第十三討 外様帝都ノ交ワリ
両者は向かい合い、竹刀を相手に向ける。剣を握る手には力が入り、意識を試合に集中ていく。武道場内の者達は、
「浦ヶ瀬さん、よろしくお願い致します」
「あ、こちらこそ。
先程の二人とは異なり、両者はにこやかに挨拶を交わす。二人は
「はじめ!」
だがそれは
一対一の勝負。手を抜くのは相手に失礼と考えればこそ、全力で戦うのだ。
ヒュッ
切っ先で小さく円を描くようにして、ヨーコはリヨの竹刀を絡める。クイッと上に軽く打ち上げ、隙を作ろうとした。だがリヨの竹刀が、スッと引く。
カッ
リヨの切っ先がヨーコの竹刀を横へ軽く払う。僅かに刀身を揺らし、隙を生じさせようとする。だがそれを予測して、半歩横へ移動した。
相手の出方を探り合い、隙を作ろうと牽制する。それを上手くいなし、再び睨み合いに戻る。派手な打ち合いは無く、とにかく静かな戦いが武道場の中心で繰り広げられていく。
「はっ!!!」
ダンッ!
「ふっ!!!」
バシッ!
「「やっ!!!」」
パシンッ!!
探り合いが急に終わる。
大きく踏み込んだリヨの籠手狙いの一撃をヨーコが払い、面への反撃を繰り出す。それを引き戻した竹刀でリヨが受け止め、弾き返す。そしてリヨは右胴を、ヨーコは右籠手を狙って剣を繰り出した。
互いに有効な打撃とはならず、再び睨み合いへ。他の生徒たちが小さく、おぉ、と声を漏らした。だが二人はそれを気にする事もなく、相手に集中してジリジリと距離を詰めていく。
「そこまで!!!」
教師の声が響く。
「「え?」」
二人は同時に声を出し、竹刀を下げて教師を見た。彼女達の事を見守っていた生徒たちも同じようにした。彼女達に対して、ばつが悪そうに教師は頭を掻く。
「授業時間終了だ。一番盛り上がっている所で非常に悪いのだがな」
はあ、と彼女は溜め息を
「決着、付きませんでしたね」
「そうだねー」
リヨとヨーコは面を取り、互いに汗だくの顔を見せる。決着がつかなかったモヤモヤはあれど、その表情はにこやかだ。
「お疲れ様、二人とも」
タオルを二つ持って、ユウコが声をかける。礼を言ってそれを受け取り、ヨーコとリヨは流れる汗を拭いた。三人で言葉を交わそうとしていたその時。
「リヨ様」
一人の生徒がスッと間に入ってきた。それに続くように数人がリヨとヨーコたちを隔てるように立つ。
「え、皆さん?」
壁を作った者達は
「あー……」
「ま、仕方のない事よね」
置き去りにされたヨーコとユウコは、まるで波に攫われていくようなリヨを見送る。たとえ本人が友好的でも、関わる者全てがそうであるとは限らない。帝都と外様の溝はやはり深いのである。
昼食時。
異界で滅茶苦茶になった舶来庭園の広場。
「運動で疲れた後はご飯が美味しいなー」
「そうね、といっても私は殆ど動いてないけど」
決勝戦まで連戦を潜り抜けたヨーコに対して、ユウコは一回戦で綺麗さっぱり敗退。運動で消費したカロリーは桁違いではあるが、そこは育ち盛り。余分に栄養を摂取したとて、さして問題はあるまい。
…………という思いでユウコはパンを齧る。
「あの」
「?」
四阿の隣に立つ植栽の壁。そこから呼びかけられ、ヨーコはそちらを見る。
「あ、
「こんにちは」
瑞穂人形の姫のような可愛らしい顔だけを植栽の壁から見せて、神官の家の令嬢は挨拶する。彼女はガサガサと枝葉を揺らして彼女は壁から抜け出した。瑞穂伝来の着物に身を包む彼女は、小柄な背丈も相まって人形のようである。
「貴女、なんでそんな所から?」
「ちょっと逃げていまして…………」
「逃げる?誰から?」
首を傾げるヨーコ。その時、遠くから誰かの声が耳に入る。
「リヨさまー、どこへ行かれたんですか~」
先程、リヨの事をヨーコたちから引き離した生徒の声である。彼女が
「彼女、随分と貴女を心配しているようだけれど?」
「良いんです、私は子供じゃないんですから」
「私たち十六だから子供では……?」
身も蓋もない事を言ったヨーコに、リヨはぷうっと頬を膨らませる。
「そういう事を言ってはいけません。私達は大人なんです」
「あ、はい、分かりました」
リヨはびしっと人差し指を突き出し、それに指されたヨーコは素直に頷いた。それに満足したのか、うんうんと頷きながらリヨは椅子に掛ける。
「お昼、一緒してよろしいですか?」
「もちろん。こういうのは賑やかな方が楽しいものよ」
彼女が座った時点で、同席を拒否する選択肢など生じようがない。と言っても、元々ヨーコたちが断る道理も無いのだが。ニコニコ笑顔で、リヨは可愛らしい
「あら?四摂家のご令嬢にしては、随分と庶民的ね」
ユウコは彼女が取り出した飾り気の無い弁当箱を見て言う。一般的な学生の弁当箱に比べれば遥かに上等な品だが、歴史と地位ある家の娘の弁当箱としてはあまりにも質素。疑問に思うのも当然である。
もっと言ってしまえば、敷地内に彼女が寝起きする寮がある。そしてそこには彼女の家の使用人もいる。つまりは、そこへ行けば出来立ての料理を食べられるのだ。
「あはは、そうですよね。これ、私が作ったので……」
「おお~」
「あら意外」
手のひら大の長方形の箱が二つ。蓋を開けると綺麗に詰められた料理たちが顔を出す。煮物や焼き魚、小さなトマトに卵焼き。もう一つの箱には、具が混ぜ込みされている小さめのおにぎりが三つ。それなりに手が込んでいる弁当だ。
「料理の勉強にもなりますし……」
「にも?他にも何かあるの?」
「え、ええと」
素朴な疑問を口に出したヨーコに、リヨは少し恥ずかしそうに頬を染める。
「こうやって皆さんと一緒にお弁当食べるの、やってみたかったんです……」
俯きがちになり、リヨは照れながら笑った。ヨーコとユウコは顔を見合わせ、にこりと笑う。
「じゃあ、これからも一緒にお昼しよう!」
「えっ、いいんですか!?」
「さっきも言ったじゃない。こういうのは賑やかな方が良いのよ」
花が開くように、ぱあっとリヨは笑った。三人は他愛のない話をしながら、朗らかに時間を共にする。彼女にとってその日の昼食は、いつもよりも美味しく感じたのだった。
帝都と外様には隔たりが有れど、どんな事柄においても例外は存在するのだ。
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