第43話 新たな力④

 シュタイオンのある三角州を出航して3時間、俺たちの乗るバリタ船は陸地を右手に見ながら沿岸航行で北上を続けている。


 ちなみにこの風は常に西方向から吹き続けているため、単純な横帆であるバリタ船はほとんど風の推進力を得ることができず、動力のほぼすべてを両舷側から櫂を伸ばして水面をかくバリタ人たちの腕力に頼っている。


「陛下。この辺りはもう漁師たちも踏み入らねえ、魔物の領域でごぜえます」


「わかった。見張りを厳にして、魔物の襲撃に注意せよ」


 今回の探索行に同行しているシュタイオンの漁師がそう警告し、周囲の近衛軍兵たちは緊張の色を濃くした。


 護衛に付いて来ている近衛軍兵は10名。

 俺としてはシュタイオンの守備の為に近衛軍全員を残そうと考えていたのだが、ユリアンが頑として譲らなかったので仕方なく最低限の人数を連れてきている。


 つい先日にバリタ人どもを全滅させたばかりだから、当分襲来は無いだろうとは予測されているが油断はできない。

 まあなるべく速やかに石炭を入手してシュタイオンに戻ることにしよう。


「うー、海って寒いんだね、ご主人様…」


 俺たちは全員毛皮の外套を着ているのだが、それでも洋上を吹き付ける初冬の風は身を着るように冷たい。

 こりゃ、いつ雪が降ってきてもおかしくないな。


「……」


 ふとバルカを見ると、腕を組み眼を閉じて微動だにせず佇立している。

 冬眠してないよね?


「陛下、黒緑石はデンネムンク半島の川辺で拾得されると聞き及びます。川が注ぐところを探し、上陸いたしましょう」


 そう提案するアレクシスはいつも通りの様子で、寒さも平気そうだな。


 …いや、よく見るといつも白い顔色がなおさら雪のように真っ白で唇も青いぞ。

 もうお前たちは無理しないで船室に入ってなさい。

 




 明確にデンネムンク半島の領域に突入すると、陸地にも変化が表れてきた。

 海岸線まで迫る森の木々の向こうに、シュタイオン周辺よりもさらに高い山並みが迫ってきているのだ。


 半島地形なのに内陸部よりもむしろ標高が高いとは、火山性の造山帯なんだろうか?

 その推測を補強するように、半島の中央部にはいくつもの頂上が欠けた高山が見える。


 あれらの山はきっと火山に違いない。

 自然の侵蝕ではああいう形にはならないだろうからな。


 いや、異世界ではなるのかも知らんけども。


「陛下、川が見えやした」


「よし、浜につけろ。上陸するぞ」


 漁師の報告の通り、目の前には森を割ってとうとうと海にそそぐ川が見えている。


 結構な水量の川だな。

 川砂が堆積したのか一帯は扇状に広い平野空間が広がっている。


 もし将来的にデンネムンク半島に入植するならば、ここは第一候補地になるかも知れんぞ。

 色々調査したいところだが、まあ今回はともかく石炭だ。


 ギリギリまで浜辺に接近させたバリタ船から小舟2艘を下し、俺たちと近衛軍兵10名で分乗して上陸を果たす。


 太陽はすでに中天にあるが、急げば日帰りも可能だろうか?

 というか、魔物の巣窟で野営なんてしたくないから、少なくとも日中に魔物の勢力圏からは脱出したいぞ。


「…! ご主人様、変な音。あっちから!」


 む、来たか。

 ミンが指さす方向を見上げると、空に黒い3つの影が旋回しているのが見える。


「陛下、凶鳥でございます!」


「あれがそうか」


 凶鳥と呼ばれた黒い影、あれこそがデンネムンク半島に人を寄せ付けない飛行モンスターだ。

 翼長2mほどの巨大な猛禽類の姿で、魔物の特性に忠実に人間を見ると執拗に襲い掛かって来る。


 いわく風のように迅く空を舞い、いわく剣のように鋭い爪でたやすく人間を切り裂く。

 たとえ洋上にあっても襲われるので、デンネムンク半島を沿岸航行で周回するのは困難とされているのだ。


「熟練の射手でも凶鳥を射ち落とすことはできんそうだが…。やってみるか」


 俺は今日のために新たに召喚した銃を背中から下す。


 水平に2連結されたバレルは長さ約70センチ。

 銃身の尾栓には撃針の後端が露出し、それを打ち付けるべく2本の凹面ハンマーがそそり立っている。


 アクションレバーを操作してヒンジを解放すると、散弾12ゲージシェルの薬包が2つ覗いた。

 素朴な木製ストックはもちろんクルミ材で、クラシックな風格を感じさせる落ち着いた飴色が目に優しい。


 これまた優美な環を描くトリガーガードの中には前後2連の引鉄があり、左右のバレル片方ずつの発砲を可能にしている。


 トッププレートには「Remington 1873」の刻印と、製造番号は「4476」とあるのが読み取れる。


 そう、この銃こそは…、いやこの銃なに?

 レミントンにポンプアクション以前のショットガンがあるなんて全く知らなかったぞ。


 というか、こんなド派手なオープンハンマーの銃自体見たことがない。

 マスケット銃についてるフリント並みの大きさじゃないか。


 製造番号から察するに、地球上に5000丁と存在しない珍銃が出てきたんじゃなかろうか?

 まあ博物館で余生を過ごすべきところを異世界に呼び出してすまないが、文句があるならば謎の1873年縛りを設定した何者かにぶつけて欲しい。


 存在自体を初めて知った銃なので、なんと呼ぶのが正しいのかも分からないから、こいつは今後レミントンと呼ぼう。

 別のレミントン社製の銃が出てきたら、そのとき区別について考える。


「キュアアアアア!」


 とかなんとか考えてたら、もう来てるな。


 よし、鳥撃ちはお前さんの得意中の得意だろう。

 100年以上ぶりだろうが、頼むぞ。


 まさしく風のごとく飛び回る影に、だいたいの狙いをつけて。


 轟音。


「ギョッ!?」


「ギャッ!!」


 よっしゃ、一石二鳥だ(誤用)

 飛び出した散弾が凶鳥2羽を捉え、クルクルと墜落させる。


 もう一発。

 人差し指を手前の引鉄にかけ替えて再度発砲すると、今度も1羽の凶鳥が墜落した。


「お見事。必中であるのみならず、2羽まとめて仕留めるとは」


「ご主人様、すごい! 鳥食べ放題!」


 ミンはムフーを荒くしてるけど、あんな筋張った鳥は美味しく無さそうだけどなぁ。


「ハァ、ハァ…、陛下の雷を前にしては、風すらも迅さを失ってしまう…」


 アレクシスは顔が白かったり赤かったり忙しいな。

 やっぱりこいつはもう早退させようかな?





「ありました。黒緑石でございます」


 なるほど、アレクシスの手には5cmほどの瀝青炭が載せられている。

 本当にそのへんに落ちてるんだな。


 ということは、だ。

 目の前に流れる川の上流のどこかで、水流に浸食された石炭が水面に零れ落ちてここまで流れて来たんだろう。


 つまりこの川を遡れば、お目当ての石炭鉱床にたどり着くという寸法だな。


「いくぞ。上流を目指すのだ」


 俺はアレクシスから瀝青炭を受け取ると、右手に握りながら『探査』を周囲に向けてあちこちに発動していく。


 ちらほらとサンプルの瀝青炭と同じ物質の反応が返ってくるが、全部似たような欠片の大きさの反応だ。

 ちょっと面倒だが、大きな反応が返って来るまでこの調子で進もう。




 俺たちはときおり襲い来る凶鳥を撃ち落としつつ、上流へ上流へと川を遡っていく。

 岩肌が川に接近している個所は特に念入りに『探査』するが、中々それらしき反応が返ってこない。


 川を遡上し始めて2時間ほど経ち、帰りの時間を考えるとそろそろ撤退の文字が頭をよぎりはじめた頃に、ついにそれは来た。


「…!」


 来たぞ、『探査』にビンビンに反応がある!

 目の前の岩肌のほんの数m奥には、サンプルの瀝青炭と同様の物質がギッシリと詰まっているのが分かる。


「アレクシス、ここだ。やるぞ」


 俺は反応のあった岩肌を指さすと、『収納』から樽一個分の黒色火薬くんを取り出して地面に撒く。


「ははっ! …出でよ、黒き神兵!」


 アレクシスが『傀儡の神器』に魔力を込めると、身長50cmほどのミニ爆弾巨人くんが立ち上がった。

 いや、訂正しよう爆弾小人くんだな。



  爆雷音。



 導火線ロープを握りしめて岩肌に取り付いた爆弾小人くんは、オレンジ色の閃光を発してその使命を終えた。

 ガラガラと音をたてて崩れる岩肌には黒い輝きが大量に混じっていて、今回の探索行が成功裏に終わったことを示していた。


 よーし、ミッション完了だ!

 全部『収納』にしまうと、これまたトン単位の石炭が確保できたぞ。


「ご、ご主人様、あれ…」


 ん? ミンが驚愕の表情をしている。

 いまさら発破がそんなにビックリするようなことかね?


 その視線の先を追うと、崩れ落ちた岩肌から深いひび割れが崖の頂上まで延び、崖上からは空に飛び立つ無数の黒い影が見えた。


 俺たちは無言で顔を見合わせる。


 近衛軍兵の一人が、走るジェスチャーをしながら伺うような表情を向けてきたので、俺は少し考えた後に、うんうんと頷いた。






「お、ついに雪か」


「寒~い、冬になっちゃったね」


「雪が降る前に間に合ったのは、幸運でございましたな」


 船上で空を見上げ、はらはらと舞い降り始めた雪を見る俺たち3人以外は、上陸したメンバーの全員が甲板上に満身創痍の様相で倒れ伏している。


 あの後、撤退する俺たちを凶鳥どもは執拗に追跡し続け、近衛軍が並べる盾を打ち砕かんばかりの勢いで突進を繰り返してきた。


 俺は半球状に並べられた盾の隙間から繰り返し繰り返しレミントンを発砲して散弾を放つが、浜辺に戻って来る間に凶鳥どもは尽きることなく集まって来ては撃ち落とされていった。


 何百羽撃ち落としたか分からないし、何万発の散弾を打ち出したかも分からないが、レミントンも博物館から出てきた初日にこんなに酷使されるとは思わなかったに違いない。


 うーん、それにしても近衛軍の損耗率を限界突破させてしまったぞ。

 正真正銘、あとは冬ごもりとしよう。





~~~~~~~~~~~~~~~~


第二章 完



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(お知らせ)

本作はこれまで1日1話ペースで投稿してきましたが、第三章からは週1話ペースの投稿とさせていただきますので、なにとぞご了承ください。


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現代忍者は万能ゆえに異世界迷宮を一人でどこまでも深く潜る

https://kakuyomu.jp/works/16818023211724900874


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