第四十一討 凄イ偶然

 大捕り物ののち、商店街を堪能した四人。


 騒動を知っている店主たちから普段よりも多くの餌付けをされ、十二分な量の食べ物を入手してしまった。流石に悪いと感じて、それぞれの店でちょっとずつお買い物。連れてきたサラとリヨに物を持たせるのは良くないと感じたヨーコは、荷物持ちを買って出た。


 結果、彼女の両手には重量物と言って良い手提げの紙袋が四つ。取っ手の縄が重量を伝えて、ヨーコの手に食い込んだ。


「お、重……っ」

「自分から言い出した事よ、頑張りなさいな」

「がーんば」

「あ、あの一つ持ちますから……」


 申し訳なさそうにリヨが袋に手を添える。


「いいよ、だいじょーぶ!私から言い出した事だし、商店街抜けるまでは持ってく。勿論、そこから先は持って行って貰いますので、よろしくお願いします」


 ヨーコは彼女にニコリと笑みを向けた。やると決めたらやり遂げる、それが彼女の性格なのだ。やらせておきなさい、とユウコに言われてリヨは出していた手を引っ込めた。


「では、お願いしますね。無理だったらすぐに声をかけて下さいよ?」

「もちろん!その時は全力で頼りにいくよ~」


 ふん、と気合を入れてヨーコは胸を張る。手提げ袋達がガサッと音を立てた。


 商店街の北端まで来た所で、紙袋二つをリヨとユウコに渡す。リヨを一人で帰らせるのは防犯上良くない、というユウコの判断だ。彼女達を見送り、残る紙袋の内の一つをサラへと差し出した。


「はい」

「家までお願い」

「贅沢な。運搬サービスはここまでですので、お受け取りお願い致します。拒否される場合は、この紙袋はわたくしめの物となりますがよろしいでしょうか」

「それはだめ」


 わざとらしく事務的な、まるでホテルの荷物運搬人ベルスタッフのようだ。しかし彼らは客の荷物を我が物とする事など有り得ない話である。没収されそうになった自分の分の手提げを、サラは大急ぎで取り返した。


「さぁて、じゃあ家に帰ろっと」

「うん、帰る」


 二人は同時にきびすを返した。自分と同じ方向へ歩き出したサラに気付き、ヨーコは彼女へと疑問を投げかける。


「あれ?サラ、まだ商店街で買い物するの?なにか気になった物あった?」

「違う」


 ふるふると首を横に振って、サラは進む先を指さした。


「私の家、あっち」

「え、そうなの?てっきり上町うえまちの方だと思ってた」


 財閥家のご令嬢。ごみごみとした下町の中に住んでいるとするならば、それはまさに掃き溜めに鶴。あまりにも場違いであり、それと同時に実に勇敢と言うべきか無警戒と言うべきか。


「色々調べて、安全なとこ選んだ」

「へぇ~」


 商店街を抜けて、そんな話も絡めた雑談をしながら横並びで歩いていく。十字路を真っすぐ、ぐにゃりと変形したてい字路を左へ、通りから一本離れて路地の方へと。


「……ええと、どこまでついてくるの?自分のお家に帰った方が良いよ?」


 このままでは自分の家に着いてしまう、流石のヨーコも言及した。そのまま遊びに来るつもりなのだろうか、それはそれで嬉しいが重い紙袋くらいは自宅に置いてくるべきだ。


「私の家、こっち」

「え」


 サラは行く先を指す。そちらは当然、ヨーコの家がある方向だ。


「そうなんだ!じゃあ、もしかしてご近所さん!?」

「そうかも。気軽に遊びに行ける、嬉しい」

「私も~」


 二人で笑う。どこだろう、どこだろう、と互いの家を探しながら歩いていく。


「「あ、見えてきた」」


 二人同時に同じ事を言った。


「わっ、本当に近い所にあるんだね。もしかして隣の建物だったりして」

「そうかもしれない、凄い偶然」


 わぁわぁと喜びに沸く。この調子なら頻繁な行き来も可能、互いの家に夕飯を持って行って一緒に食べる事も出来てしまいそうだ。


「「着いた」」


 またもや同じ言葉。同じ方向を見て、同じ建物を見て。


 木造二階建ての共同住宅アパートメント。周辺の住居よりもお洒落で、設備もかなり良い。各住居に台所キッチンお手洗いトイレ、風呂までも完備されている至れり尽くせり仕様。なおお家賃は、中々に財政を圧迫する額である。


「え、えええ!?同じ所!?」

「びっくり。すごい、びっくり」


 驚きの事態にヨーコが叫び、サラが目をしばたたかせる。驚愕の衝撃に撃たれながらも、二人は敷地へと進入する。まさか、まさかと思いつつ。


とんとんとん


 建物正面の中程から奥に向かって伸びる階段を上る。その足音は二つ分、つまりヨーコとサラは同じ階に住んでいる事が確定した。


かつかつかつ


 一つ、二つ、と扉を通り過ぎる。それでもヨーコもサラも止まらない。そして。


「ええと、私の家は一番奥の角部屋なんだけど……」

「私、一つ手前」


 二人はお隣さんである事が判明したのだった。






 翌日。

 二人連れ立って学院へと到着すると、校門でユウコと出会う。少し興奮気味に事情を彼女へと説明すると、仲の良い事で、と悪戯っぽく笑われた。教室でリヨに挨拶して昨日別れた後の出来事を離したところ、そんな偶然あるんですね、と驚かれる。


 不思議な縁についての話は放課後まで続き、それはアルバトが始まっても継続する事となったのだった。


「ふむ、随分と面白い話だ、興味深い」


 二人の話を聞いたゲンジョウは顎に手を当て、思考する。椅子に掛けたヨーコに対して、彼は言葉を投げかけた。


「ヨーコ君、以前話した事を覚えているかね?」

「え?あー、ヱレキテルがどうとか、そういう話です?」

「キミは実に察しの悪い娘であるな」


 ため息交じりに彼は肩をすくめる。毎度毎度の事ながら、ヨーコは不服そうに口をの字に曲げた。


「確率の話である。キミとユウコ君に関する、な」

「ああ、それですか~。初めからそう言ってくださいよ」

「その程度、話の流れで察したまえ」

「流れも何も、一ミリのせせらぎすら無かったと思うんですけども」


 出来事を話し、ゲンジョウが興味深いと口に出す。そして、過去に話した事についての質問がヨーコに投げかけ投げつけられた。この一連の展開の何処に察する部分があったのだろう、数学の小テストなど比較にならない程の難問である。


「まず広い帝都で両者が出会う確率。まあ今回は女学院という枠の中に納まり、同じ年齢であれば出会い自体はそう妙な事ではない。それらが友人関係になる事もな」

「はぁ」


 つらつらと解説を進めるゲンジョウに対して、ヨーコはよく分からないと言った顔でそれを聞いている。サラはそこいらのガラクタを弄って遊び、ユウコは勝手にボタンを押して紅茶を淹れた。


「続いて両者が同じ場所と縁を持つ可能性。つまりは此処ここ、我が研究所だ。キミ達の住居から離れた港付近の倉庫街、中々学生の来る場所ではないが絶対ではない。百歩譲って、良しとしよう」

「へぇ」


 納得のではなく『何にも分かんない』のである。ガチャガチャとサラが弄っている装置のレバーの音が鳴り、ユウコが淹れた紅茶の香りがふわりと宙に舞う。


「何千何万とある中で同じ住居を選ぶ事の蓋然性がいぜんせい。年若い女子ゆえに、安全性の高い住居を選択するであろう。夕月女学院に通う生徒ならば、家の後ろ盾によって資金的余裕はあるはずだ。これらから極端に廉価な住居は排除される」

「ほへぇ」


 ゲンジョウはもはやヨーコに聞かせるつもりで話をしていない。あくまで彼が、自身の思考を再確認するために口に出しているだけなのだ。


「だからと言って一軒家を選択する事は稀であろう、そちらも除外だ。となると、賃料が中層から上層下部あたりの共同住宅が選択肢となるであろう。だがしかし、その住居数もまた膨大。その中で同じ建物、同じ階、更には隣となるは中々の確率だ」

「……話終わりです?」

「そして先に出した通り、両者が友人であり、我が研究所と縁をもっている、という二つの事柄。これらが全て交差する事など、偶然などとは言えん」

「終わってなかった……」


 出口の光が見えたかと思ったら、次の部屋への単なる入口でしか無かった。ヨーコはげんなりとした顔で肩を落とす。


「つまり先のキミとユウコ君の一件ケースと同じく、何者かの意志を感じる出来事だ。そしてそれは、吾輩の仮説を補強する一つの要素となり得るのだ!」


 強く声を張って、バッとゲンジョウが両腕を大きく広げて掲げる。

 ヨーコにとっては見慣れた光景だが、ユウコとサラは初めてのご対面。茶を啜っていたユウコ、カップを持つその手が一瞬止まった。驚いて身体が跳ねたのか、ガラクタを弄っていたサラが一瞬宙に浮いたように感じる。


 ゲンジョウは天を見た状態で静止している。それはつまり、仮設とは何なのかを聞いてほしいという事なのだろう。このままでは話が終わらない、仕方なくヨーコは呼び水を注ぐ役を演じる。


「その仮説ってな」

「よくぞ聞いてくれた!」


 『なんですか』という台詞、主演女優のヨーコちゃんは言わせてもらえなかった。聞かせておいてそれはないだろうと思いながらも、変な横槍を入れると面倒が増える事を彼女はよく知っている。ヨーコは大人しく黙っている事にした。


「奇心を持つ者同士はその力によって知らず知らずの内に引き合うのだ、まるで磁石のようにな。つまり!一人目であるキミを見付けた捕らえた時点で検証は始まっていたのだ!ふはははは!!!」


 ゲンジョウは大きく声を上げて笑った。

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