第百七討 瑞穂男子ハ壮士ナリ
帝都には夕月女学院と対を成す、とある学園が存在する。帝都中心に位置する大座から北に延びる北大通りを折り目として谷折りにパタンと閉じると、ちょうど女学院の反対側に当たる場所にそれは在るのだ。
女学院の反対、つまりは男子の学び舎。
彼らが通うのは
質実剛健、
国家を、そしてそこに住む人々を守る壮士を育成する場所である。
「おはようございます!!!」
校門に立つ教師の声掛けに、短い黒髪の男子生徒が挨拶を返す。彼は腰を九十度曲げて学帽を取り、キビキビとした動きで頭を下げた。礼儀正しく、快活にして活発。少々の熱血が滾ってはいるが、気持ちのいい好青年である。
「おはよーござます」
対して何とも気の抜けた声での挨拶。肩に掛からない程度の、少し長めで癖のある黒髪男子が彼の後に続いて入門する。こちらは学帽も取らず頭を下げる事もせず、軽い会釈だけを教師に送った。
「おい、
「おーおー、
厳しい顔で指摘するタクミと呼ばれた少年、その姓は
彼に対してケッケと笑うショウヘイと呼ばれた少年、その姓は
二人は寮の同室にして、友人同士である。
性格は正反対、以前は喧嘩も多くした。
だがいつからか、その凹凸が噛み合って良き友となったのだ。
「今日は半ドンなんだから、そんなにカリカリすんなよ~」
「関係ない。そもそも午後は剣術部の練習がある!」
むん、とタクミは胸を張り、腰に佩く木刀の柄を握った。
「まったく熱心な事で」
「当然だ。俺は兄上の様に立派な人間になりたいんだからな!」
学生時代は文武両道、今は国軍のエリ
そんな兄に持つ彼にとって、自身もそうした大人物になりたいと思うのは当然な流れだった。齢十六のタクミ、今まで歩んだ人生とほぼ同じ長さで兄の現年齢に追いつく。まだまだ長くも感じる十五年、しかし暢気に構えていてはあっという間だ。
だからこそ彼は自身を高めるために、勉強にも運動にも精を出している。
「たまにはしっかり肩の力を抜けって。この間、同じ部活の奴を試合でボッコボコにしてただろ」
「あいつは街行く女子にしつこく声を掛けてた。そんな軟派な事を許していては、風紀が乱れるだけだ!だから俺が性根を叩き直してやったんだ!まあ、ちょっと厳しくし過ぎたのは反省してるが」
「そう思うなら優しくしてやれよ……」
思い出すのは部活動に使う道場に転がる、
タクミは真面目で実直な男だが、それゆえに融通の利かない部分が多い。正義であろうとするきらいが強いために他者に厳しく、自分にはより厳しいのだ。
対するショウヘイは軽薄で不真面目に見られる事が多い。だが交渉事や執り成しが上手く、世渡りが上手。堅苦しい友人を上手い具合に軟化させ、周囲との諍いを防いでいるのである。
二人並んで色々と話をしながら、彼らは教室へと到着する。引き扉を開けて先にタクミが、後にショウヘイが入室した。
「あ、タクミにショウヘイ、ちょうどいい所に!」
「ん?どうしたんだ?」
同
「ちょっと厄介事が起きてて……」
「厄介事ぉ?」
困り顔の男友達の言葉にショウヘイが首を傾げる。
「何があったんだ?」
「喧嘩だよ、喧嘩。あー、正確には決闘、か」
タクミ達の友人は掻い摘んで問題を説明する。
昨日、彼らは他校の生徒と諍いを起こした。始めはただの口喧嘩であったが売り言葉に買い言葉の末に、本日の午後に河原で決闘をする事になった、らしい。
「バッカじゃねぇの、お前ら。そんなに自慢できる腕っぷしじゃねぇだろ」
「……反論できねぇ。だがっ、馬鹿にされて
友人は黙って話を聞いているタクミへと問い掛ける。
「…………良く分かった。手助けが必要なんだな?」
「有難ぇっ!」
「かーっ。こういう時に無駄に男らしい奴だな、お前ぇ」
頼られて断るなど出来ない、タクミは決闘の助っ人を承諾した。面倒事に積極的に首を突っ込む彼の律儀な性分を良く知るショウヘイは、パンと額に手を付けて天を仰いだ。
午後。
帝都の西には大河川が北から南へと流れている。右に左に体をうねらせるその者の名は、
釣りに水浴、川下り。岸辺で一献、舟遊び。
春夏秋冬、季節を問わず盛んに人が集まる場所。
そして、若気の至りで無茶をしでかす所でもあるのだ。
「でりゃぁッ!」
「ぐぶぁっ!?」
正拳突きが相手の腹に深く刺さる。
「次は誰だ!」
タクミの一声に、他校の生徒に動揺が走った。
「ちっ、このチビが!」
「なんだと!?この!!」
聞き捨てならない罵声を受けて、彼はその愚か者へと跳び掛かる。素晴らしい跳躍力で宙を舞ったタクミの蹴りが、自身より十五
彼の背丈は百五十八。百七十四のショウヘイが隣に並ぶと、その小ささが更に強調されてしまう。高校は二年になってもあまり伸びない身長は、タクミの悩みの種なのだ。それを馬鹿にするというのは、まさしく虎の尾を踏む行為に他ならない。
「くっ、ならっ!」
「え、ちょ、こっち来んの!?」
小柄ながら強い相手。分が悪いと考えた他校生徒は、乱闘騒ぎの外にいたショウヘイへと突撃する。彼がタクミと共に河原へ来たのを見ており、仲のいい友人を質に取れば優位が取れると考えていたのだ。
だが。
「そぉいっ!」
「ぬおっ!?」
掴みかかろうとした相手の手を躱し、胸倉を掴んで背負い、そして足を払う。グルンと他校生徒の身体が円を描き、石だらけの河原に背中から落ちた。
「ぐはぁっ!?」
「ったく、止めろよな~。俺は殴り合いは嫌いなんだよ」
はあ、と溜め息を吐きつつショウヘイは頭を掻く。そんな態度を取りながら彼は、決闘相手に囲まれるタクミの下へと進んでいった。
「ショウヘイ」
「仕方ねぇから手伝ってやるよ」
背中合わせになった二人は互いを見る事無く、短く言葉を交わす。それは信頼の証であり、共に戦うのは友情の印である。
「一人増えた程度で!一斉に掛かれ!!!」
「来るかッ!」
「おっしゃぁ、やったるぜ!」
既に
それらを横目に二人は五倍の敵へと立ち向かった。
殴る、蹴る、投げる。
戦いは数。だがしかしそれは数的優位を取っていた者が、確実に漏れなく勝てるという事ではない。何事にも例外というものはあるのだ。
タクミとショウヘイは強かった。友人たちが助っ人を頼むくらいには。
しばらくの後、その場に立っているのは二人だけとなった。
「どうだ!」
「もう立ち上がってくるなよ、面倒臭いからな~」
構えた状態のまま力強く発生するタクミ。
パンパンと手に付いた埃を払い落としながら、実に疲れた表情のショウヘイ。
どちらも数発の拳打を受けてはいるが、その程度の傷は血気盛んな男子ゆえに日常茶飯事だ。二人の強さに圧された他校の生徒たちはお互いに肩を貸しながら、フラフラよろよろと逃げ去っていった。
「や、やった!流石だぜ、タクミ!ショウヘイ!」
真っ先に殴り倒されて河原に転がっていた友人が歓喜する。
「いやいや、殆ど俺らが倒してんじゃねぇか。そのザマでよく喧嘩を買ったな」
「だが、あいつらの脅しに屈さずに立ち向かったのは良い事だ」
まだ立ち上がれない四人の友達。調子が良くて仕方のない連中だが気のいい仲間。タクミもショウヘイも、何のかんの言いながらも彼らが無事で安堵しているのだ。
「ところで……なんで奴らと喧嘩になったんだ?口喧嘩から決闘に発展したのは聞いたが、そもそもの原因を聞いていなかった」
「そういやそうだ」
「うっ、それは、そのぅ……」
見下ろすタクミとショウヘイから友人たちは顔を背ける。
「おい、お前ら……まさか」
「ま、街で女子に声を掛けていたら、アイツらもその子を狙ってたみたいで……」
「バッッッッカじゃねぇの!?」
ショウヘイの声が河原に響いた。
「……」
彼の隣でタクミが、わなわなと身体を震わせる。
「弛んでいる!!!」
くわっ、と目を見開き、憤怒の表情で友人たちを一喝した。
そこからおよそ十五分。烈火の如き説教が友人たちに襲い掛かった。喧嘩で殴られた傷よりも、爆風の様な言葉の嵐の方が身に染みる。
「そこに立て!腰を落として、正拳突き!!!」
怒りのままにタクミは彼らに指示する。
「ショウヘイも!」
「はぁ!?なんで俺まで!?」
戦友からのまさかの言葉にショウヘイは驚愕した。説教を食らっていた友人たちを笑っていたというのに、何故か理不尽に災いが降りかかってきたのだ。
そこから彼らは川辺で
そろそろ梅雨に入ろうとする六月。
良く晴れた空の下で、男子の威勢のいい掛け声が響く。
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