第百十七討 迷ヒ探シ

「ほれ、此奴が迷ヒ流流まよいながるじゃ」


 異界へやってきたヨーコ達に、タマがそれを手渡した。


「半透明でむにむにしてる……」


 ヨーコの腕程度の太さで、脚の長さ位の蚯蚓みみずのような半透明の物体。顔と思しき片方の先端には、まん丸な目が二つある。が、それで何かを見ている様子は無い。ペトリと糊で切り紙を貼ったかのような、とりあえず付いているというだけの模様と言った方が正しいだろう。


「かわ……かわい……かわ、かわ……?」


 サラが珍しく反応に困っている。何処か軟体生物を想起させるにもかかわらず、それと調和しない目を持つ外見は、可愛いと言い切れない違和感を覚えるのだ。


「可愛いじゃないですか~」

「……変わってるね、アカリちゃん」


 ニコニコ笑顔でアカリは迷ヒ流流を撫でまわす。


「あ、アカリちゃんは昔からちょっと変なモノも好きで……」

「うん。なんか変な、脚が十本あるぬいぐるみ持ってた」

「なにそれこわい」


 トモヨとサラが過去の彼女を思い浮かべて、何とも微妙な表情を浮かべた。哺乳類ならば四本、昆虫ならば六本、蜘蛛なら八本。十本脚となると烏賊イカくらいしか無いが、どうやらサラたちの顔を見るにそうでは無いようだ。アカリが持っているというぬいぐるみ、その正体は果たして何なのだろうか。


「じゃあ、ながるんの正体が何かを探せばいいんですねっ」

「うむ、そうじゃ!………………うむ?ながるん?」

「迷ヒ流流なので『ながるん』ですっ」

「お、おぅ……そ、そうか」


 アカリは誰に憚る事も無く、謎の存在に勝手に名前を付けていた。キラキラとした彼女の目とその勢いに、タマは圧されて閉口するしかない。


「中々に興味深い幻魔であるな」

「そうですよね、可愛いですっ」

「目が特徴的……いや、目では無い可能性もあり得るか……」

「おめめ、クリっとつぶらで良いですよねっ」


 迷ヒ流流についてゲンジョウとアカリは感想を口にする、がしかし、会話は全く噛み合っていない。同一のものを見たとしても、人によって感じるものは違うのだ。なおヨーコは、鮮度が落ちた大根みたいな触感だな、と考えていた。


 何はともあれ、ヨーコ達は河原へ降りて下流へ向かって歩き始める。


「で、何の目標も無く歩き回るのは嫌なんだけど……。タマ、何か知らないの?」

わらわは普段、あの橋からあまり動かんでなぁ……川辺に何があるやらは大して知らんのじゃ。とはいえ多少の目星は付けてる」


 先頭を歩くタマは先を指さした。


 暫し歩んでいくと見えてきたのは小さな小さな社だった。


「小さい」


 鳥居は無く、ただそこに置かれているだけの質素な社。それを構成する木の板は古びており、今にも外れて落ちてしまいそう。横から見ると正面側が長く、の字型をしている流造ながれづくりの屋根も所々が剥げて壊れている。かなりの年月、誰からも世話をされていないようだ。


「迷ヒ流流はこれを巡っておった、どれかが此奴の社なのじゃろう……が、わらわが知るものだけでも、この小社こやしろはそれなりの数がある。川全体となると、どれだけの数があるやら分からぬ」

「うげ」


 タマの行動範囲は橋を中心としてそれほど広くない。それであっても沢山あるというならば、長い長い川の流域にはどれほど多くの小社があるだろうか。その中からたった一つの正解を探し出す労力を考えて、ヨーコは思わず声を上げた。


 しかし行くしかない。このまま迷ヒ流流を川に再放流してしまえばヱレキテル異常は収まらない、そしていずれは元界に影響が発生してしまうだろう。途轍もなく面倒臭くとも今ある解決策がそれしかないのであれば、実行あるのみ、である。


 小さな社の前に立ち、二拍する。青白で静かな異界に柏手の音が響いた。


「あ、間違えました、ごめん」


 社の戸を開けて、何やら毛むくじゃらな幻魔がひょこりと顔を出す。目をしばたたかせて眠たそうにしている、どうやらお休み中の所を柏手で叩き起こしてしまったようだ。ヨーコは陳謝しつつ、その場を去った。


 別の社の前に立ち、二拍する。


「よしよし」


 出てきたのは白い兎、ただし目は四つ。更に頭頂部に角があり、口からは牙が顔を覗かせていた。しかしながら案外と穏やかな性格だったようで、サラに背中を撫でられて気持ちよさそうに目を瞑る。


 パンパンと二拍する。


「わあっ!」


 社の大きさとは不釣り合い、どうやって入っていたのか変わらない程に大きな獣がズオッと飛び出す。それはアカリに飛び掛かり、その鼻先を彼女に擦りつけた。馬だ、雲のような水煙のような白を見に纏った鹿毛かげの馬。アカリは大喜びで彼を撫でまわし、一頻り交流を済ませた所で後ろ髪を引かれながら次へと向かった。


 柏手と交流、そして別れ。それを繰り返し繰り返し。流れる川の水の様にヨーコ達は北から南へと歩いていく。幸いにして小さな社には敵対的な幻魔はおらず、どれもこれもが彼女達を出迎えてくれた。ある者は獣でわしゃわしゃと体を撫でで触れ合い、またある者は人に似た見た目の小さき者で贈り物をくれた。


 川辺の社詣やしろもうでと未知なるものとの交流は楽しいものの、本来の目的へと繋がる気配がない。およそ五十社を参った所でヨーコ達はいったん休憩と、町から川辺へ降りる石階段に腰掛ける。


「あー、疲れたぁ」

「足が棒」

「流石に大変ですね……社はあとどれ位あるんでしょうか」


 そう言ってアカリは下流を見た、視界に映る中でも小さな社が三つは確認できる。この頻度で並んでいると考えると、とてもではないが一日二日で網羅できる量ではない。タマと出会った最北の橋、ヨーコ達はその一本南の橋に到達すらしていないのだ。更に三本も南方に架かっている事を考えると、途轍もない労力が必要である。


「はっはっは、人の子は軟弱じゃのぅ」


 三人の前に立ち、腰に手を付けてタマは大笑い。出会いから今まで侮られてばかりだったので、優位に立てるのが嬉しいのだ。特にサラ不届き者に対して威張れるのは愉快愉快、である。


「タマは良いよね、浮いてるから」


 むすっとした顔でヨーコは指摘する。

 石と砂利だらけで足場の悪い川辺を、彼女達はざくざくと足音を鳴らして歩いてきた。しかしタマは幻魔らしく、その力を使って浮遊しているのだ。ズルである、卑怯である。三人の恨めしそうな視線が猫神様に突き刺さる。


「ふっ、何とでも言うがいいわ。わらわは己の力を使っているだけ。非難される謂れなど何処にも無いのじゃからな!」


 勝ち誇った顔でタマは、わーはっはっは、と笑う。正論ではあるのだが、無意味に反感を買うであろう態度をとるのが実に浅慮である。大変に偉大で高貴な神様に相応しい姿と言えるだろう。元界でその様子を見ているユウコが、呆れた様子で一つ溜息を吐いた。


「……あ、あれ?」


 幻魔の記録を取っていたトモヨが顔を上げた所で、ヨーコ達とタマの漫才が映る画面の中にある何かに気付く。


「ね、ねえアカリちゃん」

「どうしたの?トモヨちゃん」

「それ、ヨーコさんが手を置いてる所の傍、なにか……ない?」


 彼女の言葉に促され、異界の四人はそこを見た。


「あっ!?」


 親指程度の大きさの赤鳥居に、小指程度の小さな小さなボロ社。普通に歩いていただけならば絶対に気付かない、それどころか脇に座っても気付かなかった。しかしそれはそこにあったのだ。


「まさか、これが……?」

「むむぅ、川を上り下りしていた此奴が見つけられなんだ事を思えば、可能性はあるやも知れぬ。ほれ、柏手を打ってみるのじゃ」


 タマに急かされてヨーコは、社に礼を失しないように視線を合わせて這いつくばる。その状態で彼女は二拍、柏手を打った。


 すると。


「きゃっ!?」


 ばん、と社の戸が開き、アカリが抱いていた迷ヒ流流が吸い込まれるように飛び込んでいった。太蚯蚓はその身体全てを社にねじ込み、その入り口をバタンと閉じる。


「……これで良い?」

「うむ、あるべき場所に戻れたのじゃ。良きかな、良き哉」


 サラに問われてタマは腕を組んで数度頷く。


「おっ?」


 社がぼんやりと光を帯びる。薄暗い世界に在って目を晦ますような、淡くとも強い輝きだ。不思議な出来事にヨーコは声を上げ、何が起きるのかとその様子を見る。


 と。


「むおっ!?」


 ばん、と戸が開く。社の中から勢いよく何者かが現れ、宙へと飛び出した。


 それは白き姿に水色のたてがみを持つ、人の腕程度の太さの蛇だった。


「なんと!此奴は水蛟みずちであったか!」

「あらあら、珍しい」


 タマが驚愕の声を上げ、ユウコもまた驚く。


「ユウコ、水蛟って何?」

「川の神よ、古いふる~い自然神。発展して人の力が強い帝都だから、自分を見失ってしまったのね」


 何故それがそこにいたのかを理解して、彼女は納得して頷いた。力を失った事で水蛟の体は小さく細く、本来の神としての威厳は無い。しかし正体を得た迷ヒ流流は嬉しそうに宙でうねって飛び回り、そしてヨーコ達へと身を擦りつける。


「おおぅ、これは懐いてる、で良いのかな?」

「なでなで」

「ふふ、可愛いですね」


 失った物をようやく見付け、水蛟は幻魔となった。

 喜ぶ彼に別れを告げて、ヨーコ達は元界へと帰還する。


 だが。


「ふむ……まだヱレキテル異常は収まらんか」


 機器の反応を眺めて、ゲンジョウは一つ呟いたのだった。

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幻魔討滅ヱレキテル ~奇妙奇械奇々怪々~ 和扇 @wasen

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