第55話 ヴィーク人
ギッシリと実を結んで重くなった麦穂が揺れる畑の中、シュタイオンの民は普段の生業に関係なく総出の勢いで収穫作業に励んでいる。
収穫の第一報としては、やはり豊作。
播種のほとんどが生育したことに加えて空穂もほとんどなく、現状のシュタイオンの人口を賄ってもなお数倍の余りある収量となることが見込まれている。
むしろ収量が多すぎて女手による脱穀作業や、数少ない水車による粉ひき作業が大渋滞しそうな状況である。
まあそれは嬉しい悲鳴だとして、問題は晩秋にまた冬小麦を作付けするまでの農地利用だな。
以前の計画通り大部分はソバの作付けに回すのだが、ランダーバーグ王国北部には飢饉の恐れがあると分かっている。
こちらも芋でも豆でも、なんとなれば可食野草ですら構わないから可能な限り作付けを拡大させなくては。
そうなると消石灰の消費が激しくて、在庫がちと心もとなくなってきたか…。
エルフ氏族の闘争が集結したら連絡をもらえる手はずになっているから、そうしたら石切り場に俺が行って『収納』でまた確保してくるか。
城壁の修復にも使用したとはいえ、まさか数トン単位でも1年持たないとは思わなかった。
次はもっとガッツリ採集してこよう。
その時、シュタイオン防壁の物見塔に設けられた半鐘が鳴り響き、そのパターンは西の海上に船影があることを示していた。
「あれがヴィーク人の船か…」
「ははっ、先に来訪した一団の帆印と同じに見えます」
半鐘を聞きつけてシュタイオン防壁に登った俺たちは、すでに到着していた国防軍司令官フリッツの報告を受ける。
ふむ…、洋上数キロ先に見える船は前後に長い形で1本マスト。
前後両端が大きくせり上がった船体は、デカいな…。30m近い大きさなんじゃなかろうか?
現在は舷側から櫂は伸びておらず帆走状態だが、シュタイオンに来訪した際の目撃情報で出航時などには数十人の漕ぎ手による櫂走が行われることも確認している。
俺たちやバリタ人が所有している軍船よりも、見るからに巨大で堅牢で立派な船である。
これは海上戦闘になったら手も足も出んかもしれんな…。
「彼らは前回もシュタイオンへの陸付けを希望しておりましたが、今回はいかがいたしますか?」
えっ、あのサイズの船が川を遡上できるの?
川船のような浅い船底でありながら、あれだけの安定した洋上航行を実現しているのか。
「よし、シュタイオンにつけさせろ」
「ははっ」
まあ、もし暴れ出したら船ごと沈めりゃいいだろ(過激)
「ディアーダ王よ、お初にお目にかかります。私は第十三ヴィークのイェルド。この度はお願いしたい儀があり罷り越しました」
「ソーマ・タイラーだ。すまぬがヴィーク人に明るくないゆえ、分かるように説明してもらいたい」
館の応接間に通されたヴィーク人たちは、イェルドと名乗った青年もそうだが全員が長身に筋骨が備わった偉丈夫たちだ。
これまでに俺が見て来たこの世界の成人男性の身長よりも、頭一つ以上大きい男ばかりに見える。
一人一人の精悍さはバリタ人よりもヴィーク人が優れる、とは聞いていたがその通りだな。
まあ、威圧の為に特に体格に優れる戦士を連れて来たのかも知れないが、その割には武装は簡素で皮革のベストに短剣を携えているだけである。
応接間の片隅には彼らがバリタニエン島で交易してきたという毛織物やワイン樽が積まれ、これを全部俺に献上しようというのだから、彼らのお願いとやらの中身もヘビーな気配がして来たな(確信)
「では…、まずは我らヴィーク人の生きるヴィークについて、ご説明申し上げます」
イェルドの説明によるとヴィークとは「入り江」を指す言葉で、その言葉の通り彼らヴィーク人は海の向こう、北方の入り江の地に住まう人々らしい。
そのヴィークは北から順に数えて全部で13カ所が並んでいて、してみるとイェルドは最も南のヴィーク出身ということになる。
いや、出身どころかイェルドは第十三ヴィークを支配する家系の生まれで、他のヴィークや外国との交易を主な生業とする家だそうだ。
なるほど、ガタイがいいので戦士かと思ったが、ここにいる男たちは交易商人たちなのね。
「南北十三あるヴィークはそれぞれが民会で意思を決めますが、ヴィークごとに有力家系があって実質は支配に近い形となっております。そして概ね南の方のヴィークほど交易を主眼としており、北のヴィークほど戦利品の獲得を主眼とした暮らしをしております」
戦利品の獲得を主眼とした暮らしってなんだよ(哲学)
要するにシュタイオンが過去に受けた被害を慮って略奪という言葉を避けたんだろうが…、それにしても略奪を主たる生業にした民族とかどうなってんだ?
「第一ヴィークと第二ヴィークは気候が厳しいため、過去にも大きな勢力が出現した歴史はございません。しかし、たびたび入り江の覇者を生んだ歴史を持つ第三ヴィークにまた強力な戦士団が生まれ、今この時も次々とヴィークを征服しております」
お、一気に話が分かりやすくなってきたぞ(諦念)
そして「ナーヴァル戦士団」を名乗る第三ヴィークの略奪者集団は、次々と周囲のヴィークを襲っては奴隷的な支配を受けるか、あるいは戦士として合流することを求めているらしい。
まあ当然、その2択だと戦士の道を選ぶものが大多数なわけで、次々と屈強なヴィーク人戦士を獲得した「ナーヴァル戦士団」は拡大の一途を辿っているとのことらしい。
うーん、流れとしてはもちろん分かるんだけど、それって…持続可能性のある話かね?
「過去にもたびたび覇者が生まれた、と言ったな。そのようにして拡大した戦士団は、男をみな戦士にして、その後はどうするのだ…?」
「はい、ご懸念の通りでございます。田畑を荒し漁に出る者も無い戦士団の支配では、歴史においても必ず食料に行き詰っております」
「自明のことだな。そして、その後は…」
「はい、必ず彼らは外に向けて飛び出し、バリタニエン島やランダーバーグ王国、あるいは東のウカイヌ王国、ヴィトニタス帝国、これらの国々に襲い掛かることでしょう」
…そうなるよね。
なんという迷惑な周期活動をする奴らなんだ。
せっかく優れた航海技術を持っているのに、それを戦争にばっかり使いやがって。
というか実際にこの目で見せられたが、戦士を満載した戦艦が川と言う川を遡って略奪に来るとか、こいつら災厄といっても過言じゃないだろ。
「話は分かった。それで、そなたが我に求めるものとはなんだ?」
俺はついに話の確信に触れる。
幾つか答えは想像がつくのだが…、なるべく穏当なのがいいなぁ(届かぬ思い)
「はい…、我々の願いは一つ」
イェルドは力強い眼差しを俺に向けてくる。
「私と家人どもの家族をここシュタイオンに移し、我らを陛下の家臣として取り立てていただきとうございます」
…え!?
こりゃ予想外のが来たぞ。
俺はまた、てっきり「ナーヴァル戦士団を打ち破るのに助力してくれ!」とか、「南から逆進行で全ヴィークを統一しよう!」とか、「バリタニエン島に征服国家を作るからヨロシク!」とか、そういう話かと身構えていたぞ。
「よかろう。いずれ来るナーヴァル戦士団に備えるためにも、そなたらの知恵と技を頼みとさせてもらおう」
「…ははっ! 陛下のご寛容に感じ入りましてございます! 我ら一同、忠節を持ってお応えいたします!」
イェルドをはじめヴィークの男たちが跪き、俺に忠節を誓う。
こんなスイスイ受け入れてもらえるとは思っていなかっただろうが、俺の『虚偽看破』により彼らに底意が無いことは既に判明しているのだ。
こりゃ、拡大するナーヴァル戦士団から逃れての亡命で間違いない。
そして俺が述べたことも真実で、お世辞でもなんでもなく彼らに期待している。
だって、バリタニエン島やランダーバーグ王国を侵略しようという連中が、シュタイオンだけは避けて通ろう、なんて言うわけがないからね…。
ここに来て急激に海防策充実の優先度が高まって来たぞ。
「イェルド、彼らがすべてのヴィークを降すのは、いつになるか?」
「およそ1年かと」
うーん、1年かあ。
やれることをやるしかないね…。
「陛下。ラウラ殿より報せがあり、石切り場の使用には問題がないとのことです」
林野大臣のベンヤミンがコッチェン族からの連絡を伝達してくる。
どうやら闘争は終わったらしいな。
…ということは凄惨な何かが行われたんだろうが、俺はもうそれについては二度と考えないことにしている。
「よし、作付けが本格化する前に石を切り出すぞ。ユリアン、すぐに出る」
「ははっ!」
俺が進発を告げると、館に常駐している近衛軍の一隊が付き従った。
「ソーマ、よく来たな! 待っていたぞ」
東の森に足を踏み入れるとすぐに、コッチェン族の戦士を引き連れたラウラが現れた。
ん、今回もラウラが直接案内してくれるの?
「いやあ、周辺の主だった族長に依頼したのだけど、どういうわけか皆、急に体調を崩して参加できないと断られてしまったんだ」
んん? 何の話…というか、俺もちょっと体調が…。
いてて、おなかイタイイタイだから帰りたいのだった。
「何って、言ったろ? ヴェルドの悪ガキどもにお仕置きをするのさ。立ち合い無しでやると過度な報復だと言われちまうからね、ソーマが来てくれて本当に助かったよ。さあ、特等席を用意したから、刻印の儀を楽しんで行ってくれ」
あの…、ポンポンが、ペインペインで…。
俺を小脇に抱えて進むラウラは、俺の話など一つも聞いてくれる様子も無く、俺は今まさに開こうとしている地獄の釜の、その縁に席を設けられてしまったのであった。
「さあさあ、みんなカッコよくしてあげるよ~」
重苦しい空気が支配する広場に、場違いに明るいラウラの声が響く。
その手にはおぞましいほどに太い針が握られていて…、怖くて直視できないんですが(失神)
ラウラはアシスタントとして儀式を補助するエルフ女性数人を引き連れていた。
皆、のんびりとした雰囲気の主婦女性という感じだが、種族特性から一人一人がまるでハリウッド女優のような美貌を備えている。
エルフ女性たちはにこやかな笑顔で俺に挨拶をしてくるのだが…、その手にはラウラと同じ針が握られていて、俺はただただ背筋を寒くするばかりであった。
そして、ラウラが儀式の開始を宣告する。
立木に縛り付けられたヴェルド族の戦士たちが絶望の色を見せるのはもちろんのこと、周囲を固めるコッチェン族の戦士たちも、そしておそらくは俺もこのとき青白い顔をしていたことだろう。
その後に起こった出来事については、描写をすることは控えさせてもらいたい。
俺の記憶も曖昧であるし、なにより思い出したくないのである。
…だって、ちょっとしたワンポイントなのかと思いきや、かなり大きくて墨面積の多い意匠を全体に…いや、これ以上は描写するまい。
そのあまりに残虐な光景に、周囲を固めるコッチェン族の戦士には気を失って倒れるものまで現れる中、俺はひたすら意識を宇宙に飛ばすことで耐えることしか出来ないのであった。
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