第二十四討 和ノ結ワエ

 待ちに待った昼食時。


 今日は気分を変えて、瑞穂式庭園の四阿あずまやへ。少し歪なひょうたん型の池の傍に建てられたそれからは、池の中央に掛かる朱塗り橋や中島なかじまを望む事が出来る。


 植えられた松の木が枝を伸ばして緑の葉を見せ、四月半ばに差し掛かってもまだ花を残す桜が薄紅色の吹雪を作った。水面に顔を出した亀がコプリと息を吸い、散り落ちた花びらに鯉が誘われる。


 遥か昔より瑞穂の国に伝わる庭園は、静寂と美しさを同居させている。決して華美ではなく、だからと言って地味でもない。調和が取れていながら、外から入ってくる新しい物も受け入れる。その様はまさに、舶来の文化を受け入れながら成長する帝国の姿そのものと言えよう。


「いただきまーす」


 ぱちんと手を合わせて、ヨーコは食事にご挨拶。いつもの通りのおにぎり三昧である。彼女につられるようにして、ユウコとリヨも手を合わせた。


「今日もいい天気ですね~」

「ええ。のーてんきな誰かさんみたいに、良い日和ひより

「ほえ? 」


 早速おにぎりに齧り付いている誰かさんを見て、二人はくすくすと笑う。剣術や庭球テニスの試合で激闘を繰り広げていたとは思えない顔である。


「あ、そうだ。リヨに聞いておきたい事が有るのだけれど」

「なんでしょう? 」


 おにぎり大好きヨーコちゃんは放っておき、ユウコはリヨと話を続ける。


「二司さんと三郎士さん、二人について教えてほしいの」

「ええと、既に二人とはお知り合いですよね? 」

「ええ、勿論。でも、仲良くなるためには相手の事をよく知る事が大切でしょう?だ、か、ら、幼馴染である貴女から二人について聞きたいの」


 ニコリと不自然な程に朗らかにユウコが笑う。その本心は、敵を知らば百戦危うからずの意である。己を知る必要は無い、どうせ正面から対峙するのはヨーコなのだから。とりあえず自分に降りかかる火の粉だけを払えれば良いのだ、なんと薄情な事であろうか。


 そんな彼女の魂胆に気付く事もなく、うーん、と口元に手を当て少し唸ってリヨは問われた事について考えを巡らせた。


「私から見た印象とか昔の事とか、そんな感じで良いのでしょうか……」

「そうそう、そういうのよ。是非、聞かせて頂戴」

「では」


 リヨは昔を懐かしみながら、二人との想い出を辿る。






「おかあ様、今日はどこへ行くのですか? 」


 隣を歩く母を見上げて問う。

 つい先日まで振っていた雪はすっかり解け切って、春の香りが空気に混じり始めている。赤い鼻緒が可愛い下駄がからころと音を立て、余所よそ行きの着物に心が弾む。


「ふふ、何処でしょう?璃代りよ、当てられますか? 」

「うー、分からないですぅ……」


 リヨによく似た母が笑顔を彼女に向ける。何の手掛かりも無しでは、とてもではないが当てられるわけがない。幼いリヨは困り顔で母を見た。


「ちょっと意地悪でしたね。璃代も早いものでもう五歳、他家の子と顔合わせしても良い頃合いかと思ったのです。なので、今日はお友達が出来る日ですよ」

「お友達…………うう、ちゃんとごあいさつ出来るでしょうか」

「もちろん。だって璃代は私たちの可愛い娘ですもの、大丈夫ですよ」


 柔らかな母の手がリヨの頭を撫でる。それだけで不安な心がやわらいだように感じた。


 一宰かずさという表札がかけられた大きな瑞穂屋敷の門を潜り、その中庭へと進んで行く。すれ違う家人かにんたちが、二人に対してスッと頭を下げた。


「ほら、あちらに」


 母に促されてリヨは先を見た。

 そこにいたのは同い年と思しき、二人の少女。


 黒混じりブロンドのウェーブ縦ロールが目を惹く、おそらくは舶来人の血が混じっているであろう少女は、腰に手を当てて胸を張ってこちらを見ている。


 黒が混じる茶色短髪でどこか男子のような印象を受ける少女は、頭の後ろで手を組んで随分と退屈そうに、足元の小石を蹴り飛ばしていた。


 母が言うお友達とは、この二人だとすぐに分かった。そしておそらくは同い年である事も。母に背を押され、おずおずと近付いていく。


「あ、あの、わた―――」

「あなたがあずまのむすめですのね。わたくし、二司にのつかさの『れいな』ですわ!」

「あわっ、わたし『りよ』です。よろしくおねがい、いたしますっ!」


 勢いよくリヨは頭を下げる。対するレイナはふんぞり返ったままだ。


「そんなかんじだと、またおじ様にしかられるぞ」

「んなっ!?そ、それはこまりますわっ!」


 男子の様な少女に指摘され、レイナは大急ぎでリヨに頭を下げた。そんな様子が少々可笑しく、リヨに笑顔が戻る。


「あ、笑った。せっかく集まったんだし、たのしい方がいいよ。ボクは『れん』だよ、三郎士さぶろうじの」

「よろしく、おねがいいたしますっ」


 頭を下げるリヨに対して、レンは微笑んで片手を上げた。はたから見れば、三者のやり取りはなんとも微笑ましい光景であろうか。


 彼女達、そしてその後に出会った一つ歳上の一宰かずさの娘を含めた四人は幼馴染となった。以降、今日こんにちに至るまで共に歩んできたのである。






「―――といった感じでしょうか」


 両者との出会いを話の始めとして、その後の話はかいつまんでリヨは話した。年齢が上がるにつれて家関係の話が増えるため、明かせない事が多いのだ。


「なるほど、あの感じは昔からなのね」

「そうですね。二人はあんまり変わっていないと思います」


 そう言うリヨの顔には笑みがある。良い形での変わらない関係というのは喜ばしい事なのである。彼女の様子を見るユウコの顔にも、ふわりとした笑顔が生まれる。


「貴女も多分あまり変わっていないんじゃないかしら?私じゃ聞き出せないけど、あの二人に聞けば貴女と同じ事を言うと思うわよ?」

「そうでしょうか……。そうだとなんだか嬉しいですね」


 仲の良い友人と考えが一致する、それはとても喜ばしい事だとリヨは考える。自分と彼女達が精神的にも繋がっている、そう感じるから。


「にしても、あの二人と貴女の関係性がなんとなーく見えてきたわ」

「え?どういう事でしょうか?」


 不思議な事を言われてリヨは首を傾げる。


「貴女が二人を繋げている、って感じ。両者の棘を貴女がやわらがせている、そう私は感じるわ」

「本当ですか!?わぁ、嬉しいですね」


 ぱあっ、と笑顔の花が咲く。そこまで喜ばれると思っていなかったユウコは面食らい、目をぱちくりとしばたたかせた。そんな彼女の様子に気付き、リヨは慌てて言葉を繋いだ。


「ああ、ごめんなさい。あずまの家の娘として、そう言って頂けるのがとても嬉しくて……」

「話が見えないわね、どういう事?」

「すみません、ちょっと慌て過ぎました」


 リヨは苦笑し、こほん、と咳払いしてから説明する。


さい一宰かずさ二司にのつかさ、武の三郎士さぶろうじ。それぞれの家には古くからの役割があります。もちろんあずまの家にも」

「へえ、それは知らなかったわ。話しても良い事なの?」

「ええ。瑞穂において古くから知られている事ですから」


 リヨは一つ頷く。


「うんうん、そうだよね。私でも知ってるもん、ユウコ物知らず~」

「急に話に入ってきて、開口一番で失礼ね。私にも得意じゃない事はあるのよ」

「まあまあ」


 食事を終えたヨーコが、二人の間ににゅっと首を伸ばしてきた。彼女の言葉に不満げなユウコをリヨがなだめ、彼女は話を続ける。


あずまは神官の家と知られていますが、正確には三者を繋ぐ事が役割です。の四、それが私の家。穏やかに争いごとをおさめ、他者同士をむすぶ。それが縁結びに繋がって、時の帝より神官の職をたまわった形なのです」

「ようやく分かったわ。家の役割を自分が成せた、という事ね」

「はいっ」


 ユウコの言葉にリヨは満面の笑みで答える。彼女は心底嬉しそうで、思わずヨーコ達も笑顔になってしまう。


「リヨと一緒にいると、何だか居心地良いんだよねぇ」

「あ、それは私も同意だわ」

「本当ですか!?」

「うん、ほんわかりょくが溢れているというか」

「もう少しマトモな言い方は無いのかしら、と言いたいけど、言わんとする所が分かるのが何だか悔しいわね」


 謎パワーを作り出したヨーコ。頬杖を突いたユウコはちょっと苦笑しつつ、彼女の事を見た。


「な、なんなのでしょう、その力……」

「気にしなくても良いわよ」


 困惑するリヨに、自由な方の手をひらひらさせて意を示すユウコ。


 こうして昼休みの時間は、和やかに過ぎていった。

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