第三節 詭弁天

第四十三討 理不尽ナ出来事

 翌日。


 登校すると映画キネマの如き怪獣大戦争が繰り広げられていた。


わたくしよりも前を歩かないで下さいまし、邪魔ですわ!」

「君が勝手に後から僕を追ってきているんじゃないかい?言いがかりだね」


 二司レイナ三郎士レン、今日も元気に喧嘩中。よりにもよって、誰もが必ず通過する必要がある下駄箱前でやり合っている。レイナの取り巻きとレンのフアンたちもいがみ合っているせいで、邪魔以外の何物でもない。


 だが下手に刺激して被害を受けるのは御免ごめん、触らぬ神に祟りなしである。桑原桑原くわばらくわばらと心の内で唱え、飛び火を避けられるように祈りながら、他の生徒たちは二人の横を通り抜けていく。


 しかし、どうしても逃れられない者がいた。


「うわぁ、どうしよ……」


 いとう思いを言葉に込めて、ヨーコはポツリと呟く。二体の大怪獣がやり合っている場所を、彼女は絶対に通らなくてはならないのだ。何故ならば。


「あらら、貴女の下駄箱の真ん前。ご愁傷様」

「ぐうぅ、他人ひと事だと思ってぇ」

「だって他人事だもの。健闘を祈るわ、じゃぁね~」


 手前の下駄箱から上履きを取り出して去る親友の背を、悲しみを持って見送った。助けてくれなかったユウコ、親友から友人に格下げしてやろうかとヨーコは思う。


 レイナとレンも遅刻はしたくないはず。であれば朝礼の前には、いがみ合いながら同じ教室へと向かう事だろう。それを待っていれば問題はない、通常は。


「こんな日に日直とか、勘弁してよ……」


 そう、ヨーコは日直当番なのだ。仕事としては、職員室からの各種配布物の運搬、本日の授業に必要な物の用意、もちろん黒板の清掃などもある。


 幸いにして彼女のクラスにおいては、清掃はリヨがやってくれている事だろう。ヨーコは彼女が頑張って背伸びしても届かない、黒板の上の方の掃除をすればいいだけだ。


 せっかく早めに来たというのに、これでは早起きも無駄である。目の前でぎゃいぎゃい戦いを続けている二人を見て、ヨーコは大きくため息を吐いた。


 が、それが悪かった。


「あ~ら、ヨーコさん。他人の事を見て溜め息だなんて、随分な御身分ですわね?」

「あ~、そういうわけじゃ」

「そうかい?熱視線を感じていたんだけどね、君から送られても嬉しくはないが」

「目、つぶってた方が良かったかな……」


 現在発生している事を経験として次に繋げる。次に同様な事象が生じた際の対策を考えるのは重要な事だ。今回の学びは、下手に見ない方が良い、である。


「え~っと。そこ、私の下駄箱だから……」

「あら失礼。ですがこちらは大事な話をしている最中、お待ちなさい」

「あーっと、今日、私日直なんだけど……」

「僕が何故、そんな事を気にしなくてはならないんだい?君が待てば良いだけだ」


 要求が一切いっさい合切がっさい通らない。普段は犬猿の仲であるくせに、レイナとレンはこういう時だけ相性バッチリだ。


 ヨーコが剣術と庭球テニスで負かしたからこその状況である。打ち負かしたのが片方だけならば、いがみ合うもう一方が攻撃側を牽制する存在になってくれる。


 だがヨーコは、怪獣を二体とも倒してしまった。双方から目の敵にされてしまうのは仕方のない事なのだ。以前にユウコから言われた人気者という言葉、その言葉の輝きが今まさに煌めいているのだ。


 たとえヨーコが一切望んでいないとしても、むやみやたらに光る面倒臭い勲章。何の名誉にもならない、何処かの誰かを騙せるかどうかも分からない無駄な称号なのだ。


 ずいずいと両者からされ、ヨーコは無抵抗を表す様に両手を上げたまま、じりじりと後退する。教室へ向かうどころか、校舎の外へ押し出されてしまいそうである。


「何しているんですか、二人ともっ」


 とたとたと軽い足音は早駆けに、階段を下りてやって来た。


「リヨさん、口を挟まないで下さいまし。わたくしはこの方と話しておりますの」

「リヨ、悪いけれど君と話をするのは彼女の後だ。少し待ってくれ」


 取り巻きやフアンたちが空けた道を歩き来る幼馴染に、レイナとレンは断りを入れる。二人は完全にヨーコだけを捕捉しているようだ。


「皆にも迷惑ですし、ヨーコさんも困ってます」

「あら、それが何か?仮にも私を偶然倒した方、少なくとも強者であれば逃げたりしませんわ。つまりヨーコさんが困っているという事はありません」

「え、逃げるし、思いっきり困ってるんだけど……」

「困っていません、わ、よ、ね?」

「ひいぃ、何を同意させたいのか、わけ分からないよぉ」


 よく分からない理論の下、ギロリと睨まれヨーコはたじたじとなる。


「もう!その考えは一般の方に通じるようなものでは無いんですっ」

「通じようが通じまいが関係ないだろう?僕がそうすると決めたのだから」

「うわぁお、暴君」

「何か言ったかい、ヨーコ君?」

「いいえー、何にも発しておりませんです、はい」


 傍若無人な言動に、せばいいのに思わずヨーコは口を挟んでしまう。当然の如くレンから反撃を受け、軍人もかくやの直立不動で身の潔白を供述する事となった。


「じゃあもう、それで良いので今は止めて下さい。ヨーコさん、日直で忙しいんですから」

「え、それで良くな」

「良いんですよね、ヨーコさん」

「ひゃい、大丈夫ですぅ」


 何とかして二人を丸め込もうとしているのに、よりにもよって被害者のヨーコが口を挟もうとする。リヨは少しだけ言葉の圧を強めて、彼女の口を閉じさせた。ヨーコの下へとやってきた助け舟は、どうやらそこそこの武装船舶だったようだ。


 リヨの言葉を受けてレイナとレンは引き下がった。こうして校舎入り口には平和が訪れたのだ。たった一人の尊い犠牲によって。


「リヨ~、私の今後が心配だよ~」

「ごめんなさい。ああでも言わないと二人は引き下がらないと思って……」

「輪をかけてご愁傷様ね、ヨーコ」


 少しだけ離れた場所にいたユウコが近付き、ヨーコの肩にポンと手を置いた。


「うう~、裏切者め~」

「何を言っているのよ。私がリヨを連れてこなければ、貴女は校舎から押し出されていたでしょうに。むしろ感謝してほしいくらいだわ」

うらめしありがとい」

「なにその未知の単語」


 朝から理不尽を受けて、ヨーコの心はズタズタだ。

 とはいえ切り替えの早い彼女。半ドン午後休講で学校が終わり、街へと昼食に繰り出す頃にはすっかりと元通りになっていたのだった。

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