第59話 黒曜石
季節は晩夏を過ぎて初秋に差し掛かりつつある。
日本出身の俺としては、秋と聞くとどうしても収穫の季節をイメージするのだが…。
冬小麦を主たる農作物とするシュタイオンではこの時期は農閑期にあたるため、人々の暮らしはどこかのんびりとしている。
それでも手の空いた農民たちは鋤をハンマーに持ち替えて真鍮工芸に没頭するのがシュタイオン住民の特徴である。
あるいは舟を出して漁獲にまい進し、半農半漁の生活をおくる者も元から多数いる。
さて、現在のシュタイオンの主力輸出品である真鍮工芸だが、最近ではここにも進化が見られる。
元々は俺が召喚した各種弾薬類の空薬莢をそのまま住民に配布していたのだが…。
最近ではまず工務大臣ヴィルマーの弟バルドゥルが営む鍛冶屋…つい先ごろ国営化したので中央工廠と呼んでいるが、ここに全量を渡してまずは溶かして鋳型に流し込む鋳造を行わせている。
今も俺の館からも中央工廠からモクモクとあがる煙が見えて、まあ煙と言っても実は燃料を燃やした煙ではなくてほとんどの成分が蒸気なのだが、大量の空薬莢を器やインゴットに粗成していることが分かる。
なぜ蒸気なのかと言うと…実はこの中央工廠、その主たる熱源に『白夜の神器』を使用しているのだ。
後世への悪影響に無配慮なロリコン…いや、最近は俺に累が及ぶ可能性が出てきたので性癖のことは言うまい。
ともかく神王斎藤さんの残した遺物『白夜の神器』は太陽光を集めて熱線を照射するマジックアイテムである。
これを中央工廠に設置して高炉の中に熱線を照射し、その熱で効率的な鋳造を実現しているわけである。
うーん、斎藤さんの神器がまともに平和利用される光景を初めてみたかも知れない…。
これにより器やら矢じりやらの原型は中央工廠の鋳型でおおよそ形作り、各家庭ではその仕上げ作業に専念する体制が構築できた。
海の向こうバリタニエン島との交易も始まって、いくつかの商船も来航するようになったので、輸出品である真鍮器の増産体制が固まったことは実にめでたいぞ。
…俺がいなくなったあとでも「白夜の神器」は活動を続けるだろうし、斎藤さんの力というのは本当に桁外れと言っていいな。
まあ、あんたの作った国なんだから、ちゃんと未来まで見守っていてくれよな…。
「ご主人様〜、おやき焦げちゃうよぉ〜?」
「ご主君、焦げそうなのは先にいただきますぞ?」
おっと、俺の好物なんだから残しておいてくれよな。
ミンとバルカに急かされて窓際から振り返ると、香ばしい匂いに釣られてかいつの間にやら幼姫たちも集まって、手に手におやきを持って頬張っている。
「おいし〜い」
「あちちっ!」
「ふーふーしてあげるね? ふ〜ふ〜」
「アタシもふーふーしてぇ〜」
こりゃいかん、七輪の上の金網で焼けているおやきはもう残り僅かだ。
俺もさっそく一つ…あちちっ!
「陛下もふーしてあげるね? ふ〜」
「「「ふ〜」」」 「ぱくっ」
幼姫たちが一斉に俺の手元にあるおやきに息を吹きかけているが…、最年少のエスターはそのまま我慢できずに食いついてしまったぞ。
こらこら、俺の手まで食べようとするんじゃない…。
「はい、ご主人様。ミンとはんぶんこね!」
おお…お前はいい子だなぁ。
うん、うまい。
やはりミンと分け合うおやきが一番うまいな。
…さて、これでエネルギーも充足したことだし、本日の遠征に向かいますかね…!
「よく来たなソーマ、頼もしいぞ!」
ラウラにバシバシと背中を叩かれて、思わず俺は前に一二歩よろめいていた。
ユリアン指揮する近衛軍50名を引き連れてやってきたのは東の森。
今回は友好エルフ氏族であるコッチェン族の支援作戦に出向いているのである。
…え、エルフは人間の介入を嫌うんじゃないかって?
それはエルフ氏族同士の闘争の場合の話だな。
今回の敵勢力は魔物、具体的に言うとオークである。
事態をかいつまんで説明すると、先ごろまで行われていたエルフ氏族間の大規模な闘争、これ自体は解決…最終局面のやたら残虐な刑罰を除けば問題なく解決しているのだが…。
しかし、その混乱の隙を突かれてコッチェン族も対立していたヴェルド族も支配領域内にオークの侵入を許してしまったらしい。
まあ、何やってんだよと思わなくもないのだが、エルフというのは氏族間闘争のためなら他の何を投げ打っても構わない文化なので仕方ない。
そのおかげでシュタイオン付近でも木こりによるオークの目撃例が頻発しているし、エルフたちの主要交易品である森の木々の間伐材も品薄になってしまっているのだ。
急激な人口増加による建築ラッシュが続くシュタイオンにとってこれは由々しき事態であるし、別にそうでなくともディアーダ王国の民が魔物の脅威に晒されているのを見過ごすわけにもいかんだろう。
というわけで、今日からしばらくはコッチェン族とその傘下にあるヴェルド族、同盟氏族であるナイア族の3氏族に加えてディアーダ王国の四勢力合同作戦が続くことになるだろう。
…ところで、エルフとオークと聞いてやらしい想像をした者は、怒らないので正直に手を挙げるように。
ふむ、素直でよろしい。
キミたちには銃殺刑か局部入墨刑かを選ばせてやろう(無慈悲)
大丈夫、エルフにとって入墨刑はさほど深刻な不名誉ではないらしいぞ。
なにしろ刑罰の他にも夫の不義や一方的な離縁に対してもよく行われるそうだ。
幼姫たちが俺の館に持参した道具にも、あの凶悪な長針が含まれているくらいだからな…(戦慄)
…なんにせよ、オークとエルフは普通に血みどろの殺し合いをする間柄で、キミたちが期待しているような展開は無いから、まあ大人しく入れ墨の紋を選びたまえ。
「さあ、まずはヴェルドの松林からオークどもを蹴散らすよ! エルフ戦士の勇気を示せ!」
「おおおお!!」
ラウラの号令一下、総勢200人ほどの屈強なエルフ戦士たちが雄叫びを挙げる。
うーむ、壮観だ。
エルフ戦士たちはみな筋骨隆々たる体躯に毛皮を纏って、手に手に短弓や黒曜石の歯を埋め込んだバットのような剣を提げていて…。
…こりゃあ、やはりエルフに対する金属の流出は慎重に考えないとな。
これらの戦士たちが金属製の鏃や剣を手にしたとすると、潜在的な脅威としてはやはり無視しがたいものがあるぞ。
まあ、こうして隣り合って生活して交易を行っている以上は、制限をすると言っても限界があるのだが…。
しかも、建築ラッシュのおかげでエルフの木材がどうしても欲しい関係で、どうしても対価には真鍮器を出さざるを得なくなってもいる。
…ともかく、加工済みの鏃と武器だけは禁輸品にしていこう。
轟音
「ブギャッ!?」
SF1873から放たれた.45-70弾がオークの胸板を貫いて昏倒させる。
「はい、ご主人様!」
俺は素早くハンマーを起こしトラップドアを開いて空薬莢を排出すると、ミンから手渡された次弾を薬室に装填して立射の姿勢で次の目標に狙いを定めた。
轟音
「ブ…!?」
今度はヘッドショットが決まって、オークの硬い猪の頭蓋も一撃で砕けて詳細描写しにくいもろもろを撒き散らしている。
「お、お見事な武威…!」
付近にいるヴェルド族の戦士たちから驚愕の声が上がる。
まあそうか、これまで彼らとは直接矛を交えたり共闘したりする機会が無かったからな。
初めは俺たちのことを胡乱げに見ていた彼らも、こうして戦闘能力を示してやればすぐに尊敬の眼差しを向けてくるのだから、ある意味エルフ族というのは付き合いやすい相手ではあるな。
…シュタイオンに来る前に俺が想像していたエルフ像とはちょっと異なるけども。
「ディアーダ王の武威があれば、オークどもを松林から駆逐することも造作ないな…!」
「よかった。これで黒石(黒曜石)の不足もなんとかなるぞ…」
ヴェルド戦士たちは口々に明るい展望を述べている。
まあ彼らとの友好関係に俺が寄与できたなら良かったよ。
どうやらこの松林は材木や鳥獣の狩猟資源だけでなく、彼らの武器に使用する黒曜石も産出しているようだしな…。
…ん。
黒曜石だと…?
「こらぁっ! サボってないで勢子(せこ)に出るんだよ! ここはソーマ一人でも十分だからね!」
急にラウラの雷が落ちて、ヴェルド戦士たちは哀れにも股間を押さえて内股になりながら青い顔をしている。
いや、よく見ると他の氏族の戦士たちも若干内股気味になっているな。
…まあ、俺もなんだが。
叱りつけられた戦士たちは慌てて林に踏み入って行った。
ラウラの言う通り、各氏族の戦士たちは集団でオークを追い散らしてはやや開けた場所に追い込む勢子の役割を果たしているのだ。
そして、そうして追い出されてきたオークを…。
「行ったぞ〜!」
掛け声がしたかと思うと、俺の眼前に布陣する近衛軍の戦列正面に4〜5体のオークがまろび出た。
轟音
「ブギ…!?」
「はい、ご主人様!」
ミンから受け取った弾薬を素早く装填する。
…今日はこのまま1日中イノシシ撃ちだろうな。
重要な情報も得られたことだし、付近のオークは狩り尽くす勢いで行こう。
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