第百討 轟々ト燃上ガル気炎

どおぉんっ!


 異界に轟音が響く。


ががぁんっ!


 煉瓦れんが造り三階建て、四階建ての建物が揺れ、欠片ががバラバラと道路に落ちる。頭に落ちてきた煉瓦片を不審に思い、幻魔が上を見るもそこには何もいなかった。


「よっこいしょっ、と!」

ばがぁんっ!


 握った拳でヨーコが壁を打つ。

 幻魔すら吹き飛ばす一撃を受けて、煉瓦壁ごときが耐えられるはずがない。弾けるように砕け飛び、バラバラガラガラと崩れ去った。


「えいほ、えいほっ」

「よいしょ、よいしょっ」


 サラとアカリが床に積もった瓦礫を持ち上げ、邪魔にならない場所へ移動させる。


「しかしまあ、乱暴ねぇ」

「ひゃあぁっ、す、すごい音……」


 削岩用発破の如く、どがんどがんと音と衝撃が建物を揺らす。その様子は画面を通して、元界の三人にも良く伝わっていた。


「どうだね、吾輩の策は。幻魔との会敵は皆無、実に合理的である」

「まあ、そうですね。一ヶ月半前、建物ぶっ壊したの思い出しますね~」


 壁を蹴りでぶち抜きながら、しみじみとヨーコは思い出す。

 今回同様に幻魔に追われ袋小路に突き当たり、あまりの敵の多さに彼女一人では対処不可能となった時があった。そんな折にヨーコが思い付いた作戦、それは煉瓦造りの建物の一階部分を破壊して倒壊させ、幻魔を瓦礫で押しつぶしたのだ。


 それを成したのは五つ目の怪に至る直前、つまりは異界に潜り始めて一週間程度の時だ。ゲンジョウに対して何のかんの言いながらも、ヨーコも中々に滅茶苦茶な事をする少女なのである。


「ん、二人ともどうしたの?」

「ヨーコ、変人」

「ちょっと怖い人、ですね……」

「え!?」


 すすす、とサラとアカリがヨーコ危険な人から距離を取った。


「怖くない、怖くない。あと変人じゃない、断じて」

「ヨーコ、貴女そんな事していたの」

「あわわ、め、滅茶苦茶……」

「ユウコにトモヨちゃんまで!?」


 元界側からも言われ、ヨーコは驚く。


「そも、此度の策はキミの過去の行いを参考にしたものである」

「んぐっ」


 痛い所を正確に突かれて、ヨーコは閉口した。


 そんなこんなで建物の中に作ったトンネルを進む。隣接していない建物に関してはアカリの銃撃で壁面を崩して、眼下の路地を埋め尽くす幻魔に見付らないようにしながら飛び移った。


 だが車輌基地周辺には建物が無い、それゆえ破壊通過にも限りがある。至近と言うにはかなり遠い建物の中で、ヨーコ達は大地を埋め尽くす幻魔たちの様子を窺う。


「うっはぁ、凄い数。めちゃめちゃ広いのに芋洗い状態ぎゅうぎゅう詰めだ」


 窓から少しだけ顔を覗かせて周囲を確認したヨーコ。見渡す限りの幻魔の群れ、強行突破などとてもではないが不可能である。


「ぼかーん、ってやりたい。博士、前にユウコが撃った奴、ほしい」


 サラは両腕を勢いよく大きく広げ、爆発を表現する。彼女が思い出したのは、暴力の化身たる巨躯の明王を打ち砕いた大砲だ。数門用意して矢鱈目鱈に砲撃すれば、幻魔の数はかなり減る事だろう。


「サラ君、残念ながらヱレキテル砲は破損した一門のみなのだ。修復中だがそれ相応に時間が掛かっている、此度の対処には間に合わぬのは確実である」

「むにゅー、ざんねん」


 サラは肩を落とした。大地ごと色々なものを炸裂させたい、それが出来たらとっても楽しい。彼女は現状の打開など考えておらず、面白そうな玩具で遊びたかっただけである。


「私が見てみますね、中心に何がいるか位は分かるかも」


 窓から顔を出して右目の片眼鏡モノクルに手をやり、アカリはカルカルと歯車を動かす。見えている景色が拡大され、それが回るたびに遠くが詳細に見えていく。


 彼女は左目を瞑って目を凝らす。


「……ん?」


 数度歯車を動かした所で、アカリは何かを発見した。繊細に回し、見つけたものに焦点を合わせていく。


「あれは……」


 チキキと最後の調整を行う。彼女が見たのは。


「……汽車?」


 真っ黒な角を生やした剛鉄の体。集う幻魔の中にあってなお、しっかりとその姿を確認できる。相当な大きさ、それこそ元界で作られていた特殊な汽車を思わせるような姿だ。


 だが、雄々しき元界のそれとは明確に異なる部分をアカリは認識していた。


「鬼の顔……!」


 汽車の前面、本来ならば車体番号や標章エンブレム、点検整備のために正面扉を開くハンドルがある場所。だがその汽車にはそれらが何もなく、薄紫色で赤の角を生やした鬼の顔があった。


 鋼鉄を更に強固とした異界汽車。鬼の顔持つ幻魔のそれは、破壊轢砕れきさいした者を燃料として走る禍ツまがつ車輪である。


 黒鉄汽鬼くろがねのきき


 彼の者の角から吐かれるは、轢殺された者の怨嗟が形となった苦しみの煙なり。


 異様なものを確認したアカリは、すぐにヨーコ達にそれを伝える。ヱレキテルの大きな乱れ、その中心に在るのが彼の幻魔である事は明白。彼女達はどうするかを相談する。


「とん、とん、とーん。って飛んでく」

「それ出来るのサラだけでしょ……」


 指で人の脚を模倣し、床の上を跳ねさせる。彼女が言いたい事は、幻魔の頭を踏みつけて接近するという作戦だ。しかしそれを実行できそうなのはサラだけ。ヨーコは数回踏んだら幻魔の海に沈むであろうし、アカリに至っては一歩目で脱落だ。


「うーん……。ヨーコさんの飛燕と私の銃撃、届くでしょうか?」

「どうだろ?上手く届いてもそよ風か砂粒くらいの威力になりそう」


 遠くを斬るヨーコの剣と彼方を撃つアカリの銃。どちらも一方的に敵を滅する事が出来る攻撃だ。しかし今回に限っては、相当の距離がある事で到達する頃にはその鋭さは消えて無くなってしまう事だろう。


「いや、アカリ君の提案は一考の余地があるやもしれぬ」


 討滅士らの相談を黙って聞いていたゲンジョウが口を挟む。


「どういう事です、博士?倒すのは絶対無理ですよ、全力でやってもちょこーっと傷付くかどうか、ってくらいだと思います」

「うむ、であろうな」

「ええと、どういう事でしょうか?」


 アカリが首を捻る。その隣でサラも同じく首を傾げた。


「ちょっかいをかける事に意味があるのだ」

「ああなるほど、そういう事ね」


 いち早く合点がいったユウコが頷く。


「えー、なになにユウコ。教えて~」

「自分で考えなさいな」

「あっ、分かりました!」


 続いてアカリが声を上げた。


「むむむ、アカリ早い」

「よく考えれば簡単ですよ、お姉さま」

「あ、わ、分かった、かも」


 三人目はトモヨだ。


「ええ~。サラ一緒に考え」

「分かった、簡単」

「ぬなっ。裏切者~!」


 同類と思っていたサラに先行され、ヨーコはお門違いの非難を彼女に投げつける。その言葉を躱すように、無実の者は身体を大きく反らした。


「キミは実に察しが悪い娘だな」

「どーせ私はお馬鹿ですよーだ、へーん」

「あらら、へそ曲げちゃった」


 たった一人仲間外れにされたヨーコは思いっきり拗ねる。その様子にゲンジョウとユウコは肩をすくめ、アカリとトモヨは励まそうとし、サラは彼女の頬をツンツンつついた。


「やれやれ。答えを導き出せるよう、少々切っ掛けヒントをくれてやろう。要らぬというならば無理強いはせぬが」

「欲しい欲しいっ、欲しいです博士!」

「ふむ、良かろう」


 懇願するヨーコを見て、ゲンジョウは一つ頷いた。


「先程からサラ君がヨーコ君の頬をつつき続けている。さて、キミはどうする?」

「えーっと……。というかサラ止めてっ、結構気が散るっ」

「やだ」

「え、拒否された!?」


 べしっ、とサラの手を払いのけるも隙をついて彼女は指刺突を再開する。実に鬱陶しい攻撃を受けて、ヨーコはサラとじゃれ合いの様な格闘を始めた。


「おや、答えを導き出したではないか」

「は?どういう事……あ、そうか」


 攻守入り乱れる戦いからヨーコはとある閃きを得る。


 落第生も皆に追いつき、ようやく答えに辿り着いたのだった。

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