第三節 双身の怪

第十一討 二三ノ確執

ダンッ!

バシンッ!

「めぇんっっっ!!!」

パァンッ!


 武道場に踏み込みの足音、そしてうら若き乙女の声が響く。防具に身を包む彼女達が振るうは竹の刀だ。年頃の華やかさを今は脇に置き、尚武しょうぶの心を身に宿す。


 瑞穂帝国は武士もののふの国。ゆえに学院では、瑞穂乙女の嗜みとして武術の修練も行われている。要人、華族、財閥の娘も地方からのお上りも関係なく、対等に武勇を競い高め合うのだ。


 男子校では今でも木刀剣術が行われており、生傷や痣が絶えない。しかし、うら若き女子が傷だらけはいかん、という事で女子校では竹刀剣術が盛んに行われている。面、籠手、胴、たれの防具は、彼女達の身を守る頑丈な装備だ。


「ふっ、面ッッッ!!」

ズパァンッ!


 重い一撃が入り、武道場に防具が軋む音が響く。審判役の生徒は、誰が見ても明白な勝者に勝利を申し渡す。


「お見事ですわ、レイナさま~!」

「今日も麗しい~!」


 勝者へと賞賛の声が贈られる。自身を褒め称える声に応じるように、その人物は面を外した。


 面の中に閉じ込められていた、黒が混じるブロンドのウェーブ縦ロールが解放されてふわりと広がる。明るい緑色ライトグリーンの瞳を持つ目は自信に溢れ、並々ならぬ誇りを宿しているようだ。その背丈は、百七十のヨーコより十五センチ程度低い。その身から溢れ出る高貴さから、貴族令嬢とでも言うべき人物だ。


 彼女の名は麗依奈れいな二司にのつかさレイナである。


「はっ、胴ォォ!」

バシィンッ!


 鋭い一撃が入り、武道場に竹刀の音が響く。審判役の生徒が手を上げ、一本を取った者の勝利を告げた。


「きゃーっ、レンさまー!」

「かっこいいーっ!」


 勝者に対して黄色い声が飛ぶ。歓声の雨の中、その人物は面を外した。


 黒が混じる茶色短髪は雄々しさを、濃茶色ダークブラウンの瞳を湛える切れ長の目は凛々しさを示している。その背丈は、ヨーコより数糎だけ低い。その身から醸し出す女子を惑わす雰囲気も相まって、男装の麗人とでも言うべき人物だ。


 彼女の名はれん三郎士さぶろうじレンである。


 試合を終えた両者は面を取り、互いが互いに歩み寄っていく。武道場の中心で二人は向かい合った。


「随分と手こずっていたようですわねぇ?三郎士の娘も大した事はありませんわ」「そういう二司の娘は、真剣勝負よりも他者が気になる不誠実者のようだね」


 お互いに睨み合い、相手を蔑むように笑みを浮かべている。そんな彼女達に追従するように数人が同じように対峙した。それはまるで、これから団体戦でも始まるか、という様相だった。


「二も三も、毎回毎回飽きないわねぇ」


 はあ、とユウコがため息を吐いた。いつもお洒落な彼女も、この場においては剣道防具を付けている。その目には完全な呆れの色が宿り、目の前で繰り広げられるネチネチした罵倒合戦を眺めていた。


「そうだねー。身近になったのは二年からだけど、一年の頃もよく目撃したよねぇ」


 ヨーコも言葉と呆れた笑いを共にする。


 彼女達が通う高等教育学校には非常に多くの生徒が通っている。一年に十クラス、三年で三十組。その全てが一定以上の家柄の娘なのだから、そこらの学校とは訳が違う。初等、中等も含めたならば、学院の敷地内には三千近い女子がいる事になるのだ。


 そんな一定の家柄の女子の中で、特に際立っている家柄が存在する。

 今現在、ヨーコの目の前で言い争っている二人の家だ。


 貴族令嬢ぜんな娘の二司は官僚の家柄。古くから帝の傍に在り、瑞穂の帝国の役人たちを動かしてきた一族だ。今現在においても、政府を支える官僚たちの長が二司である。そしてその人物がレイナの父なのだ。


 男装の麗人然な娘の三郎士は軍人の家柄。古くから帝の傍に在り、瑞穂の帝国の武士もののふを動かしてきた一族である。今現在の軍を取りまとめる軍人たちの長が三郎士である。そしてその人物がレンの父なのだ。


 だからこそ両者は張り合い、学院内で対立している。互いに相手に負けるわけにはいかないという強い誇りプライドを持つがゆえに。そしてそれは彼女達を取り巻く者についても同じ。特に二人が在籍している高等教育学校においては、対立がより顕著なのだ。


「一年の頃は組が遠かったから良かったけれど、二年になったらすぐ隣の組だものねぇ。なんであの二人を同じ組に入れたのやら」

「まだ二年になって一月も経ってないのに、もう慣れちゃったよー」


 相争う者達を横目に、ヨーコとユウコは会話を続ける。目の前の戦いが終わるまで授業が再開しないのだから、全くもってやる事が無いのだ。教師ですら額に手をやって、ため息交じりに首を横に振っている。生徒たちも下手に仲裁に入って両者から目を付けられるのは、藪をつついて蛇を出す余計な事をして災いを受ける、であるため放置しているのだ。


 だが彼女達の仲裁役は、この場にちゃんと存在した。


「二人とも、みんなに迷惑を掛けちゃダメですよ?」


 対立する二人とは異なる、武道場には場違いとも言える柔らかな声が通る。百五十センチに満たない身長に、背中に掛かる程度の長さの真っすぐ艶やかな黒髪。黒い瞳はつぶらで、実に愛らしく見える少女である。その雰囲気から、瑞穂伝来のお人形の姫とでも言うべき人物だ。


 彼女の名は璃代りよあずまリヨである。


「リヨさん、口を挟まないで下さいまし。全てはこの方が悪いのですから、わたくしが正さねばならないのです」

「リヨ、こんな野蛮人に近付いては君が危ない。ここは僕に任せて、さ、こちらへ」

「二人とも、もうやめて下さい。私、そろそろ怒りますよ?」


 自身よりも小柄なリヨにそう言われて、レイナとレンは口をつぐむ。二人は彼女に対してだけは強く出ないのだ。それは彼女達が幼馴染であるが故、だろう。


 人形の姫然の娘のあずまの家は神官の家柄。古くから祭祀を担い、三家の中で最も帝に近い。瑞穂全ての神社を纏める神官の長が彼女の父だ。柔らかなリヨの性格は、争いを好まない瑞穂の神々のようである。


 二司にのつかさ三郎士さぶろうじあずま。これに宰相たる一宰かずさの家を含めて、瑞穂を古くから支えてきた四摂家しせっけである。彼らは舶来文化の流入後、華族かぞくに立ち位置を変えたが今なお帝国に忠誠を尽くしているのだ。


「むぅ、リヨさんがそこまで言うなら……」

「……僕としたことが、少々熱くなり過ぎたようだね。すまない、リヨ」

「ふぅ、分かってくれて嬉しいです。レイナちゃん、レンちゃん」


 ほんの少しだけ疲れを見せつつもリヨはふわりとむ。完全に毒気を抜かれた両者と取り巻きの者達は、大人しく武道場の端へと戻っていった。仲裁者は教師に頭を下げ、授業は再開される。


「ここまでが定型よね」

「毎回、あずまさんは大変だねぇ。私達と同じ組なのに、隣で何か起きるたびに召喚されてるもんね」

「ま、他に止められる人いないし?」

「だよねー」


 動き始めた同輩の姿を見ながら二人は笑う。再び打突の音が響き、武道場は活気を取り戻していく。


「次!浦ヶ瀬、前へ!」

「はい!」


 教師から名を呼ばれ、ヨーコは凛として立ち上がる。ユウコに、行ってくるね、と小さく手を振り、彼女は教師の下へと進んでいった。

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