第百二討 明日モ働ク戦士タチ
「とぉっ」
「ふっ!」
空中でくるりと一回転して軽々とサラが舞い、それに続いてヨーコが跳ぶ。建物の屋根を足場として、彼女達は追跡者から逃走を図っていた。
「ヨーコさん、重いですよね?ごめんなさいっ」
「え、全然全くこれっぽっちもそんな事無いよ?むしろアカリちゃん、軽すぎ、っとと」
背に負うアカリの謝罪を受け取らず、彼女は着地時に崩した体勢を立て直す。
ゴバァンッ!
先程までヨーコ達がいた建物が瓦礫に変わり、煉瓦が四方八方へと飛び散った。
「逃げろっ、逃げろっ」
「巻き込まれるのは御免だよっ」
「すぐ後ろまで来てますっ」
焦りながらも冷静に、彼女達は次の建物へと跳ぶ。着地と同時に背後で轟音が響き、砕け散った建物の残骸がヨーコ達の頭の上を飛んでいった。
「うむうむ、上手くいっているではないか」
「釣りだしは成功しましたけどっ、これからどうすれば!?」
腕を組み、策の成果に満足げなゲンジョウ。しかし大惨事の最前線にいるヨーコは大焦りである。
眼下の路地に満ちる幻魔たちは、追跡者によって砕かれ潰され消滅していく。人間が巻き込まれたならば、想像したくもない光景が広がる事だろう。
ヨーコが考えて考えて、ゲンジョウの助言を受けて理解した作戦。密集した幻魔の海を抜けられないのであれば、逆を考えればよいという逆転の発想。
つまり、ひたすらに威力の無い攻撃を繰り返して
「一先ず東大通りを進みたまえ。群がる幻魔を抜けねば話にならん」
「りょーかいですっ」
たんっ、と屋根を蹴り、少し離れた建物へと移る。
暫しの追いかけっこの後、ヨーコ達の眼下には幻魔の群れが居なくなった。
「よしっ!ここまで来れば、下に降りても大丈夫そう!」
三人は建物の上から大きく跳んで、東大通りの真ん中へと飛び降りる。急な旋回が出来ない汽車の鬼は余分に数軒破壊し、ギャギャギャと車輪を滑らせてヨーコ達にその顔を向けた。
黒き車体から天に伸びる煙突から
鬼は口を開き、何とも毒々しい
「毒、危ない」
「下手に近寄るのは、危険ですね……」
武器を構えて黒鉄汽鬼の出方を窺いながら、サラとアカリは幻魔の危険性を口に出す。接近して真っ向から斬りつけるのは、毒息をまともに受ける可能性が高いため避けるべきという結論に一瞬で至った。
「近寄れないなら遠くから、前がダメなら横から……って感じかな」
ヨーコは対策を立て、二人へと共有する。先の
鬼の角がより赤を帯びる。その様は石炭が赤熱しているかのようである。
ボオォォォーッ!
汽笛が響く。黒煙が強く噴き上がり、ただでさえ薄暗い異界の空を更に黒く染める。そして汽車の車輪が回転した。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「あぶあぶっ」
突っ込んできた黒鉄汽鬼、その速さは弾丸の如く。咄嗟に横に飛び退いた三人は何とか突進を回避するが、通り過ぎた後にゴオッと風が生じて着地を阻む。体勢を崩して転倒したが、すぐさまヨーコ達は立ち上がる。
「また来たっ!」
起き上がった瞬間に自らに向かってくる鬼の顔、再度回避行動をとった。無理のある横跳びのため、先程よりも大きく体勢を崩してしまう。
ギャギャギャッ!
三度の突撃、その狙いは。
「ヨーコっ、危ない!」
「ッ!ぬおおっ!」
サラの声で自分が狙われている事を知ったヨーコ。幻魔の姿を見る事無く、両腕で地面を思い切り突いた。身体がグワッと立ち上がり、突っ込んでくる鬼と正対する形となる。
「毒息がっ!」
「でりゃぁぁぁっ!」
跳んだ。しかし横ではない。
前へ跳躍したのだ。
ダンッ
鬼の顔、その頬あたりに足を掛けて突撃の勢いを借りて後ろ上方へ大きく飛翔する。まるで撥ね飛ばされたかのような状態だが、ヨーコはそれで黒鉄汽鬼の追撃を回避した。
二階建ての屋根にまで至った彼女は後方宙返りし、空中で体勢を整える。身体を横に捻じり、通り過ぎた鬼へと向き直った。
「っぶなぁ……っ」
見事な緊急回避と着地を決めたヨーコは、額に生じた冷や汗を拭い去る。
「おおー、ぱちぱち」
「す、すごいっ」
離れ業をやってのけた彼女を横目に見てサラは賞賛し、アカリは感心した。
ボオォォォーッ!
またもや汽笛が鳴る。
車輪が更に速く速く回り、熔けて真っ赤になった石畳を泥のように後方へと撒き散らした。強い推進力を得た汽車の鬼はヨーコ達へと突っ込んでくる。
「万全で見えてる状態なら!」
三度の経験からどう回避すればいいかを学んだヨーコは身構えた。
しかし。
「えっ!?」
三人の間を通り過ぎ、黒鉄汽鬼は走り去っていった。
どういう事か理解できないヨーコ達は、どんどん小さくなっていく幻魔をただ見送る事しか出来ない。そんな彼女達に、元界から声が掛かる。
「何をしているのだね、さっさと追いたまえ」
「いや、そうは言いますけど……流石に」
「追いつくの、むり」
「大通りですし、路地を抜けて近道、も無理ですよね」
ゲンジョウの無茶な要求。ヨーコは反論し、サラは端的に結論を述べる。アカリは対応策を考えるも状況からして、それが不可能だと結論付けた。
困り果てる三人。
その時。
チィン、チィン
チィン、チィン
背後から鳴らされた、何処かで聞いた
それは凄まじい速度で彼女達の下へと近付き、そして急停止する。
「おわぁっ!?」
「え、え、えぇっ!?」
轢かれかけたヨーコは飛び退き、その者の姿を見てアカリが困惑の声を上げる。
「れきさいきょーじん……?」
ゲンジョウによって……否。トモヨによって決められたその者の名をサラが口に出した。
つい先日、彼女達によって討滅された幻魔。二つの骸骨が一発の銃弾に撃ち砕かれ、凄まじい回転をしながら車庫に突っ込んで瓦礫に埋まった電車。
それが彼女達の前に現れたのだ。
カタカタカタッ
カチカチカチカチッ!
車輌後方で
何かしらをヨーコ達に伝えているようだが、残念ながら彼女達は幻魔の言葉など分からないのである。……はずなのだが。
「ヒャッハァ!こないだはアンタらの
無意味に身体を派手に動かしながら、サラはよく分からない事を言い出した。いつぞやの鉄鬼を
「サラ、幻魔の言葉分からないんでしょ?」
「うん」
「なぜそこまで自信満々に……」
ヨーコの確認に彼女は素直に頷いた。その様にアカリが困惑する。
チィン、チィン
チィン、チィン
だがどうやら彼女の言葉は間違いではなかったようだ。さっさと乗れとばかりに
「……このままじゃ追いつくの無理だし、一か八か乗ってみる?」
「すごく心配ですけど、乗ってみましょうっ」
「わぁい」
熱と炎を既に受け取っている
彼女達が乗車した瞬間、すっ飛ぶような勢いで発車。
恐怖すら覚える速度で汽車を追跡する。
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