第26話 伝承官

 王都攻略から10日ほどが経ち、国王と宮廷を掌握したギュンターは鎮撫将軍に叙任された。


 鎮撫将軍とは国内の反乱鎮圧を取り仕切り、国王に代わって諸侯連合軍を編成する権限をもつ兵権の最高位だそうだ。


 そしてコンラートはなんと宰相の地位に就いた。

 この国の宰相に就くことができる家格を持つ家は三つあり、コンラートはその内の一つラングハイム家内の家督争いに敗れて流浪の身だったらしい。


 コンラートは今回のクーデターで宰相の地位を得ると共に、ラングハイム家の家督者になることも宣言したそうだ。


 なんにせよ、あいつら二人のダイナミック就職活動もこれにて終了だな。


 まあこの辺はあまり興味がない。

 俺はこの国の政治のことはよく分からんからな、あいつらの権力固めが順調ならばそれでいい。


 それよりも伝承官だ。

 今日俺たちはロルフに先導されて、王都内の中心部に向かっている。


 多忙を極めるギュンターはアイヒホルン邸に戻ってこないが、伝承官との面会の都合がついたことをロルフ経由で伝えてきたのだ。




「儂がヨーナスじゃ。早う要件を言え」

 

 伝承官の役宅で引き合わされた老人は、偏屈を絵にかいたようなぶっきらぼうな爺さんだった。


 現状の権力者から紹介されて来たというのに、愛想の一つも振り撒こうという気配がない。


 伝承官は宮廷で有職故実の指南をするのが本来の仕事らしいが、どんなエライさん相手でもこの調子らしい。


 まあ知識人の爺さんてのはこんなもんか(偏見)


「成り上がり者どもの取り巻きが、おおかた宮廷作法を学びに来たのであろう」


 偏屈っぷりが絶好調だな爺さん。

 権力者を恐れない態度は嫌いじゃないが、たしかに用件は早く済ませるか。


「この腕時計の来歴を教えて欲しい。いつ、どうやってこの国に持ち込まれたのかを知りたい」


 伝承官の爺さんの眉がピクリと動いた。

 こりゃ何か知ってそうだな?期待できるぞ。


「その言葉を…どこで知ったのじゃ?」


 ん? あ、そうか。

 この世界では宝石の腕輪という認識だったのをすっかり忘れていた。

 まあいいか、ごまかすのも面倒くさい。


「俺の故郷ではこれを腕時計と呼ぶのだ。それよりどうだ、来歴を知っているのか?」


「…」


 急に黙った爺さんは、席を立って奥の部屋に引っ込んでしまった。


 おいおい、偏屈にもほどがあるだろ。

 爺さんの機嫌を取るサブイベントとか始まるんじゃないだろうな、勘弁してくれ。


「お待たせした。ソーマ殿、余人を排して話をさせていただきたい」


 しばらく待っていると、爺さんがなんか正装っぽい長裾ローブを着て現れたぞ。

 手には立派な軸装飾の巻物を持ってる。


 なんだなんだ?

 なにが始まるんだ。


「ロルフと兵士たちは外してくれ。ミンとバルカは構わん」


 ミンとバルカは余人じゃないからな、文句は言わせん。

 爺さんも隷属環を見て何を誤解したか、納得している。


「しからばソーマ殿。伝承に従い、問答をさせていただく」


 え?あ、はい。

 問答?


「ニホン国の王都は、どこであるか?」


 王都?日本の首都ってことでいいのか?

 いや、王都だった時代のことを考えると京都か?

 いきなり答えが複数あり得る悪問が来たな、おい。


 まあ、あの腕時計の年代を考えると近代以前ではないだろう。

 深く考えずにいくか。


「東京、だな」


 俺が答えると爺さんがブルッと震える。

 なんだ、トイレか?たしかに小便しづらそうな服だな。


「…ア、アメリケ国の王都は、どこであるか?」


 はい、悪問です(怒)

 これはアメリカのことなのか?

 実はこの世界にアメリケ国がありますとか言われたら暴れるぞ。


 あと地味にひっかけ問題やめろや。

 ニューヨークは不正解でーす、てか。

 やかましいわ。


「ワシントンD.C.だな」


 爺さんの震えが拡大してガクガクし始めて、ついに床に膝をついたぞ。

 さすがに人を呼ぶか?


「新たな王よ。我らシュタイアの民一同、永らくお待ちしておりました」


 その場に平伏した爺さんが、これまた謎の言葉をポンポン発する。

 

 いや、あの…。

 ずいぶん勝手に話を進めるじゃん。

 てか、腕時計の来歴いっさい教えてくれないじゃん。


「こちらが、神王陛下の残した神界文書の写しにございます」


 爺さんは懐から、これまた立派な装飾の羊皮紙を差し出してくる。

 えーと、読めばいいのね?


 上半分が日本語の文章だな。

 ところどころ漢字の形がおかしいが、読解に問題のあるレベルじゃない。

 下半分は英語か、日本人以外の地球人も想定して書かれた文書なんかね。


“やあ、問答に正解したということは、君も地球からの来訪者だね?

僕の名前は斎藤啓一、君はどこの国の人かな?同じ日本人だと嬉しいな。

僕の創ったディアーダ王国には、地球からの来訪者を保護する制度を残しておいたから、安心して生活の基盤を作って欲しい。

できればこの国の文明を少しでも進歩させてくれると嬉しいな。よろしくお願いね”


 装飾の重々しさと文体の明るさのギャップにずっこけそうになるな。

 まあなんにせよ、これで色々わかってきたぞ。


「なるほど。この斎藤啓一という人物が、かつてこの世界に来た日本人だな?」


「…! やはり神界文字を…。左様にございます。神王陛下はニホン国から異界の海を渡り、この地に到来されたと伝わります」


 ふむふむ、じゃあ異世界転移の先輩である斎藤さんがこの国を創ったわけだな。

 そうなると、一言いわせて欲しい。


 斎藤さん。あなたの国、物騒すぎますよ…(小声)


 しかし地球からの来訪者を保護する制度と言うのは、これまで知らなかったな。

 そういうのがあるならもっと早く言って欲しかったよ。

 今からでも申請できるかな?


「では、この国の名がディアーダ王国か」


「…いえ、そうではございません。この国はかつてディアーダ王国があった地に建てられた、ランダーバーグ王国でございます」


 斎藤さん。あなたの国、滅んでますよ…(小声)

 どうりで日本人が創った国にしては世紀末濃度が高すぎると思ったよ。


「ディアーダ王国が滅んで、どのくらいの時が経つのだ?」


「ディアーダ王国は初代の神王陛下が没したのち、数年のうちに内乱が起こり滅んだと伝わります。それが今よりおよそ100年前のことでございます」


 斎藤さん。あなたの国、結構すぐ滅んでますよ…(小声)

 こりゃ、地球人保護制度で実際に保護された地球人は一人もいないんじゃないのかね。


 こうなると斎藤さんの明るい文体や、文明の進歩がどうとか意識の高いことが書かれているのが逆に物悲しくなってくるな。

 



 その後も爺さんに色々尋ねると、斎藤さんの創ったディアーダ王国の遺民は「離散」を意味するシュタイアの民と呼ばれ、大部分はランダーバーグ王国の各地に文字通り離散して暮らしているらしい。


 一部は王国北辺の無主地に集住し、ディアーダ王国の伝統を守って暮らしているのだとか。


「わたくしはランダーバーグ王国に暮らすシュタイアの民に、新たな王の登極を伝達いたします。陛下は是非とも、北辺の地シュタイオンに入り民をお導きください」


 もう陛下呼ばわりかよ、年寄りは気が早いな。

 えーとつまり、俺に斎藤さんの遺志を継げってことか?

 

 しかしまさか、この王国と戦争して領土を取り戻せってんじゃないだろうな。

 同じ日本人の創った国にシンパシーは感じるけどさ。

 ギュンターたちと争うのはさすがに困るな。


「今やシュタイアの民はかつてほどの数がおりませぬ。ランダーバーグ王国の全土を制することは不可能にございましょう」


 あ、それはいいのね。

 しかし、ここに来て異世界統治ものが始まるとは思ってなかったぞ。


 「ついに、ご主君の本領が決まりましたな」


 「王様、凄い!」


 君らはノリノリだねえ。


 まあでも今の銃を撃ちまくる展開よりは、当初願ったハートフルスローライフ路線に近いのは間違いない。

 開拓とか産業育成とか、そっち方面はスローライフの定番だしな。


 これはちょっと真剣に考えてみるか。


 聞いてみると北辺の地は農業に向かない荒地で、シュタイアの民は海での漁業で生計を立てているとか。

 …ふむ、行ってみないと分からんが、それなら何とかなるかも知れんな。

 

 人手が要るだろうし、ランダーバーグ王国内のシュタイアの民を移住させたいところだが…。

 こりゃ、ギュンターに貸しを返してもらうか。






「やあ、ソーマ。いい所に来たね。丁度こちらからも、キミに会いたかったところだよ」


 王城近くの将軍府にやってくると、すぐに執務室に通されてギュンターとの面談になった。

 なんかやけに明るい様子なのが、かえって怪しいな。


「ロルフから聞いたよ、北辺の地でシュタイア人たちの王になるそうだね。素晴らしいじゃないか!もちろん君の王国を承認しよう、支援も必要じゃあないか?」


 はい、不穏です(確信)

 こいつはランダーバーグ王国の諸侯を抑えるのに命を懸けているはずだ。

 なんの条件もなく支援まで言い出すとは思えん。


「早く対価を言え、どうせ何か企んでいるのだろう」


「いやいや、もちろんキミとボクの友誼が最大の理由なのだけれどね?」


 はい、『虚偽看破』がビリビリ反応しています。

 こいつに会った当初にこのスキルが欲しかったな。


「ただまあ、お願いしたいこともあるよ。実はね、今この王都に向けて、北部諸侯と西部諸侯の連合軍が向かって来ているのさ。数は5000ほどになると思われるね」


「5000か、多いな。それでお前たちの戦力はどうなのだ?」


「以前と変わらないね。2000ちょっとだよ」


 はぁ?

 お前はナントカ将軍になったんじゃないのかよ。

 なんで戦力が増えてないんだ。


「いやぁ、連合軍の中核は前宰相のアデナウアー卿と、前将軍のトラウト卿なのだけれど。ボクたちが彼らを取り逃したことで、周囲はまだ情勢をうかがっているのさ」


「王都の防備が少なかったというのは、そういうことか」


 こちらが王都攻略にかかる前に、重要人物に逃げられていたというわけか。

 本当にこいつは、策謀が好きな癖にちょいちょい策を外しやがるな。


「この戦いに勝たないことには、ボクたちは三日天下というわけさ。もし勝つことができれば、日和見している者たちも一斉にこちらに靡くに違いないけど。王都の城門も補修が間に合わないし、大変危機的な状況と言うわけだね」


 むむ、まるで俺にも責任があるような物言いをしやがって。

 ほんわかレス推奨が分からんやつらだな。

 だいたいお前らの戦略がグダグダなのが悪いんだろうが!

 

 責任の重さで言えば、策を外しまくるギュンター > 家柄しか役に立たないコンラート(辛辣) > はりきり過ぎた黒色火薬くん > 俺、の順である。


 まあいい、要は野戦でそいつらを破ればいいんだな。

 そっちはなんとかなる。


「追加条件だ。王国内のシュタイアの民で北辺への移住を望む者を募れ、その者の移送と1年間の食料を保証してもらおう」


「それは、大事業になるね。…わかった。約束しようじゃないか」


 よーし、じゃあ後はこれが空手形にならないように働くとするか。


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