第六節 瑞穂庭園の怪

第二十三討 他者ト繋グ

「うーん、ちょっと調子が悪いわねぇ」


 授業が一つ終わった後の休憩時間。額に手を当て、ユウコが呟く。


「え、大丈夫?」


 ヨーコはサッと近寄り、身体を支えた。


「いや、そこまでじゃないわよ。ちょこっと体が重いだけ、アルバイトの疲れかしら」

「うんうん、アルバイトは大変だよね~」


 やんわりとヨーコの手を引きはがし、一つ溜め息。頑張りすぎて不調となるのは、仕方のない事である。そう考えてヨーコは首が取れんばかりに頷いた。


「そこまで同意されると、ちょっと怖いわね。というか貴女は何のアルバイトしてるのよ?詳しく聞いた事無かったと思うけど?」

「そういえばそうだった。ええと、なんて言えばいいかなぁ」


 自分が関わっているアレ異界探索をアルバイトと呼んでいいのか。その疑問は一旦横に置いておいて、ヨーコはどう説明するかと首を捻る。


「何だかいつもより距離が近いですね?」

「あ、リヨ」


 他の生徒と話しながらヨーコ達を見ていたリヨ。話を終えて、二人の下へ近付いてきたのだ。引っ付いている状態の友人たちを見て、彼女は首を傾げた。


「ちょっと調子が悪いって言ったら、すかさず体を支えに来たのよ。そんなに心配するような事じゃ無いってのに」

「ええ~、心配して損したぁ」

「ふふふ、仲が良くて羨ましいですね」


 不満を述べるヨーコの顔を手で押しのけるユウコ。それを見てリヨがくすくすと笑う。と、彼女は何かを閃き、懐に手を伸ばした。


「あ、そうだ。調子が悪いようでしたらこちらを」


 差し出されたのは四角い包み。白と桃の色が組み合わされた花菱柄が実に可愛らしい。少し膨らみがある事で、中に固形物が入っている事が分かる。


「これは?」

「我が家に伝わる薬……というよりも飴ですね。疲労回復の薬効があるんです」

あずまの家に伝わる物、なんだが凄く効きそうね。有難くいただくわ」


 包みの中にあったのは、小指の爪ほどの大きさの琥珀色の飴。ユウコはそれを一つ取って口に放り込んだ。からころと口の中で転がすと、ほんのりとした甘さが広がる。


「結構美味しいわね、コレ」

「あ、あんまり食べ過ぎはダメですよ?」

「はっ、まさか薬の成分で身体に影響が……!?」


 注意を促した言葉にヨーコが反応する。リヨは驚き、慌てて否定した。


「えっ!?いえ、そう言う事じゃなくて。あの、虫歯が……」

「あ~、そう言う事かー」


 頭を掻きながら、えへへとヨーコは笑う。


「早とちりが過ぎるわね、ヨーコは。と、こ、ろ、で」


 とつ、とヨーコの頬を突いた指を、そのままリヨの顔へ持っていく。何故か指されたのか分からず、彼女は目をぱちくりさせている。


「虫歯に気を付けるように、経験者のご忠告どうもありがとう」

「ふえっ!?」


 悪戯っぽく笑ったユウコの指摘にリヨが思わず声を上げる。その様子だけで、彼女が図星をかれた事は明白だ。途端に顔に赤みが差す。


「大当たりみたいね」

「うう……。ち、小さい頃のお話ですからっ」


 必死になって否定するリヨ。そんな様子が可愛らしく、ヨーコとユウコはクスリと笑った。






 お昼休みまで、残り授業一つ。もう少しでご飯である。

 が、しかし。お腹の中の猛獣は黙ってくれない。


ぐぎゅるるる

「あら盛大な鳴き声」


 隣の席に掛けた状態でも聞こえる、かなりの音量の腹の虫。机に突っ伏したヨーコには元気はなく、頭の空中線アンテナいささしおれている気がする。


「うう~、今日は遅刻しそうだったから朝ごはん食べてなくてぇ……うぐぅ」

きゅるるるる


 育ち盛りの十六歳。消費するエネルギィにエコロジーという言葉など当てはまらない。たとえ理性が静まれと命じても、本能が叫ぶのだ。飯を寄こせ、と。


「何かあったかしら?さっきの飴じゃお腹は膨れなさそうね」

「それでもいいけどぉ……」


 突っ伏した状態で顔だけをユウコに向けて、ヨーコは力なく手を伸ばす。


「困ったわねぇ、私のお昼はあげられないし」

「ちょっと頂戴よ~、親友の命が大切じゃないの~?」

「自分の命の方が大切なので」

「薄情もの~」


 軽口を叩いている間もヨーコの腹は鳴り続ける。その音に召喚されたかのようにもう一人の友人がやってきた。


「ヨーコさん大丈夫ですか?」

「あ~、リヨ~。た~べ~も~の~」

「ああ、お腹空いてるんですね」


 ヨーコの一言で原因を察し、リヨは苦笑する。近寄った彼女の袖をヨーコは弱々しく掴み、そんな彼女の頭をリヨがよしよしと撫でた。仕様しょうがない親友の様子に、二人を見ていたユウコが肩をすくめる。


「なんか、ちょうだ~い」

「ええと、なにかあったでしょうか……」

「こらこら、甘やかさない。我慢させないと調子に乗るわよ?」


 ペットの大型犬を躾けるのは飼い主の責任だ。他の誰かが、おやつをあげようとするのを止めるのもユウコの役目。そしてそんな彼女に不満を伝えるのは、ペットがよくやる事のなのだ。


「ちゃんと躾けないと他の人に迷惑をかけてしまうわ」

「私を犬みたいに言わないでよ~」

「ふふふ。ですが、このままでいいのですか?」

「あら、どういう事?」


 不満を述べる大型犬の飼い主が首を傾げる。頬に手を当てて考えるような仕草をしながらリヨは言葉を続けた。


「次の授業中、ずぅっと隣でお腹の音を聞く事になりますよ?」

「あ~、それは鬱陶しいわね……」


 指摘された事を思い浮かべる。ぐぅぐぅと耳に響き続ける音色を。耳障り極まりなく、絶対に授業に集中できないうえに食事が思い浮かび、自身の腹にも影響が出るだろう。


「はあ、仕方ないわね。といっても私は何も持ってないわよ」

「え~~~~~」

「では、私から」


 再びリヨは懐に手を入れる。白の丸の中に黄色い勾玉三つが渦を描く形で入れられた柄が幾つも描かれた、巴柄ともえがらの紙包みを取り出した。彼女の懐はまるで箪笥たんすにでも繋がっているかのようだ。


 包みを開くと中に入っていたのは、平べったい菱形で薄桃色の固形物。ぐにぐにとした硬いゼリーのような感触であり、見た目よりもズシリと重い。


「これは~?」

「これも薬……というよりおやつですね。意外とお腹に溜まるので、小腹が空いた時にいいんですよ」

「わぁい」


 一つ貰ったヨーコはそれを、ポンと口に放り込んだ。ほのかに桃の味がするそれは中々の弾力で歯を跳ね返し、しばらくの間もむもむと噛み続ける事になった。


「むぐむぐ、結構、むぐ、美味しいねコレ、むぐぐ」

「食べながら喋らない。お行儀が悪いわねぇ」

「ふふ、お気に召したようで何よりです」


 包みを懐に戻し、リヨは微笑む。そんな彼女の事をユウコが悪戯っぽい笑みで見ていた。またもや何かに気付いた様子だ。


「授業中に間食は、良くないわよねぇ」

「え!?そ、そうですね……」

「私の席、一番後ろだからクラスの中が良く見えるのよ?」

「へ、へぇ~、そ、そうなんですか」


 詰められてリヨの目が泳ぎ、手が落ち着きなくあちらこちらに行き来している。


「悪い子、みぃつけた」

「ごめんなさいっ、どうしてもお腹が空いてしまって~」


 真っ赤になった困り顔で、遂に容疑者リヨが白状した。普段礼儀正しい彼女も、年頃なりにお腹が空いて仕方がない時もあるのだ。


 ユウコにつんつんと指で頬を突かれ、リヨは更に追い詰められる。そんな二人の事など気にせず、ヨーコはまだもぐもぐと口を動かしていた。


 そうこうしているうちに授業が始まる。待望のお昼休みご飯タイムまであと少しだ。いうまでもない事だが、その授業の内容をヨーコは右から左に素通りさせたのだった。

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