第11話 奴隷戦士バルカ
「雷鳴の魔術師、お前は王家が送り込んだ犬だな?」
「その名で俺を呼ぶな。それに王家うんぬんはまるで知らん」
勝手に俺に恥ずかしい二つ名を強制しようとする不届き者が、これまた何か勝手な思い込みをしている。
俺は全然関係ないので通してくれないかな?
「とぼけるな!たまたま旅の魔法使いがやってきて、その日のうちに騒ぎを起こし、翌日にはレーム家の用心棒を討ち果たす。そんな偶然があってたまるか!」
なるほど、言われてみると一理ある。
でも完全に濡れ衣なんだよなぁ。
俺は降りかかる火の粉を払うついでに、ミンに不埒な目を向けてきた輩を懲らしめ、さらに黒色火薬くんの赴くままに決闘に臨んだまでである。
そもそも、ロクでもない統治をして諍いを起こしているのが悪いのだ。
よって今回の責任は、レーム家 = ヘルマン家 > 代官 > 黒色火薬くん > 俺、の順である。
俺の責任は非常に軽微であると言わざるを得ない。
「代官と示し合わせてレーム家を討ち、その次は我がヘルマン家だろう!そうはいかんぞ、こっちにも切り札がある!おい、トカゲを連れてこい!」
一人で興奮している男の前に、フードを被った大男が連れてこられる。
でかいな、190cmくらいあるんじゃないか?
身長に見合う長大な剣を吊り下げている。
あ、今のうちに『鑑定』するか。
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名前:バルカ
種族:スケイルマン
年齢:38
レベル:31
スキル:
武芸
木工
魔法耐性
※アロイス・ヘルマンに隷属
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ん、奴隷?いや、それより異種族か?
『魔法耐性』というのが切り札というわけか。レベルも高いな。
「話が違う、ユルゲンを討つのが我の仕事だ。ユルゲンが非道の輩であるから、我は了承したのだ」
「黙れトカゲ!奴隷が御館様の命令に逆らうのか!」
フードを取ると、なるほどイグアナというか、コモドオオトカゲというか、爬虫類の顔が出てきた。
その顔で普通に言葉を話しているもんだから、一気にファンタジー感が増してきたぞ。
「彼らは悪人には見えない。殺すなど思いもよらないことだ」
「くそ、どうなってやがる!隷属環が効かないのか!?」
確かにどうなってるんだ?あの首飾りをされると命令に絶対服従なのかと思っていたが。
いや、よく見ると隷属環は今も絶賛ギリギリ音を立てて締まってる最中だな。
顔が爬虫類だから表情がよく分からんが、苦しいんじゃないか、アレ?
「ねえ、ご主人様…」
「ああ、俺も同じことを考えていた」
後ろからミンが俺の左手をギュッと掴んできた。
俺はミンの手を軽く握り返し、意思を固める。
「スケイルマン。ヘルマン家の親玉は、お前が仕えるのに足る人物なのか?」
「我が名はバルカだ。いいや、アロイス・ヘルマンは仕えるに値しない。手下を使い悪事をなす小悪党である」
ギリギリと隷属環が締め上がるが、バルカはこちらを真っすぐ見据えて受け答える。
なんと言うか、この世界に来てから出会った中で最も理知的な人物に見えるな。
こりゃミンのお願いが無かったとしても、このままにはしておけないぞ。
「では、俺たちと一緒に行かないか?俺にはそれが出来る」
これは感覚で”出来る”と確信している。
「…貴殿の、本当の目的を教えて欲しい。王家の走狗ではないのか?」
「俺の旅の目的は、平穏な地だ。俺の魔法はそのためにある」
「なんと、地に平穏を…!」
バルカは立ち尽くし、フルッと小さく震えた。
ヘルマン家の男たちも意外な成り行きに困惑し、この場には不思議な静寂が広がっていた。
「感服いたした。我は既に帰る地も無き者、この身を崇高なる御意志にお使いください」
バルカは進み出て、俺の前に片膝をついて首を垂れた。
えーと、なんか大げさだけど、ともかくスローライフ探求の旅に同意してくれたってことでいいんだよね?
バルカの隷属環に俺が触れると、まばゆい光がほとばしる。
とたんに、隷属環の締め付けが止まった。
「ま、まさか隷属環を!?」
「どうして司祭が間諜なんかを…?」
なんか周囲がザワザワしている。
これがあれか、"俺なにかやっちゃいました?"の使いどころだな?
よっしゃ、異世界チュートリアルが進んできたぞ。
いや、言ってる場合じゃないな。司祭がどうとか、なんか新たなトラブルの気配を感じる。
「こんなヤツが司祭なわけがあるか!どの道、生かしておく手はない!押し包め!」
頭目の命令で包囲網がジリジリ縮まるが、見るとどいつも腰が引けてるな。
雷鳴の魔術師を恐れているわけか(自虐)
何人か仕留めれば散るだろう。やるか。
と、考えて俺がM73を構えるとバルカが動いた。
「ご主君、ここは我にお任せあれ!」
長剣を抜きはらったバルカが、目にもとまらぬ速さで包囲の一角に飛び込む。
瞬く間に血煙が上がり、肩口から斬り下げられた男が倒れ伏した。
さらにバルカは隣で呆気に取られている男の小手を切り落とし、長剣を跳ね上げて男の喉を突く。
ほえー、強い。
漫画みたいに男たちを蹴散らしてるぞ。
なんか一気に西部劇から時代劇にシーンが切り替わったみたいだな。
とか見てる場合じゃないか。
「ミン、馬車に乗れ!突っ切るぞ!」
轟音。
「がぶっ!?」
俺はM73を発砲して、バルカに命令していた男の胸を撃ち抜く。
さらに御者台に飛び乗ると手綱で馬の背を叩き、ワタワタと混乱している男たちの包囲に向けて急発進させる。
素早くM73のレバーを操作して、狙いも適当に2発撃ちこむと包囲は崩れた。
意地を見せて馬車に手をかけようとした男も、その顔にミンが放ったクロスボウのボルトが突き立つのが見える。
「バルカ、戻れ!」
血煙の嵐を巻き起こしていたバルカが駆け戻ってきて、跳び上がって馬車後部のはしごを掴みしがみつく。
映画みたいでかっこいい動きだなぁ。
スピードに乗って突っ込んでくる馬車に、門番の兵たちもあわてて左右に転がり避ける。
俺達の馬車はニュンクスの街を飛び出した。
「ご主人様!6時から2人、馬に乗ってる!」
「ミン、手綱を代わってくれ!」
ニュンクスの街を飛び出したあと、ミンの報告を聞いて俺は馬車の屋根に登る。
追手は2騎、装備がいいな。鎖帷子を着込んでいるのが見える。
これはキツいかもしれん。
この懸念は前からあった、金属鎧を着こまれると致命傷を与えられない可能性があるのだ。
.44-40弾くんは威力はあるのだが、弾頭の形状が丸いので貫徹性には欠ける。
かわいそうだが、ここは馬を狙おう。
M73が火を噴く。
銃撃を浴びた馬がつんのめって騎手ごと転がった。
騎手は全速力の馬上から急に落下して、しかも馬体に潰されていたから死んだかも知れん。
その光景を見てもう片方の騎馬は追跡を諦め、馬首を返してニュンクスの街に戻っていった。
「お見事」
馬車後部のはしごにつかまったままのバルカが称賛する。
いや、いつまでかっこいい姿勢続けてるんだよ、中に入っていいんだよ?
…て、あれ?なんか、街燃えてない?
馬車の屋根から見渡すと、ニュンクスの街の中心部からもうもうと煙が上がっているのが見える。
いや確かに俺たちも暴れたけどさ、火はかけてないよね?
「バルカ、なんで街が燃えているのか、分かるか?」
「あれは代官の手勢がレーム家を襲撃した戦火です。」
え、そんなことになってるの?内戦じゃん。怖~い。
もう俺たちは出て行くからいいんだけどさ、治安まで悪化したらいいとこないよね、ニュンケ領。
「なにしろ、レーム家の切り札が急に斃れたので。代官はレーム家を誅伐する好機と見たのでしょう」
ん?おや、俺のせいもちょっとはある、かも?
責任の順位付けはどうしようかな、えーと、黒色火薬くんの位置が難しいぞ。
レーム家 > 勝手に死んだユルゲン > 代官 > ヘルマン家 > ユルゲンを殺した黒色火薬くん > 俺、でいいかな?
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