第50話 南方遠征
春真っ盛りのシュタイオンを進発する軍勢が、壁門に詰めかけた人々から激励を受けている。
トビアスの要請を受けた俺は即座に遠征を決め、近衛軍の半数である50名を引き連れて残りの半数はシュタイオンの守備に残すこととした。
「「陛下~! ご無事で~!」」
「「おきさきさま~! がんばって~!」」
エルフ氏族の幼姫たちも精一杯手を振って応援してくれている。
4人ともすっかりシュタイオンの生活に慣れたようで、コッチェン族の2人はヒマワリが咲いたような明るさを放ち、ナイア族の2人は蘭が咲いたような可憐さを誇っている。
見送りの人々に手を振って応えた俺たちは、軍勢を南に向けてフレムド人居留区との間に架かる仮設橋を越える。
これは現状では木製の平橋なのだが、すぐ隣にはコンクリート製のアーチ橋を建築中である。
今はまだ一人ずつ渡るしかない細橋でも、いずれシュタイオンと外部をつなぐ強固な架け橋となることを俺は夢想している。
橋を渡ったところにはフレムド人による防衛部隊の兵士たちが整列していた。
フレムド人部隊は『補助軍』と命名され、真鍮の穂先を備えた簡素な槍と木盾の装備に毛皮のベストを纏っただけの軽装歩兵であるが、人数はすでに近衛軍の倍に迫る200人近い人数を誇る。
そして彼らの半数は今回の遠征に同行することになっているのだ。
なぜ補助軍がこれほど急激に増大しているかと言うと、それは彼らの背景を説明しなければならない。
彼らの出自はランダーバーグ王国からの逃散農民がボリューム層である。
つまり不作や苛政により徴税に耐えられない農民が領地を逃げ出したものだが、領を跨ぐような逃亡が可能であるのは当然成年男性が多い。
従ってそもそもの人口構成が成年男性に偏っており、戦闘をこなす兵士人口が多数なのである。
補助軍も軍制としては国防軍と同様に成年男性の全員参加なので、結果として新生ディアーダ王国において規模第2位の軍事組織となっているのだ。
さらに現在では、シュタイオンで生産される真鍮器をランダーバーグ王国へ輸出する隊商を組織する者が多く出ており、危険な無主地を行くためには好都合な兵士人口ともなっている。
自国民が交易の担い手になっているので当初の俺の構想とは少し変わって来たけど、まあいいだろ(適当)
なんにせよ半盗賊団みたいなラウブ人たちが平和的な業種転換をしてるんだから、細かいことは言うまい。
春になってからもラウブ人からの人口流入が続いているようだし、いっそラウブ人の大部分をこの形で吸収しても不都合はあるまい。
そして、今回この補助軍の半数を遠征に連れていくわけだが、理由の半分は無主地の地理に詳しい彼らに遠征を先導させることにある。
理由のもう半分は…宰相モーリッツが俺の留守中にフレムド人が反乱を起こす可能性を懸念し、その防止策として強く推奨したのだ。
武装フレムド人の半数を俺が遠征に連れて行ってしまうことで、シュタイオンの民衆は反乱の不安が和らぐというわけである。
まあこの辺の相互理解と融和政策は時間をかけてやっていくしかない。
なんにせよ近衛軍の50人と補助軍の100人、総勢150人と俺たちで今回の遠征に向かうことになる。
あ、あとアレクシスは留守番にしたよ。
遠征で予想される戦闘はぶっちゃけ俺がいれば十分だし、俺抜きのシュタイオン防衛にはアレクシスの力がどうしても欠かせないのだ。
アイツはだいたいいつも体調不良だし、今回の留守番を言い渡した時も死にそうな顔をしていたから、まあ静養に丁度いいだろう。
無主地を南下する行軍は何らの波乱もなく平和な時間であった。
久しぶりに稼働する俺たちの移動要塞馬車は快調に野を征き、俺とミン、バルカ3人によるローテーションもなんだか懐かしいくらいだ。
「陛下がみずから馬車を御すのですか…?」
補助軍の派遣隊長を務める中年兵士のクルトが困惑の様子を浮かべているが、俺と付き合いが長いユリアンはじめ近衛軍の兵士たちは慣れたもので馬車の周囲を固めている。
キミたちもディアーダ王国の流儀に早く慣れたまえ。
「ご主人様、軍勢が見えるよ! 10時の方向」
シュタイオンを進発して3日目の行軍中に、馬車の屋根上で見張りに当たっているミンから報告の声が上がる。
「ご主君。デルリーン卿の軍勢にしては、早すぎましょうぞ」
まだランダーバーグ王国の領域に差し掛かるかどうかというところで、バルカが言う通りトビアスとの終結予定地には1日以上の距離があるはずだ。
俺も馬車上に登ってミンが指さす方向に目を凝らすが…。
ダメだな。俺にはミンほどの視力が無いので人間の集団なのかどうかもよく分からん。
「ミン。装備の質は分かるか?」
「うーん。盗賊団、かも? ほとんど鎧も着てないよ」
盗賊かぁ、盗賊退治も久しぶりだな。
こういう世紀末感のある事象に接すると、ランダーバーグ王国に戻って来たんだなぁと感じるよ(自国の紛争から目を背けながら)
「陛下、数は50程かと見えます」
「よし。戦闘準備だが、まずは警告を発する。いきなり仕掛けるなよ」
「「ははっ!」」
俺の指示を受けてユリアンとクルトはそれぞれの部隊に命令を発している。
遠くに見えた集団もこちらに気付いたらしく隊列が動揺し、戦う気なのか逃げる気なのか判然としない混乱した様相を見せた。
ふむ、相手の陣容が見えてくると、どうも軍勢にしても盗賊団にしてもおかしいな。
ミンの報告の通りほとんど鎧も着ていないし、武器も槍を持っているのはごく少数でほとんどは農具や下手するとただの棒だ。
「停止せよ! ディアーダ王の軍勢である。王の武威に触れなば、ただでは済むまいぞ!」
ユリアンが大声で警告を発するが、俺がヤベーやつみたいな呼ばわりには異議があるので後で抗議しておこう。
警告を受けた集団はますます混乱してまごついているが、やがて隊列の中から数人の男たちが進み出てきた。
「お、王様の軍勢とは知りませんだで、なにとぞ、命ばかりは、お、お助けくだせえ」
そう言うと男たちは地面に頭を擦り付けるようにして平伏した。
いや、俺がヤベーやつみたいになるからやめてくれないか?
「ユリアン、武装を解除させろ。乱暴はするなよ」
「ははっ! その方ら、大人しく武器を置け! 悪心を起こさば陛下の雷に打たれるぞ!」
いや、俺がヤベーやつみたいするのやめてくれないか?(再掲)
もしかしてキミらの中で俺の武王キャラ固まって来てる…?
「そうか、教会領の民であるか」
「へい。昨年に教会領が滅びやして、後に入った領主が根こそぎ持っていくもんで、暮らしていかれず…」
なるほど、彼らは生まれたてホヤホヤのラウブ人集団というわけか。
武装解除して観察してみると集団には家財が積まれた荷車が多くあり、人員も半数は非戦闘員の女子供である。
老人の姿がほとんど見られないが、…過酷な運命に飲み込まれたんだろうな。
若者たちの未来を優先したか、あるいは逃散の道程に耐えられなかったか。
さっきから俺の袖がクイクイ引かれているが、もちろんおねだりされるまでもなく俺の肚は決まっている。
教会領の崩壊には俺の行動も関係しているからな。
「そなたら、ディアーダ王国へ忠誠を誓うならば、食い扶持と住処を与えよう。選べ」
「へ、へい! 王様に忠誠を誓いますだ! 牛や馬のように働きますだで、どうかカカァと子らを生かして下せえ!」
男たちは涙ながらに地に何度も額を打ちつけている。
集団の女たちも事の成り行きに喜び、歓声を上げて抱き合っているのが見える。
まあそれほどの感謝を受けるに、俺は値しないのだが。
俺は俺が流した血と、引き起こした騒乱に対してわずかな贖罪を、いや偽善を…。
「ご主人様! 人が増えるからいっぱい畑を作って! お魚もいっぱい獲って! おソバもお豆もいっぱい植えようね!」
ミンは俺の首に抱きついて猫の様に額を擦り付けて来る。
すまんすまん、最近はアンニュイモードが多すぎるな。
彼らには近衛軍と補助軍から兵を割いてフレムド区まで送らせよう。
補助軍だけ送り返すとモーリッツがうるさいから、比率通り近衛軍10人と補助軍20人でいいか。
こりゃあ、トビアスと会って話さなきゃならんことが多くなってきたぞ。
翌々日、俺たちの軍勢はランダーバーグ王国北部諸侯領のひとつステパット領の領都郊外において、王国北方の軍権を一手に握る重要人物、北域都護デルリーン卿トビアスの軍勢2000と合流を果たした。
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