第48話 秘史

「あぐっ!」


「ぎゃっ!」


 レミントンが火を噴いて鳥撃ち散弾を吐き出すたびに、樹上からはエルフの戦士たちが墜落してくる。


 森林に突入した俺たちは近衛軍が盾を並べて隊列を組み、その後ろから俺が銃撃する盤石の戦法で快調に進軍を続けているところだ。


 ラウラに警告されるまでもなく、俺はナイア族の族滅など考えていない。

 なのでこうして鳥撃ち弾で死なない程度のダメージを与えているのだ。


 いやまあ、運が悪ければ死ぬかも知れんが。

 悪いけどこれ戦争なのよね(死亡フラグ)


「10時に射手! ご主人様を狙ってるよ!」


 俺が立てたフラグに反応してか、ミンの警告通りさっそく矢が降り注いでくる。

 周囲の近衛軍兵がすぐさま射線に割って入ると、盾を掲げてエルフの矢を跳ね返した。


 ちなみに、俺やミンの守護についている兵は他の近衛軍兵が持つ丸盾よりも大きな、いわゆるタワーシールドを装備している。

 その代わり武器はショートソードを持つのみで防御重視の兵装である。


 つまり古代ローマ帝国の軍団兵をイメージしてもらえば分かりやすい。

 いや、それで分かりやすくなる層は限られるだろ。


「ふむ…、これは獣の骨か?」


「はっ、エルフどもの矢じりは、骨や黒石で作られております」


 飛来した矢を拾い上げて観察してみると、形はギザギザとしていて凶悪なのだがいかんせん素材が原始的すぎる。

 これならば重装歩兵と化した近衛兵の防御を貫くことはあるまい。


 うーん、エルフ族との交易では金属資源を禁制とするか。

 もし、今降り注いでいる矢に真鍮の矢じりが備わっていたなら、近衛軍の被害は数段跳ね上がってしまうだろう。


 なるべく自由貿易を推進したいところなんだが、安全保障を揺るがすことはできんので仕方ないか。


 俺は樹上から矢を射るエルフ戦士を散弾で叩き落すと、ユリアンに命じて進軍を停止させる。


 かれこれ20人はエルフ戦士を撃退したから、そろそろ降伏してもらいたいところである。

 彼らの人口規模が正確には分からんが、男手の2~3割は死傷したんじゃなかろうか?


「降伏せよ! 降伏せよ!」


「「「降伏せよ! 降伏せよ!」」」


 ユリアンの掛け声に続いて100名の近衛兵が一斉に降伏勧告を唱和する。

 相手を降伏させるという内容に加えて、戦闘の興奮も上乗せされてか怒号のように響き渡る唱和は勇壮な迫力を帯びている。


 さあこれで終わってくれるといいが…。

 あ、これはダメだな。


 猿の首を絞めたような耳障りな絶叫が木霊すると、俺たちの周囲の木々がウネウネと怪しく蠢き始める。


 これが植物魔法か?

 相手も最終兵器を繰り出してきたようだな。


 太い枝が水平に振るわれて近衛軍を盾ごと4~5人まとめて薙ぎ倒したかと思うと、針葉樹の硬い葉が大量に降り注いで近衛軍兵の顔や手足に突き刺さる。

 続いて地面が割れて根がうねり出したかと思うと、蔦が大量に伸びてきて次々と近衛軍兵が搦めとられていく。


 なんてこった。

 これじゃまるで、周囲の木々が全て敵兵みたいなもんじゃないか。

 誰だよエルフ族との戦いで森に進軍させたやつは(愚王)


 ええい、止むを得ん。

 俺は極力、戦後の和平構築に配慮していたのだが、そっちがそう来るなら手加減できんからな。


「アレクシス、3体に分けて進めろ!」


「御意…。 出でよ、黒き神兵!」


 俺が『収納』から取り出した黒色火薬の山から、アレクシスが『傀儡の神器』でそれぞれ4mほどの背丈の爆弾巨人を3体生み出す。


 敵が地の利を得たというならば、その地勢ごと覆すのみだ。

 古代の兵法書にも、似たような趣旨が書かれている箇所がよくよく探せばきっとあるだろう。


「全員伏せろ!」


 ユリアンが号令したところで、俺は『収納』から火種を取り出して油の導火線に放つ。

 近衛軍のちょうど半数が即座に反応して伏せているのは、ランダーバーグ王国から俺と共にやって来た古参兵たちだろうな。


 俺もミンを抱えてバルカが構える大楯の陰に伏せる。

 近衛軍がさらにその脇を固めて盾の城壁を築いた、その瞬間。




 三連爆雷大轟音。




 猛烈な衝撃と共に樹木が微塵となって宙に舞い、吹き荒れる爆風が動植物の区別なく平等に薙ぎ倒す。

 周囲の近衛軍兵はみな堪えられずに仰向けにひっくり返り、辛うじてバルカの大楯が俺たちを守ってくれる。

 

 立ち昇る3つの巨大な黒塵はやがてそのヴェールを脱ぎ捨て、その中からは赫々とした炎柱が顕現して、火の雨を周囲に降り注がせる。


 これは創世の神話で光が生まれた場面か、はたまた審判の日に天から落ちる神の罰か。

 この世の物とも思えない光景に圧倒されて、俺は声もなく呆然と空を見上げるばかりだった。


 …あれ、これやり過ぎじゃない?


 あ、痛っ!?

 頭部に硬いものがぶつかった衝撃で思わず振り仰ぐと、そこには顔を真っ赤にして震えるラウラが拳を固めていた。


 さっきのはラウラの拳骨か。

 観戦武官の役割で同行しているラウラは、俺が過度の殺傷をしないように見張っているのだが、どうやらバッチリ過度判定が入った模様である。


 肩を怒らせて何やらパクパクと喋っているラウラだが、残念ながら耳がおかしくなって何も聞こえない。

 なんか前にもこんなことがあったような…(忘却)


 ん、ラウラが俺を抱え上げて、あの? わたくし心より反省しておりますが。

 この姿勢はもしかして…、お尻を叩かれる感じでしょうか?


 その、わたくし王をしておりまして…、威厳というものがあるんですがそれは。


 というか、あなた一人で新旧ディアーダ王国の歴史に2度も秘史を刻むのはやめていただけませんか…?





「ディアーダ王の武威に対し、我らナイア族は祖霊にかけて降伏を誓う」


「よかろう。元より遺恨の張本人のみを求めるところである」


 尻をさすりながら立つ俺の眼前には、ナイア族の族長が膝を屈している。

 あの後はハッキリ言って闘争どころではなく、俺たちもエルフも総出で森の消火活動に当たった。


 それによって両者のわだかまりは解け…ることは当然なく、人的被害自体は少なかったものの森林を広範囲にわたって破壊した俺に対しては、惜しみない憎悪と恐怖の視線が注がれている。


「じゃあディアーダ王は、王国の猟師を害した者の身柄を得る。それでいいね?」


「それでよい」


 俺が答えると、仲裁人のラウラはナイア族長に視線を向ける。

 するとナイア族長は目を閉じて首を振った。


 まさかの拒否に周囲がざわめくが、俺はラウラからこの可能性をあらかじめ聞かされている。


「…すでに、魔法の贄にしたということか?」


「左様。彼らは祖霊の奇跡のために、その身を捧げた」


 この通り、エルフ族の植物魔法というのはまさに最終兵器で、同族の命を生贄に捧げて発動する物らしい。

 おそらく今回は、不利な闘争の発端となった下手人たちが責任をとって生贄にされたのだろう。


 そしてナイア族長の言が嘘でないことは、俺の『虚偽看破』で分かっている。

 はーやれやれ、これだけドンパチして実質成果なしか。


 せめて今後の安全保障において、今回の衝突が多少でも抑止力として働いてくれたらいいんだが。

 こいつらの世紀末価値観からすると期待薄だよなぁ(諦観)


「…もちろん、勝者であるディアーダ王を、手ぶらで帰らせるわけにはいかん」


 ん? まだなんか言ってるな。


「我が命を持って、そなたの勝利に栄光を与えよう!」


 轟音。


 黒曜石のナイフを取り出して自決しようとしたナイア族長の手から、俺はSAAの抜き撃ちで得物を弾き飛ばした。


 …なんだこいつ?

 どうして俺がお前の命を獲って喜ぶと思ったんだよ。


 何でもかんでも自分たちの世紀末価値観で物事を考えやがって。

 いい加減に腹が立ってきたぞ! こっちは尻が痛いんだ!


「そんなものは要らん。我らの和平に資する、知恵を捧げて見せろ」


 俺に自決を阻止されて戸惑っているナイア族長に、ラウラが何やら耳打ちしている。

 できれば自分たちで知恵を絞って貰いたかったんだが、まあこれ以上対立を深めるのも本意では無いからここはラウラに任せるか。


「…わかった。我が子らをディアーダ王に仕えさせよう」


 ふむ、人質か。

 ベタな方策ではあるが、まあ及第点と言ったところか。


 直接的には再衝突を防止する材料になるし、長期的に見れば人質をディアーダ王国の文化的シンパに仕立てることで親ディアーダ王国派を生み出す嚆矢になる。


 気の長い話ではあるが、一つ一つ取り組んでいこう。


「よし。此度の遺恨は全て解消した」


「待った! ソーマ、コッチェン族も幼姫を贈るよ」


 ん、幼姫?

 何言ってんだ。それは前に断ったじゃん。


「ナイア族の幼姫は後宮に入れるのに、コッチェン族は否とは言わせないよ」


 …ちょっとエルフ言語は難しくて翻訳が良くないな。

 ともかく猛烈に痛いから、ミンは俺の尻をつねるのをやめなさい。

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