第二章 ハートフルなスローライフを構築します

第28話 デルリーン領の戦い

 俺たちの馬車は秋が深まる平原を北へと進んでいる。


 目指すは北辺の地シュタイオン。

 日本からこの世界にやってきた先輩、斎藤さんが創ったディアーダ王国の遺民たちが住む地である。


「陛下、まもなくデルリーン領との領境でございます」


 そう声を上げた男の名はユリアン。

 俺よりもいくぶん歳上の中年だが、王都の衛兵隊出身らしく引き締まった肉体をしている。


 彼はランダーバーグ王国の伝承官であるヨーナスの息子で、出発までの約1か月間で編成されたシュタイア人部隊の約50人を率いている。


 気の早いヨーナスが「武王陛下のお国入りには供が必要でございます!」とか言って、王都と周辺領から現役兵士や従軍経験のあるシュタイア人を集めたのだ。


 ちなみに武王というのは俺のことで、勝手にヨーナスが命名したものだ。

 名前の大仰さも気になるが、そういう諡号的なやつはふつう本人が死んだ後につけませんかねぇ…?

 爺さんの気の早さはいくらなんでも異常である。


 また、彼らは全員が自費で装備を整えるとか言い出したので、俺がユリアンに金貨を10枚押し付けて費用に充てさせた。

 金貨10枚は過剰だったらしいが、ドスタル領の教会から没収した金貨はまだ100枚以上残っているので別に構わない。


 まあというわけで、彼らが一緒にいるのはいい。

 供の部隊はともかく、最低でもシュタイオンまでの道案内は必要だからな。


「ディアーダ王。お伝えしております通り、デルリーン領主は御館様とコンラート様の政権に敵対しております。戦闘が予想されますのでご注意ください」


 はい、今の発言はギュンター配下の騎士ロルフです。


 たしか今は鎮撫少尉とかいう官職にあり、格式の上では諸侯よりも偉いらしい。

 それを体現するように、ロルフはアイヒホルン家の精鋭300を中核に体制派諸侯の兵を合わせ約1000の軍勢を引き連れている。

 

 なぜこいつが着いて来ているかは、ちょっと説明が必要だ。


 王都郊外で北部・西部諸侯連合軍を打ち破ったギュンターとコンラートは、国王の名のもと王国中の諸侯に王都への参集を命じた。

 現政権の権威を示すとともに、これに従わない諸侯を反体制派として討伐対象としたのである。


「シュタイオンまでの道筋を切り開くには、このデルリーン領を攻伐する必要がございます」


 ロルフの言う通り王国北部にはまだまだ反体制派の諸侯領があり、敵味方の色分けはまだら模様のようになっている。

 なので俺がギュンター・コンラート政権からの支援を受けるためには、シュタイオンに至るまでの道を打通しなければならないのだ。


 まあ、ここまでもいいだろう。

 なによりこのままでは、今後シュタイアの民を移住させようにも敵地を通るか、無駄に遠回りをさせることになってしまうからな。


「ディアーダ王。私がデルリーン領主に就いた暁には、新生ディアーダ王国との通商を活発にいたしますぞ!」


 そう、まだ同行者は他にもいるのだ。

 このオッサンの名はエッカルトで、これから攻伐しようとしているデルリーン領主の遠縁の男だ。


 オッサンは王都で儀典官の仕事をしていたが、デルリーン領の攻伐を決めたギュンターに声をかけられ、領主のすげ替え候補として付いて来ている。


「叔父貴、その年で初陣なんだから張り切りすぎんなよ。それより、領主になったら俺にもキレイどころを回してくれよな」


「トビアス…。姉上の頼みだからお前を連れてきているが、これからは王都のチンピラとは違うのだ! 騎士にしてやるのだから、それなりの振る舞いを覚えなさい」


 なんかチンピラ風のヤツがいるなと思ってたら、本当にチンピラだったのか。

 20代前半のこの男は、今の話からするとどうやらエッカルトの甥らしい。


 まあまあ、100歩譲ってここまでもいい。

 ギュンターに都合よく使われている気がしないでもないが、確かに攻伐後のデルリーン領を速やかに体制派に塗り変えることは今後のためにも重要だろう。


「陛下はすでに魔法の頂にある御方。かような田舎領の軍など鎧袖一触でございましょう」


 問題はこいつである。

 白磁のように透き通った肌と男でもぞっとするような美貌を持つこの青年は、大地の魔術師ことアレクシス。


 そう、王都魔法一門の魔法使いである。


 ヨーナスが集めたシュタイア人部隊の中に、何故かこいつもシレッと混じっていたのだ。

 さんざん俺と敵対した王都魔法一門の、しかもどうやら次期総帥の有力候補であったらしい魔法使いがまさか俺に忠誠を誓うとは思わなかった。


 まあ、本人の言によると「ディアーダ王国再興とあれば、王都魔法一門のことなど取るに足らぬ些事でございます」とのこと。

 しかもこれが『虚偽看破』によると全くの本心のようなんだよね。


 うーん、なんだか想像だにしないメンバーになってしまったが、やることは分かりやすい。

 要するにデルリーン領主にその席を譲っていただいて(ふわふわ言葉)、しかる後にシュタイオンに到着すればいいのだ。


 ロルフによるとデルリーン領主は孤立無援状態らしいので、アレクシスの言う通りすぐに終わるだろう。





「ご主人様、軍勢が見えたよ!」


 馬車の屋根の上からミンが報告してくる。


「ふむ。およそ1000と言ったところですな」


 さらにバルカの追加の報告が届く。

 軍勢との同道であるため野営時の不寝番が無いことから、現在俺たちの馬車は常時屋根上に2名を置く体制なのだ。


 …え?てか、1000って多くない?

 こっちとほぼ同数じゃないか。

 孤立した領と聞いたから出てきても500くらいかと思ってたんだが。


 俺はチラリとロルフを見やる。

 相変わらずのすまし顔が腹立つな。


「旗印を見るに、どうやら周辺の領主を引き込んだものと考えられます」


 しれっとロルフが言いやがった。

 だからお前らの情勢判断はどうなってんだよ!


 出たな、超有能キャラみたいな雰囲気からのポンコツ作戦。

 それはお前らの持ちネタか何かなのか!?


「ディアーダ王のお力を考えますれば、不満分子が集まっていることはむしろ好都合とも言えます」


 …こいつ俺を使い倒す気だな。

 もしかして、相手が集結してるのも計算通りなんじゃないだろうな?


 しかも何気に、俺の魔法と密集戦術の相性についても理解してそうな気配だ。

 こういうところが油断ならないんだよなあ。


「ちっ、まあいい。軍勢を蹴散らすまではやってやるが、お前らもしっかり働けよ」


「承知いたしました。横陣だ、急げ!」


 ロルフの号令でこちらの軍勢は横に隊列を広げる。

 俺がいることで軍勢同士の当たり負けは無いと判断して、はなから追撃に有利な態勢を取ってやがるな。

 まあ正しい判断だけど、やっぱりなんか腹立つ。


 俺は馬車から降りると『収納』からガトリングガンを取り出して、3人で射撃配置につく。


 相手の軍勢もこちらに応じて横陣の態勢をとったな。

 あんまり射角を広く取りたくないから、早めに撃ち始めるか。


 待ち構えるこちらに対して敵の軍勢が少しずつ近づいて来る。

 両軍の距離が600~700mになったところで俺は小剣を抜き払った。


「ミン、バルカ、始めるぞ! 左端から右端まで、一斉射で薙ぐ!」


「うん!」


「承知」


 二人の顔を見て頷くと、俺はハンドルを回転させながら小剣を振り下ろす。

ミンが箱型弾倉の止め板を取り除くと、14.7mm弾の撃発が開始された。



 轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟…。



 密集した敵の軍勢がバタバタと斃れていく。


 今回は真っ平なフィールドで向かい合っているので、敵陣の奥の方の様子はよく分からない。

 しかし水平に近い撃ち込みが功を奏してか、猛烈な勢いで飛翔する14.7mm弾は1発につき2~3人の敵兵を血煙に変えていく。


 この世界の兵士は毛皮やなめし皮のコートのようなものを着ているか、あるいは上等な兵であれば鎖帷子を着込んでいる。

 今回もその両者が入り混じっているが、音速を越える弾頭はどちらのタイプの装備でもまるで関係なく引きちぎり、霧散させていく。


「よし、十分だ。撃ち方やめ」


 箱型弾倉1つの100発を撃ち尽くすと、敵の軍勢は早くも大混乱に陥っているのが見えた。

 いや単に混乱しているだけでなく、すでに敵軍の死傷割合そのものが壊滅状態に近いのかもしれん。


 俺の仕事はここまでだな。


「ハァ、ハァ…。これが、陛下の大魔法…!」


 なぜか何もしていないアレクシスが頬を紅潮させて息を乱しているが、体調が悪いなら早退してもいいぞ。


「かかれ、突撃だ!」


「私の武勇をお見せしますぞ!」


「おい、叔父貴。張り切るなって」


 ロルフの号令でアイヒホルン家の精鋭、諸侯軍、そしておまけのエッカルトと郎党10名ほどが突撃していく。


 今回は包囲態勢になっていないので単純追撃だ。

 どのくらい戦果を拡大できるかは知らんが、どちらにせよ連中は再起不能だろう。






 やがて平原に日が傾きかけてきたころ、追撃を終えた軍勢が再集結して陣形の再編と戦果の確認を行っている。


 結果から言うと完勝だ。

 現体制に反旗を翻したデルリーン領主は討ち取られたし、連合していた他領主たちも自領に退散したようである。


 こちらの犠牲はわずか数名で、深追いし過ぎて敵に囲まれたり必死の反撃に遭ったりした者たちだけだ。

 対する敵軍は半数近くが討ち取られるか降伏したので、戦闘後の彼我の戦力状況を見れば完勝と言ってまったく差し支えない。

 

 …ただし、その数名の犠牲の中にエッカルトが含まれている点を除けば、だが。


「あぁ~、叔父貴。だから言ったのに無茶しやがって」


 チンピラ青年ことトビアスは、そう言いながらエッカルトの亡骸についた血や土を布で拭っている。


「せめて奇麗にしてから、王都に連れて帰ってやるからよ。まあ叔父貴も、最後に夢が見れてよかっただろ…」


 トビアスの口調は軽いが、しかし丁寧に丁寧にエッカルトの身体を拭うその手は優しく、肉親への愛情と惜別に満ちていた。

 どうやら見た目の印象よりも、情の深い人物なのかもしれない。


「はぁ~、しかしこれで仕官の話もパァか。帰ったらカアチャンにまたドヤされちまうなぁ」


 ボヤいているトビアスの背後からロルフが近づき、その肩にポンと手を置く。

 鉄面皮のごときロルフといえども、さすがにこの場面では人間らしい慰めの言葉が出て来るに違いない。



「さて、デルリーン卿。今後のことについて、話し合いをしたいのだが」


「…はぇ?」


 トビアスの半開きの口から、間抜けな声が漏れた。


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