第四十二討 卑脅権現

 十二分な程の解説を行い、さらに追加も出して来ようとしたゲンジョウ。それから逃れるように、ヨーコとサラは大急ぎで異界へと突入した。ここまで気持ちよく探索へ出たのは、ヨーコにとって初めての出来事である。


 まだまだ調査が進んでいない商店街。ヨーコとサラは元界と同じく賑わい溢れる、幻魔たちの街へと訪れた。


 先に訪問した際は困惑の目を向けられて敬遠されたが、掠手権現かすりでごんげんを討滅した事で彼らは態度を軟化させた。流石に歓迎されるような状態ではないが、少なくとも昨日の様な異物を見るような雰囲気は消えている。


「昨日よりはマシな感じになってるね」

「幻魔たちに避けられない」


 通りを歩いているとサッと幻魔たちが道を空ける、それが前回。今回はあまり気にされていない感じ、と言えばいいだろうか。そこにいても我々には関係ない、と幻魔たちに態度で示されているような感覚である。


「上町のお店とか、こんな雰囲気。誰も他の人の事、気にしない」

「あ~、なんとなく分かる。干渉し過ぎない感じ?」


 帝都は寄せ集めの町だ。帝と共に長い歴史を持つ膝下町しっかちょうを除けば、ほぼ五百年の間に作られていった場所。それを構成する者が全て、帝都に根を持つわけではない。


 高家の本家の子にかしずくために分家すじから呼ばれた者、戦乱期に全国各地から戦火を避けて流れてきた者、飢饉の折りに帝の慈悲を求めてやってきた者、食い扶持のための仕事を求めた者。


 それぞれが各地の文化や習俗を持ってやって来た。帝都は文化が入り乱れる、雑多な都市なのだ。それ故に舶来の文化も呑み込む事が出来たのであろう。


 だからこそ、近年に帝都へと移り住んだ者同士は様々な面で繋がりが薄い。だから人々は必要以上の干渉を避け、程よい距離感を維持して生活しているのである。


「でも私は商店街が好きだなぁ。ほら、親戚の集まりみたいな感じがしてさ」

「言いたいこと、分かる。私も好き」


 ニコリと二人して笑う。

 皆が仲良く、かといってベッタリと依存している訳ではない。お互いがお互いを信頼信用して、気兼ねなく隣にいる間柄。それが心地よいのである。


 友人となって一週間も経っていないヨーコとサラの間にも、それに似た繋がりが生じ始めている。信頼信用には時間が必要、だがどんな事柄にも例外はあるのだ。


「こっちの商店街も広いよねぇ、何処から探せばいいやら……」

「困った困った」


 二人して腕を組む。

 南北二本、東西二本で、ちょうどの形である商店街。ヨーコ達はその右下、東側の南北通り、その南端にいる。先に掠手権現かすりでごんげんと斬り合ったのもこの辺りだ。


 手掛かりも何もなく探すには、この場所は広すぎる。人間の中で人間を探すのも難しいのに、姿形が多種多様な幻魔の中から異常な存在を探すとなると、より骨が折れる。困難すぎて複雑骨折してしまいそうだ。


「時間は有限、されどいては事を仕損しそんずる。悠長は褒められんが、拙速よりはまだりょう。散歩でもするように歩き回ればい、何かを捉えたならば、こちらから声をかける」

「りょーかいでーす」


 雇用主からの指示を受け、ヨーコとサラは当て所なく歩き始める。というよりも、既にサラは店を覗きながら先へと駆けていた。彼女を追って、ヨーコもまた駆け出した。






 気の向くままに歩き続けた二人は南側東西通り、の字の下側の横棒、その東端へと到着した。ここに至るまで、何の異変も異常も発生していない。実に平和、幻魔たちの見様見真似な商売を見物してきただけだ。


「な~んにも起きないね、平和で何より。うんうん」


 腰に手を当てて、ニコニコと笑顔でヨーコは言う。何も無ければただの散歩、これほど平和で有意義な時間はないであろう。異界に来るたびに刀を振り回しての切った張ったの大騒動など、真っぴらごめんなのだ。


「つまらない」

「なんでそんなに残念そうなのぉ……」


 対するサラは屈んで石ころを一つ手に取り、ポンと投げた。彼女はどうやら非日常の刺激が欲しいようだ。命に危険が生じるであろう存在を求めるなど、中々に気が触れている望みと言えるだろう。


 だがしかし、待望の時は訪れた。ヨーコにとっては、望まぬ災難との遭遇である。


ズン……

ズシン……

ズシン、ズシン……

ドドドドド!


 大地を揺らす重さのある足音、地面を砕くような足踏みだ。

 ぐにゃりと曲がった空間の向こうから、巨体が現れる。


 その体はさびが浮いた黒褐色、二メートル五十センチの筋骨隆々な姿と相まって強靭さが強調されている。身を包む水色の袈裟は大きく破れ、ほぼほぼボロ布のような状態だ。


 その手に在るは二本の剣、幅広で反りの無い諸刃の剣だ。その身と同じく銅で出来たそれは、錆塗れの体と異なり光沢を放っている。刃は輝きを纏い、その鋭さを如実に示していた。


 それら全てが他者をす、だがそれ以上に威圧を感ずるものがある。


 それは彼の者の顔。限界まで見開かれた目と怒りにも似た表情、開けられた口からは食いしばられた歯が見える。対する者だけでなく、目に付く者全てを脅すような顔だった。


 その者の名は、卑脅権現ひおどしごんげん


 全てに慈悲を与える仏門の法に背き、地位の低き者を畏怖させる破戒仏である。


「わぁ、来ちゃったよ……」


 悲し気な表情を浮かべるヨーコ、その隣でサラはやる気満々に腕を回している。


「博士~、異変があったら教えてくれるんじゃなかったんですか~?」

「異常が突然出現したのだ、教えようがあるまい。今までとは異なる現象、中々に興味深い」


 今まで収集した情報を覆す事象に、ゲンジョウがニヤリと笑った。


「中々に興味深い」

「真似しちゃダメだよ、サラ。変人になるから」

「ヨーコはしない?」

「しないよ、変人になんてなりたくないもん」

「…………?」


 サラが首を傾げた。


「え、何、その反応」

「ヨーコ、もう変人」

「あぐぁっ、かなり傷付く言葉っ」


 敵を前にして緊張感は何処へやら、二人は暢気な会話をしている。

 無視された事に憤ったのか、卑脅権現ひおどしごんげんは足踏みを強くした。ひと踏み一踏みが地面を割り、ベキベキバキバキと破壊の音が響く。


彼方あちらさん、随分とお怒りのようだ。ヨーコ君、キミは他者を激昂させる天才ではなかろうか。良かったな、他にちょうずる物があったぞ」

「侮辱が酷い!あと、他に良い点が無いみたいな言い方しないで下さいっ!」


 漫才の様なやり取りをしつつも、ヨーコは刀を抜く。隣ではウキウキしながらサラが剣を振り回している、危ない。


ダァン!


 仏像が大地を踏む。此度こたびは単なる威圧ではない、ヨーコ達へ向かっての跳躍だ。大きく跳びあがった権現仏像は、二本の銅剣を振りかぶる。


ドズゥンッ!


 剛剣と同時に踏み潰し、並の相手であればそれだけで熨斗のし烏賊いかだ。だがしかし。


「あっぶない、なぁっ!」

「でも、反撃っ」


 左右へ散開したヨーコとサラ。両者は剣を構え、双方同時に卑脅権現ひおどしごんげん目掛けて飛び掛かる。


バギィンッ!


 右と左、仏像の持つ二つの剣がそれを受け止めた。振り下ろした状態からでは間に合わないはずの攻撃であったはずなのに。


 権現仏像は肩の関節部を百八十度回転させて、そのまま左右へと腕を持ち上げたのだ。つまりは剣を握り直す事無く、人間では不可能な姿勢での防御だ。でありながらヨーコ達の剣を止める力は強い。


 無機物であるが故に可能な動き、人間が持つ常識が邪魔となるような姿である。


ブゥンッ!

「くそっ!」

「しっぱい」


 下半身はそのままに、上半身がぐるりと横に一回転。振り回された剣がヨーコ達に襲い掛かる。力比べでは仏像の方が圧倒的、二人は得物を盾にした状態で後方へと跳んだ。


バヂィッ!


 権現仏像の一撃の威力は地面を砕くほどだ。大地よりずっと軽い二人は、大きく上へと吹き飛ばされた。空中でくるりと宙返りして、ヨーコとサラは着地する。


ゴゥッ!


「いっ!?」

「わっ!?」


 二人は同時に驚愕の声を上げた。何故ならば目の前に卑脅権現ひおどしごんげんが迫っていたのだ。ヨーコとサラに向かって同時に、である。


ガギィッ!


 混乱しつつもヨーコは剛剣をさばき、サラは回避しながら後退する。彼女達に攻撃を繰り返す仏像、その身は不可思議な状態となっていた。


ガッ、チィンッ、カィンッ!

「分裂っ、するとかっ、反則っ!」


ビュオッ、ゴォッ、ブゥンッ!

「パカンと、二つに、まっぷたつ」


 一撃の威力は有れど、巨体ゆえに動きに重さがあった。だがしかし、体の正中から左右に半分となった事で剣の速度は二倍以上に変じた。二対一、その数的優位が対等へと押し返されたのだ。剛剣が恐ろしいまでの速度で迫ってくる、彼の者に切っ先を届ける事など出来はしない。


「くっ、どんどん離されるっ」


 回避、後退、捌き、後退。剣を持たぬ側への退避も試みたが、胴をぐるりと回転させて刃を放ってくる事で中々上手くいかない。ヨーコより素早いサラも同様で、一歩踏み出しては戻しを繰り返している。


 連携を取ろうにも接近できない。どうすればいいかを考えながら、ヨーコはひたすらに仏像の剣をなし続ける。だがいつまでも回避ばかりでは勝ちは無い、いずれ疲労によって躱し切れなくなるだろう。


「剛勇これに在り、と喧伝するが如くの猛攻であるな」

「感心してないで、何か考えて下さいよ!」

「おやおや、それが人にものを頼む態度かね?」

「どうか一考、お願いしたくないけど仕方がないので、します」

「何やら中略すべき所を丁寧に発言したように聞こえたが、まあよかろう」


 茶茶ちゃちゃを入れたゲンジョウは、ヨーコの平身低頭へいしんていとう面従腹背めんじゅうふくはいの頼みを承諾した。目玉の観測機を少しヨーコから離し、卑脅権現ひおどしごんげんの行動を観察する。


 人間のそれなど比較にならぬ程の剛の剣、捌き躱し続けているヨーコとサラの動きはただただ感心である。二人は連携を取り戻そうと敵の脇を抜けようとするが、仏像が胴をぐるりと高速で回転させて攻撃を放つためにそれが成功しない。


 筋骨隆々たる造形は、それそのままに肉体の強靭を示している。たとえ剣をその手から弾く事が出来たとして、無手であってもおそらくは強敵であろう。


 右に左に自在に回転する関節の動きは、人間では考えられない無茶な可動域を持つ。ヨーコは対人剣術を習得しているが故に、あり得ない方向からの攻撃に苦心している。サラについてはそもそも戦い方が我流、妨害をすり抜ける手を持っていない。


「む?」


 ゲンジョウは何かに気付く。

 卑脅権現ひおどしごんげんはその身を二つに分けている、体の正中から右と左に分離しているのだ。それはつまりヨーコとサラが対峙しているのは、人体のを模した物の半身であるという事だ。


 それ即ち。


「おやおや、随分と足元がおろそかであるな」

「「!!」」


 ゲンジョウの言葉を受けて、二人もまた気付いた。

 首を跳ねんと薙いだ権現仏像の剣、それを大きく体勢を低くしてヨーコとサラは回避する。そして、ほぼ同時に剣撃を繰り出した。


「ふんっ!」

「やっ!」

ズガッ!


 その一撃が貫いたのは卑脅権現ひおどしごんげんの膝。半分になった事で唯一大地と接している物。体を支えるたった一本のそれを砕かれ、仏像は前へと倒れ行く。


「はぁっ!!!」

「しっ!!!」

ゾパンッ!!


 仏像の股関節から頭までをズバリと一閃、大きく剣が上に弧を描く。


 四分の一、いや砕かれた膝下も含めれば六分の一となった卑脅権現ひおどしごんげん。その体は大地へ辿り着く前に黒褐色の銅粉へと変わり、煙のようにぶわりと舞って消滅する。


「よっしゃ、勝利!」

「わーいっ」

「うむ、見事」


 駆け寄ったヨーコとサラは、パチンとハイタッチしたのだった。

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