第10話 起き抜けの決闘

「痛てぇええ!」


 SAAが火を噴いて、太ももを撃ち抜かれたチンピラが転げまわる。

 まあ、さすがに俺も街中で急に人を撃ち殺したりはしないよ。

 止血しないと死ぬかも知らんけど。


 しかし銃を知らないというのは恐ろしいことだな。

 SAAを抜いて撃鉄まで起こしている俺の前で、ミンをどうこうしようなどと宣うとは。

 脚を撃っただけで済ませてやったことを感謝してもらいたい。


「ま、魔法使いだと!?」


「連れていけ。さっさと血止めをするんだな」


 残りのチンピラは驚愕の表情で俺を遠巻きにしている。


「…あんたはヘルマン家の用心棒か?」


「旅の者だ。なんとか家というのは知らん」


「痛え、痛てぇよ」


 チンピラどもは逡巡していたが、脚を撃ち抜かれた男を左右から担ぎながら退散していった。

 大通りは急な銃声に驚いたのか、しんと静まり返っている。


 うーん、つい撃ってしまった。

 あいつらはこの街の有力者の手下なんだよな?面倒くさくなりそうだ。

 まぁ、なるようになるか(適当)

 

 面倒を避けたいというだけの理由で、あんな輩を我慢する気もしないしな。


 なぜかムフーしているミンを連れて、俺たちは厩舎のある宿を目指した。

 あんなチンピラを撃退しただけで、そんなに誇らしいことがあったかね?



 その後、宿に到着して部屋に通された俺は、ある種の感慨に耽っていた。

 だって宿屋に宿泊するのって異世界チュートリアルの一部だよね?いやぁ、ここまでえらい時間がかかったなぁ。

 ふつうは異世界初日に通過するイベントだよ。


 通された部屋の寝床は例によって寝藁のベッドだった。

 机も椅子もクローゼットも何もない本当に寝るだけの空間であったが、俺は何故かちょっとワクワクして寝つきが悪かった。


 これで冒険者ギルドがあればなぁ。

 第一希望はハートフルなスローライフだけど、テンプレの異世界冒険もちょっとくらいならやってみたかった。





「ご主人様、起きて!なんか騒がしいよ!」


 うーん、このパターンか。

 どうせチンピラどもがやられに来たんだろ、適当にあしらってやるか。


 起き上がった俺はベルトを締め、枕元に置いていたSAAをホルスターに収める。

 M73のスリングを左肩にひっかけ、とっさに構えられるように背負う。

 すぐに使いそうだしね。


「お客さん、ウチの店で暴れてもらっちゃ困るよ…」


「まあ、たぶん大丈夫だ」


 心配そうな宿屋の主人をなだめると、俺は宿の外に出た。

 俺に用がありそうな連中は意外にもお行儀よく、宿の外で囲むように待っていてくれたからな。

 10人くらいか、もっと来るかと思ったが。


「初めまして、旅の魔法使い殿。私はユルゲン。烈火の魔術師と言った方が分かりやすいかな?」


 集団から進み出てきた痩せ型の男が名乗った。

 顔色の悪い男で、不気味なニヤケ面をしている。


 こいつが最初の村で名前を聞いたやつか。

 しかし、二つ名とか恥ずかしくないのかね?もし俺が”雷鳴の魔術師”とか呼ばれたら背筋がゾワゾワしそうなんだが。


「そのユルゲンが、俺に何の用だ?」


「御館様から伝言をあずかっていてね。君がレーム家に仕えて腕を振るうならば、昨日の出来事は水に流してくださるそうだよ。すると私とは同僚というわけだ」


「興味のない話だな」


「まあそう言わず、契約は悪くないよ。御館様は気前のいいお方なんだ」


「その契約とやらで、露天商を小突いて回る仕事をするのか?他をあたってくれ」


「…それじゃあ、昨日のことは水に流さなくてもよいのかい?」


 ユルゲンがそのニヤケ面から表情を消した。


「水でも火でも、好きにしたらいい」


 そう俺が答えると、周囲の空気が急激に張り詰めていくのが分かる。


「じゃあ、そうさせてもらうよ…」


 お互いの魔法で決着を着けることになりそうだ。

 ミンに離れるように左手で指示する。


 俺がゆっくりと右手をSAAにかけるのに合わせるように、相手も右手をゆっくりと袖の中に縮めていく。

 距離は5m。


 静寂。


 この世界の本物の魔法を見るのは初めてだ。

 俺のなんちゃって魔法とはどう違うのか、袖に隠した手には何が握られたのか。


 お互いにじっと相手を凝視する。

 誰かが唾を飲み込む音までハッキリと聞こえた。


 静寂。









「天地に満ち…」


 轟音。


 俺が抜き撃ったSAAが44口径弾を吐き出し。ユルゲンの胸の中央に穴を穿った。

 

 ユルゲンは驚愕の表情で鮮血が噴き出す自分の胸を見つめたあと、血を吐き出して膝から地面に崩れ落ちる。

 その右手からは赤い鉱石が零れ落ち、鈍い光を放っている。

 

「は、早、すぎ…る、ぶぐっ」


 自分の吐き出した血溜りに倒れ伏して、ユルゲンは沈黙した。


「ユルゲン様がやられたぞ!?」


「烈火の魔術師が!?」


 静寂が破れて一気に大騒ぎになる。

 残りのチンピラどもは算を乱して逃げ散っていった。


 ふぅ、俺の勝ちだな。


 しかし、あいつ何か呪文的なものを唱えてたな。

 この世界の魔法がああいうものなら、ズルみたいで悪いが立ち合えば負けないな。


「ご主人様、すごい!すごい!」


 駆け寄ってきたミンのムフーが強風すぎて髪がオールバックになりそう。

 そういえば、ユルゲンを『鑑定』してみればよかったな。どうも戦闘中には気が回らない。

 まあ、急に近距離の抜き合いになったから仕方ないか。


 緊張が解けると、いつの間にか見物人が周囲に集まっていて、やいやいと感想を言い合っているのが聞こえてくる。


「烈火の魔術師ユルゲンに何もさせなかったぞ」


「すげぇ音だったぜ。雷魔法ってやつだな、あれは」


「雷鳴の魔術師…」


 おい!誰だ最後のを言ったやつは!?

 俺に恥ずかしい二つ名をつけるのは禁止だぞ!許さんからな!?




 喧噪を抜け出して俺たちは大工の工房に逃げ込む。

 この街の土地勘がないため、他に人目を避ける場所が思い浮かばなかったのだ。


「なんだ、あんたらか。馬車ならまだ出来てねぇぞ」


「ああ、修理のことも考えて、作業を見ておきたい」


「ふーん、なるほどな。まあ邪魔をしねえならいいぞ」


 なんとか誤魔化せたな。

 もうこうなったら、出発までここに隠れていよう。

 

 などと考えていたが、ミンが見学に飽きたのか大工を手伝い始め、結局俺も手伝うことになった。

 客なのに結構ガチでドヤされながら作業をした。ちょっと凹んだのだった。

 


 「よし、出来たぞ。持っていけ」


 「いい仕事だ。頼んでよかったぞ」


 俺はもう自重せずに馬車を『収納』する。

 大工は目を丸くしているが、この街を脱出することに決めたのでここからはスピード最優先だ。


 俺たちは急いで宿に戻る。

 なんか妙に街中が騒がしいのも好都合だ。

 この騒ぎに乗じて脱出を図ろう。


「ご主人様、厩舎は見張られてないよ」


「よし、馬を引き出してズラかるぞ」


 自分たちの馬なのに、なんだか馬泥棒をしてるみたいだな。

 『収納』から馬車を取り出して馬を繋ぎ、市門に向かって馬車を走らせる。

 どうやら追いかけてくる者はいない。


 ふう、なんとかなりそうか。

 まさかいきなり魔法使い対決に発展するとは思わなかったぜ。


 ニュンクスの街を出たら、そのままニュンケ領からも脱出しよう。

 別に悪いことをしたつもりはないが、有力者の片方とガッツリ敵対してしまったしな。


「ご主人様、待ち伏せ!10時と2時!」


「なに!?」


 馬車の屋根に登ったミンから警戒の声が飛んで、俺は手綱を引き絞った。

 

 門に至る通りの左右の建物からワラワラと武装した男たちが現れる。

 数は20~30人。仕方ない、ここは黒色火薬くんに暴れてもらうしかないか。

 

 俺がM73のレバーを操作して初弾を送り込んでいると、男たちの中から一人が進み出てくる。

 こいつが頭目かな。なんの用か一応聞いてやるか。


「お前が雷鳴の魔術師だな?」


 だからその呼び名をやめろ!!

 絶対に許さんからな!?


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