第三十三討 商店ノ街

「…………なんでこうなる」

「ま、いいじゃない。一応実入りもあるのだから」


 事情聴取から解放されたユウコと、ゲンジョウから面倒事を頼まれたヨーコ。研究所を出た二人は港周辺を離れ、商店と住居が立ち並ぶ下町を行く。木造で低層の建物が多く、店も小規模。良く言えば気さくで、悪く言えば洗練されていない町である。


 ヨーコのポケットには、ほぼ無理矢理に受領させられた金銭が。つまりはお使いを頼まれたのだ。実験台に小間こま使い、雑務雑用、研究助手。なんでもかんでもやるのが彼女の仕事定めである。


「あの博士、中々気前が良いわねぇ。本の代金にしては渡されたお金、結構多めじゃないかしら。いかに研究用の書物小難しい本だとしても、そこまでの金額じゃなさそうだし」

「う~ん、お金の面では文句は無いんだけど、それ以外に文句が多くてさぁ……」


 初対面の相手を椅子に縛り付けたり、返答を待たずに腕輪手錠を着けたり、危難溢れる場所に少女を送り込んだり、果ては調査の功労者を簀巻きにしたり。愚痴文句のたぐいを並べればキリがない。


「ま、その鬱憤はお使いの後に晴らすとしましょ。サッサと終わらせれば、の~んびり出来るのではないかしら?」

「うー、仕方ない、やるかぁ」

「その意気、その意気」


 ポンポンとユウコに背中を叩かれ、ヨーコは背筋を伸ばして胸を張る。ふんっ、と荒く鼻息を放って、彼女は自分に気合を入れた。


「おう、ヨーコちゃん!なんだかミョーな顔してんなぁ?」


 店頭の籠に品出しをしていた中年男性が声を掛けてきた。客商売ゆえにとても威勢の良い声だ。年齢に対して随分と筋肉質で、皺が刻まれているも精悍せいかんといって良い顔をしている。


 日々、おろし問屋どんやと値切りいくさを繰り広げ、通ってくれる客に盛大におまけをする、気っ風きっぷの良い人物だ。


「あ、八百屋のおじさん!ちょっと厄介事を受けまして~」

「ほぉん?ま、いつもの事だな!がはは!」

「ええ~……。でも否定できないのが悲しいところっ」


 図星を突かれて胸を押さえ、くぅっ、とヨーコはうめく。豪快に笑った八百屋の旦那は店頭かごにあった黄色い果実を二つ取り、ポンとヨーコに手渡した。


「ほれ、これでも食って元気出せ。ユウコちゃんの分も付けとくぞ」

「わあ。でも良いの?商品でしょ?」

「蜜柑はもう時期終わりだ。誰かに食ってもらえて、そいつも喜ぶってもんだ」

「そういう事なら、ありがたく頂戴しますっ」

「ふふ、ありがとう、おじ様」


 今後も贔屓ひいきにしてくれよ、という言葉をついでに受け取って二人は道を行く。この先は道の左右に商店がひしめき合う、下町の目抜き通りメインストリートとも言うべき場所。


 明奉寺みょうほうじ商店街である。


 ここへ来れば大体の物は揃う、それ故に人が集まる。だからこそこの場所は毎日、活気に満ちているのだ。二人も学校終わりによく訪れ、特にヨーコは頼まれごとのために商店街によく出没する。


 たった一年の間に彼女は商店街の殆どの店の主と顔見知り、というよりも懇意こんいな間柄になっていた。そんなヨーコが商店街を歩くと、どうなるか。


「あ、ヨーコちゃん。刺身、食べるかい?」

「ヨーコちゃん、コロツケーコロッケあげよっか。ほい、どうぞ」

「ヨーコォ、串カツ食ってけよ~。お代はおっちゃんが払ってやるからさぁ。うぃ~、ヒック」

「店の商品とお酒を真っ昼間から自分で消費しちゃ、流石に駄目でしょ」


 漁港で生き馬の目を抜くセリを戦っているとは思えない程に穏和で、眼鏡を掛けた魚屋のお兄さん。恰幅も気前も良くて、肝っ玉母さんな肉屋のおばちゃん。自分で揚げて自分で酌をしている、昼からのんべぇな串カツ屋のおじちゃん。


 その他諸々、商店街の店の主は一癖二癖あって当然と言わんばかり。


 あちらこちらから客を呼ぶ声が響いて、それにつられて道行く人が足を止める。ここぞとばかりに店主が畳みかけ、良い品を手に入れた客はホクホク顔だ。買い手よし、売り手よし、世間みんなよし。淡海おうみが商人の三方さんぼうよしをむねとするのがこの商店街である。


「相も変わらず、ヨーコは人気者ねぇ」


 ユウコは無償で手に入れた、熱々サクサクのコロツケーコロッケを齧った。汽車のように口からほふほふと蒸気を噴きながら、彼女はそれを堪能する。


「人気、なのは良いんだけど、ここ歩くだけでこんな事になるんだよね~」


 ヨーコの手には刺身が載った手のひらサイズの紙皿に串カツ二本、コロツケーコロッケ一つに小さめおにぎり一つ。駄菓子屋で受け取った黄色包みの飴玉に、和菓子屋で貰った饅頭まである。


 なお先ほど八百屋から貰った蜜柑の皮は途中の店でゴミ回収されており、既に手元からは消えていた。


「ヨーコの人望が成せる業、って事にしておくわ」

「な~んか含みのある言い方……」

「人懐こい大型の犬に餌付けする感覚、とか思っていないわよぉ?」

「うわっ、絶対思ってる。酷い言われようっ」


 大人物偉大な人と持ち上げられていたかと思えば、愛玩動物ペットというのが実際の所。ヨーコの人望は、何とも小さく収納されてしまったものである。


「まあ皆、貴女の事を娘とか孫みたいに思っているんじゃないかしら?」

「そうかな?自分の子供みたいに思うかなぁ?」

「分かってないわねぇ。下町ここから巣立って行っちゃって、みんな寂しいのよ。出て行ったらそれっきり、戻ってくるのはぼん正月しょうがつと結婚出産、葬儀葬式、あら悲し」


 食べ終えたコロツケーコロッケの包み紙をクシャリと握りつぶして、ユウコは肩をすくめる。彼女の言葉を受けても、ヨーコの頭には疑問符が浮かんだままだ。年齢と人生経験を積まねば、分からぬ事も多いのである。


 商店街を半ば過ぎる頃には、手荷物に乾物屋の干物まで入りそうな勢い。流石に持ちきれない量を貰っても仕方ないため、二人はやんわりと断りながら先を急いだ。


「あー、今日は夕食要らないかもー」

「私もよ、まだ十六時過ぎなのに。真夜中に腹の音で起きる事になりそうね」

「ん?そういえばユウコって、お腹空くの?神様モドキなんでしょ?」

「モドキって、また酷い言われようね」

「さっきのお返しだよ~だ」


 不満げな顔のユウコに、おどけた笑顔をヨーコが返す。だがしかし、お返しをされた方が更にお返しを放つ。


「私は楽しみのために食べてるだけで、神様パワァでお腹空かないわよ?わ、た、し、は。何処かの誰かさんはどうかしらね?」

「ぬがっ、夜中にお腹空く事になるの私だけ!?」

「ふふふ、お夜食で余分なお肉に栄養をあげないようにね」

「くぅっ。そ、その分は動いてるから大丈夫っ!」


 少し焦りながらもヨーコは抗弁する。普段は暢気のんきであろうとも彼女も乙女、無駄肉などは求めていない。とはいえ異界探索もあって否が応でも動き回る事になるので、そんな心配は無用であろうが。


 雑談と冗談を交わし合い、店主たちの呼ぶ声を躱しながら歩む二人。商店街の三分の二まで来た所で、ようやく目的の店へと辿り着いた。雑多な建物で構成された商いの街の中で、落ち着いた雰囲気の濃い色ダークカラーの木の壁が特徴的なそれの扉を開いた。


「こんにちは~」

「あらぁ、いらっしゃぁい」


 ヨーコの挨拶に、ほわほわとした声が返ってくる。茶色髪の毛先までウェーブがかったソバージュと丸眼鏡が特徴的な、年の頃三十手前の女性が棚の影から顔を出した。


「大変に不本意ながらお使いで来ました、平賀博士の。代金これで」

「あ~、注文を受けてた本ね。ちょ~っと待ってて」


 店奥のカウンター裏に引っ込んだ店主の彼女は、かなりの厚みがある本を取り出した。しっかりとした装丁がされた、一目で高価と分かる書物である。


「はぁい、どうぞ~。持って行ってねぇ」

「へぇい。にしても、古そうな本」

「こういうのは七星ななほしよりも、ウチみたいな古書店の方が得意なのよ~」

「ああ、ちょっと向こうに出来た何でもある七星ななほし百貨店デパート。一度で色々揃って便利なのよねぇ」


 商店街からも見える、最新鋭の鉄骨鉄筋コンクリート造り七階建ての高層建築。白い外壁に描かれたるは、七星財閥を示す七つの十字星だ。『衣類』『食料』『住居』『娯楽』『医薬』『日用品』の六角形状の六つの小型星と『客』を示す中心の大きな一つ星は財閥の理念が示されている。


「確かに便利だけど……みんなは、ちょ~っと煙たがっているわね~」

「あー、商売がたき

「そうそう。ウチみたいなのは関係ないけど、商店街こっちに来るお客さんは少~し減っている感じはするわねぇ」


 手を頬に当て彼女は、ふう、と溜め息を吐く。


「時代の流れ、盛者必衰じょうしゃひっすい。でも、此処ここには此処の良さがあると思うのだけれど」

「そうそう!楽しい街だよ!」

「ふふふ~、みんな喜びそうな言葉~」


 ニコニコとする彼女に別れを告げ、二人はお使いの依頼主の下へと帰っていった。

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