第十二討 帝都外様ノ隔タリ

「しっ、面!」

パァンッ!


 相手の竹刀を軽く払い、目にもとまらぬ速さで一閃。お手本のように綺麗に決まった一撃は、過剰に相手を傷付ける事も自身の力を誇示する事もない。


「一本!そこまで!」


 審判役の生徒が試合終了を告げる。勝者も敗者も端に寄り、面を脱いだ。


「はぁ~、勝てて良かったぁ」

「お疲れさま、ヨーコ」


 勝ちを得たヨーコをユウコが労う。随分と気の抜けた笑顔で、彼女はそれに応えた。


 授業は進み、勝ち抜きトーナメント戦が行われている。既にヨーコは三戦、どれも面に一撃一本で通過していた。対するユウコは、一戦目でお手本のように綺麗な胴を食らって敗退している。


「ヨーコは本当に強いわよね。一年生の時もほぼ敵なしだったじゃない」

「そうかなー、結構強かった人多かったよ?」

「発言が圧倒的強者のそれなのよ。貴女から一本取ったの二人くらいじゃない」


 ほにゃほにゃ暢気のんきな友人にユウコは肩をすくめた。ヨーコの剣技の冴えは尋常ではない、ゆえに剣道部からは引っ切り無しに勧誘されている。それでも彼女は謙遜しつつ、その誘いを全て躱しているのだ。


「部活動、やってみたらいいんじゃない?」

「うーん。忙しいのもあるけど、お財布がねぇ…………」

「ああ、実家の方針があったわね」

「そーそー。学費以外は全部自分で、だからなー」


 頭の後ろで手を組み、ぐーっと背を伸ばす。天井を見上げたヨーコは軽く息を吐いた。とはいえ、決して嘆くような表情ではない。


「家賃、食費、その他雑費諸々、ぽんぽこお金が出て行っちゃう。あんまり自由に色々は出来ないけど、まあいいかなって。こうして帝都にいられるだけで十分」

「年頃の乙女の台詞とは思えないわぁ。なんだか悟りを開いたお婆さんみたい」

「なにおー」


 失礼な友人に対してヨーコは襲い掛かる。嫌がるユウコに構わず、うにうにと顔を揉みしだいて鬱憤を晴らした。


「おーい、浦ヶ瀬~、浦ヶ瀬陽子~。遊んでないで出てこ~いっ」

「あ、は、はいっ!」

「あらあら」

「もう、ユウコのせいだよ」


 友人に苦情申し立てするも、彼女は悪戯っぽく笑うばかり。まだ言いたい事はあれど、今は試合に集中するべきと考えて前を向いた。


「レンさま~、がんばってくださーいっ!」


 きゃあきゃあと黄色い声に軽く手を振り、ヨーコの相手が進み出る。


「君は中々腕が立つようだが、勝者は僕だ。悪く思わないでくれよ?」

「あ、あはは、お手柔らかにぃ……」


 レン三郎士がヨーコを威圧した。面に覆われて顔全体が暗い中で、濃茶色ダークブラウンの瞳だけが光る。その眼光は、獲物を狩らんとする狼の如く。ヨーコは気圧されつつ、顔を引きらせて笑った。だがヨーコのその表情は、勝負に向き合った事ですぐに消える。


 両者は少し距離を取って竹刀を構えた。ピリッとした緊張が肌を突き、相手を見る目に力が入る。


「ふっ!」

ダンッ!


 素早く相手の竹刀を横へ払い、強い踏み込みと共に鋭い切っ先が振り下ろされる。


バシィッ!


 斬ることあたわぬ刃は相手の刃と打ち合って、武道場に音を響かせた。

 攻めたのはレン、受けたのはヨーコである。横へ払われた竹刀を素早く引き戻し、受け手は攻め手の刃を防ぎ止めたのだ。


「やっ!」

パンッ

「ふぅっ!」

ザザッ!

ズパァンッ!!


 受け止めた刃を弾き返し、隙が生じたレンの右胴へと後退しながら竹刀を打ち込んだ。しかしそれは胴まで届かない。すんでの所でレンの竹刀によって止められたのだ。

 両者は互いの間合いを警戒して、探り合いとなった。


パシッ


 状況が動いたのは一瞬。どちらからとも分からない、竹刀の切っ先を払った時だ。


ダァンッ!!!


 踏み込んだ衝撃が床を揺らし、振り上げられた刃が相手の面を狙う。


「くっ!」


 気が散ったほんの刹那の隙を狙われ、慌ててその刃を止めようと竹刀を上げた。

 だが、それは相手の思う壺である。


「胴ォッ!!!」

スパァンッッッ!


 引き胴。

 面への振り下ろしを陽動フェイントにして相手の剣を上げさせ、刃の軌道を変えて隙が生じた左胴へと打ち込んだのである。その一撃は完全に入り、審判が勝者の名を告げる。


「一本!そこまで!勝者、浦ヶ瀬!!」


 わっ、と場内の生徒が声を上げる。レンの取り巻き達は悲嘆に暮れ、レイナの取り巻き達は喜びを露にしていた。それ以外の生徒は、見ごたえのある試合とそれを繰り広げた両者に対して拍手を贈る。


「やるじゃない。三郎士さぶろうじを倒すなんて、フアンたちに恨まれるわよ~」

「ちょ、せっかく勝ったのに~」


 ヨーコに投げかけられたのは、素直に喜べない祝福の言葉だった。ユウコの横へと座った彼女は、ふう、と一息ついて額の汗を拭う。


「さてさて、次は二司にのつかさよ」

「え、次の試合、まだ始まってすらいないよ?」


 不確定な事を断言するユウコにヨーコは首を傾げる。


「見なくても分かるわよ。お嬢様っぽい見た目に反して彼女は武闘派。今までの試合、小細工無しの面一本で勝ってるもの。つばり合いで相手弾き飛ばしてるし」

「あー、そういえばそうだった。弾かれた竹刀が手を離れて宙を舞ってたねぇ…………」


 遠い目でヨーコは、つい先ほど見た光景を景を思い出した。払われた竹刀は床を転がり、絡み上げられた剣は手を離れて宙を舞い、鍔迫り合った相手は尻もちをく。


 三郎士が怜悧れいり鋭敏えいびんな狼ならば、二司は剛力無双のひぐまである。


「怖いねぇ」

「その怖いのと貴女、戦うんだけど。その感想、他人事すぎない?」


 言葉の通りに恐怖するでもなく、気合を入れるでもなく、ヨーコはいつも通りのままである。


「いやー、色々考えても仕様しょうがないかなって」

「そう言って、それを実現できるのが凄いわねぇ」


 二人がそんな雑談をしていると、ユウコの予言は目の前で現実となった。


「面ッッ!!」

バッシィンッ!


 途轍もなく痛そうな衝撃音が響き、勝者の名が告げられる。即ち、二司の名が。


 少しばかりの休憩を挟み、ヨーコとレイナによる準決勝戦が始まった。


「先程はレンさんを倒して頂き、ありがとうございますわ。戻ってきた彼女の悔しそうな顔といったら」

「あ、あはは、それはどうも……」


 妙な感謝をされてヨーコは苦笑する。


「で、す、が。貴女の出番はここまで。大人しく竹刀に打たれて下さいまし」

「えーっと、頑張ります、はい」


 挑発といえば挑発、それをひらりと受け流す。張り合いの無い態度に、レイナはふんと鼻を鳴らした。両者は向かい合い、その剣を向け合う。


「始め!」


 その言葉と同時に、レイナが仕掛ける。


「はあぁっ!」


 猛進。

 際立って体格が良いわけではないはずの彼女。だが気迫と勢いによって、その姿が何倍にも大きく見える。そして振り上げられる竹刀もそれは同じ、まるで大斧のような威圧感だ。


「ふんッッッ!!!」

ガズンッ!


 大上段から打ち下ろされる大斧の竹刀。隙を縫って胴や籠手を打つ暇もない一撃だ。打撃音も最早竹刀のそれではない。


 だが。


「うっくぅ、重いっ」


 その剛剣をヨーコは止めていた。

 言葉とは裏腹に、彼女は決して力負けしていない。いや、むしろ。


「くっ、生意気なっ」


 ミリミリと竹刀が軋む音を立てながら押し返される。それを受けて短くレイナが歯噛みした。ヨーコの面の寸前まで押していた竹刀は互いの中央まで戻り、鍔迫り合いに発展する。


「ふ、ふふふ……中々やりますわね、貴女」

「い、いやぁ、それほどでも……」


 至近距離で面を突き合わせ、両者は短く言葉を交わす。ギリギリと面の金具が擦れ合い、両者の力を受けた竹刀が悲鳴を上げた。


 勝負は一瞬、それが戦いの常である。それは竹刀剣術でも同じだ。


ザッ!


 突然の半歩後退。

 だがそれを予測していた事から、たたらを踏む事は無い。咄嗟に身を戻し、相手の攻撃を警戒する。ヒュンと風を斬る音と共に、自らの籠手を狙った鋭い剣が襲い掛かってきた。


ガッ!


 その一撃を竹刀の鍔で受け止め、それを僅かに横へと弾く。一瞬だけ生じた隙を逃さず、素早く反撃を繰り出した。


「面ッッッッ!!!」

スパァン!!


 身を後方へ引き、同時に面への一撃を置き土産とする。それは相手の防御よりも速く、正確に目標を打ち抜いた。


「一本!そこまで!勝者、浦ヶ瀬!!」


 わっ、と再び場内の生徒が声を上げる。レイナの取り巻き達は悔しさと僅かな憤怒を見せ、レンのフアン達は喜ぶべきか悩んで複雑な表情でヨーコを見る。それ以外の生徒は、またも見ごたえのある試合とそれを繰り広げた両者に対して拍手を贈った。


「お見事。これで無事に二司の取り巻きからも恨みを買ったわね。この人気者~」

「怖い事言わないでよ~」


 またも複雑な感情を抱く事になる賛辞を受けて、ヨーコはユウコに苦情を申し立てる。そのまま二人は軽い雑談に花を咲かせていく。


 だが、その姿を見る者達の中に彼女達を疎ましく思う者がいた。


「ちっ、外様が」

「田舎者がマグレで勝ったくせに」


 レンのフアンたち、レイナの取り巻き達。普段対立している両者だが、その感情に関してだけは同じだった。


 帝都に根を持つ輝かしい者たちと、地方から来た土臭い者たち。

 その間には純然たる隔たりがあり、前者は後者を侮蔑する。それは大人たちだけの話ではない、学院の中においても同じであるのだ。


 だがヨーコはそんな事は気にせず、決勝戦へと目を向けた。その相手は。


パシィン!

「一本!そこまで!勝者、あずま!」


 姫とも言うべき、可憐な少女である。

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