第13話 巨人と小人
※今回、お食事中の方はご注意
ニュンクスを出て4日目、俺たちはニュンケ領北西部の丘陵地帯に入っていた。
というのもあのまま街道を西進していた場合、ヘルマン家の本拠地に立ち入ってしまうのだ。
そこで街道を外れ、大回りしてニュンケ領を脱出しようとしているのである。
「街道をゆけばクーニッツ領でしたが、道を逸れましたのでレングナー領に出るやもしれませぬ」
「ふーん、まあどっちの領も情報はないんだよな?」
「我は馬車に閉じ込められて通り過ぎましたので」
「じゃあ、どっちでもいいか」
現在は馬車を『収納』し、俺とバルカで1頭ずつ馬の轡をとっている。
ミンがやや先行して偵察を行い、進行するルートを選択している。
うーん、俺はもう山歩きはしないと誓ったんだけどなぁ。
まあヘルマン家の本拠地に突っ込むよりはマシか。
そんなの絶対、黒色火薬くんが大暴れするに決まってるからね(確信)
「ご主人様、うんち」
先行するミンが振り返って申告してくる。
「おう、ちゃんとケツ拭けよ。あとで痒くなるからな」
「違う!ミンじゃなくて!」
なんかミンが騒いでるが、今のはさすがにデリカシーに欠けたか。
年頃の女の子は扱いが難しいなぁ。
世のお父さんたちの苦労が少しだけ分かった気がするよ。
「もう!これ見て、大きなうんち」
お、おう…。
確かに巨大な糞が落ちているが、年頃の女の子かと思いきや、急に小学生みたいな興味対象になったな。
まあ荒事ばかりに興味を持つよりは、子供らしくて健全かもしれない。
「ほう、これはよほど大きな獣ですな」
「そう、それに肉食」
あ、そういうことか。
糞から動物の種類を判断するとか、そういう発想がなかったわ。
なにしろ俺は生粋のシティボーイ(死語)だからな。
「ミン殿、熊ですかな?」
「うーん、熊の縄張りなら印がある」
ミンは周囲の灌木を見て判断しているようだ。
熊じゃないのか、だとするとトラとかライオンとか、そういう大きさだなこれは。
別に俺はトラの子供は欲しくないから、虎穴に入る気はないぞ。
「足跡みつけた!」
「ほう、これは人型ですな」
二人で分析してるけど、俺には全然足跡がどこにあるか分からない。
まあ俺は生粋の以下略。
…うん?分析。
あ、そうだ『分析』!
役に立たないイメージがあったから、すっかり忘れてた。
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ヒルジャイアントの糞:
鹿肉(消化済)、自生芋(消化済)
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なんか不穏なのが出てきたぞ。
ジャイアントってのは巨人ってことだよな?
亜人枠なのかモンスター枠なのか、どっちなんだこれは。
「ヒルジャイアントってのは、話が通じる相手か?」
「凶悪な魔物ですな。出くわせば戦いになることでしょう」
ダメか。
気を付けて進むしかないな。
「いた、9時に1匹」
ミンに指示されて見ると、遠くの丘陵に人型の存在が見える。
なんか距離感がバグってしまうが、隣にある灌木は全部似たような高さだから3m弱あるのか。
お、向こうもこっちを認識したぞ。駆け足で真っすぐ向かってくる。
話は通じないんだよな?
てか真っ裸じゃないか、こりゃ明らかに文明の徒ではないな。
よし、撃とう。
俺は.45-70弾を左手の人差し指~小指の間に3発挟んで、その場に片膝をついてSF1873を構える。
まだちょっと遠いけど、的がデカいから近いような気がしてソワソワするぞ。
人型で3m弱とか脳の認識が混乱してヤバい。
轟音。
「グボゥ!?」
ヒルジャイアントの脛に着弾して豪快に転倒した。
狙いよりかなり弾丸が落ちたな。
しっかり引き付けて撃ったつもりだったけど、まだ遠かったらしい。
ハンマーを起こしてトラップドアを開き排莢、SF1873のハンドカバーを保持している左手から次弾を抜き取って装填する。
ヒルジャイアントは四つん這いで唸り声をあげている。
結果的に伏せている格好になって、投射面積が減って狙いづらい。
次弾発射。
ダメだ、外した。
弾着の土埃が見えないからオーバーしたかな?
落ち着いて排莢、装填。
お、ヒルジャイアントが起き上がって来たから次は狙いやすいぞ。
つか.45-70弾を脚に喰らって立ち上がるとかマジかよ。
バッファローとか撃ち殺せる弾なんだが?
3発目。
「ギャバ!」
よし、胸を捉えた。
うわ、片膝をつくだけなのか。すげぇ生命力だな、おい。
「グブルゥウウ…!」
血走って爛々とする眼を向けてくる。
排莢、.45-70弾をもう1発ポケットから取り出して装填、狙いをつける。
まあ、そう睨むなよ。いま楽にしてやる。
これがラスト。
とどめの1発がヒルジャイアントの胸の中央を捉えた。
前のめりに倒れ伏したヒルジャイアントは、ビクリビクリと痙攣したのち、やがて動かなくなった。
「やっと仕留めたか、信じがたいタフネスだな。ずいぶん手こずってしまった」
「なんの、お一人でヒルジャイアントを仕留めるなど、驚嘆に値しますぞ」
「ご主人様、すごい!」
「ホントだぜ、あんたスゲェな!」
俺を称賛するバルカ、鼻息をムフーしているミン、そしてパチパチと拍手している少年。
…えーと、どこの子かな?
「なぁ、それって雷魔法だよな?有名な魔法使いなのか?」
「ん、ああ。いや、俺は」
「ご主君は”雷鳴の魔術師”の異名をとる英傑であるぞ」
その呼び方はやめろ!!!
「なるほど、ミクリング族というのか」
「そうだよ、ちゃんとした大人なんだぜ」
パベルと名乗った小人族は、身長120cmほどの小学生に見えるが立派な成人男性らしい。
ミクリング族はこの丘陵地帯に住む狩猟採集民のようだ。
「縄張りに勝手に入ったことは悪かった。ここを通り抜けさせてもらいたい」
「それは全然いいけど、通り抜けるのはキツいかも?西の谷にコイツらが住み着いちゃって、俺たちもクーニッツに行けなくなっちゃたんだ」
え、ヒルジャイアントいっぱいいるの?
1匹でも結構な強敵だったんだが。うーん、そりゃキツいかもなぁ。
こりゃ作戦が必要かもしれん。
パベルの先導でミクリング族の集落にやってきた。
集落には3mほどの長さの木を円錐状に立て、毛皮を繋ぎ合わせた布で覆ったテントが数十個立ち並んでいる。
「パベル、そのヒューマンは誰だ?」
「スケイルマンもいる!ボク初めて見た!」
テントからは小学生くらいの背丈の小人がワラワラと出てきて、俺たちを取り囲んで興味深そうにワイワイしている。
うーん、男女は見分けがつくけど大人と子供の違いは難しいな。
聞いてみるとミクリング族は丘陵地帯での狩猟採集に加えて、人間の街に特産品を交易して暮らしているらしい。
その通り道がヒルジャイアントに占拠されて困っているわけだ。
「ソーマは凄腕の魔法使いなんだぞ、ヒルジャイアントを一人で狩るんだ!」
パベルが俺を紹介すると、小人たちは口々に「すごい!」とか「やばい!」とか囃し立てている。
「なあ、そんな凄腕の魔法使いなら…」
「ああ、俺たちはクーニッツ領に行きたいからな。西の谷とやらのヒルジャイアントを駆逐する協力を頼みたい」
俺がそう告げると小人たちの興奮は最高潮となり、俺たちの周りをクルクルと踊り回り始めた。
陽気な連中だな。これはすんなり協力が得られそうだ。
「ソーマ!お礼にこのミクリング族の秘薬をあげよう!」
「秘薬?」
「傷に塗ると膿まずに治りがいいんだ、ヒューマンの街に持っていくと高く売れるんだぞ!」
パベルがテントから小さな壺を持ってきた。
ほう、つまりポーション的なものか。
ファンタジー感があっていいね。
パベルの許可を得て壺の木栓を開けると、中にはサラサラとした液体が入っている。
『鑑定』と。
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ミクリング族の秘薬:
フェノキシメチルペニシリン
オリーブ種子油
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ぺ、ペニシリン!?
全然ファンタジー感のない物質が来たぞ。
医学系転移モノ路線が始まっちゃう感じですかね…?
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