第9話 ニュンクスの街
「ご主人様!とっても大きな街、12時の方向だよ!」
ニュンケ領の中心部を目指して馬車を進めた俺たちは、3日目に領都ニュンクスの姿を視界にとらえた。
ミンが"大きな街"と言うだけあって、なるほどこの世界に来てから最大の都市が見える。
街は囲壁を備えていて、内部には数千人単位の人間が住んでいそうな広さだ。
まあ現代日本人の感覚からすると、これでもまだ村で差し支えない程度の規模だけどな。
はしゃいでいるミンの様子を見るに、この世界においては大都市なのだろう。
ここまで道中の村々は、やはりどこも一様に貧しく活気がなかった。
俺は不穏さをビンビン感じつつも、分かりやすい荒事も特にないのでここまで来てしまった。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな。異世界都市デビューといくか」
毎度思うけどトラの子供を攫ってきてどうするんだろうね?
ペットにするのかな、かわいそうだよね。
市壁に設けられた門に差し掛かると、長剣を腰に吊るした男が入市者の検査をしている。
ミンのクロスボウはたぶんダメだろうな。先に検査を受けている人を見ても、そのレベルの武装をしている者はいない。
この世界の人間はみな当たり前に短剣やナイフを所持しているが、護身の域を超えた武器はさすがに違うみたいだ。
クロスボウを『収納』して検査に臨むと、男は俺たちをあっさり市内に通した。
俺は右腰に下げたSAAはもちろんのこと、なんならわざとM73を手に持って掲げてみたのだが完全スルー。
やはりこの世界では、銃は武器として認識されないらしい。
刃がついてないからかな?
ニュンクスの街は俺のイメージする中世の都市よりも幾分、文明レベルが低いように感じられる。
石畳で舗装された街路をイメージしていたのだが、実際は踏み固められた土でちょっと埃っぽい。
大通りには冒険者ギルドとか武器屋とかが立ち並んでいるイメージだったが、実際は露店があるだけで店舗自体が見あたらない。
うーん、この都市がしょぼいのかな?
いやまあ、冒険者ギルド的なものが存在しないことはミンから聞いていたけどさ。
それに、武器をその辺で売る店があったら治安上問題があるか。
でもなんかこう…、ファンタジー感が足りないよね。
俺は生粋のシティボーイ(死語)なので街暮らしも有力候補だったが、こりゃさほど魅力的でもないな。
「この金槌とノコギリ、それと釘はいくらだ?」
「いらっしゃい、金槌は銅貨6枚、ノコギリは銅貨10枚、釘は5本につき銅貨1枚ですよ」
俺は金物を扱っている露天商の男に声をかけた。
ふむ、貨幣価値がさっぱり分からん。物々交換ばっかりしてきたからね、仕方ないね。
馬車の故障に備えて工具は欲しかったので買っておこう。
「では金槌とノコギリと、釘は50本もらおう。」
「おお、ありがとうございます。おかげで今日は大商いですよ」
銅貨をジャラジャラと渡すと、露天商の男はホクホク顔をして枚数を数えている。
結構な買い物だったらしい。
なんとなくの感覚だが、この世界は農産物や手工芸品に対して金属製品の価値が高いような気がする。
まあ価値の比較をしようにも、物価の基準になりそうな物がないので難しいのだが。
ニュンクスにいるあいだにその辺も調べよう。
「聞きたいのだが、この街で馬車を扱っている工房はないか?」
「それですと大工ですね、あの家がそうですよ」
指で示されるがそこには普通の家、まったく周囲の家と見分けがつかないぞ。
どうも個人向けの店舗型商業という形態自体が発達していないのかも知れないな。
ついでに厩舎を備えた宿を聞き出し、俺たちは大工の工房に向かった。
「扉を2枚付け替えて、周囲を板張りだな。それなら明日までにやってやるから、昼頃に取りに来い」
大工の男はぶっきらぼうで客商売に向いていないが、こちらの要望を飲み込むのは早くて助かる。
発注内容は、俺たちの移動要塞である馬車の改造だ。
まず、外側からしか施錠できなかった前後の扉を蝶番ごと取り外し、表裏を入れ替えて取り付けることで内側から施錠できるようにする。
また床面と天井以外は格子状になっているのだが、胸の高さに銃眼用の隙間を残しつつ全周を板張りにしてしまう。
これで急な襲撃も守りやすくなるだろう。
従来も丈夫な帆布で守られてはいたのだが、ミンのクロスボウで実験したところ矢を通してしまったのだ。
「ご主人様、梯子もつけようよ!」
なるほど、屋根に登りやすいように梯子をつけるわけか、御者台からと後ろからの2本いこう。
代金は銅貨85枚だと言う。銀貨を使う機会が全然ないな。
大工の工房を出るとなにやら大通りが騒がしい。
なんだろうか、騒動に巻き込まれるのは嫌だが、馬を曳いているので大通りを通らざるを得ないしな。
仕方ない、そーっと通り抜けよう。
大通りでは、謎の穀物焼きを販売していた露店がチンピラ風の男たちに取り囲まれていた。
人数は5~6人で、穀物焼き屋の男は殴られたのか鼻血を流している。
「おらぁ!誰のシマで商売してやがるんだぁ!」
「すみません、場所代はしっかり払いますので…」
「あり金を出せや、全部だよ」
「そ、そんな。それはあまりにも無体な」
どうしようか、いや俺が出ていかなくたって衛兵的なのが来るだろ。
わざわざトラブルに巻き込まれる必要はない。
「テメェら、なにしてやがる!」
お、キタキタ。
振り返って声がした方を見ると、これまたチンピラ風の男たち。
あれ、チンピラvsチンピラ?
「そいつはウチにショバ代を上げてんだ、因縁つけてんじゃねえ!」
新しく来た方のチンピラ集団がカツアゲしていたチンピラ集団に襲い掛かり、あっという間に大通りは乱闘の喧騒に包まれた。
通り抜けられないなこれは。終わるのを待つか。
しかしチンピラの喧嘩とは言っても、この世界ではみな武装しているわけで。
「ブッ殺してやる!」
「抜きやがったな!」
ほら、刃傷沙汰になった。
よく見ると、両方とも護身の域を超えた長さの剣を所持しているな。
まあ俺はスルーされているのをいいことにM73を背負ってるから、他人のことは言えんのだが。
しかしニュンケ領は治安がいいと思ったんだがなぁ。都市部はまた違うのかもしれない。
「あ、お客さん。大工の工房にはいけましたか?」
俺がチンピラの剣戟を眺めていると、金物商の男が話しかけてきた。
「ああ、おかげでな。ところでずいぶん物騒な喧嘩になっているが、この街の衛兵は来ないのか?」
「衛兵は彼らですよ」
…はぁ?
どう見ても両方ともチンピラだが、どちらかは衛兵なのか(困惑)
俺があんなのに絡まれたら即撃ち殺してたぞ。まさか衛兵だなんて気づかんわ。
「どっちが衛兵なんだ?俺はニュンケ領には来たばかりでな、見分けがつかん」
「なるほど、外から来たのですね。どちらがと言いますか、両方ともこの街の衛兵ですよ」
…えー、これはさすがにワンアウトといたします。
衛兵が露天商から場所代を巻き上げるところまでは、百歩譲ってあるとしよう。どうかとは思うが。
でも別の衛兵グループが来て、街中で殺し合いを始めるのはおかしいよなぁ?
聞いてみるとこの領には有力者というか、豪族のような勢力が2グループあって、こうして勢力争いをしているらしい。
勢力の名前はヘルマン家とレーム家で、それを聞いてニュンケ領の最初の村で出てきた名前を思い出した。
村人は俺をそのレーム家の人間と誤解していたわけか。
「しかしニュンケ領は天領だと聞いたぞ。どうしてその2家が幅を利かせているんだ?」
「お代官様は名目の上ではお偉いのですが…、兵をたくさん従えているのはヘルマン家とレーム家なのです」
王様から派遣されている代官は権威だけで、統治の実権は持たないのか。
直轄領ということでまともな統治を期待したが、こりゃ期待外れかも知れないな。
「しかも、3者がそれぞれに税を集めるのです。おかげで街では諍いが絶えませんし、村では生活が立ち行かないところも多いとか」
うーん、ひどい(3領目)
この世界の税率がいくらかは知らないが、3倍も税を取られたら生きていけるわけないだろ。
江戸時代みたいに税率5割だったら3倍で15割かよ。算数弱い系統治かな?
当然、3者全てに納税できるわけないから、どれかの勢力に納めて他の勢力からは因縁をつけられるわけか。
ダメみたいですねニュンケ領。
というか、薄々気づいてはいたが…、もしかしてこの世界に平穏な地とか無いんじゃないか(焦燥)
俺が暗澹たる気持ちになっている間に、チンピラどもの乱闘は終わったらしい。
どっちが何家かは知らんが、片方が怪我人を抱えながら逃げていくのが見えた。
やっと終わったか、何にせよ馬車の改造を頼んだのであと1日はこの街に滞在するしかない。
じゃあさっさと通り過ぎ…、ん、なんだチンピラ?俺に何か用か。
「おい、可愛い子ちゃん連れてるじゃねえか。いいご身分だなぁ」
おっと、これは迂闊だったな。
洗ったとたんにクラス2~3番手まで一気にランキングを上げたミンだが、街中に連れて来るには対策が必要だったか。
しかも最近は栄養状態が改善したせいか、女らしい柔らかさが出てきてクラス1番も狙えそうになってきているのだ。
チンピラを睨んでガルルと威嚇しているミンを制して、俺は前に出る。
街中だしここは穏便に済ませるか。
「やめておけ。怪我をするとつまらんぞ」
「なんだぁ、色男は引っ込んでいやがれ!その娘を寄こしゃあいいんだよ、全員で使い終わったら返してやるぜ!」
よし、撃とう。
轟音。
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