第40話 制覇行

 戦場に轟音が響き、ラウブ人集団の頭目の脳天に44口径弾が突き刺さる。

 混乱に陥ったラウブ人たちは、さらにアレクシスの魔法による泥沼に足をとられて近衛軍に包囲を許した。


 よし、今日も必殺コンボが決まったぞ。

 あとは武器を没収してお土産を渡すルーチンだ。


「陛下。用意した黄銅器は、あと一度分のみでございます」


「わかった。では、次の集団で今回は最後としよう」


 ユリアンの報告に、俺は了承する。

 俺たちはいまシュタイオン南方の丘陵地帯で連日、ラウブ人集落への征服…もとい真鍮器の宣伝活動を行っている。


 宣伝活動の手順は簡単だ。

 まず新生ディアーダ王国への協調と真鍮器交易への参加を呼びかけ、応じるならばさっそく真鍮器の取引を行う。


 戦闘に訴えかけて来るならば受けて立ち、頭目を討ち取ることで親ディアーダ王国体制への転向を迫るのである。

 まあ、転向に応じないならば殲滅すると伝えているので、ちょっと自由意志の選択とは言いにくい面も無きにしも非ず…、かも知れない。


 だって仕方ないもんね。

 「ディアーダ王国の交易路を略奪したい」という彼らの自由意志を尊重してたら、こっちの発展が脅かされるんだもんね。

 平和裏に協調する道を事前に示してるので、免責といたします(無罪判決)





「ご主人様、12時の方向! 50人くらい!」


「む、多いな」


 戦闘要員だけで50人となると、これまでで一番大きな集団だな。

 こりゃ、軍勢同士の戦闘になってしまうか。


「ユリアン。相手が潰走するまで近衛軍を前に出すな」


「ははっ!」


 ここで近衛軍を大きく損耗させたくない。

 連日の制覇行で死者こそ出ていないが、負傷によるシュタイオン待機で5名の欠員がすでに出ているのだ。


 たかが5人と言っても、全50人中の5人なので損耗率は実に1割に達していて、実のところ部隊としての損耗限界に近づきつつある。

 冬本番になる前になるべく南方を安定化させたかったとは言え、少し無理をさせてしまったな。


「ご主君、どうも様子が違いますな。女子供も連れております」


 ん、軍勢じゃないってことか?

 たしかに見えてきた集団は、半分以上は非戦闘員と言った様子だ。

 こりゃ、10家族くらいの集合体がそのまま移動している感じか。





「ディアーダの武王様、我らは王国への帰属を望みます」


「恭順か、よかろう。仔細はユリアンより聞け」


 ラウブ人集団の頭目は50歳ほどの男で、俺の前に跪いてディアーダ王国への帰属を申し出ている。

 俺の『虚偽看破』も反応していないので、本心からの要請のようだ。


 まあ制覇行を続けていれば、いずれこうなることは分かっていた。

 帰属を望むラウブ人集団が現れた場合の対応については、宰相のモーリッツをはじめ大臣たちに検討を以前から指示してある。


 大臣たちの最初の議論の末、モーリッツは「拒否」の結論を持ってきたので、俺はこれを却下し再検討を求めた。

 二度目の議論の結論は「奴隷化」だったので、俺はこれも却下した。


 モーリッツと大臣たちは長い再々検討会議の末に「恭順は受け入れるが2等市民として権利を制限し、三角州外に居を置かせる」という結論を渋々出してきたので、俺は嘆息しつつもこの辺が限界と思い受け入れた。


 彼らの結論はひどい話に聞こえるかも知れないが、これには仕方ない面もあると理解して欲しい。

 なにしろ彼らシュタイオンの民は、斎藤さんの死後100年にわたりディアーダ王国の再興を誓って逆境に耐え伝統を保持してきたのだ。


 いま俺の登場をもってディアーダ王国が強勢を得た途端に、昨日まで敵対していたラウブ人が帰属しますと言って来てもすぐに同胞と見なすことは難しい。


 悪しき選民意識と言ってしまえばそれまでなのだが…、彼らが今日まで斎藤さんの王国の制度や法律、文化を残してくれた原動力を否定するつもりもない。


 ともかく、人間の心の問題にはどうしても解決に時間が必要な物もあるのだ。

 いつも通り黒色火薬くんが暴れてゴリ押しというわけにはいかない。


「先日まで王国に仇なしてきた我らを、受け入れていただけるだけでも、あり難き幸せ…」


 ユリアンが処遇について説明してもラウブ人集団には落胆の色はなく、むしろ安堵して涙ぐんですらいる。

 どうやら、これでもこの世界基準で言えば相当な温情采配ということらしい。





 本日の征服行を終えた俺たちがシュタイオンに帰還すると、旧防壁の内側では盛んに開墾作業が行われていた。

 俺の指示で「豊穣の秘薬」こと硝酸カリウムくんを施肥した農地で麦が芽吹いたことから、一気に麦作フィーバーが始まっているのだ。


 この地では播種された麦の発芽割合が低く、半分も芽を出さないのが普通のようだ。

 それに対して、硝酸カリウムくんを施肥した農地ではほぼ100%の発芽率となったものだから、現在シュタイオンでは麦作への期待と興奮が高まっているのだ。


 そこで高まる期待のままに、雪が降る前に少しでも麦の作付けを増やそうと皆躍起になっているわけである。

 ここ数日は従来の農民に加えて、漁師も木こりも総出で旧防壁内の開墾に当たっている。


 ちなみに俺は現代知識を生かして、播種する種を塩水につけ沈んだものだけを選別するいわゆる「塩水選」を提案しようと思っていた。

 しかし、それはこの世界でも当たり前に行われているようなので、ドヤ顔ポイントを一個失ってしまった気分である。


 まあ、それはどうでもいいか。

 

 人口が拡大するまでは旧防壁の修復は放置するつもりだったけど、こうして旧防壁内がほぼ全て農地になった以上は予定を前倒すべきかな?

 これから外敵が侵入してくるたびに、いちいち農地を荒らされるのもどうかと思うしな。


 となると、やっぱり石炭が欲しいな…。

 当座の分の石灰岩を確保したように、俺が単独で石炭採掘に向かおうかな?


 でもなあ、デンネムンク半島まで往復すると5日くらいかかるらしいし、探索と採掘時間も含めると結構な日数シュタイオンを開けてしまうことになるしなぁ。


 現状シュタイオンの守りの要は何といっても俺なので、留守にすることで略奪を受けてしまうとせっかく着手した各種整備事業が白紙に戻ってしまう。


 特に失って痛いのは急ピッチで増やしている住居と、真鍮加工用の家事施設、そして建設中の石灰岩焼成用の石灰窯である。

 これらが破壊されてしまうと、俺は萎えて寝正月を迎えることになってしまうこと必定である。


 あ、すごく今更だけどこの世界の1年は春から始まるので、冬に新年を祝う文化はない。

 ちなみにこの世界の住人は数え年で年齢を数えるので、春になるとみな一斉に年齢が1歳増えるわけだ。


 つまり、我が20代はこの冬限りということか…。

 現代日本にいると社会の平均年齢が高すぎて、30代も青年期の延長という感覚があった。

 しかし老人が少なく平均年齢の若いこの世界に来てしまうと、30代は明確に中年なわけで。

 

 …この話はよそう。

 どうして自分にちくちく言葉をぶつける必要があるのか?

 自傷行為をしてはならない(戒め)


「ご主人様、大丈夫? おなか痛い?」


 俺の顔色が優れないのを察して、ミンがおなかを擦ってくる。


「ありがとう。元気が出たよ」


 俺はミンを褒めながら頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 すると俺を心配し寄せられていた眉根が徐々にひらき、やがて満面の笑みとなって鼻孔からはムフーが漏れた。


 そうだった。

 成り行きとはいえ保護した少女もいるというのに、老け込んでいる場合ではないのである。


 よし気を取り直して、なんの話だったっけ?

 そう、石炭。


 うーん、まともな船があればもっと早く移動できるんだがなぁ。

 もちろんシュタイオンにも漁民はいるし、というか半農半漁を生業とするのがシュタイオンの民の大部分なので小舟はたくさんあるんだが。


 沿岸航行とは言え、遠出をするには小舟ではちと不安が残る。

 やっぱり、石炭採取は来年以後の課題とするべきか。


 などと、俺がひとしきり思案を終えた時。

 カンカンカン、と半鐘の音がシュタイオンに響き渡った。


 もちろん半鐘は俺が真鍮で作らせたもので、旧防壁の物見塔に設置された新警戒システムの一環である。


 3回・2回のリズムで半鐘を鳴らすこの警報の意味は…、3回(敵襲)・2回(西方向)、か。

 こりゃ船を入手できるかも知れんぞ?


 渡りに船とはまさにこのことに違いあるまい。



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