第41話 バリタ人

「フリッツ、どうだ?」


「ははっ! 西の海上に船が3隻、バリタ人どもの襲来に違いございません」


 内部防壁に設けられた見張り櫓に登ると、ユリアンのいとこで軍務大臣と国防軍司令官を兼任する壮年男、フリッツが状況を教えてくれた。

 もちろんユリアンも近衛軍をひき連れて駆けつけている。


 俺も西の海上に目を凝らすと、なるほど波間に茶色い帆布が3つ見える。

 あれがバリタニエン島からやってくる海賊、いや海の向こうの領主の正規兵だったか、バリタ人どもの船と言うわけか。


「あの船は、どのくらいの軍勢が乗っているのだ?」


「1隻につきおよそ100人ですので、300人ほどの軍勢かと」


 300か、たしかに従来のシュタイオンの防衛能力では厳しい相手だな。

 山に逃げ込んで難を逃れていたのも致し方あるまい。


 しかし、今度は違うことを教えてやろう。


「フリッツ、ユリアン、旧防壁の外まで前線を上げるぞ」


「旧防壁の…外でございますか!?」


「ははっ!」


 穴だらけの旧防壁まで前進すると聞いてフリッツは驚いているが、ユリアンは俺の意図を察したらしく了解の返答を返してきた。

 まあ無理もない、フリッツはユリアンとは違って俺が本格的軍勢を相手にするところを見たことがないからな。


 俺たちは急いで開拓中の農地を突っ切って旧防壁まで進み、さらにそこを越えて旧防壁の裂け目のひとつを背にして防壁外に出た。

 ユリアンも近衛軍44名を引き連れて続く。


 シュタイオンの成年男性全てに動員をかけている国防軍は、まだ編成が終わらないようでバタバタとしている。

 バリタ人相手に避難せずに戦うということ自体が滅多に無く、しかも防壁外に打って出ると聞いて命令伝達のミスではないかと混乱している様子だ。


「フリッツ! すぐに出られる者だけで構わんぞ! 後から来るのは、防壁の残りの隙間を守らせろ!」


「は、ははっ!」


 国防軍の掌握に大わらわのフリッツだが、辛うじて50~60人の人員を防壁外に送って寄こした。

 防壁外に出てきた国防軍兵たちは、悲壮感のある表情だが覚悟を決めて槍を握りしめている。


 近衛軍と国防軍を合わせて約100人か、十分だな。

 追撃と掃討の任務を頑張ってもらおう。


「聞け! 我が大魔法で奴らには死と恐怖を与える! お前たちは、奴らを一人も逃すな! 船は拿捕する、壊すなよ!」


「オオオオオォ!」


「う、うおおお!」


「やってやるぞぉ!」


 近衛軍から了解とばかりに勝鬨の声が上がり、つられて国防軍からも気合の声が上がった。

 

 シュタイオンの人々からバリタ人への恐怖心を取り去るためにも、ここは容赦なくやらせてもらう。

 俺は『収納』からガトリングガンを取り出す。


 海岸を見るとすでに船が3隻とも乗り上げている。

 下船した敵軍勢はこちらの意外な出撃と気炎に警戒したのか、すぐに接近はして来ずに陣形を整えている様子だ。


 ふむ、この辺の統率具合を見るにやはりただの無法集団では無いらしい。

 装備も槍の穂先の輝きと金属補強した盾、中には鎖帷子を着た上等な兵士もチラホラ見える。

 中の上か、あるいはそれ以上の軍勢かも知れないな。


 バリタ人たちの軍勢が隊列を整え終わり、ゆっくりと押し出してきた。

 隊列の中央には体格のよい鎖帷子の男がいる。

 雰囲気からしてあいつが指揮官かな?


「ミン、バルカ、配置につけ!」


「うん!」


「承知!」


 二人がガトリングガンの左右につく。

 俺はいつもの位置に着く前に、SF1873を立射の姿勢で構える。


「止まれ! それ以上進まば、ディアーダの武王がそなたらに死をつかわす!」


 俺が呼びかけると、敵の隊列中央の指揮官は左右と2~3言話し合った様子を見せたのち、隊列を割って進み出て来る。


「ディアーダとは古に滅んだ国であろう」


「ディアーダの再興は成った。降伏すらば命ばかりは赦して遣わす」


「フハハ! では王首の栄誉にあずからせてもらおうぞ!」


 指揮官の男は腰から剣を引き抜き、頭上に掲げる。

 そして、剣を振り下ろそうとした刹那。


 轟音。


「かか…れぅ!?」


 SF1873から放たれた45口径弾が指揮官の男の眉間に突き刺さると、兜をひしゃげさせて後方に弾き飛ばした。

 頭部の上半分を破裂させた男がその場にくにゃりと沈むと、突撃の号令に備えていたバリタ人どもは指揮官の変わり果てた姿を見て呆気にとられている。


「よし! 左から一気に右端まで、薙ぐぞ! なるべく船には当てるな」


 SF1873を『収納』にしまった俺は、ガトリングガンの後ろに取り付いてハンドルを握り、回し始める。

 頷く二人を見返してから引き抜いた小剣で、箱型弾倉の止め板を抜くと初弾が機関部に落ち。



 轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟。



 回転する10本の銃身が、円環の頂点に来るたびに14.7mm弾を吐き出し、円環の底辺に向かうと自然落下で薬莢を吐きだす。

 1分間に200発の猛烈なレートで撃発が行われるが、銃身の一つ一つは1度の発射後に3秒間のクールタイムを持つため、空気冷却で十分に撃発の熱を冷ましていく。


 完璧なまでに、人間を殺すことに特化した機構。

 芸術的なまでに、人間を鮮やかな霧に変えていく弾丸。


 海岸線に向かってやや撃ち下ろしの斉射をキッチリ30秒かけて終えたとき、そこには壊滅した軍勢の姿があった。


 半数以上が地に倒れ、その大部分はすでに息をしていない。

 立っている者もみな、猛烈な炸裂音と見たこともない死の嵐の翻弄に意識を朦朧とさせている。


 こちら側も国防軍は呆気にとられて立ち尽くしているが、近衛軍はユリアンの方を注視して次の指令を待っている。

 こりゃ、なかなかいい軍になってきたな。


「ユリアン、掃討しろ。一人も逃すな! アレクシスは足止め! バルカは右だ!」


 俺はガトリングガンを『収納』にしまうと、戦闘をおさめるべく詰めの命令を発した。


「お任せあれ!」


「前進! 回り込め!」


 ユリアンの号令一下、近衛軍は生き残りのバリタ人たちに攻撃しながらも左側面から海岸に回り込んで退路を断とうとする。


「まろびの泥土よ、彼の者らを扼せ」


 アレクシスが黒光りする鉱石を地面に押し付けると、バリタ人どもの足元が広範にわたって泥沼化する。


 朦朧状態から立ち直り逃走を試みようとする者も、アレクシスの泥沼魔法に足を取られ必勝パターンが完成しつつある。

 国防軍の出足が遅れた分だけ右側面の包囲が手薄だが、バルカが駆けまわってバリタ人たちを血煙に変えていく。


 よし、完勝だな。

 降伏するなら捕虜にしてもいいが、こいつらはラウブ人と違って殲滅してしまっても構わない。


 バリタ人と交易関係を築いてもいいが、その交渉相手は専業略奪者であるこいつらではあるまい。

 それに情報を持ち帰らせないことで、今後も来襲してくるならそれで一向に構わないのだ。


 こいつらが運んできてくれる鉄製の武具類は、そのまま国防軍に配備してもいいし悪くとも鋳つぶして鉄資源になる。

 そしてなにより軍船を貰えるのがありがたい。


 いや待てよ、船の漕ぎ手が欲しいな。


「ユリアン、捕虜を取れ!」


「降伏せよ! 命が惜しくば、武器を捨てよ!」


 ユリアンが大声で投降を呼びかけながら走り回ると、生き残りのバリタ人たちは次々と武器を捨てて降伏した。


 捕虜は50人くらいかな?

 ふつうに考えると、現在のシュタイオンの規模でこんな人数の捕虜を得るのは管理コストが先行し過ぎる。


 しかし、シュタイオンには『隷属の神器』もあるし、なんならそれ以上の方法も…。

 いや、これについてはもっとよく考えてからにしよう。


 ここで一応説明しておくと、俺は『隷属の神器』によって生み出される奴隷そのものに反対ではない。

 腐れ協会どもが無差別に村人を奴隷兵に仕立てることが癇に障っただけだ。


 旧ディアーダ王国による強制労働刑の規定はまだ生きているし、適法に運用されるならば異存はない。

 だいたい、こいつらは強盗殺人目的でわざわざ海を渡って来てる連中だからな。

 本来は全員縛り首でもなにも文句は言えないのだ。


「陛下、無事なものは拘束し終えました」


「ご苦労。助かる見込みの無いのは、どのくらいだ?」


 ユリアンはあたりを見渡し、おおよその数を数えておよそ50人と返してきた。

 無事なものとほぼ同数か。

 あちこちで、近衛軍や国防軍の兵たちが慈悲のとどめを与えている。


 俺も目の前でうめいているバリタ人に近づくと、腰のホルスターからSAAを引き抜いて銃口を向ける。


「陛下、そのようなことは我々が…」


 ユリアンがそう申し出て来るが、俺は首を振って応える。


「これは、俺がやったことの後始末だ」


「…御意」


 俺はSAAの装弾を撃ち尽くして、6人のバリタ人に慈悲を与えた。

 別にこいつらの船が海上にある間に撃ち払うこともできたのに、わざわざ陸上に引き込んで殲滅したのは俺の判断だからな。


 ここで死ぬことはこいつらの自業自得としても、無駄に苦しめる権利までは俺には無いだろうとも思う。

 だから目の前で苦しんでいて、俺にとどめを刺す能力があるのだからやるべきだろう。

 …まあ、また例によって勝手な自分ルールなんだけどね。


「ご主人様! 大勝利!」


 おっと、やっぱりミンは俺がアンニュイモードに入るのを察知してるな。

 大げさに喜びながら抱きついて来て、俺に盛んにムフーを浴びせて来る。


 フフフ、そうだな。

 こんなことでいちいちアンニュイしてる場合じゃねえんだったわ。


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