第27話 新たな力③
俺たちは王都郊外の丘の上に布陣して、眼下の敵軍勢を眺めている。
敵軍勢は手に手に武器を掲げ、日光に反射して銀色の波を作っているようだ。
「どのくらいの数がいるんだ、あれは?」
こんなに密集した人間の大集団を見たことがないので、いまいち見当がつかない。
ドーム球場の観客席に詰め込んだら、ライト側外野席は全部埋まるくらいだろうか?
「ざっと5000と言ったところですな」
バルカが軍勢の数を読む。
やはり5000人か…。
この一人一人が生きている人間だと考えると、さすがに俺も迷いが浮かぶ。
「ギュンター、最後の確認だ。どれほど多くの血が流れても、構わんな?」
ギュンターは一度チラリとコンラートに視線を送ると、コンラートが頷き返したのを見て答える。
「うん、今さら引き返す道は無いよ。どんな道であれ、前に進むしかない」
じゃあ、決まりだな。
「そうか。では兵たちに追撃の準備をさせろ」
「…追撃、でいいのだね?」
「構わん。あの軍勢は俺が打ち倒す。お前は追撃の算段をしてくれ」
俺の言葉を聞いてギュンターは思案している。
が、ほどなく結論が出たようだ。
「分かったよ。キミがあの軍勢を打ち倒すことを前提に、騎兵で左右を包もう。どの道、そうしてもらわないことには、勝ち筋がないからね」
決断したというべきか、開き直ったと言うべきか。
神妙な顔をしていたかと思うと、今度はギュンターは吹き出した。
「フフフ、半分以下の兵力で敵軍を包囲だなんてね」
「上手くいっても失敗しても、私たちの名前は後世に残るに違いありませんね」
ギュンターとコンラートはここに来て吹っ切れたのか、顔を見合わせて笑った。
二人の笑いにつられて、周囲の騎士たちも硬いながらも笑顔を見せている。
「よし、騎兵を動かせ!」
ギュンターの号令で騎兵部隊が左右に駆け始め、大回りで敵軍の背後を扼さんと進発する。
本来はあまりに無謀な兵力分散だろうか。
これから普通じゃないことをするからいいのだが。
「よし、やるぞ」
俺は『収納』から異様な物体を取り出す。
今日の決戦に使用するコイツは、すでに前もって召喚済みである。
三人での操作も十分に練習したつもりだが、まあやってみるしかない。
丘の上に偉容を現したのは、二つの車輪の上に設けられた架台に乗る10本の銃身。
サークル状に束ねられた銃身の後端は、装填と撃発の機能を担う機関部に覆われている。
機関部直上には重力落下により弾薬装填を行う箱型弾倉が突き立ち、機関部後方にはそこだけ妙に可愛らしいサイズのハンドルが付いている。
エンブレムには「COLT 1873」の刻印が見え、やっぱりこれも1873年製なんだなと苦笑させられてしまう。
いや、マジで誰の何の縛りなんだよ。
そう、これはガトリングガンである。
出身国においては南北戦争でデビューを飾るも、戦術の変化から目立った活躍はできなかった。
銃の運用を前提に、兵士間の距離をあける散兵戦術に対応できなかったのである。
むしろ日本に輸入されて戊辰戦争で使われたことの方が有名ではなかろうか。
しかし、ここは異世界だ。
散兵戦術など知らずギッシリ密集する5000人の軍勢に、ガトリングガンがその能力を十全に発揮したならば、果たしてどうなってしまうのか。
まあ、ギュンターの言う通りだ。
今さら戻る道はあるまい。
「配置につけ!」
「うん、ご主人様!」
「承知!」
二人がガトリングガンの左右に分かれて配置に着くのを確認して、俺はガトリングガンの後方に位置どる。
俺が右手でハンドルの操作を行いながら、左手に抜きはらった小剣で前方を指し示す。
ミンとバルカが左右から握把を掴み、息を合わせて銃身を俺の小剣に沿わせることで照準を変更するのだ。
軍勢の先頭との距離は300m、まだ弓はおろか銃でも遠すぎる距離である。
しかし、ガトリングガンの有効射程は500mあまり、飛ばすだけならば1km以上も弾は飛ぶのだ。
これだけ密集して地を覆う軍勢相手に、有効射程もなにもあるまい。
視界に入った敵兵は、一人残らず射程内なのである。
「ミン、バルカ、練習した通りだ。軍勢の左端からまずは1/4を、薙ぐ」
俺がハンドルを回し始めると、機械に連動して撃針を内包するボルトが前後する。
あとは弾倉と機関部を隔てる止め板を抜き、弾薬を薬室内に落下させる。
刹那、撃針が雷管を叩き…
轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟。
天地が割れ裂けるような炸裂音が、毎分200発のペースで響き渡る。
次々と敵軍勢に飛来していく14.7mm弾が、腕に当たれば腕をちぎり、脚に当たれば脚を霧散させる。
もちろん、胴に着弾を受けた者は自らの死に気づく間もなく絶命していく。
ミンとバルカは練習通り、ゆっくりと30秒をかけて軍勢の1/4に左から右へと砲口を向けていく。
俺はハンドルのペースを乱さないことに意識を集中しつつ、小剣をゆっくり上げ下げすることで銃身の仰角を上下させる。
軍勢の手前の兵にも、軍勢の奥の兵にも、平等に死をもたらしていくのだ。
キッチリ30秒で100発入り弾倉が空になる。
俺は弾倉の交換を行いながら14.7mm弾が蹂躙した敵陣を見やるが、数十人が地に倒れている以外は何も変化がない。
立っている者はみな、呆けたように空を見上げている。
まさか本当に天地が裂けてしまったかと心配しているのだろうか?
「次の斉射いくぞ」
弾倉の止め板を抜くと、新たな殺戮が始まる。
30秒かけて軍勢の半分まで薙いだが、それでもまだ何の変化もない。
ともかく右端までいくか。
轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟…。
「よし、いったん撃ち方やめだ」
辺りには400発の大口径弾薬が吐き出した硝煙が立ち込め、一時的に視界が効かなくなっている。
こりゃ、風があって助かったな。
「ギュンター、どうだ。敵の様子はどうなっている?」
「…」
返事がない。
ギュンターはいつもの軽薄な笑いをどこかにやってしまったのか、敵陣を見ながら黙りこくってしまっている。
「ギュンター!」
「…! あ、ああ。敵はまだ動かないよ」
やっとギュンターが再起動して返答した。
やはり5000人ともなると簡単には潰走しないか。
「ならばもう一度いくぞ、いいな?」
「な、何回できるのだい、この大魔法は?」
「俺がやめるまでだ」
そう言われてギュンターは鼻白んだが、背後からコンラートに背を叩かれて意を決した表情になった。
「…分かったよ。敵が退くまで、お願いする」
「ミン、バルカ、折り返すぞ」
「うん!」
「承知」
今度は右端から左に向けて、無差別な死の贈呈を再開する。
軍勢の中ほどまで火箭が差し掛かると、やっと後方の一部の兵が背を向けて逃げ始めた。
あともう少しだな。
左端まで薙ぎ切ると、敵の軍勢は二手に分かれた。
いや、能動的なものではなく分裂したと言うべきだろうか。
後方から潰走する大部分の兵たちと、前方で突撃を開始する少数の兵たちに分かれたのだ。
「ちっ、また折り返すぞ。手前から仕留める」
今度はギュンターに確認もせず、俺は急いで弾倉の交換を行う。
俺は突撃してくる集団のうち近いものから順に小剣を向け、ミンとバルカが銃口を合わせていく。
しかし練習したとはいえ上手いもんだ。
本番に強いタイプだね君たち。
「あっ」
「ぷ」
「ひっ」
敵兵が近づいて来たことにより、かすかに声も聞こえるようになってきた。
しかし、意味を成しているように聞こえる言葉は無い。
ただただ、ちぎれ飛んでいく肉体から漏れ出した、空気の音が聞こえるだけだ。
「うわああああ! 死ぬ! 死ぬ!」
「む、無理だぁああ!」
突撃を選択した一部の兵たちも、まったく接近を許される余地なく打ち倒されていくことを理解したようだ。
悲鳴を上げてその場に伏す者や、武器を投げ捨てて踵を返す者が見られるだけになった。
ここまでだな。
俺は小剣を鞘に納め、ミンとバルカの肩を叩いて射撃態勢の終了を伝える。
ギュンターの方を見やると、こちらを見ていたギュンターと目が合う。
あとは任せたぞ。
「…追撃に移ろう。騎士たちは先陣を切れ、突撃だ!」
「はっ!」
ガトリングガンを『収納』にしまった俺たちの左右を、味方の軍勢が駆け抜けていく。
いや、心なしか俺たちの周囲は避けられて、ポッカリ空間が空いているようにも感じる。
かなり先に進発していた騎兵たちが、敵軍の退路を扼しているのが見えた。
包囲が完成しつつあるな。
こりゃ完勝だろう。
「これで、俺たちの仕事は終わりでいいな?」
「…うん。そうだね」
ギュンターは何かを言いたそうな面持ちでこちらを見ている。
それをコンラートも心配そうにしながら、しかし両者なにも言い出せず逡巡しているようだ。
いつもワイワイ騒がしいこいつらが、めずらしいもんだ。
「なんだ? 言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「…ソーマ。キミはわざわざ北辺の地まで行かなくても、今すぐにでも王国を攻め取ることができるのじゃないか?」
なんだ、覚悟を決めたような表情でくだらんことを。
俺がこんな世紀末王国を手に入れたがるとでも、本気で思っているのか?
「そんなものは要らん。それよりも、しっかりと約束を果たしてくれ」
「絶対に! 絶対にお約束は果たしてみせます! この地に平穏をもたらせて見せます!」
表情の硬いギュンターを押しのけて、コンラートが力強く答えてきた。
いいコンビじゃないか、あとはお前らで上手いことやれよ。
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第一章 完
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