第四章 純情友情鯉ノ唄

第一節 雨垂水玉姫

第百六討 カシマシ乙女ハオ嬢様

「―――であるから皆さん、どうか付け入られる隙を見せないように」


 五百人は入る大講堂の壇上で、少々癖のある長い黒髪の少女が訴えかけた。凛とした雰囲気を漂わせる彼女の言葉に、階段状の席に座る生徒たちは背筋が伸びる。


「ふあぁ……、生徒会長は真面目だねぇ」


 一番後方、中央あたりの席に掛けるヨーコは小声でそう言いながら欠伸した。この大講堂に来た時点で反射的に眠気がきていたのだが、ジッとして話を聞く状況で更に睡魔が寄ってきていたのだ。


「ちょっと、シャンとしなさいな。口うるさい先生に見付かるわよ」


 右隣に座るユウコが、こちらも小声で喋りながら肘でヨーコを突く。彼女が警戒しているのは、最後方の端に立って眼鏡を光らせながら生徒たちを見張っている指導教諭の坂上だ。無作法、不品行を見られたならば、あっという間にお説教コースである。


「そうは言ってもさぁ……」

「隣のサラを見習いなさい。普段と違って大人しくして、ちゃんと壇上を見ているでしょ」


 不満を口に出すヨーコに対して、ユウコは自身とは反対の隣に掛ける青髪少女を例に出して諫める。


「…………」


 いつもの自由奔放さは鳴りを潜め、例示されたサラは背筋を伸ばしてジッとしていた。綺麗な姿勢で座っている彼女は、まさに令嬢の佇まいだ。


「は~。そうしてると、やっぱりサラは良い所のお嬢様だって思うな~」

「…………」


 感心するヨーコの言葉にも、サラは反応しない。それ程までに生徒会長の話に集中しているのだ。


「普段からそうしていれば、無意味に坂上センセに目を付けられないのにねぇ」

「…………」


 自身の事は棚に上げて、ユウコはサラの事を笑う。そんな皮肉にも、彼女は一切表情を変えない。


「…………」

「…………」


 ヨーコとユウコは顔を見合わせる。


「………………………………くぅ」

「あ、寝てる」

「目を開けたまま姿勢を正して、微動だにせずに寝るなんて器用ねぇ、この子は」


 サラは小さな小さな寝息を漏らしていた。






 しばらくして、生徒集会は終わる。

 会長の言葉に皆が拍手を送り、起立及び礼が解放の合図だ。


「んあ~~~~~、終わったぁ」


 大講堂から外に出て、新鮮な空気を吸ったヨーコは大きく伸びをする。まるで囚人が監獄から解放されたかのような、自由を最大限噛みしめている状態だ。


「船を漕いでいた貴女を、何度も何度も起こした私の身にもなってほしいものね」

「あはは~、助かりました!」


 パンと音を立てて合掌して、ヨーコは感謝の意を伝える。


「くぅ……くぅ……むにゃぁ」

「そろそろ起きなさい」


 座っているだけでなく、ほぼ眠っている状態で歩いているサラ。彼女の頭をユウコがこつんとはたくと、ようやく眠り姫は目を覚ます。


「おはよぉ……ヨーコが変な恰好してるぅ」

「は!?」


 目覚めの一声がまさかの発言。驚いたヨーコは声を上げた。


「あー、まあ、うん。私も見てて違和感が凄いわ」

「ユウコまで!?」


 もう一撃を食らってヨーコは更に驚く。


「だって貴女が制服を着ているのも、そもそもスカートをひらひらさせているのも、こういう時しか見ないもの。目が慣れていないのよ」

「むぐ……反論は、出来ないけどさぁ」


 ヨーコはいつもの服装ではなく、裾や袖に白のフリルがある紺のブレザーワンピース。制服を強制的に着させられるわけではない夕月女学院であるが、一部の行事では着用を義務付けられている。


 その内の一つが、定期的に開催される生徒集会なのだ。


「そう言うユウコだって制服じゃん」


 苦し紛れの反撃をヨーコは繰り出すが、その攻撃力は豆鉄砲以下だ。


「私はいつも似たような服ワンピースだもの、見た目でそんなに大きな変化は無いから貴女よりは違和感は無いでしょ。そもそも私、着る機会は沢山あったわけだし」

「ぐっ、凄い年長者の余裕が……」

「んんん?」

「なんでもないです、はい」


 『凄い』の対象を余裕から年長者にずらす、というせめてもの口撃はたったひと睨みの前に消し飛んだ。口での戦いにおいてヨーコはおそらく、未来永劫ユウコには敵わないであろう。


「ユウコは」

「ん~?」

「なんでもない」


 サラの言葉もまた、キロリと動いた瞳によって止められる。何を言おうとしていたのかは彼女にしか分からない事だが、ユウコは発される予定だった言葉を見透かしていた様子。そしてそれは正解だったようである。


 そんなやり取りから次第に、三人は今日この後どうするかへと話題が変わった。学生集会の日は半ドン午後休講、昼食後は自由な時間なのだ。


「あ、そうだ!ねえ、紫陽花あじさい寺に行かない?今は桃色が見頃だって聞いたんだ~」

「あら良いわね」


 ヨーコに似合わぬ、なかなか雅やかな提案。

 ユウコは少し意外そうな顔をしつつも賛同する。


「でも珍しいわね。貴女がそういう、風流な事に誘ってくるなんて。お腹が空いてたからって、拾い食いはいけないわよ?」

「食あたりでおかしくなったとか思ってる!そんな事するかーっ!」


 猛犬注意、ヨーコは憤慨した。

 齧りつかんばかりの勢いで彼女はユウコに迫る。


「冗談よ。そんなにムキにならなくても良いじゃない」

「本気で思ってそうだから質が悪いんだよ……」

「ヨーコ、落ちてる物を拾って食べるの、良くない」

「ほらー、サラが学習しちゃったー」


 ぎゃいぎゃい、きゃいきゃいと三人はかしましい。

 当然ながら本気の喧嘩などではない、ただのじゃれ合いである。いつも通りのやり取りであるが服装が違う全員制服である事で、いつもとは少しばかり違う印象だ。言い表すなら、お嬢様らしさが増している、であろうか。


 普段と最も差が大きいのは言うまでも無くヨーコ。快活活発な袴姿と瀟洒しょうしゃ清楚なワンピースでは、見た目から受けるものが違うのは当然である。まさに『元気なお嬢様』といった感じだ。


 ユウコは制服を着こなしている。それも当然、彼女は回数という面で秀でているのだから。楚々とした雰囲気の中に、モガの洒落を一つまみ。教師からは少し睨まれるかもしれないが、そんなものはモダンガァルの前では関係ないのである。


 それはそうとして瑞穂最高級のお嬢様サラが輪の中にいるのだが、そんな事は誰も気にしていない。彼女はお嬢様という肩書に収まらない自由人なのだ。それでも口を一文字に結んで開かず、ちょこまかちょろちょろと動き回らなければ、真にお嬢様に見えるのは流石である。


 まさに三者三様、彩り分かれる花三輪だ。


 午後。

 そんな三つの花は揃って、帝都の西へと向かったのだった。






※作者注※

 皆様どうも、作者です。


 普段は物語以外をお話の中に書き入れないんですが、

 今回はちょっと書いておいた方が良いかな、と思い、

 注意書きをば。


 本章の副題は『純情友情ノ唄』です。

 これは誤字ではありませんのでご安心を。


 では、この後の話も是非お楽しみ下さいませ。

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