第二討 ヱレキテル
「いや、なんですかコレ!!!???」
薄暗い研究所内にヨーコの叫びが響く。それも当然、ほぼ無理矢理に一時間近くの
「一時間近くのキネマで十二分に説明したではないか」
「分からないから言ってるんです!」
ガタゴトと椅子を揺らしてヨーコは抗議する。
「それよりも!さっさと!!これを!!!解いて下さい!!!!」
彼女は今、椅子に縄で拘束されていた。歓迎の言葉の後に、まあ座りたまえ、と促されて腰を掛けた椅子。それの背もたれから突然縄が飛び出し、ヨーコの身体をグルグル巻きにしたのである。胸辺りで腕ごと縛られている事で、彼女は身体を
「こらこら、暴れるんじゃない。大事な実験だ……研究助手が怪我をしてしまうではないか」
「いま、実験台って言おうとした!というか、既に研究助手にされてる!?」
ヨーコはその場から逃げようと、前に後ろに椅子を揺らす。器用な事に、彼女は椅子の脚を上手く使ってカタコトと歩き始めた。
「ほほう、器用な。これは中々良い実験台になりそうだ」
「今度は完全に実験台って言った!逃げなきゃ!!」
「まあまあ、取って喰いやしないさ。さあ戻ってきたまえ」
「ふえっ!?わびゃあっ!!??」
椅子の脚の先端から、急に車輪が飛び出して回転する。逃げようとしていたヨーコを連れて椅子は、猛スピードで灰髪男の下へと彼女を連れ去った。
「はい、おかえり」
「うぐぅ……、なんなんですか、一体…………」
がくんと
「キネマで分からないのであれば言葉で伝えよう。さて、まずは質問だ。キミは街中で、何故か店が良く変わる場所を見た事は無いかね?」
「は?何の意味が……」
「いいから答えたまえよ」
「ま、まあ、見た事はありますけど…………」
「そうだろう、そうだろう。その現象に何か見えない力が働いているのではないか、と考えた。そして吾輩は見付けたのだ!」
両腕を大きく広げ、男は天を仰ぐ。実に大仰な仕草、ヨーコには芝居がかって見えた。それはそれとして彼女は、店が入れ替わる理由について僅かに興味が湧いてしまった。
「な、何を?」
「ふふふ、特定の場所にだけ生じるエネルギィだ!それこそがヱレキテルなのだ!!!」
「ヱ、ヱレキテル…………???」
灰髪男が勝手に作った言葉など、ヨーコが理解できるはずがない。困惑する彼女の様子に気付き、男は解説を続ける。
「簡単に言い表すならば、幽霊や妖怪の正体見たり、であろうな。つまりはいないはずのモノ、無いはずのチカラ。それをエネルギィとして定義したという事だ。分かるかね?」
「い、いや全然……」
「ふーむ、どう説明したものか……」
察しが悪い研究助手だ、とでも言わんばかりに男は顎に手を当てる。椅子に拘束されたままのヨーコの周りをグルグルと歩き回り、三周したところで彼女の正面で立ち止まった。
「まあいい。実際に見せた方が早かろう」
灰髪男は懐から小さな
「え、え、え!?なに何ナニ!?」
壁を這うように設置された配管が光り出す。逃げる事もままならないヨーコは、混乱しながら周囲をキョロキョロと見回す事しか出来なかった。
「さあ、見るがいい。この世界の半歩外にある異なる世界を!」
男の言葉と同時に、研究所の内部が青白い光に満たされる。光が生じているにもかかわらず薄暗く感じる、なんとも不思議で落ち着かない空間へとその姿を変えた。そして、ヨーコの目はある一点に釘付けとなる。
「え……なに、アレ…………」
ガラクタを退けられて作られた少しだけ広い場所。そこの中心にフワフワと黄色とも白とも言いにくい、ぼんやりと輝く光の玉が浮かんでいた。それはときおり右へ左へ動き、ヨーコに気付いたかのように彼女の方へと漂ってくる。
「ひっ、寄ってこないで!な、何なんですかコレ!?いや、本当にナニ!?」
「安心したまえ、ここにいるものは悪さはしない。どうやら好奇心は強いようだがね。吾輩や発明に対して興味を示しているような行動をとるのだ。これこそがヱレキテル、その正体である」
男はパチンと指を鳴らす。それと同時に、ヨーコを拘束していた縄が椅子に収納され、彼女の身は自由となった。恐れつつも僅かな興味を抱いて、ヨーコは光の玉へとゆっくり両手を伸ばす。そして、逃げる事をしないそれを優しく掴んだ。
「え!?掴めた!?ただの光じゃないんですか、この…………ナニか!」
「そう言っているではないか。まあしかし、実体化させる装置あってこそだがね」
理解力の低いヨーコに呆れるように、灰髪男は肩をすくめる。実に理不尽である。彼の態度は気に食わないが、ヨーコの意識は光の玉に向けられていた。まるで綿の塊に触れているかのようで、柔らかだが崩れそうな物体だ。
「おっと、そろそろ稼働限界だ」
男がそう言ったと同時に青白の空間は、元の暗い場所へと戻る。ヨーコの手の中に在った光の玉は、初めから存在していなかったかのように姿を消していた。
「あ、え、うぇ……?ええと、ほぇ?」
混乱と困惑、それがヨーコを埋め尽くして妙な声しか出せない。逃げようとしていた先程までとは異なり、彼女は自分の意思で椅子に掛け続けていた。
「さて、助手候補君。吾輩の研究を手伝う気はあるかね?なかなか経験できる事ではないとは思うがね」
男の言葉にヨーコは
「よし、決まりだ!これを進呈しよう!」
カチャン
「え?」
灰髪男はヨーコの左手首に金色の腕輪を装着する。先程の唸りを肯定と都合よく捉えたようだ。それによってヨーコは捕らえられてしまった。
「ちょっ、なんで!?私まだ返事してないですよ!」
「おや、そうだったのかい、いやぁ失敬失敬。あ、その腕輪は外れないからね」
「んなっ!?ぐっ、本当だ!外れない!!外してください!!!」
「無理だよ。それは先程完成したばかりの試作品で試験運用していないからね。外すための装置はまだ作っていないのだ」
「ウッソでしょ!?」
全力で外そうとしてもビクともしない。あそびがある事で上下には多少動くが、手を抜くような余裕は無かった。しばし無駄な抵抗をしたのち、ヨーコはがくりと肩を落とす。
「まあそう落ち込む必要は無い。一応は装飾に気を遣ってはいるからね。結構
「そういう問題じゃないです……。なんなのこの人…………」
「おお、そうだった。まだ自己紹介をしていなかったな!」
灰髪男はそう言って、またもや両腕を大きく広げる。
「吾輩こそは平賀ヱレキテル研究所の所長にして、稀代の発明家。理化学及び機械工学の申し子。平賀
灰髪男、ゲンジョウは高笑いする。呆気にとられたヨーコを置いてきぼりにして。こうして彼女は、ほぼ強制的に彼の
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