第14話 生き残る意思
2日後、俺たちはミクリング族の情報に基づき、丘陵地帯とクーニッツ領を隔てる西の谷を望む丘の一つに陣取っている。
『収納』から馬車を出して設置しており、さながら前線基地の様相である。
俺たちの作戦は釣り出し殲滅だ。
情報によると谷には20匹以上のヒルジャイアントが潜んでいて、こちらから攻め込むのはさすがに自殺行為だと判断した。
釣り出し作戦と聞いてミンが囮役に志願したが、それに対して俺はガチ目の怒りを表してミンをションボリとさせた。
でもこれは仕方ない。
確かにクーニッツ領に向かう道を開きたいのだが、そんなことのためにミンの命を危険に晒すつもりはない。
そんなことをするくらいなら、今から引き返してヘルマン家の本拠地を殲滅する方がマシである。
ちなみにミクリング族が囮を志願するならば、俺は止めるつもりはない。
なぜならば彼らはクーニッツ領との交易を生業にしているのだから、そのために彼らが命を懸けることにバランスの悪さは感じない。
冷たいように聞こえるかもしれないが、俺の線引きはそのようになっている。
まあ、誰に承認されようというわけでもないので、まさに俺ルールなのだが。
なんにせよ準備に2日もかかったが、作戦前に最後の検証といこう。
「そう、人差し指でその引鉄を引くんだ」
「うん、こう?ご主人様」
俺の指導でM73を構えたミンが、引鉄を引く。
カチン。
やはりダメか。
俺の『銃召喚』で生み出した銃は俺にしか使えない。
そのこと自体は感覚で分かっていたのだが、今回改めて検証してみた。
M73を撃たせてみたところ、銃の機関は問題なく作動して撃鉄は落ちたのだが弾薬が撃発しない。
いったいどういう仕組みなのかは分からんが、雷管かあるいは黒色火薬くんがサボタージュしてるようだ。
これが出来たら一気に戦力倍増なんだがなぁ、そう上手くはいかんか。
ミンは俺の銃を触れて嬉しそうだが、検証は終了だ。
「よし、やってくれ」
プエエェェエ~~~
パベルが木で作られた小さな笛を吹く。
これはミクリング族が狩に使用する鹿笛と呼ばれる笛で、本来は発情期の牝鹿の鳴き声をまねることで牡鹿をおびき出すためのものだ。
今回は鹿を餌にしているヒルジャイアントを釣り出すのが目的だ。
ヒルジャイアントの住処である谷まで鹿笛の音をかすかに響かせ、できれば1体ずつ誘い出したい。
ちなみに、もしいっぺんに2体以上出てきたら撤退とあらかじめ決めている。
この前線基地から谷までは500m以上あるので、すぐに撤退を決断すれば逃げられる算段である。
「ご主人様、出てきたよ!1匹」
「よし、狙い通りだ。作戦続行」
俺の隣で、観測係と弾薬補給係を兼ねているミンが報告してくる。
馬車の上で伏せ撃ち姿勢をとっている俺は、誘き出されたヒルジャイアントが狙撃ポイントに入るのをじっと待つ。
この2日間の準備で、狙撃台と化した馬車から狙撃ポイントの間には地面に測距印となる石を置いている。
天然の距離感デバフ持ちであるヒルジャイアントに惑わされずに、これでしっかりと有効射程に引き付けることができるのだ。
「グルゥアァ!」
やがてこちらを視認したヒルジャイアントが、咆哮をあげて駆け始める。
俺は十分に引き付けてから、SF1873の引鉄をひいた。
轟音。
ヒルジャイアントの太ももに着弾して血しぶきが上がる。
脚を狙うのも作戦通り。
「はい、ご主人様!」
ハンマーを起こしてトラップドアを開き排莢、ミンから受け取った.45-70ガバメント弾を薬室に込めてトラップドアを閉める。
これも練習通りスムーズだ。
地面に転がってもがいているヒルジャイアントに狙いを定め、次弾を撃ちこむ。
「ギャウ!」
頭を狙ったが逸れて肩に当たった。
まっすぐ走ってくるのとは違い、不規則に動かれるとどうしても狙い通りには行かない。
まあ欲張る必要はない、確実に当てていこう。
「はい、ご主人様!」
忠実に同じ合図を繰り返すミンのおかげで、俺もリロード動作に集中できる。
次弾も命中。
脇腹を撃ち抜かれてヒルジャイアントは転げまわる。
「はい、ご主人様!」
テンポよくリロードは完了したが、次はすぐに撃たずに様子を見たい。
脚と肩と脇腹に.45-70弾を受けたヒルジャイアントは、果たして無力化できているのかそうでないのか?
俺はじっとヒルジャイアントの様子を見つめる。
…ダメか。
ヒルジャイアントはふらつきながらも起き上がって来た。
どうやら身体の中心を撃ち抜かないと、無力化はできないようだ。
いずれ出血で斃れるかも知れないが、当面の脅威であることに変わりない。
4射目と5射目が両方とも胸を捉えて、ヒルジャイアントは倒れ伏した。
「ふぅ、この感じだとやはり2匹以上は危険だな」
1匹なら初弾が外れてもまだ距離の安全マージンがあるが、複数ではすぐそばまで接近を許すことになりかねない。
バルカが近接戦に備えてはいるが、保険は使わないに限るのだ。
「やっぱソーマはすげえよ、本当にヒルジャイアントを倒せるなんてさ」
「この作戦はあたりですな。無論、ご主君の武威があってこそですが」
「作戦、あたり!」
ミンは弾薬補給係が気に入った様子でムフーしている。
よし、ドンドンいくぞ!
作戦を開始した初日は3匹を仕留め、4回目に3匹がいっぺんに釣れてしまったので急いで馬車を『収納』して撤退した。
2日目は2匹を仕留めたところで、いっぺんに2匹が釣れて撤退。
3日目は4匹を仕留めて、日が傾いたので撤退。
鹿笛を吹いてすぐにヒルジャイアントが現れることもあれば、数時間かかることもあるのでこの辺が限界効率だろう。
それでも連日の戦果にミクリング族の集落はお祭りムードだ。
ミクリング族の男たちの偵察によると、西の谷のヒルジャイアントは半減しているらしい。
駆逐まで、あと4~5日というところか。
陽気に歌い踊るミクリング族の集落は、日が暮れるまで賑やかだった。
「じゃあ、始めるぞぉ~」
開始の予告をするパベルに親指を立ててGoサインを出す。
プエエェェエ~~~
鹿笛の音が鳴り響く。
今日はすぐ釣れるといいな…ん?
ドドドドドドド
「ご主人様、来た!けど、すっごく大きい!」
地響きを起こしながら谷から飛び出してきたのは、推定4mの巨大ヒルジャイアントだ。
筋肉が発達した全身は不気味な暗鈍色で、移動スピードも速い!
…すでにこちらを視認しているな。
これは撤退できない、あのスピードでは捕捉されるだろう。
仕留めるしかないぞ。
俺は巨大ヒルジャイアントが有効射程に入る瞬間を待つ、狙いはもちろん脚。
いや、膝だ。
あの巨大な筋肉に覆われた太ももが、はたして有効な狙撃個所になるか分からない。
動きを止めなければ、狩られるのはこちらだ。
集中しろ、俺。
そのとき、俺の身体の奥から澄んだ力が流れてくる気がした。
周囲の空気が硬質化したように感じられる。
ああ、これはイケるな。
あと2.5秒で狙撃ポイント、偏差はなし、弾道落下は25cm、不思議だがハッキリ分かる。
轟音。
「グッ!」
金属質な音がして、.45-70ガバメント弾が左膝を捉えた。
よろめいて脚を止めた巨大ヒルジャイアントだったが、こちらを睨んで再び走り始める。
その時にはすでに俺は排莢を済ませていた。
ミンから受け取った次弾を薬室に収め、右手を引き金に戻したときにはすでに狙いは定まっている。
左手一本と右肩でSF1873を挟み込むだけで、しっかりと狙えている感覚だ。
絶対に当たる確信。
次弾が寸分たがわず巨大ヒルジャイアントの左膝に着弾する。
「アギャア!」
たまらず巨大ヒルジャイアントはつんのめって地面を転がる。
両手を地について体を起こそうとしているが、リロードをすでに済ませている俺は左膝への射線が通る瞬間を待っている。
通った。
3発目の着弾で、巨大ヒルジャイアントの木の幹のような左脚が膝を支点に逆方向に折れ曲がる。
「アガァ!ギギギ…」
苦悶の表情を浮かべる巨大ヒルジャイアント。
残った脚と両腕で這いずりながら、こちらを目指して進む。
…ああ、恐ろしい魔物ではあるが、称えるべき闘志だ。
奴が生き残る可能性は、たしかに前進するその先にしかない。
その通りだ。お前は正しい。
生き残ろうとする意思は美しくすらある。
しかし。
轟音。
巨大ヒルジャイアントの鼻梁孔から頭蓋内に侵入した45口径弾は、その奥にある小脳を破壊して奴の運動機能を完全に崩壊させた。
不規則に四肢をバタつかせたあと、双眸は俺を睨みつけたまま、やがて巨大ヒルジャイアントは一切の動きを停止した。
「…じん様!ご主人様!」
不意に、ミンに揺すられていることに気づく。
空気の柔らかさが戻ってきた。
「あ、ああ、ミン。怪我はしていないか?」
「うん、ミンは平気!でも、ご主人様が返事しないから!」
ミンは心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「すまん、どうやら集中しすぎていたようだ」
「ほう…無我の境地というやつですな。達人の至るところと聞き及びます」
「達人!ご主人様、すごい!」
ミンのムフーを浴びて、俺はようやく戦いに勝利したことを実感した。
疲れたな。
今日は早く帰ろう。
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名前:平良 壮馬
種族:ヒューマン
年齢:29
レベル:25
スキル:
言語理解
鑑定
└分析
収納
└遠隔収納
銃召喚
└銃整備
└銃専心
隷属魔法
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