第二十一討 駆ケル幻魔

チキ

パァンッ!


 抜刀し、横に一刀両断。

 飛び掛かってきた人面蜘蛛の体が二つに分かれ、ドチャリとその場に落ちる。


ドズッ!


 刀を引き、片手一本突き。

 右半身がグズグズに腐った、茶色毛の犬の眉間に風穴が空く。


シュパッ!


 両手で刀を握り、袈裟斬り一閃。

 二本足で立つ大蜥蜴とかげが紫の血をまき散らして倒れた。


「な、なんか幻魔、多くないですか~っ!?」


 自身に迫る敵を瞳に映し、様子を見ているであろうゲンジョウに問う。


「ここまで好戦的な幻魔が集まっているとは。中々興味深い、そのまま進みたまえ」


 顎に手を当て、映画キネマの向こう側の出演者ヨーコに声を届ける。


「進めって、どうやってですかっ!!!」


 ヨーコは泣きそうになりながら声を張り上げる。

 当然だ、彼女がいるのは袋小路の最奥。周囲は頑強なレンガ造りの建物に囲まれており、進入できる扉も無い。


 曲がり角で幻魔と鉢合わせ、路地を駆け抜けていたら次々と遭遇。逃げに逃げていたら袋小路の奥へご案内されたのである。その状態で幻魔の大群が迫ってきているのだ。進むも戻るもできぬ、まさに進退きわまるといった状況である。


「それを考えて実行するのがキミの仕事ではないか」

「酷いっ、丸投げだぁっ!」


 向かってくる幻魔の数は数十、対するヨーコは一人。嘆きながらも白刃をきらめかせる。それが幻魔に線を引き、ずるりと体を滑り落とさせた。窮地にあるとて、それで諦めてしまえば即ち死。生き抜くには戦うしかないのだ。


「てぇいっ!どりゃぁっ!!」


 斬って薙いで、蹴って殴って投げ飛ばす。へし折り、砕き、踏み潰す。

 襲い来る幻魔に対して決して後れを取らず、自身の前に骸を積んでいく。しかしそれも長くは続けられない、それはヨーコが誰よりも知っている事だ。


「こんのぉっ!」


 飛び掛かってきた能面を付けた猿を一本背負いで投げ飛ばす。宙に舞ったそれはレンガの壁に叩きつけられて、水風船のように弾けて砕けた。


「そうだっ!」


 何かを閃いたヨーコは、猿が撒き散らされた場所へと走る。奇械に包まれた左手をグッと握り、レンガ造りの壁を思い切り殴りつけた。


ドズンッッ!!!


 建物が揺れる。


パラッ


 上から細かい砂が振り落ちてきた。


ガカッ


 砂が小石となり、地面に落ちて砕け散る。


ガララッ!


 殴りつけた部分のレンガが崩れた。


「脱出ッ!!!」


 脚力全開でヨーコはその穴に飛び込んだ。と同時に。


ドドドドッ!!


 穴を起点として、レンガが次々と落ちる。一階壁面が崩れた事で、三階建ての建物全体が路地へと傾いていく。それは反対側の建物にもたれ掛かるように直撃し、ただのレンガの集合体へと姿を変えた。


ズガガガンッ!!!


 衝突された建物も重量に耐えられずに崩れる。二階のどてっぱらからへし折れるように、倒れてきたレンガの集合体に重なるように三階と屋根が路地へと落ちた。


ズッドォォォン…………!


 ヨーコの拳が生み出した先程の衝撃など比較にならない、異界帝都全体を揺るがすかのような振動が大地を揺らす。それが崩れた場所にいた者がどうなるかなど、想像にかたくない。


「よぉし、上手くいった!」


 惨劇を生み出した張本人は、大穴を空けた建物から離れた所でそれを見て満足げ。周囲にいた無害そうな幻魔たちは、あまりの事に目を見開いて少し震えている。


「脱出と殲滅を両立するとは。実に合理的であるな」

「でしょう!」


 うんうんと両者は頷く。

 この場所異界に二人を止める常識を持つ者は誰もいないのである。






 運動場ノ怪。

 夕月女学院の運動場には、死してなおトラックコースを走り続ける女生徒の亡霊がいると噂される。もしそれに遭遇してしまうと地の果てまで追われ、捕まって首をねじ切られるのだという。だがしかし、地の果てまで追われるというのは現実的に考えれば有り得ない事だ。


 彼女は生前、徒競走の名選手だった。そんな彼女から逃げられるわけが無いのだから。地の果てまで追われる。それを経験した者は誰一人おらず、誰もがトラックコースの中で首を無くしているのだ。


 タッタッタッタッと駆ける音が聞こえる。首を求めて走り続ける音が。


「発見したならば、地の果てまで追われるかどうか検証するのだぞ?」

「嫌ですって。私の頭はまだ身体とお別れしたくない、って言ってますから」

「それはキミが言っているだけだろう?」


 頭が独自に意思を持つならば、言葉を発しているヨーコの人格は果たしてどこに生じているのだろうか。哲学的と言えるかもしれない事が無い軽口を叩きながら、ヨーコは歩を進める。


 学院内の幻魔を避けながら動く事など、もはや慣れたもの。スイスイと敵を躱し、高校右奥にある運動場を目指す。そこにはテニス試合を行ったテニスコートや各種陸上競技施設、そして運動場ノ怪の走るトラックコースがあるのだ。


「それにしても遠いなぁ。中等学校の達、運動場行くの大変だろうなー」


 敷地内には大きな道が二つある。門から真っすぐ北へ伸び高校へ繋がる道と、中等学校と初等学校を東西に繋ぐ道だ。西にある中等学校から見れば、舶来庭園を抜けて高校校舎を超えた場所に運動場がある事になる。運動を始める前にウォーキングで疲れてしまいそうだ。


「よいしょっ、と」


 ヨーコの背丈よりもずっと巨大な、寝っ転がるの黄金猟犬ゴールデンレトリバーの尾を暖簾のれんのようにかき分けてヨーコは運動場の入口へと辿り着いた。いつもは運動部の生徒たちが励んでいるその場所、異界においては多種多様な幻魔が駆け回っている。


「広い分だけ一杯いるなぁ、なるべく近付かないよーに」


 こそこそと金網フェンス沿いに進む。だが幻魔は、彼女の思う通りに動いてくれないのがいつも通りだ。


「うおっと、ふんぬっ!」

ガジャンッ!


 突っ込んできた人間大のからすの首を、肩に担ぐ形でフェンスに投げ飛ばす。それは金網をこじ開け、首をガッチリと固定した。脱出しようと幻魔は藻掻もがくが、金網がになっているせいで引き抜けない。


「うーん、かわいそうだし…………介錯っ!」

ズバッ!


 首を抜きたいという烏の願いをヨーコは叶えてやる。ただし頭は外に、体は中に抜け出す形だ。彼女に感謝するように、烏はその場で大人しくなった死んだ


「ふーむ、剣の長さ以上に斬れるのは何だか不思議」

「それがヱレキテルだ。先の飛燕と同じであるな」

「なるほど…………って何ですか、飛燕って」


 突然の単語にヨーコは首を傾げる。


「ん?キミが大講堂ノ怪に撃ち放った剣閃の事だよ。名称が無ければ呼称出来んからな、吾輩が名付けた」

「私のやった事に勝手に名前付けないでくれます……?」

「キミの事だ、どうせ頓痴気とんちきな名を付けるだけだと思ってな」

「なんかすっごい馬鹿にされてるっ!」


 信用の無さにヨーコは嘆く。が、ゲンジョウの指摘はもっともであり、彼女が名付けるのであれば『飛んでけ斬り』とかになっていたであろう。


 その後も何度か襲撃を受けながら、ヨーコはトラックコースへと辿り着いた。他の場所に溢れていた幻魔たちは、ただの一体もそこにはいない。


「うわぁ、この雰囲気はぁ…………」

「良い事ではないか、確実にいるぞ」

「全然、全く、一ミリたりとて良くないですよっ」


 うわぁん、とヨーコは泣く仕草をする。しかしゲンジョウがそんな事で彼女の事を心配するわけが無い。無駄な事をしてないで近づけ、と非情な指示が出されるだけであった。


タッタッタッタッ


 足音が聞こえる。

 一定の律動リズムで規則正しく、乱れる事の無い音だ。ひたすらひたすら前へと進む、決して止まらぬ競争者。それがトラックコースの向こうからやってくる。


 上下白の運動着、胸に付けるは四十四死中死番号布ゼッケン。ポニーテールの髪は血の如き赤黒に染まり、風を焼く炎を纏う。年若きその風貌が、女学院の生徒であった事を如実に物語る。


 だがしかし、その姿は死を示す。愛らしき顔の右半分は髑髏どくろとなりて、眼窩がんかに宿るは青き凶光きょうこう。競走選手の命の脚は膝から先に肉は無し、くるぶしから先は骨も無し。ただただ青き炎が、消えた足を作っている。


 トラックコースを走り続けるその者は、ヨーコへ向かって走り来る。


「運動場ノ怪っ!」


 刀を構えて臨戦態勢。だが相手にどんな力が有るか分からない以上、下手に仕掛けるのは命知らずというものだ。警戒を強めつつ、ヨーコは幻魔の出方をうかがうう。


タッタッタッタッ

タッタッタッタッタッタッタッタッ

タッタッタッタッ

タッタッ……

…………


「あ、あれ?」


 トラックコースのカーブ外で待ち構えるヨーコ。それを認識していないかのように、幻魔はコースに沿って走り去っていった。しばらく待っていると再び彼女の前に。再度警戒するも同じ事が起きただけだった。


「…………調査終わり、帰って良いですよね」

「良いわけが無かろう。そこには強力なヱレキテルの乱れがあるのだ。攻撃をして来ぬと言うならば、フタミ君と同じように接触したまえ」

「うぅ、結局そうなるんだ……」


 三度みたび、幻魔が走り来る。


「おーい、おーいっ」


 手を大きく振り、ヨーコは声を掛ける。しかし幻魔がそれに反応する事は無く、先程と同じようにその背を見送る事となった。


「おーいっ!……もういいや、走る!」


 四度目。暖簾のれんに腕押し状態の呼びかけが面倒になったヨーコは、トラックコースへと進入して走る。幻魔の左側で並走し、彼女は至近距離で声を掛ける。


「おーい」

「うしろ……」

「え?」


 遂に幻魔が口を開く。だがその言葉は恨み言でも呪いでも無かった。


「後ろに、いるの!!!」


 愛らしき顔、その目から血の涙が流れ落ちる。彼女の言葉がヨーコに認識させた。先程までは見えなかった、その場所にいる者を。


「こいつが、本物の運動場ノ怪!?」


 そこにいたのは、鬼顔おにがおの牛とそれがく車に乗る何者かだった。

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