第49話 共同作戦
「シベルちゃん見つけた!」
「あーん。お妃さま、つよすぎるぅ~」
部屋の隅の木箱をミンが開くと、小学1~2年生くらいの年頃の女児が頭を抱えて出てきた。
人形のように整った顔立ちに尖った耳が特徴的な幼女は、コッチェン族の幼姫である。
「シベルちゃんも一緒に探そうね」
「うん!」
ミンと幼姫が手をつないで部屋を出て行くと、やがて館のあちこちからきゃあきゃあと騒ぐ幼女たちの楽し気な声が聞こえてきた。
彼女たちは館内で絶賛かくれんぼ中であり、今はミンが鬼役を務めているところだ。
幼姫たちはもちろんエルフ氏族からの人質であり、全部で4人がシュタイオンの俺の館で生活している。
コッチェン族からの2人はどちらもラウラの姪で、それぞれ別のラウラの弟の娘だと言うから、つまり従姉妹同士だ。
小学3~4年生くらいの方の幼女がエルヴィラ、もう2歳くらい幼く見える方の幼女がシベルという。
ナイア族からの2人はナイア族長グレガーの娘で、実の姉妹同士だ。
姉で小学2~3年生くらいの方の幼女がニナ、妹で小学1年生か下手したら未就学児くらいの方の幼女がエスターである。
俺の屋敷にやってきた当初、ナイア族の姉妹は大人しく引っ込み思案な様子だった。
まあ、俺がナイア族を相手に無茶苦茶したやつだと聞かされて、内心恐ろしく思っていたのだろう。
しかしそれも1週間前の話であり、コッチェン族の2人がともかく陽気で活発なため、あっという間に親密になった4人は今や元気に遊び回っている。
ちなみに、館の警備の関係で4人とも俺の隣の一室を寝室としているのだが、これが連日開催のお泊り会として機能しているらしい。
おかげで興奮した4人が毎夜遅くまでお喋りをしては、両氏族のお目付け役エルフ侍女に叱られているそうだ。
この年頃の女の子を集めてしまえばこうなるよね。
彼女たちとすっかり親しくなったミンも、しょっちゅうお呼ばれして一緒に遊んでいる
まあ同年代とはいかないが、ミンに女の子らしい遊びができる相手ができたことは良かったのかも知れん。
…いや同年代どころか、最年少のエスターを除いては俺よりも年上なんだけども。
それでも、これまで荒事一辺倒だった情操教育に良い影響があることを期待したい。
「陛下、ハインリヒ大使が面会を希望しております」
お、さてはトビアスの作戦が決まったか。
俺がカスパーの要請に応えて共同作戦を了承した直後、カスパーは護衛兵の半分に手紙を持たせてトビアスの元に送っていたのだ。
早くも返答が届いたということは、共同作戦の内容が決まったに違いあるまい。
相変わらず判断が早いのはあいつの美徳だな。
「そうか、トビアスも出るのか」
「左様にございます。ディアーダ王におかれては、デルリーン卿と轡を並べ、テニエスの逆賊を討伐していただきたく」
カスパーが持参した地図を眺めると、テニエス領とはランダーバーグ王国北部地域の中でも、さらに北部というべき土地だ。
ふむ、シュタイオンからの遠征距離に配慮したか、なによりこちらにとっても交易や移民政策上の障害となる相手を指名してきたわけだな。
これならまあ、こちらの国益上も文句の無い作戦と言えるか。
「よかろう、妥当な作戦である。して、何時を期すのか?」
「夏を前に」
お、そりゃまた果断な。
すでに季節は春半ばだから、夏を前にとなると今すぐ進発するくらいの勢いだぞ。
しかもトビアスは春を前にすでに戦闘を始めているらしいので、休みなしの転戦というわけか。
えらいやる気が出たもんだなぁ、あいつ。
「ディアーダ王。それと交易品目でございますが…」
「む、それは変わらんぞ」
カスパーが言っているのは、トビアスのデルリーン領とシュタイオンとの間の、大口交易の件だ。
ちなみにシュタイオンではすでに、冬が終わる前から一部のラウブ人商隊が到着して本格的な交易がスタートしている。
彼らは去年の内にランダーバーグ王国で真鍮器を売りさばき、様々な品目をシュタイオンに持ち込んで来た。
内容は主に、武器、繊維、酒類、または鉄鉱石などである。
これらはいずれもシュタイオン内での生産が低調であるか、全くない物なので高値で交換することを通達してあるのだ。
本当は食料も欲しいのだが今は時期が悪く、夏を迎えて冬小麦の収穫が終わればそちらも増えるだろうと予測している。
「このことは、デルリーン卿からもお願いに上がるとのこと」
ふむ、話しをトビアスの要求に戻すと、要するに『豊穣の秘薬』こと硝酸カリウムと農薬である硫黄が要求されている。
カスパーは自由にシュタイオンを視察して回るので、当然これらの物質のことは知られているのだ。
そして、俺がこれらの物質を戦略物資として禁輸にしているので、その解禁を何度か要請されているわけである。
もちろんトビアスとは、ひいてはギュンターとコンラートの政権とは友好関係を続けて行くつもりだ。
いじわるをするつもりは毛頭ない。
しかし、これらの物質はまずい。
これらの物質は、あとは木炭というどこでも手に入る物質を加えるだけで、ディアーダ王国の力の源泉である黒色火薬くんを生み出してしまうのだ。
おそらく、この配合についてはまだ誰にも気づかれてはいない、…と思う。
俺は一度も言及していないし、わざわざ『収納』内で分離してからそれぞれを取り出して見せている。
それに『豊穣の秘薬』にしても、黒色火薬くんにしても、あくまでも俺の魔法によって顕現する不思議物質だと認識されているのである。
本当はいずれも自然界に存在する物質であり、混ぜ合わせることで誰でも軍事利用できるわけだが…。
このことは俺の死後も秘密にしておきたい。
…だって、この世界の戦争のステージを猛烈に進めちゃうからね。
この点を自重しないならば、シュタイオンの防備体制だってもっと簡単な話になる。
黒色火薬くんを鉄パイプなりに詰めて弾を撃たせれば、無敵に近い防衛戦力を構築できるだろう。
鉛の活用方法にあれこれ悩まなくたって、そのまま鉛弾頭として再利用すればいいのだ。
しかしそんなことをしたら、シュタイオンのみならず周辺世界の人々も皆、気付いてしまう。
「訓練した兵士の軍勢よりも銃を持った国民皆兵の方が強い」と。
どこかの勢力がそれを実現してしまえば、あとはもう止められない。
一強の暴威に対抗するためには、周囲も同じことをするしかないのだ。
この世界の時計の針を何百年進めることになるのかは分からんが、あっという間に総力戦の時代がやってきてしまうだろう。
…それは、いくらなんでも罪深い行為だと思う。
この世界でも、直接・間接問わず民衆に戦火が及ぶことはあるし、実際に目の当たりにしてきた。
しかし、あくまでもそれは戦場における争いの余波であって、剣に殺される者とは基本的に剣を持って戦った者である。
いっぽう国民皆兵の総力戦とは、そういう次元で語ることが出来る代物ではない。
戦争相手の生産能力と人的資源そのものが脅威なのだから、全てを灰燼に帰すような戦いをしなくてはならないのだ。
殺し合いの環が、地上全ての人々を飲み込むだろう。
もしかすると、この世界でもいつかはその時代がやって来るのかも知れないが、それを早める必要なんて無い。
あるいは、この世界の人々は俺たちの歴史とは違う道を進むかも知れない。
その可能性を、血と硝煙とで覆い尽くしてしまったならば、俺はこの世界にとっての…。
「ご主人様! お仕事はもう終わりにしよう?」
はっと俺が沈思から浮かび上がると、目の前には額同士が触れんばかりの近さで俺の顔を覗き込むミンがいた。
いつの間にか会見の間には幼姫たちも乱入していて、お手玉遊戯会の場と化している。
幼姫たちに遅れてお付きのエルフ侍女や、護衛に当たっている近衛軍の一隊も入って来てしまったので、ドタバタの中で会見は終わりを迎えた。
一国の大使を相手に無作法をしてしまったが、カスパーは今さらそんなことを気にするようなタマでもないだろう。
よし。
さっさと出征の準備をして、トビアスと会ってから色々考えよう。
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