵の軍勢はそれなりの装備で鎖帷子を着た兵もいるようだが、14.7mm弾の直撃を受けたならばそんな物は関係ない。
ただ等しく引き裂かれ、打ち砕かれ、破裂していくのみである。
一斉射200発を撃ち尽くしたところで、敵軍の前進は完全に停止して、混乱に陥っているのが見えた。
なんか3つの軍勢とも先頭に立っていた騎士が倒れたせいで、指揮官がいなくなったっぽいな。
これもういいんじゃないか…?
「ヒューバートよ、どうであろうか」
呆けた顔をしていたヒューバートだったが、俺が視線を向けていると再起動する。
「…十分にございます。これ以上は戦後の障りとなりますので…」
じゃあ俺の仕事は終わりだな。
「これ以上は殺すな、投降を呼びかけろ!」
「ははっ!」
その後の俺は、追撃するヒューバートの軍勢やら、続々と投降する敵軍やらをボンヤリと眺めている。
ふと見るとシュタイオンから連れてきた補助兵たちが畏怖の視線を俺に向けていることに気づく。
…もしかして、また俺の評価が荒っぽい方向に傾いたんじゃなかろうか(不安)
俺はそういう評価は求めてなくて…、もっとこう…現代人の価値観による平和で文明的な王としての評価をだな…(届かぬ想い)
「報告いたします! 三領の兵を捕縛し終えましてございます!」
入室してきた騎士が跪いてヒューバートに報告を行っている。
ここは占領なったドレイクフォード領主館。
俺はもう帰ろうかと思っていたのだが…、そう言えばヒューバートに言いたいこともあったのでここまで着いてきたのだ。
「うむ…。新領主に忠誠を誓うものは放免すると周知せよ。ただし、当面は親か子供を人質としてレンウッドに住まわせる」
なるほど、ドレイクフォードの戦力を全滅させなかったのはこの為か。
まあ、自分の子飼いの軍勢だけで二つの領地を守るのは大変だもんな。
しかし、ドレイクフォードの兵士はそれでいいとして、他の二つの領軍まで捕縛したのは身代金でも要求する気なんだろうか?
などと俺が考えていたところに、新たに報告の兵士が入ってくる。
「お館様! グリムスビー卿、ネルウィック卿両名の首級を確認いたしてございます」
「左様か…! よし、では両軍の兵についても先と同じ伝達をせよ」
…ん?
グリムスビー領とネルウィック領の領主が死んだらしい事まではいいとして、たぶん軍勢の先頭にいた騎士がそうなんだろうし。
しかし、それらの兵についても新領主への帰順を求めるということは…。
「…ヒューバートよ、そろそろ教えてもらおうか。領主を失って混乱するであろうグリムスビーとネルウィック…。そなたはどのように収拾するつもりであるか」
俺がそう詰問するも、ヒューバートは悪びれもせずにこやかにしていやがる。
「ははっ…。これは偶然ながら、私にはそれらの領と縁続きの妻妾がありまして…。継承権を持つ男子を設けてございます」
…こいつ、よくもまあいけしゃあしゃあと (呆れ)
何らかのルートで俺の情報を得ていたコイツは、この機に一気に敵対勢力を撃滅するだけでなく領地ごと併呑する事に利用した訳か…。
うーん。
ずる賢いと言うべきか、機を見るに敏と言うべきか。
「陛下、お陰を持ちまして海賊の根城となる領を三つも平定する事が出来ましてございます。これは必ずやディアーダ王国の安寧にも繋がる慶事かと…」
これである。
まあ確かに、シュタイオンの対岸にあるこの地域が友好勢力に統治される事は、ディアーダ王国にとっても不利益のある話ではないのだが。
とはいえ、やられっぱなしでは少し面白くないぞ…。
「…あい分かった。準備の良いそなたにはもっと働いてもらうとしよう…」
俺が眼を光らせると、ヒューバートはそれまでのホクホク顔を収めて計算高い狐の顔に戻った。
…おおかた、俺から何らか追加の報酬を要求されると見て、その損得の算段に入っているんだろう。
「…もちろん陛下の御恩に報いるためならばこのヒューバート、骨を折らせていただきますが…」
「言ったな。では…バリタニエン島沿岸部の、主だった領の継承権者を準備せよ。そなたにはそれらを統べてもらうぞ」
「なんと…!」
俺の要求に流石のヒューバートも驚愕するが、すぐに脳内でクルクルと計算を始めたようで押し黙っている。
このままコイツの小さな領土利権に利用されただけでは面白くないからな。
やるからには海賊の根拠地を全部取り締まらせてやる。
数分も黙考していたヒューバートだったが、やがて肚が決まったのか、その双眸に燃えるような野心を漲らせて口を開いた。
「…陛下、沿岸部の領だけでは形が細長くなり守りにくくなります。つきましては、安定と平和のためにも、これらの領を護る後背地となる要衝の地、キングストンの攻略にご助力いただきたく…」
「ななっ…!?」
キングストンという地名を聞いて、今度はイェルドが慌てた様子で俺に耳打ちしてくる。
なんだ? そのキングストンとかいうのはなんかまずいのか…?
「陛下…キングストンと申しますのは、このバリタニエン島南部を治めるウェクシャー王国の王都にございます…」
王都だと…?
ということは、こいつ。
「そなた、王となる者を用意できるのだな…?」
「…キングストンは我が父祖が開いた土地にございますれば、我が身体には正統の血が流れております」
…なるほど、俺はバリタニエン島の政治史なんて知らんが、ヒューバートは旧支配者の血統だと言う訳か。
まあ、俺は別に正統がどうとかに興味はない。
それよりも…。
「…ヒューバートよ、そなたは王となって何を為すか?」
「…信義と平和をもって統治の礎となし、父祖の名誉を輝かしめることこそが我が本望でございます…。ご助力をいただけますならば、ディアーダ王国を主と仰ぎ永世の同盟をお約束しましょう。もちろん、全ての海賊行為を厳に禁止いたします」
さっきからイェルドとユリアンがブンブンと首を振って俺に「騙されるな!」と意思伝達してくるのだが…。
いや、そりゃそうだよね。
ここまで散々俺を利用してきたヒューバートが、急に信義と平和とか言い出してそれを信じるヤツはいないだろう。
…でもこれマジらしいんだよね (驚愕)
ついさっきまではビンビンに嘘の反応を撒き散らしていたヒューバートだが…、たった今の発言には嘘が一つも含まれていないと俺の『虚偽感知』が教えてくれるのだ。
にわかには信じがたいことなのだが…、どうやら欲に塗れたレンウッド卿ヒューバートと、父祖の国を再興する使命に燃えるヒューバート王は別人ということらしい。
ふーむ。
こりゃさすがに、真剣に検討せねばならんか…。
考えてみると、ランダーバーグ王国に続いて近隣に友好国が誕生することは悪くないぞ…。
交易を拡大するにも、いずれ来るヴィーク人の脅威に対抗するにも、海峡の対岸が味方であることは何かと都合がいいに違いない。
そうなるとスキルでヒューバートの真意を見抜いている以上、ありな話なんだが…。
しかし問題は道義面というか、ウチの利益の為に他国の体制を転覆させていいものかということである…。
まあ、いいか (適当)
だって、こんな海賊諸侯どもを放置してる王国に義理なんて無いもんね。
ヒューバートが諸侯の海賊行為を禁止するって言うなら、断然そっちのほうがいいもんね。
…それに、話が気に入ったというのも正直ある。
こいつのケチな領土欲の片棒を担がされるのは腹が立つが、国を丸ごと取ろうと言うなら…まあ、ちょっと面白いと思ってしまった。
面白いと思っちゃった以上は、俺の負けだよね。
ほんじゃあ、信義と平和の統治とやらを見せてもらうとするか…。
「よかろう、助力を与える。…ただし、ディアーダ王国を主とするのではなく、対等の同盟とすることが条件である」
…両国の未来を鑑みれば、これは妥当なところだろう。
なにしろ俺の代には俺という圧倒的な軍事力の裏付けがあるのでいいとしても、子孫の代はどうなっているか分からんからな。
下手をするとディアーダ王国の風下に立つことを良しとせず、無用の軋轢を引き起こす可能性があるだろう。
俺のまさかの承諾に周囲は一気にざわざわし始める。
俺が一方的に譲り過ぎるから、ちょっと不審な空気になってるかな…?
もう少し要求しておくか。
「…加えて。そなたの王国の交易船は、直接ランダーバーグ王国を目指してはならぬ。必ずシュタイオンに寄港し、積荷の半分を商う法とせよ」
俺が追加で条件を出すと、ヒューバートは顎に手を当ててクルクルと損得を検討しだす
…清廉な王になったり損得勘定したり忙しいヤツだな…。
「…承知いたしました。是非ともご助力をいただきたく…」
よし、これはウチにとっても明確な利益だから不審さを軽減できただろう。
バリタニエン島からランダーバーグ王国を目指す際に、シュタイオンを寄港地とすることもそう無茶な話ではないし、いい落とし所になったんじゃなかろうか…?
ヒューバートの王国とランダーバーグ王国、両者を結ぶ交易のハブ港になれるならば、後の代のディアーダ王国にとって重要な遺産となるだろう。
「ふむ、全て決まりであるな。ヒューバートよ、準備にはどれだけかかるか」
「来春までいただけますれば」
来年か…。
まあ、キングストンを攻略するだけならもっと早くできそうな気もするが、その後の統治を考えると準備が必要だろうしな。
それに、ヒューバートに何人妻や子供がいるかは知らんが、敵に回る諸侯を全部挿げ替えるほど都合の良い縁者は揃えていないだろう。
これから敵味方を峻別する工作も始まるだろうし、仮想敵となる領地の継承権者を用意すると考えると…。
来春までに準備できるというのはむしろ有能すぎるなコイツ。
よし、今度こそ今回の目的は果たしたから帰ろう。
俺は立ち上がってマントの裾を翻す。
「では、来春にまた会おう」
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