第百十討 腐レ縁ノ友

 所変わって研究所。


 の前。


「今日も今日とて、労働だぁ」

「あら、随分と楽しそうね」

「全くもって楽しくないって。今日は絶対来いって呼ばれたんだよ、博士に」

「異界で何かあったんでしょうか」

「ま、またこの前みたいな、大変な事、起きるのかな……?」

「たのしい?たのしくない?どっちどっち」


 ゲンジョウによって召集されたヨーコ達。先に綺麗な紫陽花を鑑賞した帰り道で、ヨーコとサラは彼に捕まったのだ。アカリにも伝えておくようにと念を押されて、本日この場に集っているのである。


 ゲンジョウがわざわざ呼びつけるなど、用件が碌な事ではないのは明白だ。


「労働者大騒ぎと同じ事が、って事は無いと思うわよ、流石に」

「それなら安心なんですが……。でも私が異界で戦っている時に、お父さんが無茶してたって聞いてビックリしました」

「馬車から汽車に飛び移った、って言ってた、よね」


 心配と呆れが混ざった顔で、アカリは年甲斐もなく身体を張った父を語る。肉体的に頑丈な事は家族全員が理解しているが、彼はもう若くは無いのだ。たとえ扉を腕力で破壊できるとしても、何をしても無事でいられるなどという根拠にはならないのである。


「ま、壮健なのはいい事じゃない」

「それはそうなんですけどー」

「アカリパパ、昔から強い。アカリに近付こうとした奴、ぶっ飛ばされてた」

「わぁお、乱暴だぁ」

「アカリちゃんが十歳の時だっけ。たしか、財閥傘下企業の社長の息子さん……二十歳の」

「それはぶっ飛ばされて当然だ」


 犯罪者から娘を守るために父親が正当に力を行使した、そんな話だ。事が済んだ後にアカリの父は彼女に言った。悪い虫さんが二度と悪さ出来ないようにキツーくお仕置きした、と。


 なおサラとアカリとトモヨはそれ以来、その人物とはただの一度も会っていない。


「はぁ、お父さん、もうちょっと落ち着いてほしいなぁ。トモヨちゃんのお父さんみたいに」

「わ、私はアカリちゃんのお父様、素敵だと思う」


 性格や姿勢は正反対。そんなお互いの父親を思い出して、娘たちは評価を言い合う。だがしかし娘たちも親と同じく正反対、おそらく親たちも同様の事を語っているだろう。


 そんな話をしながら、ヨーコ達は研究所の扉を開く。


「まったく、お前は相変わらずだな。もう少し片付けたらどうなんだ」

「ふん、今更に過ぎる。俺は昔から変わらん、これからもな」

「それは良い事だと言うべきなのか」


 一人寂しく、いや騒がしく研究を続ける変人が主の平賀ヱレキテル研究所。当然そこに寄り付くような物好きは限られる。しかし今、その空間にはもう一人の男性の声があった。


 思わぬ事態にヨーコ達は互いに顔を見合わせる。そろりそろりと忍び足で進み、うず高く積み上げられたガラクタから僅かに顔を出して奥を窺う。


 そこにはよく知る変人博士ともう一人、偉丈夫という言葉が実に似合う男性がいた。呆れの混じった顔でゲンジョウを見る彼の服、それは国を人々を守る壮士の恰好であった。


「ねぇ、あれって軍人さん、だよね」

「ええ。茶の軍服だから陸軍、片側マントに瑞穂刀って事は将校ね」

「そ、そんな人が何でここに……?」


 五人は再び顔を見合わせる。


「来るよね」

「来るわね」

「しかたない」

「何も言えません……」

「そ、そうだね……」


 普段の行いを考えれば当然、それは全員共通の認識であった。


「コソコソと何をしているのだね、諸君」

「あ。しまった、見付かった」


 ゲンジョウに声を掛けられ、ヨーコ達はおずおずと物陰から出る。


「おや、彼女達がそうなのか?」

「ああ、その通りだ」


 姿を現した乙女たちを見て偉丈夫の軍人は問う。当然そうである、とゲンジョウは頷いた。そんな彼らの言葉は小声、ヨーコ達の耳には届かなかった。


「はかせ、ばいばい」

「サラ君、なぜ別れの言葉を口に出すのだね」

「軍人さん、博士をよろしくお願いします」

「ヨーコ君、なぜ此奴こやつに頭を下げる」

「絶対に面会に伺いますっ」

「さ、寂しがらないで下さいっ」

「アカリ君、トモヨ君。それは要らぬ気遣いというものだ」

「ふふふ。愛されているわねぇ、平賀博士?」

「これを愛と言うならば、この世に愛無き所は無いと証明できるな、ユウコ君」


 ゲンジョウはやれやれと肩をすくめた。


「何を笑っている、継道つぐみち


 ツグミチと呼ばれた偉丈夫は口元に手をやり、小さく含み笑いしていた。


「くくく……。随分と良い関係を構築しているなと思っただけだ、祇郎しろう

「そうか、お前は目医者に行くべきだな」


 ハッと鼻で笑ってゲンジョウは反撃する。しかしその鋭い一撃は、全く効果を発揮しなかった。


「そう言うな、これでも感心しているんだぞ?」

「何を感心する所があるというのだ」

「お前が他者とまともに交流している」

「万能の天才たるこの俺を指して、何を言うか」


 灰髪博士は腕を組んで、黒短髪の陸軍軍人を睨む。しかし彼の視線を受けても偉丈夫は微塵も揺らがない。


「あのぉ~」


 そろりとヨーコは手を上げた。


「なんだね、ヨーコ君」

「ちょっと気になる事がありまして」


 言いつつ、女子の中では長身な自身よりも更に二十センチ背の高い軍人にちらりと目を遣る。


「二人はどういう関係で……?」


 両者が気安い間柄である事は彼女も理解できている。しかし、変人と軍人の繋がりが分からない。逮捕連行しようというならば十分に、十二分にヨーコ実験台が見ても理由が明確なのであるが。


「ふむ、そうだな。端的に言うならば、腐れ縁という奴か?」

「そんな所であろう。かれこれ十年来の付き合いになるのか、奇縁という物だな」


 ゲンジョウとツグミチはお互いを見て、随分と長い付き合いになったものだ、と小さく笑う。


「十年というと、大学からですか?」

「いいや、高等学校だ」

「同級、同窓、同じ組。帝都の学舎ではないが、我らが母校は近郊にある」

「なるほど~……というか、博士にも学生時代が有ったんですねぇ」

「ヨーコ君、キミは実に失礼であるな」


 当然存在する過去に疑問を抱くという、年長者への敬意の欠片も無い発言。ゲンジョウは呆れた様子でヨーコの事を見た。


「くっくっく。お前がそんな風になっているのは久々に見たな、祇郎」

「黙れ、ツグミチ」


 嫌そうに眉間に皺を寄せるゲンジョウ。友人同士であるが故のからかいであり、彼の短い言葉の棘はそれほど鋭くない。それを理解しているからこそ、ツグミチは含み笑いを継続している。


 そんな中でサラがふと、ある事に気付いた。


「しろう?」


 先程からツグミチが発していた、人名と思われるそれ。だがしかし、この場にその名を持っている人間は存在しない。彼女の言葉を受けてヨーコ達もまた、頭の中に疑問を生じさせた。


れの名だ、平賀祇郎」


 クイと親指でツグミチは横の人間を指す。


「他人を物の様に言うな、無礼な奴め。陸軍では礼儀という物を習わんのか」

「残念ながら、お前に対する礼など存在しない」


 忌々し気なゲンジョウを意に介さず、フンと鼻を鳴らして彼は少し笑った。


「え?博士は平賀幻尉げんじょうですよね?」


 アカリは首を傾げながら、自身の中に存在する知識を口に出す。そう、ヨーコ達は目の前にいる灰髪の男の名がそれであると認識している。それ以外に名前が存在するなど初耳も初耳なのである。


「屋号ならぬ博号はくごう博士はくしとして箔を付けるために付けた名である。ひと聞きしただけで只人の名では無いと分かるであろう?これぞ、天才たる吾輩に相応しき名なのである」

「え、えええーーーっ!?」


 まさかの真実にヨーコは叫んだのだった。

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