第百十六討 成果

「諸君、実にご苦労であった」


 元界に帰還したヨーコ達をゲンジョウが出迎える。彼は異界で常時使える手足が一つ増えて大満足の様子だ。これからフタミ共々、タマは勤労奉仕が約束されているのである。気分良く口車に乗せられて好きに動かされる搾取が始まるのだ。


「これで今後の探索も捗ろう。今日は良き日であるな」


 サラ達は何とも微妙な表情でそれを聞く、しかしヨーコは少しだけ安堵の顔だ。

 ゲンジョウの異界第一の手足であるフタミは彼女と繋がっており、何かあればヨーコ自身の命が危ない。もう一人の自分が危険な事をする回数が少しでも減るならば、タマの犠牲は歓迎である。背に腹は代えられないのだ、ヨーコは心の中でタマに合掌した。


「とりあえず次は、タマちゃんが捕まえてくれるっていう迷ヒ流流まよいながるの正体探しですか?」

「うむ。ヱレキテル異常の手がかりも他に無い故、そこから進めるとしよう」


 アカリの問いにゲンジョウは頷く。


「川を歩き回らなくて良い、助かる」

「そうだねぇ、タマ様々だ~」


 大河川を手掛かり探し、北から南へ徒労旅。そんな可能性が消失して、サラとヨーコはホッとする。元より川に掛かる橋を順繰りに潰していくつもりではあったが、それで原因が不明な場合は終着駅の無い旅が始まる所だったのだ。


「あら、話を付けてあげた私に何か言う事は無いのかしら?」

「ユウコ様、ありがとうございますです」

「神様仏様、似非えせ神様」

「サラ、ちょーっとお話しましょうか」

「やだ」


 肩を掴もうと伸ばされた手からサラは逃れた。笑いながらも僅かに凄みを漂わせ、ユウコが追いかける。研究所を舞台にした鬼ごっこが始まった。


「ユウコ君、サラ君。じゃれ合いは結構であるが、発明品を壊さぬようにな」


 やれやれとゲンジョウは肩をすくめる。だがそう言われても、研究所内に置かれているのがガラクタなのか使える物なのかなど分かりはしない。結局全部鉄屑じゃないかな、とヨーコは考えたが口に出す事は止めた。沈黙は金である。


「しかし、異界に意思疎通が可能な存在がいるとは驚きだ」


 ツグミチは腕を組み、少々感慨深げに頷いた。


「直接的に会話出来る幻魔はこれで四体目だ。言葉は分からずとも我々に協力する幻魔は居たがな」


 鏡写しの双身、女学院の隣人、競馬場に佇む巨大馬、そして今回の猫化した自然神。彼女達は言葉を解し、人間の考えを理解できる存在だ。人の姿である者が多いが動物もいる、姿そのものは関係ないという事だろう。


 女学院の庭園迷路で道案内をした謎の白毛玉や正義のために戦う小さき鉄の鬼、速さを追い求めて暴走する者など、会話は出来ずともヨーコ達に協力した異界の住人達も存在する。彼らの他にも自分達の領域に足を踏み入れた異物人間を排除しようとせずに、ただ平和に生きる幻魔もいるのだ。


 幻魔もそれぞれ、まるで人間の様である。


「……ちょっと。その四体の中に私、入ってないかしら?」


 動物か無機物のような扱いを受けて、ユウコは心底不満そうだ。既に彼女に取っ捕まったサラが、ユウコの手から逃れようとジタバタと無意味に暴れている。


「無論、含めているに決まっておろう。君もまた幻魔なのだから」

「せめて三体と一人と言って頂戴」


 フタミとタマの事は切り捨てて、自分だけ待遇改善を要求する。何とか彼女の手から脱出した猫は、素早い動きでヨーコを盾にしてその陰に隠れた。


「善処しよう」

「いや、言い換えてくれれば良いだけなのだけれど」


 ゲンジョウが認識を変える事は無い、そう確実に。人は人、幻魔は幻魔なのだ。分類分けというものは、金剛石のように固くしておかなければいけないのである。


「まあまあユウコ、そのくらい良いじゃん」

「人扱いされていないのに良いわけ無いわよ。私は今を時めくモダンガァルなんだもの」

「普段は神様扱いしろ、って言ってるのに」

「神様として敬いつつ、人間として扱えという事よ」

「わあ、我儘」


 あまりにも横暴な要求にヨーコは呆れて笑ってしまう。それを見て更に不満顔になったユウコは、親友の脇腹を人差し指でドスリと強めに突く。


「んぐぅっ」


 気を抜いていた所への一撃にヨーコは悶えた。


「えい」

「ぉぅっ!?何するの、サラ!」


 反対側の脇腹に背後からの一撃が突き刺さる。守られた恩を仇で返す不届き者の首根っこをヨーコは捕まえ、ずいっと追跡者へと突き出した。


「はい、ありがとう」


 ユウコはサラを受け取り、その顔面をグニグニと揉みしだく。うにゅうにゅと声を上げて、自分勝手な猫は大人しくなった。


「捕物は終わったかね」


 少女たちのじゃれ合いに呆れた様子でゲンジョウは肩をすくめる。


「では本日はこれで終わりとしよう。明日、また来るように」

「は~い」


 随分と気の抜けた返事のヨーコを先頭にして、少女達は研究所から去っていった。


「しかし不思議なものだな」


 二人だけとなった所で、ツグミチはポツリと漏らす。


「高等学校時代は変な奴の戯言と思っていた事が、こうして形となるとはな」

「なんだ、信用していなかったのか?」

「いや、そういうわけではないさ」


 過去を思い出しながら笑う彼に、祇郎もまた多少笑って返した。


「異界、か」


 腕を組んでツグミチは、先程までここではない場所を映していた画面を見る。別の世界へと渡る技術もそうだが、そもそもが違う場所と映像を繋ぐ事も隔世の技だ。


「世迷言をここまで現実に出来るとは、素直に驚きだ」


 出会った頃から友人の頭脳は常人の枠に収まらないと理解していた。実際、学校の勉強など彼には児戯に等しく、常に全ての科目で頂点に在り続けていたのだ。他者に遠慮する事無く自身の興味を優先する傍若無人な行いは今と同じであるが、それを指導教育すべき教師たちは何も言えなかった。


 祇郎が彼らと比べても猶、格別に優秀だった故に。


「俺は一度たりとも世迷言などと考えた事は無い。全て予定調和、何もかもが当然の帰結だ」


 実に心外とばかりに彼は笑う。

 常々自身を天才と称するが、その自己評価はあながち間違いではない。そんな平賀祇郎が十年以上も研究を続けてきた、異界。世迷言でも夢幻でもなく、彼はそれを『存在するのが当然の世界』と認識して挑んできたのだ。


「二人で感慨に浸っているようだけど、失礼するわよ」

「む、ユウコ君。何か忘れ物かね」


 ガラクタの影からひょこりと現れたのは、友とこの場を去っていったはずの人物だった。


「忘れ物……そうねぇ、忘れ物と言えば忘れ物かしら?」

「判然とせぬな、何を忘れたのだね?」

「ふふ、ちょっとそちらの偉丈夫さんに伝えたい事があって」


 つぃと彼女は視線をツグミチに移す。


「ん?自分か。しかし何も心当たりが無いのだが」


 怪訝な顔で彼は首を傾げた。


「ふむ、となると愛の告白かね。男の趣味は別として、一目惚れは結構だが此奴こやつは所帯持ちだ、諦めたまえ」

「違うわよ、そんな訳無いでしょうが」


 完全に分かっていて言っているゲンジョウに、ユウコは顔をしかめる。しかしすぐに、いつも通りの悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ねぇ、軍人さん。この間の暴動未遂の扇動者、何処にいるか知りたくないかしら?」

「なに?」


 鉄道関係者の集会がそのまま暴動に発展した先日の一件。しかし五洋と灯六辺ひろべの両財閥は労働者たちの行動を不問としたため、誰一人として逮捕者は出なかった。しかし彼らから事情を聞くと、集会そのものが何者かの作為が見える出来事だったのだ。


 事が事。警察だけでは力不足と認識した政府は陸軍にも内密に探るように指示を出していたのである。


「君、なぜ陸軍が例の件を探っていると知っているのだ」

「ふふ、どうしてかしらね~?」

「ツグミチ、彼女を問い詰めても仕方ないぞ。相手は一応、神であるからな」

「一応は余計よ、一応は」


 得意げにしていたユウコだったが、ゲンジョウの一言でその勢いを削がれてしまった。恰好が付かなくなった彼女は不満げに『で?』と一言、ツグミチに回答を促す。


「先の一件、事が拡大したならば民はおろか帝にすら危機が及ぶ可能性があった。もしその黒幕が分かるというのであれば是非聞きたい。よろしく頼む」


 そう言って彼は、深く頭を下げた。


「あらあら、ご丁寧に。じゃあ教えてあげるわね」


 ツグミチの態度に気を良くしたユウコ。


「前にヨーコが素敵な贈り物を受け取った爆弾をプレゼントされた時に、お馬鹿な犯人さんに触れて神様パワァで目印付けてたの」


 彼女は机に広げられた地図の一点を指す。


 後日、悪は捕らえられた。

 情報提供者のユウコと事態を裏から鎮めた彼女の友人には、少ないながらツグミチから謝礼が支払われたのだった。

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