第29話 トビアス・デルリーン

「デルリーン卿。まずは領都に入り、家臣団の掌握に努めていただきたい」


「えっ?はい、その…、えっ?」

 

 うーん、さすがは鉄面皮。

 こいつが人間らしい慰めの言葉を吐くことを期待した俺が馬鹿だった。


 トビアスは目を白黒させているが、ロルフはお構いなしに作戦を遂行する気である。


 たしかに、この情勢下で領主不在はよくないけどさぁ。

 ロルフは頓死したエッカルトの代わりに、あのチンピラ青年をデルリーン領主に据えるつもりのようだが大丈夫かね?


 まあ、この世紀末世界なら領主でもチンピラでも大差ないか(暴論)






 それから約3週間、俺たちはデルリーン領に滞在して王都から送られてくる後詰の兵を待っている。

 

 デルリーン領都に入ったトビアスは領主に就くことを宣言し、旧主に従って戦闘に参加した者も含めて、すべての家臣団を即座に赦免して配下とした。


 まあトビアスの自前の手勢はわずかな数しかいないため、デルリーン領の掌握には選択肢が無かったとも言えるんだけど。


 とくに先の会戦で撤退時に敵方のしんがりを務めた騎士は、自分が討ち取った男が新領主の叔父であると知って顔を青くしていた。

 しかしトビアスはこれも即座に赦し、騎士の腕前を称えて自分の近衛に指名している。


 懐が広いというべきか腹をくくってるというべきか、ともかく思い切りのいいやつだな。

 まあなんにしても、内輪揉めしてる場合じゃないんだよね。


「御館様、西の村がタイケ領の兵に襲われております!」


「またか! 毎日あちこちから襲ってきやがって、王都のスラム街より物騒じゃねえか!」


 この3週間、トビアスは連日襲ってくる周辺領の兵たちへの対処で手一杯である。

 トビアスがデルリーン領の領主となる宣言をした直後から、デルリーン領の継承権を主張して周辺領からの侵攻が相次いでいるのだ。


 侵攻してくる中には体制派の領もあるようだが、体制に恭順するのと領土争いをするのとは別腹ということらしい。

 うーん、このケーキバイキング感覚で戦争する諸侯ども。


「ロルフさんよ、兵をもう100貸してくれや。 連中を追っ払ったあとに、西の村に置きてえ」


「タイケ領への抑えとするか、承知した」


 ロルフはトビアスの要請に応えて、自身が率いてきた軍勢をデルリーン領各地に分散配置している。

 このため現在はまとまった兵力が手元になくなってしまい、王都からの後詰が到着するまで身動きが取れなくなってしまった。


 ちなみに、俺たちとシュタイア人部隊も頼まれて日々あちこちの村に派遣されているが、そのまま駐屯とはならずに必ず領都に戻ってきている。

 まあ、機動戦力として便利に使われているわけだ。


「御館様! 北の村から焼け出された者たちが、領都に多数到着しております!」


「食糧庫を開け!弱ってんのは館に入れろ、毛布はまだあるか? 足らなきゃ古着でも筵でもなんでも、領民から買い取れ! 女どもは炊き出しの支度をしろ! 俺は西の村に行くぞ、ついて来い!」


「はっ!」


 トビアスは騎士たちを連れて館を飛び出していった。

 炊き出しの命令を受けた使用人の女たちが、バタバタと慌ただしく駆け回っている。


 どうなるかと思ったが、すっかり家臣団を掌握してるみたいだな。

 トビアスは自身があちこちに飛び回って働く上に、民生重視で目配りも細かいことから早くも領民からの支持を固めつつある。


 しかもどうやら戦に強い。

 俺が同行していない戦闘でも、およそ同数くらいの敵兵を連戦連勝で蹴散らしているのだ。

 デルリーン領の騎士たちのトビアスを見る目が、日に日に変わっていくのが分かる。


「ふむ。新たなデルリーン卿は、御館様にとっても意外な拾い物となりそうです」


 ロルフの評価も上々のようだが、それが本人にとって良いことなのかは知らん。

 いやたぶん良くないだろう(確信)


 



 王都から体制派諸侯の兵2000が後詰に到着したということで、俺たちはトビアスの居館に召集された。

 ギュンターからの指示も届いたようで、今後の行動方針を話し合うのだ。


「鎮撫将軍よりのご下命である。先遣隊と後詰の兵をもってデルリーン領周辺の騒乱を鎮め、乱を成す周辺諸侯に膺懲を加える」


 なんか言葉が難しいな。

 えーと、つまりデルリーン領の周囲の敵をぶっ倒すってことでいいんだよね?(脳筋)


「なお、膺懲を加えた諸領は、一時的にデルリーン卿の預かりとする」


「…はぇ?」


 ここまで黙って聞いていたトビアスが間抜けな声を上げた。


「デルリーン卿は管理下の諸領の兵権を預かると共に、諸領の防衛と治安について責任を持つものとする」


「…はぇ?」


 トビアスは間抜けボイス製造機と化しているが、大丈夫かな?

 いや、再起動して何かを言いたそうにしている。


「いや、あの…。俺の代わりの領主は、来ねえのか?」


 あ、こいつ。

 さては自分は暫定の領主で、後詰の兵と交代で王都に帰れるとか考えてたな。

 見ろよ、ロルフのあの冷たい眼を。


「そんなものはない。それより、ここからは私の腹案だ。周辺領の鎮圧が終わった後、これらの領はデルリーン卿の与力とするよう、御館様に進言するつもりだ」


「…はぇ?」


「北部にはまだ御館様に従わぬ諸侯が多く、その中心は前将軍のトラウト卿である。卿にはこれに対抗する北部諸侯の中心となってもらおう」


「…」


 お、間抜けボイス製造機に戻ったかと思ったら、とうとうそれも故障したぞ。

 がんばれトビアス、もう戻る道はないぞ。


 いやそれにしても、こりゃ大戦争になってきたな。

 ギュンターもこの機会に北部の平定を進める気まんまんということか。


「ディアーダ王におかれては、引き続き北辺への支援路開拓にご助力いただきたく。礼を尽くして乞うように、との将軍よりのご下命でございます」


 はいはい。

 俺を使い倒す意図を隠す気もないな、こいつら(呆れ)


 まあ、利害が一致しているうちは協力してやるか。


「さあ、デルリーン卿。呆けている場合ではないぞ、明日は東のメルテンス領の兵を押し返すのだ」


「あ、ああ…。よし、兵が増えたからには、あいつら一気に叩き出してやる! ソーマの旦那も明日は頼むぜ!」


「任せておけ。それより、張り切りすぎるなよ」


 これでトビアスまで死んだら、もう収集がつかんからな。

 トビアスの近衛の騎士が真剣な様子で頷くのを見て、俺も明日の作戦に頭を切り替えた。





「ご主人様、見えたよ! 2時の方向!」


「数は400といったところですな。ほとんどが歩兵と見えます」


 お、敵影が見えたか。

 400なら相手にならんな、こっちは1000以上いる上に俺の魔法もある。

 さっさと蹴散らして終わりにするか。


「あっ、待ってご主人様。奴隷兵だよ!」


「なに!?」


 バルカと御者台を交代して、俺も馬車の屋根に上がる。

 俺の視力では奴隷環の有無までは分からんが、たしかにあのボロボロの衣類はドスタル領の奴隷兵たちとよく似ている。


「ミン。どのくらいが奴隷兵か、分かるか?」


「うーん。たぶん、半分くらい」


 こりゃ蹴散らしておしまい、とはいかんか。

 しかし奴隷兵を動員してくるということは、相手には教会勢力がついてるのか?


「おい、ロルフ。敵には教会が付いているのか?」


「教会ですと? む、なるほど奴隷兵ですか。たしかにメルテンス領は教会領とも接しております」


 どうにかして教会の戦力も引っ張り出してきたわけか。

 面倒なことをしやがって。


「陛下の大魔法をもってすれば、死を恐れぬ奴隷兵とて、相手ではございますまい」


 俺に張りついて、いつの間にか馬車に定位置を確保しているアレクシスがそう言う。

 しかし、意思に反して拘束されていると分かってる人間を虐殺する趣味は俺にはない。

 第一、そんなことをしたらミンが悲しい顔をするだろうが。

 

「トビアス、この戦いは俺に預けてくれ」


「そりゃいいけどよ。奴隷兵をどうするってんだ? 可哀そうだけど、どうにもなんねえぞ」


「まあ、なんとかしてみるさ」


 俺たちは味方の布陣から離れて馬車を突出させる。

 ユリアンとシュタイア人部隊が慌てて追随してくるが、構わず引き離していく。


「俺はソーマだ! 奴隷兵は解放してやるぞ、もう命令に従う必要はない!」


 敵陣の眼前に馬車を走らせながら、俺は奴隷兵たちに大声で呼びかける。

 こりゃ、メルテンス領の兵士も混じってるのが厄介だな。

 奴隷兵だけならもっと対処しやすいんだが。


 ん?敵陣から豪華なローブが出てきたぞ。

 たぶんあれが指揮官だろうが、隷属環を処理する前に撃ち殺すわけにもいかんな。


「現れたな神敵め、教会の秘宝を返してもらおう!」


 神敵って、俺のこと?

 我、神王斎藤さんの後継者ぞ?


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