第54話 英雄

「陛下、シュタイオンからの迎えが見えます」


 ユリアンの報告を受けて俺は馬車の屋根に登る。

 なるほど、ディアーダ王国の旗幟を掲げた20人ほどの一団がこちらに向かっているな。


 俺たちの帰着を伝える使者を先発させたので、それを受けて迎えの部隊を寄こしたんだろう。


 そんな必要は別にないんだが、迎えの部隊を寄こせるということはシュタイオンもそう酷い状態ではなさそうだし、まあそこは良かった。


 やがて合流した将兵たちは互いの無事を喜び合い、ワイワイと賑やかな隊列になってシュタイオンを目指した。





「お戻りをお待ちしておりました」


 城門で出迎えたのは宰相のモーリッツと、軍務大臣と国防軍司令官を兼ねるフリッツの親子である。


 彼らの様子にもひっ迫した物はないので、第一報の混迷度に比べるとすでにある程度事態にメドは立っているのかも知れない。


 色々聞きたいが、まずはこれだな。


「バリタ人の襲来があったと聞いた。どれほどの被害があったのか」


「はっ、バリタ人どもはおおよそ100人ほどで襲来し、我らの城壁と矢に阻まれて撤退いたしました。被害は、親衛隊と国防軍から死者は無く、手傷を負った者が若干名おります。しかし、補助軍では2名の戦死者と10を超える重傷者を出しました」


 …聞き捨てならないな。

 どうして補助軍のみが、大きな人的被害を出しているんだ。


 彼らの間にある差別意識がそれをさせたのなら…。


「ご主人様、見て見て! あそこでみんなお酒を飲んでるよ!」


 ミンが指さす方向を見ると、なるほど戦勝ムードに浮かれてか兵たちが肩を組み合って酒杯を掲げている。

 まるで年来の親友のような、血を分けた兄弟のような親しさを見せる男たちは、…そうか。


 装備を見るに彼らは近衛軍、国防軍、そして補助軍の兵たちだ。


「陛下の留守を預かりながら、かような被害を生んだこと、申し開きもございません。職を解かれるとも異存ございません」


 膝を屈したフリッツは俺に罪を謝すが、聞けば補助軍は城壁外でバリタ人に攻撃を加えたため、特に大きな被害を出してしまったようだ。

 俺はフリッツに罪が無いことを宣し、防衛戦の功績を称えた。


「モーリッツ」


「ははっ」


「死傷した兵と家族に手厚く見舞いを行え。それと、慰霊祭だ。シュタイオンを守った英雄を、皆で見送るのだ」


「…ははっ」


 モーリッツは抵抗を見せなかった。

 戦勝祭ではなく慰霊祭、ということは当然その主役は戦死した補助軍の兵である。


 彼らはディアーダ王国に近年帰属した元流民集団であり、モーリッツは常に彼らへの反乱の危機感と疎外意識を隠さない男である。

 しかし、さすがの頑固者モーリッツであっても、王である俺の意思と、肩を組んで凱歌をあげる戦友たちの紐帯を否定することはできないようだ。


 両者の融和を遠い日のことと考えていた俺もまた、血を流して時計の針を大きく進めた英雄たちに対して、彼らへの感謝と怠惰の罪を謝する気持ちで満たされていた。


 そんな俺の腕を抱きしめて離さないミンは、俺を慰めるように、俺を励ますように、暖かな体温を伝えてくる。


 …俺はよくやっているだろうか?





 館に入って旅装を解いた俺は、執務室に大臣たちを集めて種々の報告を受けている。


 バリタ人撃退に関しては先ほど聞いた通りだが、やはり修復されたシュタイオン防壁と配備が進んだクロスボウが有効に働いたようである。


 真鍮の矢じりは殺傷力としては限定的なのだが、およそ弾切れの心配がないほど生産していたことが功を奏したらしく、止まない矢の雨にバリタ人どもは仰天したことだろう。


 城壁外で補助軍が戦闘に突入したことも報告の通りで、今回の戦果の多くは彼らがバリタ人どもを追撃したことから生まれたようだ。

 補助軍の装備をもっとアップグレードしたいところだな…。


 現状ではディアーダ王国軍制の中で最軽装軍なので、真鍮製の小札を用いたラメラーアーマーの配備を彼らにも進めたい。

 またモーリッツがうるさいだろうが、国防軍との配備比率に差をつけることで対処しよう。


 まあ、トビアスがシュタイア人の移送を拡大してくれれば、自動的に国防軍の増強につながるので反乱うんぬんの面倒な気遣いも不要になるだろう。


「陛下、次に東の森のエルフどもです。大規模な闘争をおこなったのは、我らと親交のあるコッチェン族、そしてそのコッチェン族と因縁のある、ヴェルド族でございます」


 林野大臣のベンヤミンがそう報告する。


 えー…。

 エルフ問題についてはラウラの協力を得ようと考えてたのに、そのラウラのコッチェン族が闘争の当事者なのかよ…。


 ヴェルド族というのも聞いた名だな。

 たしか以前にもコッチェン族と争っていたような…?


 うーん、しかしラウラがダメとなると、これと言って打つ手がないな。

 エルフ同士の闘争に介入なんてしようものなら、手痛いしっぺ返しを喰うわけで。


「しかし、闘争はすでに終息しつつあり、コッチェン族の勝利ではないかと見られております」


 お、そうか。

 友好氏族であるコッチェン族が力を落とさないなら、こちらとしては特に文句はないな。


「ベンヤミン、ラウラに慰霊祭への参加を要請せよ。そこで詳細を聞けばよい。贈答品の選別はお前に任せる」


「ははっ」


 エルフ氏族への真鍮流出は矢じりに利用されるおそれがあるので制限しているが、贈答品程度ならばまあ問題はない。

 大変喜ばれるので今回の使節も上手くいくだろう。


 報告を終えたベンヤミンが下がり、モーリッツが進み出てくる。


「最後に、ヴィーク人どもの一団について、でございます」


「うむ、なんでも俺に謁見したいとか?」


 そういえば、そのヴィーク人はどこにいるんだろうか。

 すでにシュタイオンに招き入れているのか? いや、モーリッツの性格からしてその可能性は低いと思うが。


「彼らは陛下の不在を知り、バリタニエン島へと向かいました。なんでも陛下に献ずる品を交易で調達するとか」


「なに? では彼らはこのシュタイオンに、船でやって来たと言うのか?」


「左様でございます。まことに大きく、優美な船でございました」


 なんと。

 彼らは魔物の巣窟で沿岸航行は不可能とされるデンネムンク半島を周回してきたか、あるいはそもそも外洋航海の技術を持っているわけか。


 ふーむ、これまでヴィーク人は周辺の危険勢力として下位に位置付けてきたが、それはデンネムンク半島が天然の防壁と思っていたからだ。


 それが直接船で乗りつけて来ると言うのであれば…、個々の戦闘能力はより高いとされるヴィーク人だけに、一気に危険勢力最上位に躍り出るかも知れん。

 …これは海防策をもっと充実させる必要があるだろうか?


 いや、まずは慰霊祭にラウラを招いて東側の情勢を確かめてからだ。

 限られた人手を動員するのにアレもコレもとはいかんから、情報収集と分析の精度を少しでも高めたい。


 こうなると専門の組織を置きたくなってくるな…。

 旧ディアーダ王国の職制にそれらしきものは無いのだが、斎藤さんはどうやって情報を集めていたんだろうか…?


 …神器だな(確信)


 ロリコンチート野郎(暴言)の真似はできんから、今あるものでやりくりしていくしかないか。





 シュタイオンとフレムド人たちが総出で参加した慰霊祭は、しめやかな空気の中で俺が花束を海へ捧げることで幕を閉じた。

 その後は各所で祝宴が始まり、新生ディアーダ王国の民たちは互いの健闘と王国の未来を称えては、酒杯を傾けていく。


 そんな喧噪をひとしきり眺めた俺は、館に戻ってラウラとコッチェン族戦士たちの一団を迎えていた。


「ソーマ、見事な祭式だったよ。勇敢な戦士たちを送り出すのにふさわしい」


「ありがとう。そちらも忙しいところ、呼び立ててすまなかった」


 ラウラの賛辞に俺は答礼するが、話しに聞いていた通りエルフの闘争はすでに終結しているらしい。

 ラウラは「子供が余計な心配をしなくてもいいぞ」などと、相変わらず俺のことはアホの子扱いである。


「心配しなくったって、ヴェルド族との闘争は区切りがついたよ。コッチェン族の完全な勝利で、彼らとは和約を結んだからね」


 年がら年中闘争しているイメージのあるエルフ氏族たちだが、両者の闘争の結果ハッキリと上下関係が出来た場合は和約と呼ばれる終戦協定を結ぶらしい。

 以前から優勢であったコッチェン族は和約を勧めていたらしいが、それに反発するヴェルド族との最終決戦が、先の大規模闘争の報であったようだ。


「この和約により我らは名誉を得て、彼らは傷を癒す時を得る。これこそがエルフの気高い文化で…」


「族長! 里が襲撃を受けました! ヴェルドの戦士です!」


 応接の間の駆け込んで来たエルフ戦士が、血相を変えてラウラに報告を行う。


 あの…、ラウラさん?

 エルフの気高い文化はどうなったんですかね…?


 端正な顔立ちを能面のようにして無表情で報告を聞いていたラウラは、やがてぞっと底冷えするような声を出した。


「このラウラに対して、和約破りの騙し討ちとはね…。こりゃあ、悪ガキどもをたっぷり可愛がって、誰の顔に砂をかけたか教えてあげないとね…」


 ラウラが凄みのある笑みを浮かべると、周囲の戦士たちは一様に顔面を青ざめさせる。


「ぞ、族長、まさか…」


「今度という今度は…、やるよ」


 ラウラから発せられる怒気にあてられてか、コッチェン族の屈強な戦士たちが脂汗を流している。

 こりゃあ、穏やかじゃないな。


「おい、ラウラ。エルフ同士の闘争に口を出すつもりはないが…、まさか皆殺しにする気じゃないだろうな?」


「皆殺しだって? まさか。エルフはそんな野蛮なことはしないさ。もっと文化的なやり方があるんだ」


 俺の問いに対して、意外にもラウラは穏当な答えを寄こす。


 そうか、それなら良かった。

 シュタイオンの近郊であまり残虐なことは起きて欲しくないからな。


 文化的な方法てのはなんだろうか、エルフ特有の手打ち式みたいなものがあるのかな?


 俺が疑問に思っている事を察したのか、ラウラはもう一度ニヤリと笑みを浮かべて、自身の胸元に刻まれたエスニックタトゥーを指でトントンと叩く。


「こういうときアタシはね、悪ガキどもを全員とっ捕まえて、ちんちんの先っぽを刺青でカッコよくしてあげるのさ。フフフ…。これをするとね、どんなに生意気な戦士でも可愛い声で泣いて謝るんだよ」


 …こ、言葉がでない。


 なんという残虐なことをするんだ…(戦慄)

 見てみろよ、おたくの戦士たちもみんな内股になって震えてるじゃないか…。

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