第二節 迷ヒ流流

第百十四討 恋色作戦会議

 ヨーコ達が異界より帰還した同時刻。

 昇日ショウジツ学園、学生寮の一室にて。


「ではこれよりっ!愛しのヨーコさん捜索大作戦、作戦会議を始めまーす!」


 月が照らす街が映る窓を背にして立ち、ショウヘイは声高に開会を宣言した。


「ちょっ、声がデカい!止めろコノ!」

「うごふッ!」


 会議机代わりに部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を、立ち上がると同時に一足で飛び越えてタクミは議長の腹に拳を叩き込む。冗談では済まない威力のそれを受けて、ショウヘイはよろよろと後退した。


「てめ、この……っ。せっかく協力して、やろうとしてるのに……」

「はっ!?あ、ああ、済まない、つい……」

「つい、じゃねぇよ。あー、痛ぇ」


 良い一撃を貰った腹を擦りながら、彼はタクミの頭に手刀を落とす。

 始まったと同時に終わる所だった会議は、無事に開催される事となった。


 ちゃぶ台を挟んで二人は腰を下ろす。窓に向かって右がタクミ、左がショウヘイ。お互いの背には自分の寝床と学習机がある、二人で一室なのだ。


「じゃあまずは、今わかっている事の再確認だ」


 そう言ってショウヘイはトンとちゃぶ台を突いた。


「名前はヨーコ、夕月女学院の生徒、背が比較的高くて赤髪。こんだけ」

「ああ、そうだな……」


 改めて考えると少なすぎる情報にタクミは少し俯く。こんな手掛かりで、広い帝都の中からたった一人の人間を見つけ出す事など出来ないと考えて。しかし、彼の親友は頼りになる男だった。


「落ち込むなよ、タクミ。まだまだ分かってる事、というか推測できる事はあるじゃないか」

「そ、そうか?というか、落ち込んでなんていない!」

「強がるな強がるな」


 身を乗り出して否定してくるタクミを押し留めて、ショウヘイは推理する。


「まず、だ。彼女達とすれ違ったのは橋だったな?」

「ああ、それが何か?」

「あの橋は帝都で一番北の橋、馬車が通れない橋だ」


 顎に手を当てて如何にも探偵のように彼は思考し、導き出した推測を発言した。


「つまり彼女は馬車を使わない。夕月女学院の生徒であるにもかかわらず、だ」

「……?それがどうしたって言うんだ。馬車を使わないのなんて普通だろ?」

「馬鹿野郎、夕月がどんな学校か忘れたか。四摂家、財閥、帝都の富豪、その娘が集まる場所だぞ?」

「あっ、そうか!それなのに馬車を使わないって事は……」


 指摘されてタクミは目を見開き、そして。


「どういうことだ?」


 彼は推理物を読まない男であった。

 ショウヘイは勢いを削がれて、ガクッと脱力する。


「お前なぁ……。まあいいや、つまり彼女は外様とざま組って可能性が高いって事だ」

「外様……地方から上ってきた、って事か?なんで分かるんだ?」

「元々帝都にいるお嬢様なら高貴な家柄か、裕福な家柄。となれば馬車を使わないわけがない、あの場所で会うわけがない。外様なら色々と入用にもなるだろうし、普段から馬車は使わないとしてもおかしくはないだろ」

「なるほど……ショウヘイ、お前賢いな」

「ふっ、まあ学業に関しては俺の方が随分と上だからな」


 挑戦的に笑う彼の額に、タクミはデコピンを叩き込んだ。


「痛って!」

「他人の事を馬鹿にするからだ」

「うるせぇ、この数字音痴め」

「もう一発食らいたいか?」

「うわっ、それは勘弁!」


 身体を反らせてショウヘイは再度の一撃から逃れる。呆れた表情でタクミは溜め息を吐いた。


「で、続きは?」

「協力してもらう側の人間の口調じゃねぇな、お前……」


 助言を求められているというよりも、詰問されているような状態だ。同室のよしみで手と頭を貸しているというのに、何という仕打ちだろうか。ショウヘイの方こそ、溜め息を吐きたい思いであった。


 しかし彼は大人だ、少なくとも向かいに座る恋煩いよりは。この程度の事で彼はへこたれない、友への助力を惜しんだりはしないのだ。


「外様組は寮に入らない、つまりは学院の外に家がある」

「そうなのか、初めて知ったな……」

「今まで欠片も女子に興味を示さなかった堅物なら仕方ない、という事にしておこう」


 腕を組んで唸るタクミに対して、ショウヘイはハハハと笑う。

 その時、恋の相手を追いかける少年の頭に電流が走った。


「そうか!学院の外に家があるって事は、放課後に学院の門を見張れば良いんだな!」


 バッと立ち上がり、必勝の策を得た彼は興奮気味に言う。

 しかし。


「お前はマジで探偵や警察に向かないな、座れ」


 至極冷静に指示されて、タクミは大人しく元の通りに腰を下ろした。


「俺達が授業を終えるのと彼女達が授業を終えるの、ほぼ同時だろ。よーいどん、で門から駆け出したとしても北大通りを越えて反対側だぞ、夕月は。下校で門から出る時に間に合うわけがあるか」

「あ、そうか。そうだな……」


 名案と思った事が空振りし、彼はしゅんと肩を落とす。


「だが、そうなるとどうすれば良いんだ?」

「まあ焦るなって。ここで『彼女が外様組だろう』って予測が効いてくるのさ」


 ニヤリと笑ってショウヘイはタクミを指さした。


「さっきも言ったが外様組は帝都に上ってくるだけで金銭面で色々と大変。そうなると住む場所についても考える必要が出てくるわけだ」

「遠くから帝都に来るには馬車に汽車を乗り継いで、だもんな。大変だよな……」

「いやまあそうなんだが。今そこに、しみじみと共感されてもな……」


 少々ズレた所を気にする友人。堅物の中の可愛げではあるのだが、作戦会議の中で発揮されても脱力するだけである。気を取り直してショウヘイは話を続ける。


「ごほん、続けるぞ。余裕が無いなら学院のある上町には住まないだろう、となれば家があるのは下町の何処か、となる」

「帝都の南半分か……広いな」


 うーむ、と腕を組んでタクミは唸った。しかし恋探偵は人差し指を立ててチッチッと横に振って、彼の悩みを否定する。


「甘いな、もっと絞り込めるぞ」

「え、本当か?」

「ああ。そもそも女学院は帝都の北東にある、まあ東大通りからすぐ北だから東って言っちまっても良いが。で、だ。そこに通う生徒が帝都の南西に、わざわざ遠い所に住むと思うか?」

「なるほど、つまりは下町でも南東地域に絞れるのか!」

「まー、予想というか半分妄想入ってるけどなー」


 責任は持たないとショウヘイはお道化て肩をすくめた。


「だがまあ、絞れるのは流石にここまでだ。あと出来る事と言えば、商店街を歩き回ってみるくらいかねぇ。極端に金銭的な余裕が無いなら自炊してるかもしれんから、そういう店がある所を探す感じ」

「うんうん!ありがとうなショウヘイ!希望が見えてきたぞ!」


 立ち上がって拳を握ってタクミは目を輝かせて天井を、いや空を、いやいや帝都の何処かにいる愛しの相手の顔を思い浮かべる。


「……言っておいてなんだけど、これでも広い帝都の四分の一が捜索範囲なんだよなぁ。その中から特定の一人と出会う確率とか……」


 数字計算が苦手でお気楽な友人を見ながら、ショウヘイは絶望的な確率の偶然という名の希望について思考する。が、ただ気が滅入るだけだと考えて、無駄でしかないそれを中止した。


「おーい、じゃあ明日から捜索開始か~?」

「ああ、そうしよう!というか、手伝ってくれるのか?ショウヘイ」

「当たり前だろ、タクミ。友として当然、それにここまで手伝って放り出すのは気持ちが悪いしな」


 嘘である。

 面白い事になりそうだから、と考えているだけである。


 何はともあれ、こうして探偵もどきの捜索活動が始まるのだった。

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