第百三討 決シテ諦メズ

「うおおぉぉぉぉ……っ!?」

「はやいはやい、すごーいっ!」

「きゃあぁぁぁっ!?!?」


 元界の電車など目じゃない、身体が後ろに引っ張られる程の速度。戦闘へと向かっている以上は車内で暢気に座っているわけにはいかず、ヨーコ達は屋根の上で速度スピード彼方ファラウェイを感じていた。


 ヨーコは吹き荒ぶ風に耐えつつ、サラは実に楽しそうに、アカリは恐怖に顔を引き攣らせながら。


 真っすぐ進むだけでなく、無意味に右に左に蛇行する。その度に屋根の上から振り落とされそうになり、ヨーコが刀の柄尻で運転席の窓をガツガツ叩く。『悪ィ、悪ィ』とでも言っているのか、運転士の骸骨はケタケタと歯を鳴らした。


「ひゃぁっ!で、でもっ、これで追いつけそうです~っ!」


 風によってバタバタとはためくマントに引っ張られ、アカリは後ろへ吹っ飛んでしまいそう。そんな彼女の身体をサラが支えている。自分を慕う者をしっかり助けている姿を見ると、彼女がちゃんと『お姉さま』である事が分かる。


「もっともっと、速く、はやーくっ!」

ケタケタケタケタッ!

カチカチカチカチッ!

チィン、チィン

チィン、チィン


 頼りになる優しいお姉さまの煽りを受け、死人の車掌は受けて立つとばかりに鳴らせる物を全て動員して応じる。後ろから合図を貰った運転士が、握っている速度レバーを更に忙しく動かした。


「うわぁ、うおぅ、ぬわぁっ!普通に加速しろ~っ!」


 加速、減速、再加速。

 ヨーコ達を黒鉄汽鬼の下へと送り届けようとしているのか、それとも振り落とそうとしているのか。どちらが目的なのか分からない安全殺人運転である。


 ゴマ粒ほどの大きさだった鬼の汽車の背、それが豆粒大に変化した。


「前進、前進、ぜ~んしんっ!」

ケタケタケタケタッ!

「お、おねっ、お姉さまっ!煽らないでぇ……っ!」


 サラの声と骸骨の笑いが重なる。アカリが目に涙を浮かべて、自分の身を支えてくれている人物の服を掴んだ。


 そんな事をしている中でも、骸骨たちは一応は己の役割を果たしている。黒鉄汽鬼には確実に接近しており、速度では優位に立っていのが明白だ。速度の彼方へ連れていくという彼らの言葉……と勝手にサラが解釈したそれは、嘘偽りでは無かった様である。


「よしっ、横についた!」


 遂に追いつき並走する、だが。


ゴハァァァ……

「かいひっ」

ケタッ!

ギキキィィィ

「わあっ!?」


 鬼の口から吐き出される毒の息。いち早くそれに気付いたサラが指示を出し、骸骨たちが即応する。思い切り減速した事でガクンと身体を前方に揺さぶられ、アカリが思わず声を上げた。


 大減速によって汽車と電車は、後者が追走する元の形に変化した。元界の汽車と異なり石炭を載せる車輌を持たない幻魔汽車は、誰も乗っていない機関室をヨーコ達に見せている。


「前に出るのは……難しいかな。でもこの距離ならっ!」


 高速で走る電車の上で直立するのは困難。ヨーコは大きく腰を落として脚を前後に大きく開き、姿勢を低くして刀を右肩に担ぐ形で構えた。柄を握る手に力を籠め、刃にヱレキテルを集中させる。


「ふッ!」


 振り抜かれた白刃、それが描いた軌跡が飛翔した。鳥がそうするように一度羽ばたき、燕を思わせる鋭い飛行で黒鉄汽鬼の背を撃つ。


ガアァンッ!


 鉄の塊に飛燕が突撃し、そして弾けた。


「ダメかっ!」


 威力十分、だがそれ以上に汽車の身が強かったのだ。ヨーコの攻撃は機関室の壁に僅かな穴を開けるに留まり、身全てを切断するには至らなかった。


「次、私っ」

ダッ


 言うが早いか、跳ぶが早いか。ヨーコの一撃が通らなかった事を見た瞬間にサラが行く。汽車へと跳んだ彼女は空中で一度回転し、その遠心力を刃に載せて叩きつけた。


ガァァァ……ンッ!

「んいぃぃぃ……」


 サラの持つ細剣が揺れ震える。


 鋼鉄の塊を斬ろうとして切断できず、金属棒で殴りつけたのと同じ事になってしまった。上から叩いた事でヨーコが開けた穴が広がったが、それだけだ。


 威力がそのまま返ってきた事で、サラもまたその身を震わせる。機関室の壁をトンッと蹴り、再度空中で一回転して彼女は電車の屋根へと帰還した。


「お姉さま、大丈夫ですか!?」

「お手て、びぃぃぃぃんってする。痛たた」


 心配するアカリに答えつつ、サラは痺れが続く手をブンブン振る。


「私に任せて下さい、お姉さまっ」

「うん、任せた。がんば、アカリ」

「はいっ!」


 サラから託され、アカリは元気よく返事する。

 小銃ライフルのボルトレバーを引いて空薬莢を吐き出させ、続いて押して銃弾を装填。静かに構え、狙い撃つべき箇所に意識を集中する。


 彼女の右目が、砲口を目標に縫い付けた。


「ふぅ……ッ!」


 静かに息を吐き、スッと止める。生じていた僅かなブレが納まり、決して外さぬ狙撃体勢となった。


 彼女が狙う先は。


(機関室の壁に開いた穴、その向こうの火室かしつ!)


 石炭を放り込んで焼き、その豪熱をもって水を蒸気へと変化させる。いわば汽車を動かす力の源泉、それが火室だ。元界の汽車ならば機関助手がその蓋を開け、スコップで石炭を投入する。


 黒鉄汽鬼がそこで何を燃焼させているのかは定かではないが、汽車の姿をとっているのであれば心臓部はそこであるはずだ。


カパン

(今ッ!)

ダァンッ!


 投炭などしないにも関わらず、元界の汽車を模して火室の蓋が開く。その瞬間を逃さず、アカリの持つ小銃が火を噴いた。放たれた弾は一直線に突き進み、壁の穴をすり抜ける。


 そして。


ガギンッ!

「あっ!」


 素早く閉じられた、車体より遥かに硬い蓋によって防がれた。幻魔の体を炸裂させ、離れた建物の壁を吹き飛ばす威力の弾丸。しかしそれですら破壊できなかった。


 だが黒鉄汽鬼は確実に火室への攻撃を嫌がり、明確な意思をもって防御した。それは即ち、幻魔の急所がそこであるという証左である。だがしかし撃ち貫けなかったという事は、討滅するには己の力が足りないという事実の証明である。


「くーっ、ダメかぁ!アカリちゃん、もう一回!」

「はいっ!」

ドォンッ!

「「!?」」


 今一度の攻撃を、と構えた所で何かが爆裂したような音が響く。


「ん、何かくるっ」


 サラが上を見、飛来する物に気付いた。


「わあぁっ!?回避回避っ!!」


 彼女に続いて顔を上げたヨーコは言いながら窓を叩き、運転席に座る僵人きょうじんに指示をする。彼女の意思を理解した骸骨は飛んでくる物を認識し、速度レバーを滅茶苦茶に動かした。


ギギャギャギャッ!

ズドォンッ!ダガァンッ!


 車輪が石畳を削りながら横滑りし、盛大に火花を散らす。その軌跡に二本の赤い何かが突き刺さった。ギリギリの所での回避成功、しかし電車の屋根の端が僅かながら抉れてしまう。


「危ぁ……。あんなのに当たったら木っ端微塵だよ……」


 飛来したのは二つの剛槍。黒鉄汽鬼の額から伸びていた、電車の高さとほぼ同じ長さの赤々とした角だ。先程の爆裂音は、それが射出された音だったのである。


 撃ち放った事で角を失った鬼。だがしかしすぐさまそれが生え、再度射出された。


ドォンッ!

「また来ます!」


 アカリが声を上げる。今度はヨーコの指示が無くとも、骸骨の運転士は回避行動をとった。大きく車体が横に滑り、再度角を躱し切る。


「う、うおお……」


 角が頭スレスレを通り過ぎたヨーコは、思わず身体を震わせる。彼女に当たらなかったそれは車掌が立つ車体後方の一部に着弾し、そこを微塵に破砕した。


カチカチカチカチッ!

チチチチチィンッ!チィン!チィン!チィン!チィン!


 何とか無事だった車掌は、怒りからか改札きょうチャイムを打ち鳴らす。『走りレイスで勝負しやがれッ、こンのクソ野郎がッ!』とでも言っているかのようだ。


 だが、幻魔の汽車がそんな事を聞き入れるわけが無かった。


ドォンッ!


 三度目の砲撃。


ギャギャギャギャギャッッッッ!


 三度の回避。


 しかし。


バガァッ!

「うわあぁっ!!??」


 車体が大きく前傾する。


 一本の角が運転席のすぐ後ろに突き刺さったのだ。幸いにして運転士は無事だったものの車体が歪み、積載物が増えた事で速度が落ちる。


カタタタタッ!


 車掌が大きく身を乗り出し、ヨーコ達に向かって何かを伝えようと歯を鳴らす。幻魔の言葉など分からない三人だが、それが意味する事はしっかりと分かった。


「助かったよ、ありがとう!」

「ありがとうございました!」

「ばいばいっ!」


 礼を言ってヨーコ達は屋根を蹴る。

 大きく跳躍した彼女達、それを見上げて何処か満足げな骸骨たち。


ドォンッ!


 四度目の爆裂音。そして。


グワッシャァッ!


 金属と木材、それが破砕される轟音が響く。先程までヨーコ達を運んでいた電車に角が深々と突き刺さり、大きく横滑りしたそれは宙に放り出された。


 そんな中、二つの骸骨はヨーコ達に向かって拳を握って親指を立てる。その様はまるで『ガンバレよ!お嬢ちゃんたちシスターズッ!』とでも伝えているかのようだ。


 速度を出したまま横転した車体は錐揉きりもみ回転しながら建物に衝突し、地面を転がってバラバラになっていく。骸骨たちはまたも木っ端微塵になってしまった。


 その様を見て心を痛めるヨーコ達。


 しかし。


「って、ちょっ、届かないっ!」


 汽車に向かって跳んだ三人、しかし飛距離が足りなかった。


「ちょっと、無理っぽ」


 サラは空中を蹴って進めるが、二人を掴んで跳べるほどの力はない。一人だけで汽車に飛び乗っても危険なだけと瞬時に判断し、彼女もまた二人と同様に自由落下を始めた。


「わ、わ、わぁぁッ!!!」


 アカリが思わず声を上げる。相当な速度が出た状態で地面への着地、無事で済むはずがない。そして黒鉄汽鬼に再度追いつく事は不可能となってしまう。


 どうする事も出来ずにヨーコ達は鬼の汽車を見送り、黒鉄汽鬼は走り去った。


 となるかと思われた、その時。


ブロロロロッ!

ギャリィィッ!


 凄まじい速度を出し、聞いた事もない音を鳴り響かせながら。

 四つの車輪を横滑りさせて、車体を大きく右に傾斜させて。


 路地から出現した見た事もない物体が、ヨーコ達の着地予定地点へと滑り込んだ。


「ふははははッ!我が発明の力、とくと見よッ!!!」


 ゲンジョウの声が、異界の大通りに響く。

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